表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幼馴染みと大陸横断鉄道  作者: ルト
エピローグ
214/214

第212話 大団円

 銀狼族の運命を左右したノワールグラードの戦いから、1年が経過した日。


「ビートくん、見て!」

「どうしたの?」


 ライラの言葉に、オレは振り返る。


 オレとライラは、銀狼族の村で生活していた。

 銀狼族の村では、おカネが無くても自給自足や物々交換でも食料や必要なものを入手できる。それにオレたちは、前回の旅費として貯めていたおカネが余っていたため、生活する上で金銭的な不安は少なかった。


 しかし、だからといってのんびりばかりしているのも退屈だ。

 そこでオレとライラは、銀狼族の村で連絡員の手伝いをしたり、サンタグラードに出稼ぎに行ったりしておカネを稼ぎ、それを貯めながら生活をしていた。元々、オレもライラも、おカネが掛かるような趣味は持っていなかった。グレーザー孤児院で、幼少期を過ごしたことが原因なのかもしれない。

 そのため、おカネは貯まっていく一方だった。


「これよ、これ!」


 ライラが持ってきたのは、何の変哲もない宝箱のような木箱だった。

 しかし、これに何が入っているのか、オレは知っている。


「開けるわね」


 ライラがゆっくりと、木箱を開ける。

 中に入っていたのは、大量のおカネだった。


 西大陸のトキオ国の跡地から、銀狼族の村へ戻るまでの間に、オレたちは大陸横断鉄道で移動しながら、様々なことをした。

 行商人の商売の手伝い、賞金稼ぎ、鉄道貨物組合でのクエスト、人助け……。

 それらから得た報酬と、銀狼族の村に戻ってからの仕事と、出稼ぎ。


 オレたちはおカネを貯め続け、旅費の残りを合わせると、相当な金額になっていた。

 ざっと見たところ、大金貨が50枚はありそうな金額だ。


 もちろん、これだけの金額を持っていることは、オレとライラだけの秘密だ。

 銀狼族の村の人にはもちろん、シャインとシルヴィにさえ話していない。


「だいぶ……貯まったね」

「うん!」


 オレの言葉に、ライラは嬉しそうに頷いた。




「それで……これどうしよう?」


 ライラはそう云って、そっと宝箱を閉じた。


「うーん……」


 たくさんのおカネがあることは、本当にいいことだ。

 しかし、使い道を決めるとなると、どうしても悩んでしまう。


 おカネは貯めていくのは難しくないが、使うとなると途端に難しくなってしまう。


「ちょっと、すぐには思いつかないや。そうだ! ライラはどうしたい?」

「わたし?」


 ライラは自分自身を指し示す。


「うん。ライラはこのおカネを何に使いたいか、云ってみてよ」

「いいの?」

「いいよ。どんなことに使いたいか、聞かせて?」


 きっと、口には出さなくても、ライラは欲しいものがあるに違いない。

 化粧品とか、服とか。

 銀狼族の村にいるライラと同じくらいの年頃の女性は、ファッションの話題で盛り上がったり、アクセサリーを求めたりしている。ライラもきっと、オレの前では云わないだけで、そういうものに興味があるだろう。

 それならいっそ、少しくらい使ってライラに服や化粧品をプレゼントするのもいい。


 オレがそんなことを考えていると、ライラが口を開いた。




「……養育費」

「えっ?」


 予想外の単語が飛び出したことに、オレは目を丸くした。


「よ、養育費?」

「うん。わたし……」


 ライラが、少しだけ顔を赤らめた。


「わたし……そろそろビートくんの子供を産みたいかなーって」

「お、オレの子供だって!?」


 オレはつい、叫んでしまう。

 いつかは云われると思っていた、この言葉。

 まさか、この時になって聞くことになるとは!


 なるほど、それなら養育費というのも分かる。


 オレが頭をフル回転させて色々とシミュレーションをしていると、ライラが笑った。


「でも、やっぱりもうちょっとだけ、ビートくんと2人だけの時間を楽しみたいの」

「あ……そ、そう」


 ライラの言葉に、オレは落ち着きを取り戻していく。


「でも、本当にいいの? 養育費として使うなら、オレも賛成だけど……?」

「ありがとう、ビートくん。でも、ビートくんの子供なら、もう少し後でもいいの!」


 オレの子供……。

 ……あれ?

 なんか引っかかるな。


 オレはライラの言葉に、少し違和感を感じた。

 そしてその違和感の正体に、オレは気づいた。


「わかったよ、ライラ。でも、1つだけ云わせて?」

「ビートくん?」


 ライラが首をかしげる。

 オレは深呼吸をしてから、口を開いた。


「ライラには、オレの子供じゃなくて――」

「えっ!? どういうこと!?」


 オレの言葉を遮って、ライラが叫ぶ。

 ライラはオレに向かって、身を乗り出してきた。


「ビートくん! わたしは、ビートくん以外の男の人の子供を産む気なんて、無いわよ!?」

「ライラ、落ち着いてくれ」


 オレはライラの頭に手を置き、そっと動かしてライラをなだめる。

 頭を撫でられたからか、ライラは落ち着きを取り戻していった。


「ライラには、オレの子供じゃなくて……『オレとライラの子供』を産んでほしいんだ」

「ビートくんと……わたしの?」


 ライラが首をかしげる。


「そう。オレだけじゃ、子供は生まれてこないだろ? オレとライラがいて初めて、子供が生まれてくる。だから生まれてくる子供は『オレの子供』じゃなくて『オレとライラの子供』なんだ。ライラには、オレとライラの子供を、産んでほしいんだよ」


 なんか、傍から聞くとすごく変なことを云っているのかもしれない。

 そんな言葉を口から出してしまったことに、オレは若干後悔した。


 しかし、オレの言葉を聞いたライラは、顔を真っ赤にした。

 尻尾はちぎれそうな勢いで、ブンブンと左右に振られる。


「……もうっ、ビートくんってば!!」


 ライラはそのまま、オレに抱き着いてきた。

 オレはなすすべもなく、ライラに押し倒される。


「ビートくん、好きっ! 大好きっ!」

「ライラ! ちょ、ちょっと!」


 オレは起き上がろうとするが、できなかった。

 ライラが、オレにキスをして押さえつけてしまったからだ。


 長いキスを終えるころには、オレは起き上がる力を奪われていた。


「ビートくん……わたし、絶対にビートくんとわたしの子供、産むからね……!」

「あ……あうう……」


 真正面からそんな恥ずかしい言葉を云われると、オレは何も云えなくなってしまう。

 そして再び、ライラのキス攻撃が幕を開けた。


 ライラとオレはしばらくの間、ログハウスの中で身体を重ね合わせることになった。




 その日の夜。


「……それにしても、これからどうしようか」

「えっ?」


 ベッドの横に置いた灯りの下で、オレがつぶやき、ライラがそれに反応する。


「このまま、銀狼族の村で暮らしていくのも悪くはない。ここではライラといつも一緒にいられるし、オレを受け入れてくれる人も大勢いる」

「ビートくんは、銀狼族にとっては救世主よ。受け入れてくれない人なんて、この村にはいないわよ」

「……ありがとう、ライラ」


 オレがそう云うと、ライラは笑顔で尻尾を振る。


「えへへ……ビートくん、大好き……そうだわ!」


 ライラが、突然何かを思い出したように、身を起こした。


「ビートくん、ハズク先生に会いに行こうよ!」

「ハズク先生に?」

「そうよ。わたしたちが結婚式を挙げてから……ううん、グレーザーを旅立ってから、まだ1回も会ってないじゃない。それに、わたしはもう少しビートくんと2人だけの時間を楽しみたいから、子供はまだ先。だから、貯まったおカネは、ハズク先生に会いに行くための旅の資金にしない?」

「そうか……それだ!」


 オレは目を輝かせて、起き上がった。

 ハズク先生には、思えば1度も会っていない。手紙でのやり取りは何度かあったが、直接会ったのはアークティク・ターン号でグレーザーを旅立った時が最後だ。


 ハズク先生は、オレたちの育ての親だ。

 やっぱりちゃんと、直接会って結婚式を挙げた報告をしたい。

 結婚式に招待できなかったことの、せめてものお詫びとしても。


「ライラ、ハズク先生に会いに行こう!」

「うん!」


 ライラはとても嬉しそうに頷く。


「ビートくん、わたしはビートくんが行く場所なら、どこへだってついていくから!」

「ライラ、ありがとう」

「だってわたし……ビートくんの奥さんなんだから! それに、わたしもハズク先生に会いたいの!」

「それじゃあ……また明日からせっせとおカネを貯めなくちゃな」

「そうね。おカネはいくらあっても邪魔にはならないし、ハズク先生に会って帰ってくるときのおカネも必要ね」

「そういうこと!」


 オレはライラの頭を撫でる。

 頭を撫でられたライラは、尻尾を振りながら笑顔になる。


 こうして、やることが決まったオレたちは、その日は早めに床に就いた。




 それから数日後、オレはライラと共に再び旅に出ることを、シャインとシルヴィに報告する。

 育ての親であるハズク先生に会いに行くことを話すと、シャインとシルヴィは2つ返事で頷いた。


「うむ! ハズク先生によろしくと伝えておくれ!」

「ライラちゃんのこと、よろしくお願いしますね」


 シャインとシルヴィからそう云われ、オレとライラは再び旅に出ることが決まった。


「それで、出発はいつなんだ?」

「実は……まだ決めていないんです」


 オレが正直に云う。


「今度、サンタグラードに行ってアークティク・ターン号の出発予定日を調べてきます」

「そうだな、南大陸のグレーザーまで直通している大陸横断鉄道は、アークティク・ターン号しかないからな」


 シャインがそう云って、何かを思い出したように手を叩いた。


「そうだ! 今、サンタグラードにいる連絡員に調べてくるよう伝えてくるか!」

「えぇっ!?」


 突然の言葉に、オレは驚いた。


「なっ、なにもそこまでしていただかなくても……!」

「大丈夫だ! 長老に頼めば、すぐに連絡員に伝えてくれる! よし、ちょっと行ってくるか!」

「あっ、あのっ!」

「お父さん!」


 オレとライラが止めるのも聞かず、シャインはログハウスを飛び出していった。

 すると、それを見ていたシルヴィも立ち上がる。


「さて、私も準備をしなくちゃ!」

「お母さん……?」

「ライラちゃん、また長い旅になるわ」


 シルヴィが、エプロンを身につける。


「それに、ハズク先生にお土産を持たせなくちゃ! ライラちゃんが、お世話になった人なんだから!」

「おっ、お母さん!」


 ライラが叫ぶが、シルヴィは台所へと消えていく。


「食べ物だけは、お土産にしないでよーっ!」


 台所に向かって、ライラが叫んだが、シルヴィの耳に届いたかどうかは分からなかった。


「もう……お母さんってば。ついこの前も、ミーケッド国王とコーゴー女王にお供えしてって、食べ物を持たせてきたというのに……!」

「あ、あぁ。あのいつの間にかカバンに入れてあった、あれが……?」

「そう。西大陸に行くまでに痛んじゃうから、わたしとビートくんでミーケッド国王とコーゴー女王に断ってから、食べたあれよ!」


 ライラはそう云って、ため息をついた。


「今度だけは、食べ物だけは止めてほしいわ……」

「あはは……」


 もしも、ミーケッド国王とコーゴー女王が生きていたら、オレもあんなことを思ったりしたんだろうか。

 オレはそんなライラを見て、少しだけうらやましいと思った。




 出発の日。


 オレとライラは、再びアークティク・ターン号に乗り込んだ。

 今回も、旅をするのは2等車の個室だ。すっかり慣れ親しんだ個室に入ると、どこか懐かしい気持ちになる。


 見送りにやってきたのは、シャインとシルヴィ、そして連絡員としてサンタグラードに交代で駐在しているグレイシアだった。


「ライラちゃん、旅先に着いたら手紙よろしくね!」

「うん! 必ず送るわ!」


 グレイシアの言葉に、ライラは頷いた。


「ビートくん、娘のことを頼んだぞ」

「はいっ!」

「ライラちゃん、身体に気を付けてね」

「うんっ!」


 シャインとシルヴィの言葉に、オレたちは返事をする。

 すると、見計らったかのようなちょうどいいタイミングで、センチュリーボーイが汽笛を鳴らした。


「まもなく、1番ホームより南大陸グレーザー行き大陸横断鉄道、アークティク・ターン号が出発いたします。お見送りの方は、危険ですのでお下がりください!」


 駅員がアークティク・ターン号の出発を告げ、客車のドアが閉まった。

 そして列車全体に衝撃が走り、アークティク・ターン号が動き出した。


「グレーザーに着いたら、手紙を頼むぞーっ!」

「ハズク先生によろしくねーっ!」

「ビートくん、ライラちゃん、気を付けてねーっ!」


 シャインとシルヴィ、グレイシアの声が聞こえてくる。

 オレとライラはそれに応えて、手を振った。


 スピードが上がってくると、オレとライラは個室の中に身体を引っ込める。

 寒いし、これ以上は危ない。


 オレは窓を閉めると、暖房のスイッチを入れた。




「ハズク先生……オレたちのことを覚えてくれてるかな……?」


 オレは窓の外で降り続ける雪を見ながら、そうつぶやく。

 時として、人の記憶は儚い。ハズク先生は毎年のように、グレーザー孤児院を旅立つ子供たちを見送ってきた。

 オレは、その中の1人でしかない。ライラなら、銀狼族ということで覚えているかもしれないが……。


 そんなオレの不安を拭い去るかのように、ライラが云った。


「ビートくん、きっと覚えているわよ!」

「そう思う?」

「だってビートくん……」


 ライラがそう云って、ベッドに座るオレの隣に腰掛ける。

 婚姻のネックレスが、揺れた。


「グレーザー孤児院で婚約したなんて……わたしたち以外に、いると思う?」

「……そうだな」


 ライラの云うことは、最もだ。

 いくらいろんな子供がグレーザー孤児院に毎年入ってきて、旅立っていくとしても、孤児院にいるときに遊びなんかじゃなくて、本気で婚約するなんてことは、そうそうない。そんな前代未聞なことをしたのは、オレたちぐらいだろう。

 印象としては、バッチリすぎるほどだ。


 毎年子供を迎え入れ、見送っているハズク先生でも、覚えているに違いない。


「ライラに婚約のネックレスを贈ってプロポーズしたなんて、オレだけだな」

「そしてそのプロポーズを受け入れたのも、わたしだけよ」


 ライラがそう云い、オレに身体を寄せてくる。


「あうっ……!」


 柔らかなライラの身体が、オレの身体に吸い付いてくるようだ。


「ビートくんからのプロポーズ、わたし、本当に嬉しかったわ」

「あうう……ライラ……」


 オレは身体が熱くなっていくのを感じながら、ライラにプロポーズしたときのことを思い出す。


 よくもまあ、12歳という年齢でプロポーズなんかしたもんだ。

 早熟すぎるのにもほどがある。


 だけど、オレはあのときのプロポーズを後悔したことはない。

 ライラと強い絆で結ばれた、きっかけだからだ。

 あのプロポーズが無ければ、きっと今もこうしてライラと一緒にいることなんて、無かっただろう。


 ちゃんと、伝えたいことを伝えられて、本当に良かった。

 その結果として、ライラを生涯添い遂げる嫁として迎え入れることができたんだから。


 伝えるって、とても大切だ。


「ビートくん……」


 すると、ライラが上を向き、そっと目を閉じる。

 ここは個室だ。人目を気にする必要なんてない。


「ライラ……愛してる」


 オレはそう云って、ライラと唇を重ね合わせた。




 決して終わることのない、不変の愛で結ばれたオレたちを乗せて、アークティク・ターン号は最終目的地のグレーザーへ向けて疾走していった。




 幼馴染みと大陸横断鉄道~完~

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

応援していただいた皆様、ありがとうございました!



ルト




(2020年11月30日。追記)

この「幼馴染みと大陸横断鉄道」の続編(?)となります物語「幼馴染みと大陸横断鉄道~トキオ国への道~」が2020年12月1日より連載開始します!

「幼馴染みと大陸横断鉄道」の第210話~第212話の間の出来事が展開されていきます!

ビートとライラが、再び皆様に会いに行きます!

よろしければ、応援よろしくお願いします!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ