第20話 婚姻のネックレス
「ビートくん、また残業してきたの?」
「あぁ、余計なクエストを請け負っちゃって」
ライラが呆れた声で云い、オレはゆっくりとイスに腰掛ける。
最近、クエストを受ける回数を少し増やしていた。
「もう旅費は貯まっているし、これ以上頑張らなくても……」
「それはそうだけどさ、おカネはたくさんあっても邪魔になるものじゃないだろ? だから、旅に出る時まで、少しでも増やしておきたいんだ」
「頑張るのはいいけど、無理はしないでね」
「あぁ、ありがとう」
オレは疲れた体のあちこちを、軽く叩いた。
重い荷物をいくつも運んだためか、身体が悲鳴を上げそうだった。
グレーザー駅の裏通りにある、小規模な装飾品店。
オレはそこに足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ」
室内なのにつばの広い婦人用帽子を被った若い女性店員が、挨拶をしてくれる。
今日ここにやってきたのは、ライラに渡す婚姻のネックレスを作ってもらうためだ。
男性が女性に求婚するときに渡すものが、婚約のネックレスだ。
そして結婚する時には、婚姻のネックレスを贈り合う。
婚姻のネックレスを贈り合う時は、肉親や親しい人、恩人などの人に立ち会ってもらうのが、一般的だ。
すでにライラには、婚約のネックレスを渡してある。
それをライラは、いつも肌身離さず身につけている。
しかし、いつまでも婚約のネックレスというわけにもいかない。
それに婚約のネックレスを買った時は、まだグレーザー孤児院にいた。
それゆえ、買えたのは1番安いものだった。
オレはグレーザー孤児院でライラに婚約のネックレスを渡した時から、思っていた。
婚姻のネックレスには、ちゃんとしたものを渡したい――。
オレはグレーザー孤児院を出てからも、鉄道貨物組合でクエストを請け負う時も、ライラの両親を探すための旅費を一緒に貯めているときも、忘れていなかった。
オレは小袋の中を覗き込み、金貨の枚数を数える。
ライラにも内緒で貯めてきたおカネ。
これはもちろん、婚姻のネックレスを作るための資金だ。
全部で、大金貨8枚。
内緒で貯めるのは大変だったが、ここ最近になって、身体を酷使するクエストをいくつか請け負っておいたおかげで、なんとかグレーザーを旅立つ前に貯めることができた。
「本日は、どのようなものをお探しですか?」
「婚姻のネックレスを、作っていただきたいんです」
女性店員にオレが答える。
女性店員は一瞬だけ目を丸くし、そして微笑む。
「それはおめでとうございます。では、こちらにサンプルがありますので、ご覧ください」
「ありがとうございます」
オレは女性店員に促され、ショーケースの中を見る。
宝石がちりばめられたものから、ライラがつけている婚約のネックレスのようなものまで、様々な婚姻のネックレスが展示されている。
「いろいろありますね」
「はい、各種ご用意いたしております。失礼ですが、ご予算の程は……?」
「えーと……これで用意できるものを……」
オレは女性店員に、大金貨8枚を見せる。
「それでしたら、こちらのものになります」
「……えっ?」
女性店員が示したものを見て、オレは驚く。
そこにあったものは、ライラに渡した婚約のネックレスと全く変わらないデザインのものだ。
銀色に光る、チョーカーに近いネックレスとその値段を見て、オレは絶句する。
「い……意外と高いのですね」
「こちらは、見た目は簡素でも質が違います」
女性店員は嫌な顔1つせず、説明する。
「こちらは小さいですが『ガーネット』を使用しております。さらに、北大陸でしか産出されない希少な『スノーシルバー』という銀を使用しております。お値段は張りますが、再会や不変の愛を司るガーネットに、いかなる困難にも負けることなく打ち勝つと古より伝わるスノーシルバー。婚約のネックレスには、これ以上ない最適の組み合わせです」
再会……不変の愛……北大陸。
オレはその言葉に、奇妙な運命らしきものを感じ取る。
「……これを、1セットお願いします」
「ありがとうございます。大金貨8枚ちょうどです」
そしてオレは、念願だった婚姻のネックレスを手に入れた。
オレはアパートに戻ると、婚姻のネックレスをオレの衣類が入っている場所へと隠した。
ライラが帰ってきて、夕食を終えたら、全てを伝えよう。
オレはそう決めた。
「……ねぇ、ライラ」
「ビートくん、どうしたの?」
夕食後、ゆっくりしているところで、オレが切り出した。
「あと2ヶ月と少ししたら、オレたちはアークティク・ターン号で旅に出るよね?」
「それが、どうかしたの?」
今さら、決まりきったことを聞くのはなぜか?
ライラの目がそう云っているように見えた。
「実は、出発前にひとつ、やらなくちゃいけないことがあるんだ」
「もう準備はほとんど終わっているよ?」
「いや、まだあったんだ」
オレはそう云って立ち上がり、婚姻のネックレスが入った箱を持ってくる。
ライラはその箱の中身に気づいていないらしく、首をかしげる。
「ライラに、やっとこれを渡すことができる」
オレはライラの目の前に箱を置くと、そっと箱を開いた。
「!?」
箱の中身を見たライラは、驚きの表情へと変化する。
2つの婚姻のネックレスが、光を反射して光っていた。
「オレ、ライラにその婚約のネックレスを贈った時から、決めていたんだ。いつか必ず、婚姻のネックレスを贈るって……」
「でも、こんなに高そうなもの、どうやって……?」
ライラが感激して声を震わせながら、オレに尋ねた。
オレがそっと頷くと、ライラは全てを理解したらしい。
さすがは、同じ孤児院で育った幼馴染みだ。
「もしかして、最近残業していたのって……!」
「そういうこと。さすがライラ」
「ビートくん……もうっ」
ライラは目から零れ落ちた涙を、そっと拭う。
あ、これはなんともいえない。泣き顔は似合わないが、こういうのはいいな。
オレは自然と、ライラを見てそんなことを考えてしまう。
「明日、立会人になってもらう人の所に行って、ネックレスの交換をしよう」
「でも、立会人になる人って……?」
「ぴったりな人が1人、いるじゃないか」
オレの言葉に、ライラもようやく気づいたらしかった。
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