第31話 貴族専用車両
オレとライラは、行商人たちが乗り組んで商売をしている商人車に出向き、そこで消耗品をいくつか買い求めた。
主に水と、ゴミを捨てるための袋だ。
ゴミ自体は、各車両に設置されているゴミ箱に出せばいいが、ゴミをそのまま放り込むわけにはいかない。ちゃんと袋に入れて、臭いなどが漏れ出さないようにしてから捨てるのが、マナーとなっている。
そして2等車に戻るには、特等車の通路を通らなくてはならない。
特等車の通路だけは、他の車両と違って、1番外側の両端に設置されていた。
理由は、特等車は1両貸しきりの車両だからだ。そのため、本来なら通路が設置されるはずの場所に通路を作ることができず、両端に設置して中央部分を客室にしている。
鉄道車両を1両丸ごと貸切にして使うことができるのは、上流貴族ぐらいしかいない。
「ライラ、ここから先は静かに行こう。騒がしくして怒られたら、目をつけられるかもしれないからな」
「うん」
オレの言葉に、ライラは何度も頷いた。
貴族の中には変な人もいる。オレはグレーザー駅の鉄道貨物組合でクエストを受けていた時、何度か貴族のお客を相手にしたことがあった。ほとんどの貴族は紳士的だったが、中には貴族であることを笠に着て、オレたちを奴隷か何かと勘違いしているような貴族もいた。
そんな奴が乗っていたりしたら、後々面倒なことになりかねない。
ライラもウエイトレスとして働いていた時に、そんな貴族と出会っていた。
言葉で云われるのも辛かったが、付きまとわれた時の方が怖かったと、ライラは話してくれた。オレがそのときの顔も知らない貴族に対して殺意を抱いたのは、云うまでもないことだ。
だからこそ、貴族しか使わない特等車を歩くときは、私語厳禁で足音にさえ気を遣うようにしていた。
正直、クエストで荷物を運んでいるときよりも、気を遣う。
オレたちが廊下を進んでいると、いきなり客室のドアが開き、子どもが飛び出してきた。
「わーい!」
「こらっ! 急に飛び出してはいけません!」
身なりのいい衣服を着た子どもを、母親らしい女性が叱る。
「わーっ、お姉ちゃん助けてーっ!」
突然、子どもがライラの後ろへと隠れてきた。
オレたちはその場を動くことができず、子どもと母親のフェイント合戦の間に立たされてしまう。
しかしフェイント合戦は長くは続かず、ついに子どもが捕まった。
「ごめんなさいね。人様に迷惑かけて! 反省しなさい!」
母親はそのまま、子どもを客室から出てきた執事らしき初老の男性に引き渡す。
そして乱れかけた服装を整え、オレたちに向かって頭を下げる。
「どうも、ご迷惑をおかけしました」
「い、いえ……気にしないでください」
「そうですよ。わたしたち、全然気にしていませんから」
オレとライラがそう云うと、母親が頭を上げる。
「ありがとうございます。お礼に、一緒にお茶でもいかがですか?」
「あっ、あの……」
それはさすがに悪いです。
そう云おうとしたが、母親が先に口を開いた。
「そういえば、まだ名乗っていませんでした。私、ミッシェル・クラウド家の夫人、ココ・ミッシェル・クラウドと申します」
「わたしは、ビートくんの妻、ライラです」
「ライラの夫のビートです」
オレたちは自己紹介をして、もしやと思った。
ミッシェル・クラウド家といえば、4つの大陸全てに大きな支店をいくつも持つ紅茶販売業の最大手、クラウド茶会のオーナー家で「茶豪」と呼ばれるほどの名家だ。正真正銘の貴族で、いくつかの王国からも爵位を授与されていると聞いたことがある。
オレがそのことを知っていたのは、鉄道貨物組合で取り扱っていた荷物に、たびたびクラウド茶会の荷物があったからだ。
そしてグレーザーで暮らしていた時によく飲んでいた紅茶も、クラウド茶会のものだった。
「ビートくん、もしかして……」
「あの、クラウド茶会の……?」
「まぁ、私達の紅茶を知っているの?」
「はい。よく飲んでいます。食事に良く合うので」
「ありがとうございます!」
ココ夫人は、丁重に頭を下げた。
「生活の一時に、よりよい飲み物を提供する。それが私達、ミッシェル・クラウド家のモットーなんです」
「ココ、何かあったのか?」
客室から、1人の男性が現れた。
まるで絵に描いたような典型的な貴族の衣服を身につけた、背の高い男性が、ココ夫人の隣に立つ。
「あなた! 実は……」
ココ夫人が、背の高い男性にこれまでのことを話す。
旦那であることは、すぐに分かった。
ココ夫人の話を聞いた背の高い男性は、オレたちにゆっくりとお辞儀をした。
「それは息子が世話を掛けた! さらに私たちの紅茶を楽しんでいただいているとは、感謝する! 私はミッシェル・クラウド家の家長でクラウド茶会の最高経営責任者も務めています、ナッツ・ミッシェル・クラウドだ!」
ナッツ氏が自己紹介をして、オレたちも自己紹介をする。
ライラがオレの妻だと知ったナッツ氏は、目を見張った。
「ほう、その若さですでに夫婦とは!」
「私達の若い頃を思い出しますね、あなた」
「うむ。懐かしいな」
すると、ナッツ氏が穏やかな笑顔を見せる。
「これから、ミッシェル・クラウド家のティータイムの時間だ! 若きお2人をご招待しよう!」
「えと……いいんですか?」
「遠慮することはない! どうぞ中へ!」
はははははっ、と高笑いをしながら、ナッツ氏はオレたちを貴族専用車の客室へと案内してくれた。
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