第27話 パナイの町出発
オレとライラが酒場『バッカス』を出たのは、夕方近くになってからだった。ラーマがサンドイッチを奢ってくれた後、オレたちもお礼とばかりに、他の料理を注文した。本当は酒を注文したかったが、ここで酔っぱらってトラブルになるのを避けるために、酒は止めておいた。
ラーマには悪いが、酒と同じくらいの料理を注文したためか、ラーマは上機嫌だった。
そしてそのまま、お昼はバッカスの料理で済ませてしまった。
「酒場であんなに料理ばかり食べたのって、初めてかも」
「そうだな。今度行ったら、ちゃんとビールを注文しないとな」
ライラの言葉にオレは頷き、次は必ず酒を注文すると決める。
それがいつになるかは分からないが。
明日は10時にアークティク・ターン号が出てしまうため、酒場に寄っている時間はない。
オレとライラは、パナイの町を歩きながら、パナイ駅に戻った。大陸横断鉄道の乗車券を持っているため、難なくホームに入れた。大陸横断鉄道の乗車券を持っていることは、どの駅もフリーパスで入れる。改札なんて、あってないようなものだ。
そしてそのまま、アークティク・ターン号の個室に戻る。
3等車以外に乗っている旅行者は、停車駅で宿屋に入ることはまずない。列車がそのまま、宿屋として使えるためだ。温泉地や名物宿がある街じゃない限り、わざわざ別でおカネを払ってその場所の宿屋に泊るようなことはしない。
オレたちも旅費の節約を兼ねて、2等車の個室へと入る。
プライバシーを守るため、ブラインドは下ろしたままだ。
「ラーマに、すっかり御馳走になっちゃったな」
「元気そうで、安心したわ。それに、わたしたちを応援してくれて、嬉しかった」
ライラは窓際に置かれたイスに座り、くつろぐ。
オレは思わず、ライラの生足を見てしまった。
パナイの街は、夜9時を過ぎると酒場も閉店していく。そして夜10時になると、完全に静かになってしまう。静かな夜を過ごしたい人には、うってつけの街だ。
もちろん、静かな夜を求めている人は、静かに寝たい人ばかりではない。
「……おい、銀狼族がいたというのは、本当か?」
「間違いない。今日、酒場『バッカス』でそれらしい獣人族の美少女を見たという情報が入った。これがその情報だ」
2人の男が、路地裏で声を潜めて会話をしている。そしてロングコートを着た男が、帽子を被った男に1枚の紙を手渡す。
帽子の男は紙を広げて、月明かりを頼りに紙に書かれた内容を拾い上げていく。
「まさか、こんなところで銀狼族の、しかも美少女と出会うなんて……!」
「神様に感謝しないとな」
「しかし、大丈夫なのか?」
「何がだ?」
「情報によると、その銀狼族の少女は既婚者らしいぞ。これは厄介じゃないか?」
帽子の男が難色を示す。
ロングコートの男は、首をかしげた。
「それのどこが問題なんだ?」
「既婚者だということは、必ず相手の男がいるということだ。事は簡単には進まないと思うぞ」
「抵抗されるということか?」
「抵抗されるだけならいいけど、もしもそのときに相手の男を殺したりしたら、銀狼族が自害する可能性もある。もしそうなったら、取り返しがつかないことになるぞ」
「どうしてだ?」
「知らないのか? 銀狼族は、1度好きになった相手には最後まで尽くす種族だ。窮地に陥っている同族を見捨てておけず、不利な状況なのに助けに行った例も過去に何度もあるほど確かな絆を大切にする。既婚者同士なら、その絆の強さはより強いはずだ。相手をもし殺しでもしてみろ。絶対に既婚者の銀狼族は、後を追って自殺するぞ」
帽子の男が熱くなって訴えるが、ロングコートの男は顔色1つ変えない。
「どちらも生かして捕えれば、いいじゃないか。別に相手の男がいても、同じように奴隷にすればいいだけだろう?」
「なら、その相手の男の情報も持ってこい。奴隷として売れそうなら、考えてもいい。売れそうにないなら、この話は降りる」
「正気か? せっかく銀狼族の美少女を奴隷として手に入れる、またとないチャンスだぞ?」
「あぁ、金づるを目の前で逃すのは俺だって惜しい。『白銀のダイヤ』でしかも美少女なら、買い手は履いて捨てるほどいるし、とてつもない金になる可能性もある。だが、俺はそれ以上に、危ない橋を渡るのは嫌だからな。奴隷なら誰だっていいわけじゃないんだ」
帽子の男はそう云うと、持っていた紙をロングコートの男に押し付けるように返す。
ロングコートの男が紙を受け取ると、帽子の男はポケットに手を突っ込み、その場を立ち去る。
「奴隷は、商品なんだ。厄介な商品は、抱え込みたくない」
そう云い残し、帽子の男は夜の闇へと消えていく。
少ししてから、ロングコートの男も歩き出し、路地裏から路地裏へと消えて行った。
「……バカな男だ」
オレが目を覚ましたとき、ライラはすでにベッドを抜け出していた。
ライラは閉めてあったブラインドを少し上げ、窓の外の様子をうかがっている。
「ライラ、何かあったのか?」
「おはよう、ビートくん。大丈夫よ、なんでもない」
ライラはそう云って、ブラインドを下ろす。
「ちょっと、妙な胸騒ぎがしただけ」
「おはよう……。やっぱり、何かあったんじゃないか?」
「きっと、私の勘違いだから」
「でも、念のためだ。今日の10時にアークティク・ターン号がパナイの街を出るから、それまでこの部屋を出ないで様子を見よう」
「……うん、ビートくんがそう云うなら」
オレはライラを納得させ、ライラと共に携帯食料での朝食を食べた。
ブラインドは閉めたままにしておく。
まるでなにかから追われているようだ。
10時になると、汽笛がパナイ駅に響き渡った。
アークティク・ターン号が動き出し、少しずつ速度を上げていく。
オレは閉めたままだったブラインドを、一気に上げた。
太陽の光が、個室の中に降り注ぐ。
パナイ駅のホームを出て、列車はパナイの街中を走り抜けていく。やがてパナイの街を出て、草原地帯を走り出した。
「……パナイの街、あんなに小さくなっちゃったね」
ライラが後方を見ながら、少し寂しそうに云う。
「ラーマ、きっとまた会いに来るからね」
ライラは地平線の彼方へ消えていくパナイの街を見ながら、そっと呟いた。
オレはそっと、ライラの肩に手を置き、ラーマへ再度誓った。
ライラのことは、命に代えても、絶対にオレが守り抜く――。
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