第25話 最終目的地までの時間
夕陽が地平線の彼方へと沈み始める時間になり、空が茜色に染まってきた。オレとライラが乗っている2等車の個室は、現時点では窓が西側に向いているため、夕陽が直接入ってくる。
オレは眩しさに耐えかね、ブラインドを下ろした。遮光タイプのグラインドのため、部屋の中が暗くなり、オレは明かりを点ける。
「最終目的地は、サンタグラードみたいね」
ライラが、乗車券に書かれたアークティク・ターン号の終点を確認して云う。
「どれくらい、時間がかかるのかな?」
「サンタグラードは北大陸だからなぁ……かなり遠いし、1ヶ月とかで辿り着けそうにないことは確かだな」
オレは壁に貼ってある、4つの大陸の地図を見て答える。この地図はオレが買って貼ったものではなく、最初から個室に備えつけられていた。地図には大陸横断鉄道のルートも記されており、駅を確認していけば、どこを走っているのかがすぐ分かるようになっている。
サンタグラードに到着するまで、どれくらいの時間が掛かるのかは、オレにも分からなかった。今まで南大陸のグレーザーから、足を踏み出したことが1度たりとも無かった。
最も近い西大陸にすら行ったことが無い。ましてや北大陸なんて、未知の世界もいいところだ。そこに何があるかなんて、全く分からない。孤児院で読んだ本や、授業で学ばなかったら、存在すら知らなかったかもしれない。
しかし、オレはライラの疑問に答えたかった。
「だいたい……1年くらいはかかるんじゃないかな?」
「えっ、そんなに!?」
オレの答えを聞いたライラが、叫ぶ。
「もしかしたら、もっとかかるかもしれない」
「そんなに長い間、アークティク・ターン号で移動することになるの!?」
ライラからのさらなる問いに、オレが答えに窮していると、ドアがノックされた。
ドアスコープから廊下を覗くと、制服を着た獣人族の男が1人、立っていた。
オレはチェーンをつけたまま、ドアを少しだけ開いた。
「はい? どなた?」
「アークティク・ターン号の車掌、ブルカニロです。失礼ですが、乗車券を拝見いたしますので、ご協力をお願いします」
車掌だと分かり、オレはドアを開ける。ブルカニロと名乗った車掌は背の高い猫族の獣人で、赤い毛並みを持っている。大陸横断鉄道の乗組員であることを示す黒い制服と、制帽を被り、手には白手袋をはめていた。
ライラも気になったらしく、オレの後ろから顔をのぞかせる。
「誰?」
「アークティク・ターン号の車掌さんだ。乗車券のチェックに来たらしい」
「……奥様も、ご協力をお願いします」
ブルカニロ車掌の言葉に、ライラはビックリして尻尾を逆立てる。
「えっ!? なんで結婚しているって分かったんですか!?」
「ライラ、首元を見れば誰だって分かるよ」
「あっ、そっか!」
オレが指摘して、ライラは軽く舌を出す。
「それではそろそろ、乗車券を……」
「あっ、すいません。はい」
オレはライラから乗車券を受け取り、自分が持っているものと共にブルカニロ車掌に手渡す。乗車券に目を通すと、ハサミで小さな穴をあけて返してくれた。
「ありがとうございました。何かありましたら、すぐにお知らせください」
「はい……あっ、そうだ! 車掌さん!」
オレはあることを思い出し、ブルカニロ車掌を呼び止める。
「はい、なんでしょうか?」
「この列車の終点、サンタグラードに到着するまで、どれくらい掛かりそうですか?」
車掌であるならば、知っているはずだ。
オレはそう考えて問いかける。なんといっても相手は、現職のプロフェッショナルだ。
列車の運行管理をすることも仕事だから、知っていないと仕事にならないだろう。
しかし、オレの予想は、あっけなく裏切られた。
「申し訳ございません。正確な日数や時間はお答えできません」
「……はぁっ!?」
オレはあり得ないと思っていた解答を突きつけられ、唖然としてしまう。
「ど、どうしてですか!? 車掌さんなら、知っていて当然じゃないんですか!?」
「お気持ちはよくわかります。しかし、アークティク・ターン号は、4つの大陸全てを走破する大陸横断鉄道です。その間、あちこちの街で停車したり、時には臨時停車をすることもあります。また、貿易鉄道としての役割も持ち合わせていることから、道中で強盗やテロリストの襲撃を受けることもあるのです。そのため、最終目的地のサンタグラードにいつ到着できるのかはっきりとしたことは申し上げられません。過去の例では、早くて1年。最も遅かったので3年はかかったことがあります」
ブルカニロ車掌はそう云うと、軽く頭を下げる。
「乗組員一同、1日も早く最終目的地サンタグラードに到着できるよう努めます。どうぞご理解とご協力をよろしくお願いいたします」
「は……はい」
オレが返事をすると、ブルカニロ車掌は隣の部屋の乗車券をチェックしに向かった。
オレはドアを閉め、再びチェーンをドアにかける。
「まさか、車掌さんまで分からないとは……しかも臨時停車に強盗やテロリストの襲撃までありとか――」
オレたち、とんでもない列車に乗ってしまったかもしれない。
そう云おうとしたとき、ライラが口を開いた。
「4つの大陸を走破するから、何が起きてもきっとおかしくないよ。それに、どれだけ時間が掛かったとしても、1年か3年で到着できることが分かったから、それだけでも十分よ」
ライラはそう云って、ベッドに腰掛けた。
ライラに云われると、強く反論できなかった。オレはそっとため息をつくと、ライラの隣に座った。
夜になると、オレとライラは食堂車に向かった。
食料については、携帯食料を出発前にグレーザーで大量に仕入れていたが、アークティク・ターン号で旅に出た記念すべき最初の日の、最初の夜に食べるディナーは、やっぱり携帯食料なんかではなくて、ちゃんとした料理で特別なものがいいだろう。
そう思ったオレは、ライラを連れて食堂車へとやってきたのだ。
ちなみに、アークティク・ターン号の食堂車はランクがあり、A級、B級、C級と別れている。
A級が貴族などの上流階級でないと食べれないような、高級料理が提供される。
B級はA級ほどではないが、ある程度のおカネがあればそれなりの料理を食べることができる。
そしてC級は、安くて庶民的な料理を食べられる。
C級だからといってA級やB級に劣るわけではなく、どの食堂車も人気があって常に込み合っている。
今回オレとライラは、B級の食堂車でディナーを食べることにした。
「おぉ、繁盛しているなぁ」
B級の食堂車に入ったオレの最初の一言は、それだった。
左右に配置されたテーブルでは、必ず誰かが食事をしている。家族連れ、若い男女、男だけのグループ、女だけのグループ、何やら怪しい人たち……本当にこのアークティク・ターン号には、様々な人が乗っている。人間観察をしていても、全く飽きそうにない。
「どこに座ろうか?」
「ビートくん、あそこが空いた!!」
ライラが指した先では、食事を終えた一団が席を立っていた。
オレたち以外に、席が空くのを待っている人はいない。これはまたとないチャンスだとオレは思った。
もちろんすぐに空いた席に座ると、ウエイトレスがすぐに前の人が食べていた皿を片付け、テーブルを拭いてくれる。
オレたちはその間にメニューを見て、どの料理にするかを決める。
「これ、美味しそうじゃない!?」
「いいな。ただ、これも美味しそうだ」
「こっちにも気になるものが!」
「見ているだけでも、楽しいな」
メニューを見ながらライラと話していると、ウエイトレスが注文を受けにきた。
「ご注文は、お決まりですか?」
「えーと……」
悩んだ末、オレたちは色々な料理が食べられる『南大陸うまいものフルコース』を注文した。
待っていると、次々に料理が運ばれてきて、最後にはテーブルの上が料理の盛られた皿で埋め尽くされてしまった。いったい、B級の食堂車に併設されている厨房のどこにこれだけの皿と料理を作るスペースがあるのか、オレは少し気になった。
「すっごーい!」
「こんなに来るとは、思わなかったな……」
ライラは目をキラキラさせ、オレは量の多さに驚愕していた。
旅費を貯めていた頃の食事と比べると、天と地ほどの差がある。
さすがは大陸横断鉄道。B級の食堂車でも、スケールは破格だ。
「た、食べるぞ!」
「うん!」
オレとライラは手を合わせ、アークティク・ターン号での初めてのディナーを文字通り満腹になるまで堪能した。
もうしばらくは、携帯食料でいいと思えるほど高級な料理ばかりが食べ、すっかりオレたちの舌は肥えてしまった。食堂車の営業時間が終わる直前まで、オレたちは食事を続けることになった。
個室に戻ったオレとライラは、ベッドに寝転がる。
「もうお腹いっぱい!」
「明日の朝食が食べれるか、不安になるくらいに腹いっぱいだ」
腹いっぱいに高級料理を食べ、何もせずにベッドに寝転がる。
最高の贅沢ではないかと、オレは思ってしまう。
おまけに今はクエストをすることも無い。
ここは天国かもしれない。
「ビートくん、今日はこれからどうする?」
「もうお腹いっぱいだし、今日はこのまま寝ようか?」
「さんせーい。なんだかこんなに苦しいと、ちょっと夜は大変かも」
「あはは……」
そのときオレは、食べ過ぎたことを後悔した。
明日からは、食事は量を調整して食べるようにしておこう。
アークティク・ターン号は、夜の南大陸を北西に向けて走って行った。
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