第29話 城壁の街、ヴァルツ
夕方が近づいてきた頃、汽笛が鳴り響いた。
停車駅が近い。
オレは個室の窓から、列車の前方を見た。
「じょ……城壁だ!」
オレが叫ぶと、ライラも窓に駆け寄り、前方を見る。
巨大な城壁に向かって、列車が進んで行く。
「あれが……城壁の街、ヴァルツなのね」
ライラも城壁を見たのは初めてらしく、その大きさに圧倒される。
列車は速度を緩めつつ、城壁へと一直線に走って行った。
城壁の門が開き、アークティク・ターン号がヴァルツの街へと入って行く。
ヴァルツは、城壁の中に作られた街だ。
かつてのナハナハ領の領主、ヴァルツ卿が善政を敷いていて「私の亡き後は、この居城を取り壊してここを街にし、人々の生活向上に役立てるように」と遺して亡くなった。そして街にしたとき、ナハナハ領の人々がヴァルツ卿の功績を讃えて永遠にその名前を残そうと、街の名前にヴァルツ卿の名前をつけた。領主の居城時代に造られた城壁が、今もなお街を守るために残されている。
ヴァルツ駅にアークティク・ターン号が到着し、乗降のためドアが開く。
「ヴァルツに到着いたしました。列車は1日停車します。出発時間は明日の夕方5時になります。ご乗車になられますお客様は、夕方5時までに列車にお戻りください」
駅員のアナウンスがあちこちから聞こえてくる。
オレたちはそれを合図に、アークティク・ターン号から降りた。
「ヴァルツでは、ドライソーセージが名物なんだって」
ライラが駅を出た直後、歩きながら云う。
確かに駅の近くでも、あちこちでドライソーセージが売られている。店を構えているところもあれば、屋台などの路上で販売しているところもある。
「ドライソーセージが?」
「戦争の時代に、新鮮な食料が底をついたから、それまで非常食だったドライソーセージが食べられるようになって、広まって行ったんだって。戦争が終わっても、食べる習慣が残ったみたいよ。あと、ヴァルツ卿の好物でもあったんだって」
ライラが流暢に説明する。いったい、どこでそんな知識を身につけたのか。
すると、背後に人の気配を感じた。
「獣人のお嬢ちゃん、若いのに詳しいね」
振り返ると、1人の中年男が立っていた。エプロンを身につけ、手には2本のドライソーセージを持っている。
「あんたは?」
「俺はそこでドライソーセージを売っているソーセージ屋だ。良かったら、ドライソーセージ、買って行かないかい?」
中年男はドライソーセージを手に、営業する。
「俺はヴァルツの街で生まれ育ち、ドライソーセージ作りを学んで、ずっとここでドライソーセージを売ってきたんだ。味はもちろん、種類も豊富、おまけに長持ち! ビールやラム酒にもよく合う! どうだい、買って行かないかい?」
せっかくだから、名物を食べていくのも悪くは無いかもしれない。
オレはそう思い、ライラと視線を交わす。
「じゃあ、2本下さい」
「ありがとう! 銀貨4枚ね!」
オレが銀貨4枚を手渡すと、中年男は2本のドライソーセージを手渡してくれた。
「毎度っ!」
中年男は屋台に向かって戻って行った。
その日は駅の近くを少しだけ見て回り、2等車の個室へと戻って来た。
夜が更けてきたため、見る場所が無くなりつつあったからだった。
「このドライソーセージ、美味しいね」
「うん、美味い! だけど、喉が渇くなぁ」
ライラが路上で買ったドライソーセージに舌鼓を打ち、オレも同意する。
塩味が効いているためか、やけに喉が渇いて、水が進んでしまう。
「わたし、こういう食べ物、どういうわけか好きなの。もうちょっと買っておけば良かったわ」
「じゃあ明日、観光がてら買いに行くか」
オレの提案に、ライラは目を輝かせる。
「うん! 行きたい!」
2つ返事で、ライラは答えた。
翌日の朝。オレはライラと駅を出た。
朝方のヴァルツの街は、仕事に向かう肉体労働者たちで溢れていた。そしてそんな労働者たちに朝食販売をする屋台も、あちこちで商売をしている。
「はいはいみなさん! 仕事に向かう前に腹ごなし!」
「安いよ安いよ! どれでも1つ銀貨1枚だよ!」
「サンド、いっぱいあるよ! 食べなきゃ仕事できないよ! さぁ、いらっしゃい!」
屋台からは威勢のいい売り文句が飛び、労働者たちが朝食にサンドイッチや軽食を買って仕事に向かう。
オレとライラは、そんな労働者たちの間を抜け、労働者が向かう方向とは反対の方角へと歩いていく。
途中にある屋台で、オレは2人分のサンドイッチとスープを買い求めた。
これを朝食にする。
さすがに労働者たちであふれかえる場所では食べづらいため、オレたちは大通りを離れて、噴水がある広場へと移動した。
広場に置かれているベンチに座り、オレたちはそこで朝食をとる。
「すごく立派な噴水ね」
ライラが、目の前に造られた噴水を見て云う。
大きな街には、だいたい所々に広場があり、噴水などが整備されていることが多い。グレーザーにも、広場はあった。
しかしヴァルツの街の広場は、少し違った。噴水も大きくて立派で、さらに花壇まで整備されている。
「この噴水も、ヴァルツ卿の居城跡の一部かもしれないな」
オレはなんとなく、そう思った。
朝食を食べると、オレたちは再び歩き出した。
そのとき、オレは誰かに見られているような視線を感じた。
「ん?」
オレは振り返るが、そこには誰もいない。
「ビートくん、どうかしたの?」
「……いや、気のせいだったみたいだ」
「変なの」
オレは自然と、隣を歩くライラの手を握りしめる。
ライラは嬉しそうに尻尾を振ったが、オレはどういうわけか安心できなかった。
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