第206話 結婚式の準備
「結婚式だ、結婚式だ!!」
久しぶりの結婚式ということもあり、銀狼族の村は活気に溢れていた。
結婚式は、そうそうないイベントだ。結婚式が行われるのは、次の満月の夜。それまでに準備を終えないと、次の満月の夜までお預けになってしまう。銀狼族たちは総出で、結婚式の準備に取り掛かっていた。
「食材の手配は大丈夫ですか!?」
「ばっちりじゃ! 今、サンタグラードにいる連絡員に電報を打った!」
アルゲンが親指を立てて答える。
「会場の設営は、進んでおるか?」
「はい! 集会所のグラウンドで作業が進んでおります」
「よし。それなら一安心じゃ」
アルゲンはチェックリストを取り出し、ペンでリストに書かれている項目を1つずつ消していく。
「男衆は順調じゃのう。さて、女衆はどうかのう……」
アルゲンは集会所の方を見つめた。
「ライラちゃん、こっちに来て」
「はい……」
わたしは集会所で、銀狼族の女性たちと一緒にいました。
これからわたしはウェディングドレスを作るために、身体のサイズを測るのだそうです。
「じゃあまず、服を脱いでね」
「わかりました」
わたしは云われるがままに服を脱ぎ、下着姿になります。
そして、銀狼族の女性によって、わたしの身体にメジャーが巻き付けられます。
「はい、それじゃあそのまま動かないでね」
1人の女性がメジャーを抑え、もう1人の女性が紙にサイズを書き込んでいきます。
早く終えて、ビートくんに会いたいです。
「ありがとう。もう大丈夫よ」
女性がそう云うと、わたしの身体からメジャーが離れていきます。
わたしはすぐに服を着ました。
「これで大丈夫よ。素敵なウェディングドレスが作れるわ」
「あの……わたしはほかに何をしたらいいですか?」
まだやることがあるのなら、わたしは協力したい。
そう思って、わたしは女性に尋ねました。
「大丈夫よ、ライラちゃん!」
女性はそう云うと、わたしの肩を優しく抱いてくれました。
「私たちに任せておいて! 新婦さんは、これからもっと大切なことを決めなくちゃいけないの!」
「もっと大切なこと……?」
「あなたの旦那さんと、一緒に決めなくちゃいけないことよ!」
旦那さんと一緒に決めなくちゃいけないこと。
その言葉に、わたしの耳がピクンと動きました。
「ビートくんと……!?」
「そうよ。さ、早く長老の家に向かって。きっとそこで、旦那さんも待っているはずだから」
「はっ、はいっ!」
ビートくんが待っている。
それなら急がなくちゃいけません。
わたしは集会所を出て、アルゲンさんの家へと向かいます。
ビートくんが、そこにはいるのですから……!
オレはシャインから云われ、アルゲンの家にやってきた。
「ここで、大切なことをするとかなんとか、聞いたけど……」
いったい大切なこととは、何だろう?
オレが首をかしげていると、見覚えのある銀狼族の少女が走ってきた。
「ビートくーん!」
「ライラ!!」
走ってきたのは、ライラだった。
ライラはそのまま思い切り、オレに抱き着いてきた。
「わあっ!?」
「ビートくん、ビートくんだ!」
抱き着いてきたライラは、そのままオレの匂いを嗅ぎ始める。
首元に鼻息が当たってくすぐったい。
「ビートくん……ビートくん……!」
「ライラ、ここではちょっと……」
オレは困りながらも、ライラを引き離せないでいた。
そんな時、アルゲンの家のドアが開いた。
「よく来た……おぉ!」
「あっ」
オレたちを見たアルゲンは、目を細めた。
「……若いとは、素晴らしいのぅ」
アルゲンの言葉に、オレとライラは赤面する。
そしてライラは、ようやくオレからそっと離れた。
「えと……その……」
「まぁまぁ、これから大切な打ち合わせがあるんじゃ。ささ、こっちへ……」
オレたちはまだ顔を紅くしたまま、アルゲンの家へと入っていった。
「……ふぅ、疲れたぁ」
「わたしもぉ……」
アルゲンの家からログハウスに帰ってきたオレたちは、ベッドに横たわった。
くたくたになっていて、身体が重かった。
アルゲンの家で何をしていたのかと云うと、結婚式の内容についての打ち合わせだ。
招待客として呼ぶ人に出す料理の内容、招待客のリスト作成、お土産として渡す引き出物、そしてスピーチの内容。
正直、何を決めればいいのかさっぱり分からなかったオレたちは、ほとんどその内容をグレイシアやラーニャ、ココ婦人にお願いしようとした。グレイシアは銀狼族の風習について詳しいし、ラーニャとココ婦人は過去に結婚式を経験している。分からないことは、下手に自分たちで決めるよりも、経験者から知恵を借りたほうが良い。そう思ってお願いしたのだが、結局はアドバイスを受けながらオレたちが最終的な決定を下すことになってしまった。
普段は考えないようなことに頭を使ったせいか、脳が疲労を訴えているような気がした。
しかも、これで全てが終わったわけではない。
決めることは、まだ残っているのだ。
「あれだけ色々決めたのに……まだ全部じゃないなんて……」
「結婚式がこんなに大変だなんて、思わなかったわ……」
ライラの言葉に、オレは頷いた。
「あぁ、全くだ。ハズク先生の前で、婚姻のネックレスを交換した時が懐かしいよ」
オレは、ライラの両親を探す旅に出る前に、ハズク先生を立会人にしてライラと婚姻のネックレスを交換したことを思い出す。
ハズク先生の前で、婚姻のネックレスを交換して付け合うだけで終わった結婚。結婚式を挙げることに比べたら、なんて簡素なやり方だったんだろう。
重大な役を引き受けてくれたハズク先生には、本当に感謝している。
「ビートくん……ハズク先生も呼びたかったわね」
「オレも、それがすごく残念だ」
ライラの言葉に、オレは頷いた。
オレとライラの結婚式には、ハズク先生も是非来てほしかった。オレたちをグレーザー孤児院に迎え入れてくれた、育ての親。ハズク先生がいたからこそ、オレたちは出会えたし、こうして今、一緒にいる。
ハズク先生には、是非オレたちの結婚式に来てほしかった。
だが、それはできなかった。
ハズク先生は、南大陸のグレーザーにいる。
とてもじゃないが、北大陸の銀狼族の村まで結婚式に招待するのは不可能だ。
オレとライラは、どうやってハズク先生に結婚式を挙げたことを伝えようか、話し合った。
話し合いの結果、写真を撮影して、手紙に同封して送ることにした。
「ハズク先生……喜んでくれるかしら?」
「喜んでくれるよ!」
オレはベッドから起き上がり、ライラを見つめる。
「オレたちが婚姻のネックレスを交換したときも、ハズク先生はあんなに泣いて喜んでくれた。絶対に、オレたちが結婚式を挙げたと知ったら、喜んでくれるよ!」
「……うん、そうね」
ライラも起き上がった。
「ビートくん、わたし、結婚式が楽しみになってきた!」
「オレはまだ、ちょっと緊張しているな。明日は、オレの着るタキシードを作るみたいだから」
「じゃあ、そろそろ寝よっか」
「そうだな」
オレが電気を消し、オレとライラはベッドにもぐりこんだ。
翌日、オレはナッツ氏と共に昨日ライラがウェディングドレスを作るためにサイズを図ったという、集会所の一室にいた。
ライラのウェディングドレスとは違い、オレの着るタキシードはすでにある既製品を使うことになっていた。どうしてなのか聞いたが、ウェディングドレスは1着ごとに手作りらしく、2つとして同じものが無い。そのため新調する必要があるらしい。だがタキシードは、工業製品として量産体制が確立している。だからタキシードは既製品を使うことになったらしい。結果的に、そのほうが安く済むんだとか。
安く済むなら、それに越したことは無いとオレは思った。
そしてタキシードは、ナッツ氏が手配してくれた。
「どうかね? ビート氏よ」
「これ、本当にオレなんですか!?」
鏡に映った自分の姿を見て、オレは目を丸くする。
鏡の中には、白いタキシードで決めた男がいた。顔は間違いなくオレで、身体はオレが着ているものと同じタキシードを身につけている。
とても自分自身だとは思えなかった。
これを見たら、ライラはどんな反応をするのだろう?
オレにべったりなライラが、さらにべったりになったりするのだろうか?
そんなことを考えていると、ナッツ氏がオレにタキシードを脱ぐように云ってきた。
「えっ、もう脱いじゃうんですか!?」
「そうだ、ビート氏よ」
ナッツ氏は頷いた。
「今日は、サイズのチェックだ。タキシードを着て人前に立つのは、結婚式までのお楽しみにしておくんだ」
「は、はい!」
そうだ。今日が本番じゃない。
タキシードを着るのは、結婚式の時であって今じゃない。
納得したオレは、すぐにタキシードを脱いで畳み、自分の服に着替えた。
そして、結婚式が行われる満月の夜がやってきた。
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