第3話 夕食の時間
グレーザー孤児院では、子どもたちは夜7時~8時の間に、夕食を食べることになっている。
その間に食べることができないと、その日は夕食ナシになってしまう。
しかし、食べ盛りの子どもたちが食べ忘れるようなことは、まず起きない。
それが10歳という、食べ盛りの年頃ならなおさらだ。
オレはいつものように、食堂で夕食を受け取り、長テーブルの隅に座った。
ここが、オレの指定席のような場所だ。
今日の夕食は、パン、野菜入りシチュー、グリルチキン、紅茶だ。
オレが夕食を食べ始めると、隣に誰かが座ってきた。
ライラだった。
「隣、いい?」
「あぁ、いいよ」
短く云うと、ライラは隣に座ってきた。
そしてライラも、夕食を食べ始める。
「ねぇ、ビートくん」
「ん? なんか用か?」
オレはパンを食べる手を止めて、ライラの方を見る。
「……ううん、呼んだだけ」
ライラはそう云うと、再びシチューを口に運び始める。
いったい、今のは何だったんだ?
ライラは何のために、オレに声を掛けたんだ?
「……変なの」
オレは再び、パンを食べ始めた。
「ふぅ……美味しかった」
オレは紅茶を飲み、空になったカップを置く。
夕食が載っていた皿は、全て空っぽになっていた。
「さてと……ん?」
食器を持ち、返却してから談話室に戻ろうとして、オレは足を止めた。
隣で食べていたライラの夕食が、あんまり減っていない。
パンも半分、シチューも半分、グリルチキンも半分。
全てがほぼ半分残っていた。
オレにとって、それは異様な光景だった。
ライラはいつも、食事を残さない。
必ず全て食べ切っていた。
特に今日のような肉料理は、ライラの大好物だ。
残すなんて、あり得ない。
「ライラ、体調でも悪いのか?」
オレが訊くと、ライラは驚いた様子で顔を上げた。
「あっ……ううん、大丈夫よ。ただ、ちょっとお腹いっぱいなだけだから……」
ライラはそう云うと、まだ夕食が半分残っている食器を手にした。
「ごちそうさまでした」
そう云って食器を返却すると、逃げるように食堂を出ていく。
「……?」
オレは首をかしげながら、空になった食器を返却した。
ライラが夕食を残すなんて、何かあったのだろうか。
オレがそんなことを考えながら廊下を進んで行くと、人にぶつかってしまった。
「あっ、ごめんなさい……」
オレは反射的に謝る。
「その声は、ビートくんね」
声の主は、ハズク先生だった。
「ハズク先生」
「ちゃんと謝ることができるなんて、偉いわね」
ハズク先生は、オレの顔を覗き込んだ。
「……ビートくん、悩んでいるでしょ?」
ハズク先生の指摘に、オレはギクリとする。
「ハズク先生って、人の心が読めるんですか?」
「フフ、顔に書いてありますよ」
先生の指摘に、オレは赤面する。
「もしよかったら、先生に教えてくれない? できることなら、わたしで良ければ力になるわよ」
「先生、実は……」
オレは、ライラのことを話す。
ハズク先生は、オレの話を最後まで、頷きながら聞いてくれた。
「なるほどね……」
「ハズク先生、オレどうしたら……」
「心配することないわ。時間が掛かるかもしれないけど、きっと元に戻りますよ」
ハズク先生の言葉に、オレは目を丸くした。
「で、でも先生!」
「いい? ビートくん、女の子は今の年頃、色々と難しいのよ」
オレは良く分からなかった。
「だから、心配しなくても大丈夫。私の云うことを、信じてくれる?」
「は……はい」
オレは、頷くしかなかった。
とりあえず、ハズク先生のことを信じることにした。
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