第37話 行商人たちの車両
「はい、いらっしゃい!」
「ソルトレイクから入荷した、南大陸の大鏡の水だよ!」
「新聞はいらんかね!?」
「新鮮なフルーツが味わえるのは、今だけだよ! 今を逃したら、次の駅までおあずけになっちゃうよ!」
「はいはい、順番に並んでくださいね!!」
行商人たちが乗り組み、商売をすることが許されている車両が、アークティク・ターン号には存在する。
それがここ、商人車だ。
今、オレとライラはこの商人車へとやって来ていた。
「すごい人ね……」
「さすがは大陸横断鉄道。いっぱい乗っているんだな」
オレとライラは、買い物に来ている人の多さに驚いていた。
超長距離を移動するアークティク・ターン号では、買い物は数少ない娯楽の1つだ。
乗り組む行商人からは、日用品から珍しい物までなんでも購入できるし、行商人にとっては大金を手に入れることができるビッグチャンスでもある。
そのため、行商人たちにとってアークティク・ターン号に乗り組んで商売ができることは、一生に一度あるかないかの大きく稼げる機会だ。そのため競争倍率はものすごく高く、ワイロを渡して便宜を計ってもらおうとする不埒な行商人も現れるらしい。
しかし、ほとんどの行商人はその高い競争倍率を突破した、優秀で誠実な商売をしている行商人だ。
行商人たちはそこからさらに、乗り組んでいる間に行商できる区間が決められる。
大半はいくつかの駅の間だけだ。どんなに長くても、1つの大陸の端から端までしか乗り組むのが関の山になる。しかし中には始発駅のグレーザーから、終着駅のサンタグラードまでずっと乗り組んで商売することが許される者もいる。
「はいはい、安いよ! 安いよ!!」
「さぁさぁ、よってらっしゃい、見てらっしゃい!」
「長旅は疲れるよ! 酒なんか癒しにどうだい!?」
オレたちは商品を買い求める客と、商品を売りたい行商人の間を歩いていく。
オレとライラが商人車に来たのは、新鮮な野菜や果物を探すためだ。
携帯食料ばかりを食べていると、どうしても野菜や果物を食べる機会が少なくなってしまう。食堂車を利用したり、売店を使ってもいいのだが、おカネが掛かるため少し躊躇してしまう。
なるべくおカネを大量に使わないようにするためにも、オレたちは乗り組んでいる行商人から買うようにしていた。
「おっ、そこの獣耳のお嬢さん」
1人の行商人が、ライラに声を掛けた。
「色々と取り揃えているよ。お探しのものはありますかな?」
「本当に色々あるのね」
ライラが足を止め、商品を見る。
「果物はありますか?」
「ドライフルーツならありますよ。長旅をするのでしたら、是非買っておくことをオススメします。各種の季節の果物が、いつでもお楽しみいただけますから」
「うーん、わたしが欲しいのは、新鮮な生の果物なので遠慮します」
ライラはそれだけ云うと、オレの元へと戻って来た。
その後も、いくつかの行商人を渡り歩いたが、オレたちが探している野菜や果物を取り扱っている行商人は見当たらない。
探しているものがものだけに、取り扱う行商人が少ないのかもしれない。
「なかんか、新鮮な野菜や果物って、ないのねぇ」
「困ったな。オレたち、もうだいぶ食べてないよな」
オレたちは半ば、諦めかけていた。
そのときだった。
「お2人さん、新鮮な野菜や果物を探しているのかい?」
オレたちに、1人の行商人が話しかけてきた。
「そうですが?」
「少しお値段は張るけど、果物ならいくつかあるよ」
少し太り気味の行商人はそう云って、バックパックの中を漁り始める。
そして取り出したのは、缶詰だった。
「ちょっと、商人さん!」
「ん?」
「わたしたちが欲しいのは、新鮮な野菜や果物であって、缶詰じゃありません!」
「まぁまぁ、落ち着いて。ラベルをよく見てくれよ」
行商人がそう云って、缶詰のラベルを指し示す。
オレたちがラベルを見ると「ミカン」「フルーツカクテル」「モモ」などと缶詰には書かれている。
どうやら、これは果物が詰められた缶詰であるらしい。
「これは果物を味付けして詰めた缶詰さ。保存期間も長くて、ドライフルーツのようにパサパサしてもいない。剥いた時そのままの味が、缶詰を開けるだけで味わえる。今なら2つ以上買えば、オマケでもう1つプレゼントしよう。どうだい?」
「うーん……」
オレは悩んだ。果物が欲しいが、やっと見つけたと思ったら、缶詰に入ったものだったなんて。
しかし、缶詰ならいつでも食べられるし、腐ったりする心配は無い。
まとめ買いしておけば、しばらくは買わなくてもいいだろう。
「……じゃあ、2つ」
「ありがとう。おまけでもう1つ、つけておくよ!」
オレは、缶詰の果物を買うことにした。
個室に戻って来ると、早速「フルーツカクテル」とラベルに書かれた缶詰をポケットナイフで開けていく。
「……新鮮な果物が、食べたかったのに」
ライラが残念そうに、缶詰を見つめながら云う。
「オレも本音はそうだけど、結局あの行商人以外に果物や野菜を扱っている人はいなかったな」
缶詰を買った後、もしかしたらと思ったオレたちは商人車に乗り組んでいる全ての行商人の所を回り、1人でも新鮮な野菜や果物を扱っている行商人がいないか探した。しかしオレたちの希望に反して、野菜や果物を取り扱っている行商人は誰一人としておらず、単なる徒労に終わった。
缶詰の果物が手に入っただけでも、ありがたいと思うことにした。
「今度食堂車に行って、サラダバイキングでもしようか」
「……うん、そうしよう!」
「これで……よしっ、空いた!」
缶詰が開けられると、中にはミカンやパイナップル、イチゴ、リンゴなどが水煮のようにシロップの中に詰め込まれていた。各種フルーツが混ぜ合わされたように入っているのを見たオレは、ラベルに「フツーツカクテル」と書かれていた意味をようやく理解した。
「ライラ、先に食べてみてよ」
「いいの!?」
「いいよ」
オレがスプーンと共に、開けた缶詰をライラに差し出す。
ライラはそれを受け取ると、スプーンで中のフルーツとシロップをすくい上げる。
「いただきます」
ライラはそれを、口へと運んだ。
「!」
フルーツを食べたライラの目が、輝いた。ライラは再びスプーンでフルーツをすくい上げ、シロップと共に口へと運ぶ。ライラはそれを何度も繰り返した。
どうやら、思っていたよりも美味しいらしい。オレはライラの様子を見て、買って良かったと思った。そして同時に、どれほど美味しいものなのか、気になり始める。
ライラが何度もフルーツを食べていくうちに、缶詰の中身は半分ほどにまで減っていた。
「ビートくん、これすごく甘くて美味しい!!」
ライラの目が、キラキラとしている。
「缶詰の果物がこんなに美味しかったなんて、今まで知らなかったわ!」
「じゃあ、オレも食べてみるか」
オレは残った缶詰の果物を受け取り、ライラが使ったスプーンで口へと運ぶ。
「!」
オレもライラと同じく、その甘さに目を見開く。
確かに、今すぐ剥いたのかと思われるほど、新鮮だ。とても加工されているものだとは思えない。
オレも夢中になって、缶詰の果物を食べ進める。
いったいどうやったら、剥いた瞬間の味を缶詰にできるのだろうか。
そんなことを考えながら食べていくと、残ったのはシロップだけになった。
「……美味しかったな」
オレがそう云って缶詰を置くと、ライラが残ったシロップを全て飲み干した。
「シロップまで美味しい! ビートくん、また売ってたら買おうね」
「あぁ、もちろん!」
ライラの言葉に、オレは2つ返事で頷いた。
その後、オレたちに果物の缶詰を売ってくれた行商人は、次の駅で降りてしまった。
オレたちはその後、次に果物の缶詰を売ってくれる行商人が乗り組んでくるまで、野菜や果物を食べる時は、食堂車を利用しなくてはならなくなった。
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次回更新は5月24日21時更新予定です!





