第39話 訪問者
突然、個室のドアがノックされた。
「誰かしら?」
「オレが出てみるよ」
オレはそう云って、ドアノブに手を掛ける。
きっとまた、ブルカニロ車掌辺りが乗車券のチェックに来たのかもしれない。
オレはその時までは、そう思っていた。
しかしドアを開けた所にいたのは、ブルカニロ車掌ではなかった。
「はい――?」
オレはドアを開け、言葉を失った。
長いコートに身を包んだ長身の男が1人、オレを見下ろしていた。
目つきは鋭く、どんなことを隠していても、見通してしまいそうな感じがする。
「誰ですか?」
「私は、鉄道騎士団の者だ」
男はそう云って、鉄道騎士団の紋章が入った手帳を見せてきた。
「鉄道騎士団が? どうしてまた?」
「実はこの列車に、おかしな人物が乗り込んでいると通報があったんだ。それで念のため各車両を回って、乗客たちに聞き込みを行っているんだ」
「おかしな人物って、どんな人ですか?」
「それはまだ調査中だ」
男はそう云うと、オレとライラを見た。
「男性の人が1人と、女性の獣人が1人か」
そう云うと、手帳をしまった。
「失礼した。何かおかしなことがあったら、すぐに車掌か鉄道騎士団に連絡してくれ」
男は一礼をして、次の部屋に向かって行った。
オレはドアを閉め、深いため息をついた。
なんだか、妙に疲れたような気がする。
「……ふぅ」
オレはベッドに寝転がる。
「一体、おかしな人物って、誰の事だろう?」
「ビートくん、あの人、変じゃなかった?」
ライラがベッドの縁に腰掛け、オレに聞いてくる。
「どうして?」
ライラの云っていることが、イマイチよく分からなかった。
どこからどう見ても、鉄道騎士団にしか見えなかった。
「普通、鉄道騎士団の人って、2人で行動しているじゃない? それなのにあの人、1人だけだったわよ」
「きっと、聞き込みで人手が足りていないんじゃないかな?」
オレはそう考えた。
アークティク・ターン号は120両編成だ。そのうち客車は50両もある。全ての客車を回って聞き込みをしているとしたら、人手がいくらあっても足りないだろう。
「そうかもしれないけど、なんかあの人、雰囲気もおかしかったし……」
「きっと、そう見えるだけじゃないかな?」
「わたし、なんだかあの人が鉄道騎士団の人じゃないように思えるの」
ライラは立ち上がると、自分の尻尾を股に挟み、前に持って来て抱きしめる。
それはライラが怯えているときに、よくやっていたクセのようなものだった。
グレーザー孤児院にいた頃、まるで犬みたいだとからかったこともあったが、今はそんなことは当然しない。
「ライラ……」
「ビートくん、何か良くないことが起こりそう……」
「大丈夫だ」
オレはベッドから起き上がり、背後からライラをそっと抱きしめる。
「あ……」
「ライラのことは、オレが守るから」
そう云うと、ライラはそっと尻尾から手を離し、尻尾を元の位置まで戻した。
「うん……ビートくん、ありがとう」
ライラは安心しきった声で、お礼を云う。
夕方に、再びドアがノックされた。
「ひゃんっ!?」
「ライラ、オレが出るから」
ビックリしたライラに、オレが云う。
オレはゆっくりと、ドアを開ける。
「はい、どちら様ですか?」
ドアを開けた先にいたのは、ブルカニロ車掌だった。
「車掌さん? 乗車券の拝見ですか?」
「いえ、違います。この男を見ませんでしたか?」
ブルカニロ車掌はそう云って、1枚の人相書きを見せてくれた。
「……!!」
オレはその人相書きの男に、見覚えがあった。
昼間、個室を訪ねてきた鉄道騎士団を名乗る男だった。
「その顔は……もしかして」
「昼間に、見ました。鉄道騎士団を名乗っていまして……」
「分かりました。ありがとうございます」
ブルカニロ車掌はそう云って、人相書きを懐へとしまう。
「車掌さん、この男は……」
「……奴隷商人です」
ブルカニロ車掌の発言に、部屋の奥から小さな悲鳴が聞こえてくる。
ライラの悲鳴であることは、疑いようもない。
「ただの奴隷商人なら私達乗組員も手を出しませんが、今回は別です。この男は、人さらいなどで奴隷をかき集めて売りさばく犯罪者です。ニセの鉄道騎士団手帳を持ち、鉄道騎士団を装って行動しています」
ライラが抱いた違和感と怯えは、勘違いなんかじゃなかったんだ。
そのことにも気づかなかったとは……。
オレは心の中で、ライラに謝る。
「とにかく、一刻も早く取り押さえます様、乗組員一同で対応いたします。しばらくの間、ご不便をおかけしますことを、申し訳なく思います」
それでは、とブルカニロ車掌は次の部屋へと移動していく。
オレはそっとドアを閉めて、部屋の中を見る。
ライラは、部屋の隅で尻尾を抱えていた。
「ライラ……」
「ビートくん、わたし……怖い」
オレはライラの隣に行くと、そっと肩を抱いてライラと密着する。
「しばらくの間、オレと常に一緒に行動しよう。いざというときは、オレがなんとかして時間を稼ぐから、その間にブルカニロ車掌を呼んで、応援してもらうんだ」
「うん……でも、ビートくんが――」
「何があっても、オレが守るって、孤児院で誓っただろ?」
オレは、ライラに婚約のネックレスを渡した時のことを思い出す。
「オレのことは心配しなくていい。ライラを1人残して、いなくなったりはしないから」
「……ありがとう、ビートくん」
落ち着きを取り戻したライラが、オレにそっと、寄り添う。
オレはライラの温もりを感じながら、ライラの頭を撫で続けた。
しかし、オレたちはこの時、想像もしていなかった。
後に、大陸横断鉄道が奴隷商人から報告を受けたあいつらに、狙われるとは――。
第3章 大陸横断鉄道と南大陸編 完
第4章に続く
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