第41話 奴隷商人
ソードオフを手にしたオレは、ライラに向き直った。
「ライラ、オレが廊下に出たらブラインドを下ろして、個室のドアに鍵を掛けるんだ。オレが戻って来るまで、絶対に誰もこの中に入れるな」
「ビートくん、それって……」
オレの言葉に、ライラは表情をこわばらせる。この先何が起こるのか、ライラはすぐに予想がついたに違いない。誰だって、すぐに分かることだ。
安心させようと、オレは無理に笑顔を作る。
「大丈夫だって。ライラを1人残して、死んだりしないから」
「で、でも――」
「ライラ、オレは必ず戻って来るから」
しばらくの沈黙が流れる。
その時間が、とても重く、そして長いものに感じられた。
ライラは、頷いて顔を上げる。
「うん、わかった。気を付けてね」
無理に作った笑顔でそう云うと、オレは頷いて部屋を出た。
そして個室の鍵を使い、個室をロックする。
これで、この個室を開けられるのは、オレかライラだけになった――。
オレは背中にソードオフを隠し、列車の中を進んで行く。
すれ違う人々は、いつもと変わらず旅を楽しんでいる。
その光景は、平和そのものだ。
こうして見ていると、犯罪者的な奴隷商人が本当にこの列車に乗り込んでいるのか、分からなくなってくる。
ソードオフを間違ってもここで出さないよう、オレは注意を払う。
もし万が一、ソードオフを何の理由もなく出してしまったら、こっちにとって状況は不利になるかもしれない。
一応正当な理由があって武装しているが、そんなことはこの列車に同乗している大多数の旅人にとっては、どうでもいいことだ。
怖がられるだけならまだしも、最悪オレが鉄道騎士団に引き渡されてしまう。
そうなったら、誰がライラを守ってくれるのか。
「キャーッ!」
そのとき、2等車の方から悲鳴が上がった。
「!?」
オレは驚いて、駆け出す。
ライラの悲鳴でないことは、すぐに分かった。女性の声だが、ライラの声とは全く異なっている。
しかし、悲鳴を聞いて知らんぷりを決め込むほど、オレは薄情な人ではない。
3等車まで来ていたオレは、大急ぎで通路を進んで行く。
通路を進んで行く途中で、ブルカニロ車掌と出会った。
「車掌さん!」
「お客さん! 今の悲鳴を聞きましたか!?」
「えぇ、聞きましたよ。何が起きたんですか?」
「分かりません。私も先ほど、慌てて飛んできたんです。どうやら、2等車で何か問題が起こったようです」
ブルカニロ車掌は、ハンカチで額に浮かんだ汗をぬぐう。
「これから、原因を探りに行きます」
「オレも是非、同行させてください」
「しかし、お客さんを危険に巻き込むには――」
「これが、ありますから」
オレはそっと、背中からソードオフを取り出す。
ソードオフを目にしたブルカニロ車掌は、目を見張った。
「お客さん、冒険者だったのですか!?」
「いいや、鉄道貨物組合に登録した労働者だ。今は休業中だけどな」
オレはそう説明しながら、ソードオフにショットシェルが装填されていることを確認する。
「もしかしたら、あの手配書の奴かもしれません」
「わかりました。では、参りましょう」
ブルカニロ車掌と共に、オレは2等車の奥へと進んで行く。
悲鳴が上がったと思われる2等車の部屋の前には、人だかりができていた。
人だかりを構成しているのは、乗務員と野次馬だった。
「はい、下がってください」
「他のお客様の迷惑になりますので、無関係の方はお下がりください」
乗務員が野次馬に訴えるが、野次馬は一向に下がらない。
「ここが、悲鳴が上がった部屋ですか?」
ブルカニロ車掌が、他の乗務員に訊いた。
「はい。現在、鉄道騎士団に応援を要請していますが、はっきり申し上げますと、とんでもないことが起こっています」
「どんなことが?」
「人質事件です。獣人族の女性が人質に捕られていまして『銀狼族を連れて来たら、この女を解放する』と要求しているんです」
乗務員の言葉に、オレは全身に電流が走るような衝撃を受ける。
銀狼族がこの列車に乗っていることを、知っている奴がいる!
今のところ、それを知っているのはミッシェル・クラウド家の人々だけのはずだ。
しかし、ミッシェル・クラウド家の人々に、こんな犯罪をするような人はいない。
オレはティータイムと昼食、その両方に招かれて、共に食事と紅茶を楽しんでいる。そのときのやり取りから、ミッシェル・クラウド家がそんなことをするとは考えられなかった。
そうなると、残る可能性は――。
「――あいつか?」
オレがなんとなく、人質をとっている奴が誰なのか分かりかけたその時だった。
「やめてぇっ!!」
2等車の個室前にいた乗務員が、突然個室から聞こえた声に驚く。
「くそっ、もうこれ以上は待っておれん!」
1人の乗務員が、マスターキーを取り出した。
乗務員はマスターキーを使い、個室のドアの鍵を開けた。
ドアが開くと、真っ先にオレがソードオフを手に個室へとなだれ込んだ。
「止まれ!」
オレはソードオフを部屋の中に向け、叫ぶ。
そこには、コートを着た男と、獣人族の女性がいた。
男の顔には、見覚えがあった。
この間、鉄道騎士団を名乗って部屋を訪ねてきた、コートの男だ!
「お前、奴隷商人だな!?」
「その通りだ。俺は奴隷商人のマロッタ。お前は誰だ?」
「ビートだ」
オレはソードオフを、マロッタという男に突きつける。ソードオフは、狭い場所でも取り回しが効くように、わざと銃身を短く切り詰めてある。
今この場所に、マロッタの逃げ場など無いはずだ。
「その獣人族を解放しろ、さもなくば発砲する!」
オレは警告するが、マロッタは表情を少しも変えない。
「……まぁいい。獣人族の奴隷など、他にいくらでもいる」
「お前、かなり非合法な手段を使って奴隷を仕入れているそうじゃないか。なぜ普通に、犯罪者や借金奴隷などを仕入れて売らないんだ?」
別に奴隷を売買することは、犯罪でもなんでもない。
罪を犯した者や、借金で首が回らなくなったものが、奴隷として売り買いされるのは普通の事だ。時には、自由人が奴隷になってしまうこともある。
しかし、誘拐などで奴隷にすることは問題外だ。
そんな割に合わないことをして奴隷を確保するような奴隷商人など、いやしない。
だが、目の前にいる奴隷商人にはその常識が当てはまらないようだ。
「そんなことは、どうでもいいだろう?」
マロッタはそう云うと、ポケットから小型拳銃のデリンジャーを取り出した。
「おい、デリンジャーを捨てろ!」
オレは目を見開き、ソードオフの引き金に指を掛ける。
自殺か、獣人族を殺されでもしたら、大変なことになりかねない。
しかし、マロッタはデリンジャーを窓の外に向けると、引き金を引いた。
デリンジャーから発射された弾丸は、少し飛んだ先で、ピンク色の煙を撒き散らすだけで消えてなくなる。
オレはマロッタが何をしたいのか分からず、理解に苦しむ。
「ビートとか云ったな。また会おう」
マロッタはそれだけ云い残すと、人質にしていた獣人族を解放し、窓の外へと飛び出した。
「おい!」
死んだかもしれないな、とオレは思った。
いくらなんでも、走っている列車から飛び降りるなんて、無事で済むはずが無い。
運が良くても大ケガは免れないし、運が悪いとその先に待つのは死だ。
オレは慌てて窓に駆け寄り、後方を確認したが、マロッタがどこに消えたのかは分からなかった。
乗組員が、次々に個室へと入ってくる。
行動も何もかもが理解不能な奴だったが、人質になっていた獣人族は無事だった。
それだけでも良しとするか。
オレがライラの待つ個室に戻ろうとしたとき、別の乗組員が血相を抱えて走ってきた。
「大変だ! リザードマンたちが、この先で列車を狙っている!!」
乗組員のその言葉に、再び列車に緊張が走った。
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