第32話 ミッシェル・クラウド家
特等車の客室に入れる人は、決まっている。
特等車を利用している人、乗り組む専属のコンシェルジュ、車掌や鉄道騎士団などの乗組員などである。
しかし、例外もある。それは「特等車を利用している人から招待された人」だ。
今のオレたちはまさに、その「特等車を利用している人から招待された人」であった。
ミッシェル・クラウド家の家長であり、クラウド茶会のオーナーのナッツ氏・ミッシェル・クラウドからティータイムに招待されてしまったのだ。
断る理由などもなく、オレとライラは普段着姿のまま、特等車を利用しているミッシェル・クラウド家のプライベート空間へと入って行く。
豪華な特等車の中には、すでにティーセットが用意され、サンドイッチやスコーン、ケーキなども置かれていて、メイドが待機している。いつでもティータイムを始められる準備が、整っていた。
「旦那様、その若人お2人は?」
「セバスチャン! 私達の子どもが少し世話になったんだ。だからこれも何かの縁だと思い、ティータイムに招待した!」
「かしこまりました」
セバスチャンと呼ばれた執事らしい初老の男が、すぐにメイドたちに指示を出す。そしてオレたちの席が用意された。
「どうぞ、こちらへ」
「あ、はい……」
オレとライラは慣れない雰囲気の中、メイドに案内され、緊張した足取りで席に着いた。すぐに紅茶がティーカップへと注がれる。
紅茶が注がれている間に、ミッシェル・クラウド家のメンバーらしき人も、次々に席に座って行く。ナッツ氏、ココ夫人、2人の息子と娘らしき先ほどの子ども……。
「では、さっそくだがティータイムを始めようか!」
「遠慮しないで、どんどんお代わりしてね」
ナッツ氏とココ夫人が云い、オレたちはティーカップに手を伸ばす。
「では、いただきます」
「いただきます」
オレとライラは緊張しつつ、紅茶を飲む。正式な作法など知らないオレたちは、間違った作法をさらしてしまわないかと不安になる。
しかし紅茶を一口飲むと、そんな不安はどこかへ消えてしまった。
美味しい紅茶が、オレとライラの気持ちを癒してくれた。
「あぁ、とっても美味しいです」
「美味しいです! いい紅茶ですね」
オレとライラが感想を口に出す。
「ありがとう! 作法など気にしなくても良いぞ! あれは貴族社会で品格を競い合う時のみ通用するものだ! 我々クラウド茶会としてもミッシェル・クラウド家としても、作法など関係なく、美味しく紅茶を飲んでもらえるのなら、これほど嬉しいことは無いのだからな!」
まるで心の中を見透かされたようなナッツ氏の言葉に、オレたちは驚きと少しの安心を覚える。
「ありがとう、ビートくんにライラちゃん。私達ミッシェル・クラウド家にとって、飲んでくれた人の『美味しい』は1番の報酬よ」
「うむ! 美味しい紅茶を提供できないのなら、我がミッシェル・クラウド家は事業の見直しを行わねばならぬからなっ!」
豪快に笑うナッツ氏の声は、特等車の外まで響き渡った。
「ところで、君達は夫婦のようだが、新婚旅行をしているのか?」
ナッツ氏の問いかけに、オレは食べかけていたサンドイッチを皿に起き、答える。
「実は、僕の妻ライラの……両親を探しているんです」
「両親を?」
「話すと長くなりますが……」
「構わない。良かったら、聞かせてほしい」
オレはライラと視線を交わす。
ライラから許可を貰うと、オレは旅に至るまでのことを、ミッシェル・クラウド家の人々に話した。
「……なるほど」
オレの話を聞き終えたナッツ氏は腕を組み、頷いた。
「孤児院で出会い、ライラ夫人の両親を探したいという夢を叶えるためにおカネを貯め、4つの大陸を走るこの列車で旅をしているのか」
「若いのに、苦労なさってたのね」
ココ夫人が、目元にハンカチをそっと当てた。
「ビートよ」
「はい」
「ライラ夫人は、銀狼族と云っていたが、ならばこの列車に乗り込んだのは大正解だ。銀狼族を見たのは私達も久しぶりだが、ほとんどが北大陸の奥地で暮らしていることは間違いない。クラウド茶会の紅茶は、北大陸でも人気があり、銀狼族も好んでいると聞いている」
ナッツ氏の言葉に、ウソは無さそうだとオレは思った。
4つの大陸全てに拠点を構えれるほどの知名度と財力を持つ茶豪なら、4つの大陸の情報には詳しいはずだ。
「だが、なかなか銀狼族から直接紅茶の評判を得ることが難しくてな。ライラ夫人、いくつかの紅茶を味わったと思うが、お味の方はいかがかな?」
「どれもとっても美味しいです! ケーキとの相性もすごく良くて、ついついおかわりしちゃいます!」
「はははははっ! ありがとうありがとう!! 銀狼族から直接評判を聞けて、私は大いに感激しているぞっ!」
ナッツ氏は豪快に笑い、ティーカップの中身を飲み干す。
「まだまだ紅茶もお茶菓子もたくさんある、ぞんぶんに楽しんでくれたまえ! 『ティータイムはみんなで楽しく』が、ミッシェル・クラウド家の家訓だ!」
「ありがとうございます!」
ライラは嬉しそうに尻尾を振り、紅茶のおかわりを貰う。
その後オレたちは、夕陽が傾く頃まで、ミッシェル・クラウド家とのティータイムを満喫した。
「本日は、美味しい紅茶をありがとうございました!」
「ありがとうございました! とっても美味しい紅茶でした!」
オレとライラは、ナッツ氏とココ夫人に頭を下げる。
「また招待するから、都合がいい時には是非来てくれたまえ!」
「お待ちしておりますね」
「おねーちゃんたち、また来てね!」
「いつでも、我がミッシェル・クラウド家のベストセレクションをご用意しております」
ナッツ氏、ココ夫人、2人の子ども、セバスちゃんが見送りをしてくれた。
「それでは、失礼します!」
ライラが先に歩き出し、オレも行こうとした。
その時、オレは肩を掴まれた。
振り向くと、なぜかナッツ氏が真剣な表情で、オレを見下ろしている。
「あの……旦那様?」
「ビートくん、君に少し話しておきたいことがある」
ナッツ氏からそう云われ、オレだけが再び特等車の中へと連れ込まれる。
「な、なんですか? 一体?」
「申し訳ない。ライラ夫人の前では、少々云い辛かったものでな」
ナッツ氏はそう云って、一息置いてから再び口を開いた。
「ビートくんは、銀狼族のライラ夫人を妻にしていることから、知っているとは思うが、念のために話しておきたかったんだ」
「もしかして、ライラが奴隷として狙われやすいことですか?」
そのことなら、今までに何度も聞いてきた。
オレ自信、そのことを覚悟した上で、ライラと結婚した。
「そうだ。だが、それだけではない。銀狼族は『白銀のダイヤ』と呼ばれる存在だ。奴隷商人の中には、少々危ない手を使ってでも、銀狼族を奴隷として手に入れようとしている者がいる」
「『白銀のダイヤ』……?」
「奴隷商人たちの間で、銀狼族はそう呼ばれている。1人確保して取引するだけで、場合によっては一生食べるに困らない金が手に入ることもある。銀狼族も狙われやすいが、より狙われやすいのは、銀狼族の子どもだ」
ナッツ氏の目が、悲しそうな色に染まる。
「君達も夫婦だ。将来、ライラ夫人との間に子どもが生まれることもあるだろう。そのとき、銀狼族の子どもか人族の子どもが生まれるはずだ。しかし銀狼族の子どもは、奴隷として絶大な人気がある。美男美女になりやすく、しかもまだ誰の事も好きになっていないから、従順な奴隷にしやすいのが人気の理由だ」
オレはナッツ氏の言葉に、オレとライラとの間に生まれた銀狼族の子どもが、奴隷にさせられていく様子を想像する。
胃がムカムカして、強烈な吐き気を催す。
オレとライラの子どもが奴隷になるなど、身を引き裂かれるよりも耐え難い。
「だからもし、奴隷商人を見たらすぐに逃げなさい。何なら、各地にあるクラウド茶会に逃げ込んでも良い。君に云いたかったことは、それだけだ」
「ありがとうございます。ライラのことは、必ず守ります」
オレは丁重にお礼を云い、特等車を後にする。
強い味方が、オレたちにはできたのかもしれないと、オレは思った。
2等車に戻ると、ライラが個室の前で待っていた。
オレに気づいたライラが、すぐに駆け寄ってくる。
「ビートくん! どこに行ってたの!?」
「ゴメン。実はナッツ氏から色々云われて……」
「色々って?」
「……ライラが美人で可愛いから、他の男に奪われないように気をつけなさいって」
オレはウソをついた。
本当のことを話すと、ライラが不安になってしまうだろう。
そんな状態で旅を続けるのは、負担でしかない。
「もうっ! ナッツさんってば!」
ライラは顔を紅くして、とろけそうな表情で尻尾をブンブン振る。
「わたしはビートくん以外の人と結婚する気なんて無いんだから、心配してくれなくても大丈夫なのに。ねえ!」
「あはは……」
反応に困るオレに、ライラが抱き着いてくる。
「ビートくん、今夜も寝かさないからねっ! いっぱい楽しもうね!」
「ライラっ! ろ、廊下で抱きつくのはお願いだから止めてくれ!」
「じゃあ、個室の中でならいいよね?」
ライラが、個室のドアを開ける。
そしてオレを個室へ引きずり込むように連れて行く。
「待って待って! 分かったから!」
個室のドアが閉まり、内側から鍵がかけられ、誰にも邪魔されない完全防音の個室ができあがる。
オレは翌日の朝、ベッドから起き上がれなかった。
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