第40話 銃
オレは廊下で1人、トイレが空くのを待っていた。
少しして、トイレの中から水を流す音が聞こえてくる。
そしてトイレのドアが開いた。
「ごめんね。待たせちゃって」
中から手をハンカチで拭きながら、1人の獣人が出てくる。
ライラだった。
「全然。さ、戻ろうか」
「うん」
オレはライラの手を取り、一緒に個室へと戻る。
犯罪者的な奴隷獲得を行う奴隷商人が乗っていると知ってから、オレはライラがどこに行くにも一緒だった。以前は同行しなかったトイレでさえ、外でオレが待っているようになった。
もちろん、本当ならトイレにまでついていくようなことはしたくない。
しかし、例の奴隷商人が捕まるまでは、ライラの近くに常にいないといけなかった。
なんとか次の停車駅に着くまでに、例の奴隷商人が捕まって駅に引渡し、安心して動けるようになってほしいものだ。
「……よし、廊下には誰もいないな」
オレは廊下の両端を確認してから、そっと個室のドアを閉める。
そしてドアをロックした。
「ここに戻ると、なんだか安心するわね」
「個室だし、鍵も掛けられるからな」
「それに、ビートくんがいてくれるから、安心よ」
ライラの言葉に、オレは苦笑いをする。
あんまりフラグを立てないでほしいけどな。
「そんなこと云って、オレでも対処できないような奴が現れたら、どうする?」
「大丈夫よ。何があっても、ビートくんが助けに来てくれるから。孤児院にいたときも、ビートくんは助けに来てくれたじゃない」
ライラから云われて、オレは孤児院に強盗が押し入ってきたときのことを思い出す。
結果的に強盗を撃退してライラを助けたことになったが、今から思えば偶然のようなものだ。もしも今度戦うことになったら、次はどうなるのか分からない。
しかし、ライラはそんなオレに対して、絶対的な信頼を寄せている。
それにオレ自身、ライラと婚姻のネックレスを交わした時に誓った。
何があっても、ライラを必ず守り抜くと。
「だから、大丈夫よ」
ライラは迷いの全くない笑顔で、そう云った。
オレは、商人車から出てきた。
乗り組んで商売をしている行商人から、必要なものを入手してきたのだ。
どこにも立ち寄らず、まっすぐに2等車の個室へと戻って来る。
鍵を使ってドア開け、中に入るとすぐにドアを閉めて鍵を掛ける。
個室の中では、ライラが本を読みながら待っていた。
「ビートくん、それは?」
「……武器だ」
オレはそっと、包んでいる布をとっていく。
中から現れたのは、1丁の水平二連式ソードオフ・ショットガンだった。
「えっ、銃!?」
予想外の物体が出てきて、ライラは思わず目を見張る。
「オレはこんなこと起きてほしくないけど……相手はただの奴隷商人じゃなくて、犯罪者のような奴隷商人だ。ライラを商品にするために、どんな手を使ってくるか分からない。そうなったら、孤児院のときのようにはいかないかもしれないからな」
オレはソードオフの銃身を折り、ショットシェルが入っていないことを確認すると、そのまま銃身を元の位置に戻す。カチン、という心地良い金属音がして、銃身が固定される。
引き金を引くと、パチン、という音がする。
ちゃんとした商品であることを確かめると、ソードオフを傍らに置いた。もちろん銃口は、ライラに向かないようにドアの方に向けておく。
「これで、奴隷商人に対抗できるかもしれない」
「で、でもビートくん、それって……」
「あぁ、おカネのことなら心配しなくても大丈夫。オレのポケットマネーで買えたから」
「いや、そうじゃないの!」
ライラはソードオフから目を離すことなく、続ける。
「……わたしにも、扱えるかしら?」
「……え?」
オレは自分の耳を疑った。
ライラが銃に興味を示したことなど、今まで一緒に生きてきて、たったの1度も無かった。
「わたしも、ビートくんに守ってもらうばかりじゃダメだと思うの。だから、いざという時に戦えるようにしておきたい!」
「でも、銃は基本的に危険だから――」
「そんなことは分かっているよ! でも、ビートくんばっかり危険な目に遭わせたくない!」
ライラの言葉に、オレはしばし押し黙った。
これはいくら説得しても、絶対に自分の考えを曲げる気が無いな。
「……わかった。じゃあ、使い方を教えるよ」
「本当!? でも、ビートくんって、銃を使ったことあるの?」
「実は、鉄道貨物組合で希望者参加型の訓練を受けたときに、使ったことがある」
しかし、それ以来1度も使ったことが無い。
銃に触れるなんて、3年ぶりだ。
オレは取扱説明書を読んで確認しつつ、ライラにソードオフの使い方を教えていった。
3等車のデッキで、1人の男が手帳に何かを書き込んでいた。
「白銀のダイヤあり……高額になる見込み十分……急ぎ確保するよう努める……」
男は独り言をブツブツ呟きつつ、手帳に書き込んでいく。
「……よし、これでいいだろう」
男はペンをしまうと、手帳のページを引きちぎった。
そして引きちぎったページをビンに入れ、コルクで栓をする。
コルクで栓がされたビンを手にしたまま、男は窓の外へと目をやった。
遠くに、一瞬だけ光るものがチラッと見える。
それを確認した男は、そっと頷いた。
「定刻通りだな」
そう呟くと、男は窓を開け、ビンを列車の外へと投げ捨てた。
ビンは放物線を描きながら、草原へと消えて行った。
アークティク・ターン号が、草原の中を走り抜けていく。
その様子を、何人かの男たちが見ていた。
男たちは人でも獣人でもなく、まるでトカゲが直立二足歩行をして服を着たような姿をしていた。
突然、アークティク・ターン号から光る何かが飛んできた。
トカゲ男の1人が走り出し、それを野球の外野選手のようにキャッチする。
飛んできたのは、コルクの栓で封をされたビンだった。
「兄貴、手ニ入レマシタゼ」
「予定通リダナ。ヨシ、開ケテミロ」
片目を黒いアイパッチで隠したトカゲ男が指示する。
ビンを開けると、中から出てきたのは1枚の紙切れだった。
「兄貴、コレヲ……」
「ドレドレ……」
差し出された紙きれを、兄貴と呼ばれたトカゲ男が受け取る。
紙切れを広げて、そこに書いてあることに目を通す。
「……野郎ドモ、待機ダ! 合図ガアッタラ、行動ヲ開始スル!」
トカゲ男たちは、いきり立った。
「んむ!?」
「ビートくん、どうかしたの?」
オレが突然、変な声を出したせいか、ライラが訊いてきた。
「いや……なんでもない」
オレはそう答えながらも、横に置いていたソードオフにショットシェルを詰める。
嫌な予感が少しずつ強くなっていく。
何か、良くないことが起こりそうだ。
オレのソードオフを持つ手に、力が入って行く。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
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次回更新は5月27日21時更新予定です!
5月25日時点で、700PVを突破しました!!
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今後もよろしくお願いいたします!!
ビートとライラを、どうぞ見守って下さい!





