第28話 デッキでのひととき
アークティク・ターン号には、展望デッキ車がある。
展望デッキ車は、1等車の一部車両にあるが、ここだけは広く開放されている。2等車や3等車に乗っている人も、気軽に利用することができ、長旅での疲れを癒す数少ない憩いの場の1つになっていて、人気がある。
オレとライラは、他の乗客が展望デッキ車について話しているのを聞き、行ってみることにした。
ずっと2等車の個室にいるのも、退屈だ。
「うわぁ! すっごーい!」
「ライラ、ちょっとはしゃぎ過ぎだ」
展望デッキ車を見て目を輝かせるライラ。
無理も無いなと思いながらも、声が大きすぎたため、オレは注意した。
展望デッキ車は、1等車と2等車の間にある。この車両だけ、かなり大きな窓で全面が覆われている。解放感があり、左右の眺めはものすごく良い。
展望デッキ車に来ている人は、置かれている木製のイスに腰掛け、読書や会話、風景観賞をしたり、昼寝をしたりと思い思いに過ごしている。
オレとライラは、空いているイスに腰掛けて、のんびりと景色を見ることにした。
しばらく景色を見ながらのんびりしていると、長身の鉄道乗務員が現れた。
ブルカニロ車掌だった。
「えー、次の停車駅はヴァルツ。ヴァルツでございます。到着予定時間は夕方5時になります」
ブルカニロ車掌は次の停車駅の名前を告げながら、展望デッキ車の中を歩く。
ヴァルツって、どんな街なんだろう?
気になったオレは、ブルカニロ車掌が通りかかる時に、そっと手を挙げた。
「お客さん、いかがなされました?」
「ヴァルツって、どんな街なんですか?」
「ヴァルツは、一言で云い現わすなら『城壁の街』です。かつて領主の居城だった場所が街になったもので、領主の居城時代に造られた城壁が、今もなお街を守るために残されています。居城はかなり規模の大きなものであったらしく、アークティク・ターン号も120両全てが駅のホームに収まります。1日停車いたしますので、城壁観光がオススメですよ」
オレの質問に、ブルカニロ車掌はていねいに答えてくれた。
「他に知りたいことはございますか?」
「いえ、詳しく教えていただき、ありがとうございます」
「恐縮です。また何かありましたら、いつでもお声かけください」
ブルカニロ車掌は再び次の停車駅の名前を告げながら、展望デッキ車の中を進んで行き、次の車両へと移って行った。
「……城壁の街か」
「わたし、授業で聞いたことがある。かつてのナハナハ領の領主、ヴァルツ卿が善政を敷いていて「私が亡き後は、この居城を取り壊して街にし、人々の生活向上に役立てるように」と遺して亡くなったの。そして街にしたとき、ナハナハ領の人々がヴァルツ卿の功績を讃えて永遠にその名前を残そうと、街の名前にヴァルツ卿の名前を付けたんだって」
「ライラすごいな。よく覚えていたな」
オレはすっかり忘れていた。ライラは孤児院時代、算数は苦手だったが、歴史や地理は得意だったことをオレは思い出す。ハズク先生の授業でも、算数は常に居残りになっていたが、授業が歴史や地理のときは、居残りになったことは1度も無い。
「えへへ……」
ライラは笑顔で尻尾を振る。
「覚えていて、本当に良かった」
「算数もできるようになったけど、今でもおカネの計算はあまり得意じゃないよな」
「そっ、それは……もう!」
ライラは顔を赤くして、頬を膨らませて怒った。
怒るライラも可愛いなと、オレは思わずニヤニヤしてしまう。
展望デッキ車でゆっくりしていると、子ども連れの親子がやってきた。
「ママ、ここが展望車?」
「そうよ。ほら、遠くまでよく見えるわ」
「すごーい!」
「世界は広いな。いつか別の大陸まで、みんなで旅行するのも、いいかもしれないな」
子どもが外を見てはしゃぎ、それを目を細くして見つめる父親と母親らしき人。
その様子を見ていると、オレはなんともいえない気持ちになった。
(オレがもし両親と暮らしていたり、孤児院じゃなくて養子としてどこかの家族に迎え入れられてたら、あんなふうに過ごしていたのかもしれないな)
しかし、現実にはオレは孤児院に引き取られた。そして両親がいない子ども時代を送ることになった。
子ども連れで一家団欒としている様子を見ると、なんて表現したらいいのか分からない気持ちになる。
だけど、オレは子ども時代に孤児院で過ごしたことを後悔したことはない。
ハズク先生は両親に代わってオレを育ててくれたし、飢えたことも1度だってない。
もしも孤児院に引き取られなかったら、今頃生きていたかさえ分からない。
そして確実に云えることは、もし孤児院に引き取られなかったら、ライラとは出会えなかった。
ライラのいない人生など、今は考えられない。
ライラがいなくなってしまったら、オレは生きる意味を失ってしまう。
オレは横に座っているライラを見た。ライラも子ども連れの親子を見ている。
きっとオレと同じことを考えているのかもしれない。
オレはそっと、ライラの手を取った。
驚いたライラが、オレを見る。
視線を交わすと、ライラは穏やかな表情になった。
「……ありがとう、ビートくん」
ライラは頬を赤らめ、オレに云う。
さすがはライラ。視線を交わしただけで意思疎通はバッチリだ。
長いこと、オレと幼馴染みと夫婦をやっているだけのことはある。
「きっと、見つけような」
「うん……!」
オレたちは立ち上がると、展望デッキ車を後にした。
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