第26話 パナイの街
汽笛が聞こえてきた。
オレはその汽笛に反応し、窓の外を見る。
アークティク・ターン号の機関車が、汽笛を鳴らすときはいくつかある。
次の停車駅が近づいてきたとき、出発するとき、何らかの異常事態が起きたときなどだ。
場合によっては複数回鳴らすこともあるらしい。
そして今鳴った汽笛は、次の停車駅が近づいてきたことを、乗客と乗組員に知らせるためだった。
「次の街だ!」
「えっ、本当!?」
ライラも窓の外を見ようと、オレのすぐ隣にやってくる。
列車が向かう先に、街が見えた。
「なんていう街かしら?」
「最初の街だから、えーと……」
オレは壁に貼られている4つの大陸の地図を見て、南大陸を探す。
グレーザーの隣に名前が書かれていたのは『パナイ』という街だった。
「あそこは、パナイだ。グレーザーの次の停車駅だ」
「へぇ、あれがパナイなんだ」
「ライラ、知ってるの?」
「グレーザー孤児院の友達で、パナイで働いている友達がいるの。きっと、どこかにいるはずよ!」
「じゃあ、3年ぶりの再会か」
「きっとわたしたちを見たら、ビックリするかもしれないわね」
そりゃあ、ビックリするだろうな。
なんせグレーザー孤児院を卒業するときには婚約のネックレスをしていた友達が、今は婚姻のネックレスをしていると知ったら。
しかも相手が同じ孤児院の幼馴染みだと分かったら、きっと空いた口が塞がらないかもしれない。
オレたちを乗せたアークティク・ターン号は、パナイの街へと走って行った。
パナイ駅に到着すると、3等車辺りから次々に人が降りていく。3等車は短距離を移動するための人が大半を占めているためか、人の入れ替わりが激しい。
「アークティク・ターン号は、パナイ駅にて1日停車いたします。引き続きご乗車になられます方は、出発時間までに列車にお戻りください。出発時間は明日の10時です」
駅員があちこちで、同じ内容をアナウンスしている。
「ビートくん、一旦降りよう」
「うん、降りよう」
オレとライラは、アークティク・ターン号の個室から飛び出した。
個室の鍵と必要なものだけを持ち、オレたちは駅を出る。
ナハナハ領パイナ地方パナイ。
南大陸の同じ領地で同じ地方だからか、駅から出ると、グレーザーとよく似た街並みが現れた。行き交う人々の服装などを見ても、グレーザーとほとんど変わらない。
「なんだか、グレーザーみたいなところね」
「あぁ、そっくりだ」
ライラの言葉にオレが同意すると、ライラは歩き出す。
「せっかくだから、友達のラーマを探してみる」
「オレも行くよ!」
オレは慌てて、ライラの後に続いた。
ライラによると、人族の友達のラーマは現在、酒場で働いているらしい。
「でも、酒場なんていくつもあるだろ? その中からラーマが働いている酒場を見つけるなんて、難しすぎやしないか?」
「大丈夫よ。いなかったら、すぐ次の酒場に行って探せばいいじゃない」
ライラが当然とばかりに云い、オレは少し面食らった。
酒場にとっては、単なる冷やかしでしかない。蹴りだされるのを覚悟しておいたほうがいいだろう。
しかし、所持金にも限りがある今、友達を探すためとはいえ、酒場ごとで酒を注文していては、おカネがいくらあっても足りない。ライラのやり方も、一理あるといえなくもなかった。
ただ、なるべく酒かそうでない場合は、何か飲み物を頼むことにしよう。オレもライラも酒はあまり得意ではなかったが、ライラの友達に会うためには、酒場に入って酒を注文するのが近道だろう。
むしろそれ以外で、どうやって出会えばいいのか分からない。
「あった! まずはあそこを探してみよう!」
ライラが、飲み屋街に佇むとある酒場を指さした。
『バッカス』という名前の酒場らしく、昼間だというのに酒を求める人で賑わいをみせている。
ほとんどが中年の男性で、肉体労働者や冒険者と思わしき者が大半を占めている。
その中で元気に立ち回る、1人の少女がいた。手にはビールの入ったグラスをいくつも持ち、酒場の中を動き回っている。
「いらっしゃい。若いお2人さん、昼間から酒場に用かい?」
少女が威勢よくオレたちに云って、目を見張った。
「――もしかして、ライラかっ!?」
「ラーマ!?」
ライラも驚いて、少女の名前を叫ぶ。まさかの最初の店で当たりを引いた。
しかしラーマは、手に持っているビールを見ると、ライラに向き直った。
「空いている席に座ってて。すぐに行くから!」
そう云ってラーマは、ビールを持ってテーブル席へと向かう。
仕事を終わらせるのが先。その判断は正しい。
オレとライラは云われたとおり、カウンターの空いている席に座った。
しばらく待っていると、ラーマが戻って来た。
「いらっしゃい! ご注文は?」
「えーと……とりあえずサイダーを2つ」
本来なら酒を頼むのが正しいのだろうが、オレは酒以外を選んだ。
さすがに昼間から、酒を飲む気にはなれない。
それはライラも同じのようだ。
「はいよ! サイダー2つね!」
ラーマは嫌な顔1つすることなく、ガラスのコップにサイダーを注ぎ始める。そして1分と掛からずに、サイダーを2つ、オレたちの前に置いた。
「サイダー2つ、お待ち!」
「ありがとう」
「ありがとう、ラーマ」
オレとライラは云い、サイダーを1口飲む。
「しかしライラにビート、久しぶりだねェ」
ラーマがカウンターの中で、ニヤニヤしながら云う。
「孤児院にいたとき、まさか婚約するとは思ってもいなかったからビックリしたよ。そして今は……まさかその首のって、婚姻のネックレスか!?」
「そうよ。今は婚約者じゃなくて、妻になったの」
「ファッ!?」
ライラの言葉に、ラーマは驚いて持っていたグラスを落としかける。
「け……結婚、したのかい!?」
「うん。15歳になってから、ハズク先生に立会人になってもらってネックレスを交換したの。わたし、今はとっても幸せよ」
「い、いいなー……」
ラーマがチラっと、オレを見る。
心配するな。ライラのことはオレが命に代えても守り抜くから。
「で、今日は新婚旅行?」
「ううん。今は仕事を辞めて、お父さんとお母さんを探す旅をしているの」
「えっ……本気で?」
ラーマの問いに、ライラは頷く。
「わたしの夢は、お父さんとお母さんに会うことなの。そして、どうしてわたしを捨てたのか、訊きたいの」
「へぇ……それは知らなかった」
「それで、今はビートくんと一緒にお父さんとお母さんを探すために、アークティク・ターン号で旅をしているの」
「へぇ! 今、パナイ駅に停車中の、あの!?」
ラーマは半ば興奮しながらライラと会話している。仕事のことなど、まさにアウトオブ眼中だ。
「……すごいなぁ」
するとラーマは、カウンターを離れて酒場の奥へ入って行った。
少しして、ラーマは四角くカットされたサンドイッチが乗った皿を持って戻って来た。
「これ、あたしの奢りね」
「えっ、いいの!?」
「ライラとビートのこれからの旅の安全を祈ってね。同じ孤児院出身として応援してるからね!」
「ありがとう、ラーマ」
ライラが涙目になり、頭を下げる。
「よしなよ。酒場に涙は粋じゃないからさ。じゃ、あたしは仕事に戻るから、ゆっくりしていってよ!」
ラーマはそう云って、注文を聞きに走って行った。
「……食べようか。ラーマがせっかく奢ってくれたから」
「うん……!」
オレとライラは、サンドイッチへと手を伸ばした。
ありがとうな、ラーマ。
ライラの両親は、必ず見つけ出すよ。
オレはビールを手に酒場の中を行き来するラーマに、誓った。
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