第35話 大鏡の魔女
「あなたは?」
「私は、大鏡の魔女よ」
オレの問いに、青い髪の女性はそう答えた。
「大鏡の魔女、ですか?」
「そうよ。街の人から、そう呼ばれているの。私もその呼び名を気に入っているから、初対面の人にはそう名乗っているのよ」
大鏡の魔女は、オレたちに近づく。
細身で背が高く、とても魔女とは思えない。
「あなたたちのお名前は?」
「オレはビートです」
「わたしはライラです! ビートくんの奥さんやってます!」
ライラの発言に、大鏡の魔女は目を見開く。
「あら、本当? まぁ、そのネックレスは!!」
「はい! ビートくんとの夫婦の証です!」
「いいわね! 若い夫婦って、見ているだけでウキウキしてくるわ!」
大鏡の魔女は、大喜びしている。
オレたちのことを、かなり気に入ったらしい。
「ところで、さっきのあなたたちの会話、聞かせてもらったわ。ライラちゃんが、南大陸の大鏡に降りてみたいのね?」
「はい! 1度でいいから、降りてみたいんです!!」
ライラが、大鏡の魔女に云う。
「わかったわ。あなたの願い、叶えてあげる」
「ありがとうございます!」
ライラの獣耳と尻尾が、ピンと立ち上がった。
「それじゃあ、早速……」
「あ、もしかして前払い制ですか?」
オレがおカネを出そうとしたが、大鏡の魔女は首を横に振った。
「違うわ。私はおカネを頂いていないの」
「えっ、どうしてですか?」
「私はただ、気に入った人に笑顔になってほしくて動いているだけだからね。それに生活にも困ってないの。だから、大鏡のことでおカネは貰っていないわ」
大鏡の魔女はそう云うと、歩き出した。
「私についてきて」
寄
大鏡の魔女に続いてやってきたのは、どういうわけかアークティク・ターン号が停車中のソルトレイク駅だった。
「駅に入るのに、わざわざ入場券買わないといけないのって、面倒よね~」
「あはは……」
オレは乾いた笑い声を発する。横を見ると、ライラも困惑している様子だった。
アークティク・ターン号の乗車券を持っているオレたちに、入場券は必要ない。
ここは気を遣って、オレたちが入場券の料金を出すべきだったのかと思ってしまう。
「あら! アークティク・ターン号じゃない!」
大鏡の魔女は、子どものようにアークティク・ターン号に駆け寄る。
「噂で聞いてたけど、本当に臨時停車していたのね! 見れて感激だわ。入場券買った甲斐があったわね!」
「あはは……」
自分たちよりも年上の女性が、まるで子どもさながらにはしゃぐ様子は、正直かなり滑稽なものに見える。
オレとライラは、またしても乾いた笑いが口から出てしまった。
「……ん? もしかして、あなたたちもこの列車に乗って来たの?」
「はい。そうですが?」
オレが頷くと、再び大鏡の魔女の目が輝く。
「いいわね! 新婚旅行じゃない!」
「もうっ、そんな大声で云われると、恥ずかしいじゃないですか~!」
ライラが顔を真っ赤にしながらも、笑顔で答える。
本当は新婚旅行じゃなくて、ライラの両親を探す旅をしているんだが……。
「さて、それじゃそろそろ南大陸の大鏡に降りましょうか。ライラちゃん、準備はいい?」
「はいっ!」
ライラが元気よく答えると、大鏡の魔女は頷いた。
「分かったわ。私についてきて」
大鏡の魔女がホームを歩き出し、オレとライラはその後に続いた。
ホームの端まで来ると、大鏡の魔女はためらうことなく、ホームから水面へと入って行く。水面から底まではそんなに深くなく、ふくらはぎが半分ほど水に浸かっただけで、それ以上は水の中に入って行かなかった。
オレとライラは靴と靴下を脱ぎ、水面へと足を踏み入れる。
「冷たっ」
「うおっ、本当だ」
ライラが冷たさに声を上げ、オレもすぐに同意する。
しかし、冷たさにはすぐに慣れてしまい、その冷たさが逆に心地良く感じられるようになった。
「こっちよ」
大鏡の魔女は、手招きして水面を進んで行く。
オレとライラは少し歩きにくい水の中を、服を濡らさないように気をつけながら進んで行く。
いったい、大鏡の魔女はオレたちをどこまで連れて行く気なのか。
オレはふと、アークティク・ターン号の出発時刻が気にかかる。
万が一にでも乗り遅れたりしたら、大変なことになる。
あんまり遠くまで行くのなら、申し訳ないけど、断って引き返すしかない。
ライラは悲しむかもしれないが、アークティク・ターン号に乗り遅れたら取り返しがつかない。
オレがそう思い始めたとき、大鏡の魔女が足を止めた。
「ここなら、いい絵になりそうね」
そう云うと、大鏡の魔女はオレたちに向き直った。
「ビートくんにライラちゃん、私の指示したところに並んで立ってくれない?」
「いいですけど、それが何か……?」
「いいから、いいから!」
オレの問いに答えることなく、大鏡の魔女はオレたちに指示を出した。
少しモヤっとした気持ちが残ったが、オレはライラと共に指示された場所に並んで立った。
波の立たない水面に立っていると、オレたちだけが世界に取り残されてしまったような感覚に囚われた。
「じゃあ、ちょっとの間、そこを動かないでね!」
大鏡の魔女はそう云うと、スケッチブックを取り出してペンを走らせた。
もしかして、オレたちの姿を絵に描いてくれるのか?
それもタダで!?
20分くらい経ったとき、大鏡の魔女が満足そうな笑顔を浮かべ、オレたちに顔を向けた。
「ありがとう! もう動いてもいいわよ!」
その一言で、オレとライラは大鏡の魔女に駆け寄る。
「はいっ、完成!」
「わぁっ!」
「これは、すごい……!」
大鏡の魔女が見せてくれたのは、オレとライラを描いた絵だった。
南大陸の大鏡の上で、並んで微笑むオレとライラ。
黒一色ではなく、いくつもの色を使ってまるで肖像画のようにリアルなタッチで描かれている。
とても20分で書いたとは思えない出来栄えだ。
もし売ったら、いいおカネになるだろう。
「これは、私からのプレゼントよ」
「えっ、くれるんですか!?」
「もちろん。そのために描いたの。さ、受け取って」
大鏡の魔女から差し出された絵を、ライラは受け取る。
「これを見ればいつでも、あなたたちは南大陸の大鏡でのことを思い出せるはずよ」
「ありがとうございます! 一生の思い出です!」
ライラが感激して、お礼を云う。
「お礼を云うのは、むしろこっちよ。久々に、楽しんで南大陸の大鏡を描くことができて、私はとっても満足しているのよ。ありがとう」
大鏡の魔女は、そう云ってスケッチブックをしまった。
オレとライラは、アークティク・ターン号に戻った。
そして出発の時が来た。
「あなたたちに出会えてよかったわ。旅の安全を、南大陸の大鏡から祈っているわ」
「美しい絵を、ありがとうございました」
「ありがとうございました! 絵は、一生大切にします!」
「嬉しいわ。大鏡の魔女として、鼻が高いわ」
アークティク・ターン号が、ゆっくりと動き出した。少しずつ、大鏡の魔女との別れが近づいていく。
「元気でねーっ!」
「さようならーっ!」
「魔女さんも、お元気でーっ!」
オレたちは別れの言葉を交わし、南大陸の大鏡と、大鏡の魔女に別れを告げた。
大鏡の魔女から貰ったオレたちの絵は、旅が終わりを告げる時まで、個室に飾ることになった。
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