第208話 ビートの決断
結婚式と祝賀パーティーから、1ヶ月が経った。
オレが緊急電報で読んだ仲間たちは、全員がサンタグラードからそれぞれの地へと帰っていった。
オレはライラと共に全員と固い握手をして、戦闘への参加と結婚祝いのお礼として、銀狼族が作った保存食を手渡した。列車に乗り、サンタグラードを去っていく仲間を見送っていると、目頭が熱くなってきてしょうがなかった。
そしてオレとライラも、ノワールグラードでの戦いと、結婚式で忙しかった日々から、日常へと戻りつつあった。
オレは連絡員たちの手伝いを行い、ライラは母のシルヴィと共に農作業や1人暮らしをしている老人の生活の補佐をするようになった。
平凡だが、とても平和な時間がそこには確かに流れていた。
オレがログハウスに戻ってくると、ライラがオレを出迎えてくれた。
「ビートくん、お帰り!」
「ただいま」
ライラが玄関まで走ってきて、オレに抱き着く。
結婚式を挙げてからというもの、毎日これだ。
これまでもライラは度々オレに抱き着いてはきたが、結婚式後はそれに拍車がかかっているような気がする。
初々しい新妻のようだが、さすがに毎日となると少々大変だ。
「チキンスープができているわよ!」
「そりゃあ嬉しいな。お腹ペコペコなんだ」
オレが居間へ移動すると、ライラはすぐに大鍋からチキンスープを皿に移し、イスに座ったオレの前に置いてくれた。
チキンスープには多めの野菜と、鶏肉が入っていて、湯気が上がっている。
久しぶりのライラの手料理に、オレは生唾を飲み下した。
「ビートくん、食べようよ!」
「うん、そうだな」
ライラがイスに座ると、オレはスプーンを手にした。
「「いただきます」」
オレはライラと共に、灯りの下でスープを食べ始める。
こんな平和な日々が、毎日のように続いていった。
そんなある日、オレがベッドに座って本を読んでいると、風呂から出たライラが寝室に入ってきた。
「ライラ……!」
「ビートくん……!」
ライラはゆっくりと、オレに近づいてくる。
火照っているせいか、顔が紅いように見えた。
あぁ、これはアレだな……。
ライラの考えを理解したオレは、呼んでいた本を閉じて、そっと枕元に置いた。
風呂上り、寝室、顔の紅いライラ。
ライラが求めているものは、もう考えなくても分かる。
オレが立ち上がると、ライラはオレの顔を見上げた。
さぁライラ、いつでも来い!
すると、ライラが口を開いた。
「ビートくん……わたしの、両親と再会したいという夢を叶えてくれて、本当にありがとう!」
「……えっ?」
てっきし、オレを求めてくると思っていた。
オレは予想が外れて、少し拍子抜けしてしまう。
そして同時に、オレの中にある思いが浮かんできた。
「ビートくん……?」
「……あっ、ああ。どういたしまして!」
オレはライラにそう返してから、ライラの言葉で浮かび上がってきたことに思いをはせる。
両親と再会。
オレにとってそれは、もう叶わないことになってしまった。
理由は単純だ。オレの両親であるミーケッド国王とコーゴー女王は、アダムに殺されてしまって、もうこの世にはいないからだ。
だが、オレは両親との再会は諦めていても、まだ諦めていないことがあった。
それはトキオ国の跡地を、この目で見ることだ。
オレの両親が治め、オレとライラが生まれた場所、トキオ国。
今は無き国ではあるが、きっとその跡地はまだ残っているはずだ。
そこがどうなっているのかを確かめることは、きっとできるはずだ。
オレの両親がかつて暮らしていた場所を、この目で見たい。
両親との再会が叶わないオレの、せめてもの願いだった。
「……ビートくん」
ライラが、再び口を開いた。
「今、何か考え事をしていたでしょ?」
「どうして分かったの?」
驚いて問いかけたオレに、ライラは微笑む。
「グレーザー孤児院からずっと、いつも一緒に過ごしてきたじゃない。それくらい分かるわよ」
ライラの言葉に、オレは肩を上下させる。
ライラの前で、隠し事はできないな。
「うん。実は……」
オレはつい先ほどまで考えていたことを、ライラに話すことにした。
「オレ、トキオ国に行きたいんだ」
「トキオ国って……ビートくんのお父さんとお母さんが治めていたっていう、あの……?」
「そうだよ。ミーケッド国王とコーゴー女王……オレの父さんと母さんがいた場所」
ライラの言葉に頷き、オレは続ける。
「オレは今、そこがどうなっているのか、この目で見たいんだ」
「でも、トキオ国って――あっ!」
ライラがそこまで云いかけて、慌てた様子で口を噤んだ。
「ごっ、ゴメンね! ビートくん!」
「ううん、気にしていないよ」
オレはそう云って、ライラの頭を撫でる。
ライラの表情から不安が消えると、オレは再び口を開いた。
「トキオ国は、アダムが滅ぼしてしまったんだけど、オレはどうしてもトキオ国が今、どうなっているか見てみたいんだ。だけど、トキオ国があったという場所は、西大陸だ。オレは行ってみたいけど……正直、迷っているんだ」
「どうして?」
「せっかく、ライラは両親と再会できたし、食べることにも困っていない。だから今、それを捨てて西大陸へ旅をするのは、どうなのかなと思って……」
オレが気にしていたのは、そこだった。
今、オレたちは銀狼族の村で平和な生活を送っている。食べるものにも困っていない。それに何より、銀狼族の村の居心地は最高だ。オレがアダムと導きの使徒というアダムの部下たちを倒したことで、オレはすっかり銀狼族の英雄になってしまった。銀狼族からは、崇拝に近いほどの信頼を得ている。それにライラの両親も、オレとライラを様々な面で援助してくれる。ここで生きていくのなら、当分の間は何も困るようなことは無いだろう。
そんな満ち足りた状況を捨てて、再び旅をするというのは、なかなかできないことだ。
オレ1人だけならいい。だが、ライラを連れていくとなると、事情が違ってくるだろう。
ライラはずっと、北大陸の奥地にいるかもしれない、自分の両親と再会することが夢だった。そしてその夢は、オレたちが銀狼族の村に辿り着き、やっと叶った。
もうライラは、両親と離れ離れにならなくてもいい。
だからこそ、ライラを連れていくのはどうなのかと思い、ずっとオレは悩んでいた。
「だからオレ、諦めようかと――」
「ビートくん、忘れたの?」
オレの言葉を遮って、ライラが云った。
「え……?」
「ビートくん、わたしは誰と結婚したと思っているの?」
ライラは、オレに身体を寄せてきた。
豊満な胸と尻尾が、オレの身体にまとわりついてくる。オレは体温が、急激に上昇していきそうになった。
「わたしはもう、身も心もビートくんのものよ? だから、ビートくんの行きたい場所が、わたしの行きたい場所なの」
「ライラ……」
オレの顔を覗き込みながら、そう訴えるライラ。
本当にどうしてオレは、こんなにもオレのことを一途に愛してくれる女性と結婚できたのだろう。
ライラには、感謝しかない。
「ビートくん、本当の気持ちを話して?」
ライラの要求に答える以外の選択肢は、オレには用意されていなかった。
いや、オレが除外したんだ。
「うん……!」
オレはライラに、自分の心の底にしまい込んでいた気持ちを伝えた。
「何!? トキオ国の跡地を見に行くため、旅に出たいだと!?」
「はい。お義父さん、どうか許していただけないでしょうか?」
オレとライラは、シャインとシルヴィの家を訪ねていた。
昨夜、オレはライラに自分の気持ちを伝えた。
トキオ国の跡地を、どうしてもこの目で確かめたい。
ライラにそう云うと、ライラはすぐに同行すると云ってくれた。
後は、ライラの両親であるシャインとシルヴィから、許可を貰わないといけない。
「トキオ国の跡地を、どうしても見たいのか……?」
「はい」
オレはシャインの問いに対し、頷いた。
「僕が生まれた場所が今、どうなっているのか。それをこの目で確かめたいんです。そのためには、銀狼族の村を離れなくてはなりません」
「そうか……」
シャインはそう云うと、腕を組む。
許して、貰えるだろうか……?
オレが緊張しながら答えを待っていると、シャインがゆっくりと口を開いた。
「ビートくん」
「はっ、はいっ!」
オレは姿勢を正し、シャインを見る。
「1つだけ、確認しておきたい。君は今、旅立つ許可を貰いに、私たちの元を訪ねたのかな?」
「え……えぇ、そうです」
「そうか。……その必要は無いよ」
シャインは穏やかな声で、オレにそう云った。
「ビートくん、君はライラと結婚式を挙げて、正式に夫婦となった。夫婦で決めたことに、私たち親が口を出すことはしない。自分がどうするのか決めるのは、自分自身だ。グレーザーからここまで旅をする間、分かれ道に立った時、決めてきたのは誰かな?」
「――!!」
オレはシャインの言葉に、忘れていたことを思い出した。
旅の途中、どうやって進むべき道を決めてきたのか。
その答えを、オレは知っていた。
「……自分、です」
「そうだ。よく分かっているじゃないか」
シャインはそう云うと、立ち上がった。
そしてオレのすぐ横に着て、オレの肩にそっと手を置いた。
「トキオ国に行くか否か、決めるのは君だよ」
「……はい!」
そうだ。どうしてオレは、こんなことを聞きに来たんだろう?
オレの行動を決めてきたのは、いつだってオレ自身だったじゃないか。
そんな当たり前のことを、どうして忘れてしまったのか。
オレがやることは1つ!
自分の気持ちに、素直になることなんだ!
「僕……トキオ国の跡地を、この目で見に行きます!」
オレが宣言すると、シャインは頷いた。
「そうか……わかった!」
シャインは頷くと、近くに置いてあったタンスの引き出しを開けた。
そして引き出しから1枚の紙を取り出すと、オレとライラの前に持ってきて、広げる。
それは古い地図だった。
「ライラも、トキオ国で生まれたんだ。2人にとってトキオ国は、まさに生まれ故郷のような場所かもしれない」
シャインがそう云うと、シルヴィも口を開いた。
「トキオ国だった場所がどうなっているのか、実は私たちも確かめたかったの。でも、西大陸のような遠くまで行くのは大変だし、今の私たちは、この村での生活が一番なの」
「ビートくん、それにライラ。2人にトキオ国の場所を教える。どうか私たちに代わって、その目で今のトキオ国がどうなっているのか、見てきてほしい」
その言葉に、オレとライラは顔を見合わせる。
そして笑顔になり、シャインに向き直った。
「「はいっ!!」」
オレとライラは、同時に返事をする。
それを見たシャインは、地図にトキオ国の場所を書き込んでいった。
それからオレたちは、旅費を作るための仕事に励む日々を送った。
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