第205話 ライラの両親からの提案
オレとライラが、ログハウスのドアをノックする直前に、ドアがまるで待ち構えていたかのように開いた。
「ビートくん! それにライラ!」
「お父さん!」
ライラの父、シャインが出迎えてくれた。
オレに向けられる視線には、もう戸惑いや敵意などは感じられない。ようやく、オレは受け入れてもらえたようだ。
もうシャインさんから、怒鳴られることもないんだろう。そう思うと、ちょっとだけ寂しいような気もするが。
オレがそんなことを考えていると、ライラが口を開いた。
「お父さん! グレイシアちゃんから話があるって聞いたから、とんできたんだけど!?」
「詳しい話は中でしよう。さ、こっちだ」
シャインに云われ、オレとライラはログハウスの中へと入っていく。
シャインとシルヴィが2人で暮らしているログハウス。中は暖かくて、木のいい匂いが漂っていた。
「お帰りなさい」
シルヴィが、紅茶を出してくれた。オレとライラは紅茶を一口飲み、落ち着く。
何度見ても、シルヴィはライラとよく似ている。整っている美人な顔立ちに、サラサラとしていそうな白銀の髪。そしてライラよりも大きな胸。思わずその圧倒的な存在感を放つ胸に目が行ってしまいそうになる。だが、オレにはライラがいる。オレは雑念を振り払うように、もう一口紅茶を飲んだ。
「お父さん、話って何なの?」
「うむ。実はだな……」
ライラの言葉にうなずいたシャインが、話し始めた。
オレも紅茶が入ったカップを置き、ライラと共にシャインの話に耳を傾ける。
「……結婚式を、挙げないか?」
シャインがそう一言。
オレとライラはそれに何度か顔を見合わせてから、目を丸くした。
「「け、結婚式!?」」
「そうだ。結婚式だ」
シャインはニコニコしながら頷く。
「グレイシアから聞いたんだが、2人は結婚はしたが、結婚式は挙げていないそうじゃないか」
「そ……それは……そうですが……」
オレは少しだけ、伏し目がちになる。
確かに、オレとライラは結婚式は挙げていない。
やったことといえば、ハズク先生に立会人になってもらって、ライラと婚姻のネックレスを交換したことだけだ。結婚するにあたって、必要最小限のことしかしていない。
結婚式を挙げる気が無かったのかといわれると、そんなことはない。
オレとライラが結婚式を挙げなかったのは、おカネが無かったからだ。少ない給料から、日々の出費を支払いながら、アークティク・ターン号で北大陸へ行くための資金を作っていたオレたちに、結婚式を挙げることは不可能に近かった。ライラとの間で交わした婚姻のネックレスだって、オレがクエストを余計に請け負ってやっと購入できたものだ。立会人もハズク先生がいたからこそ、なんとかなった。
オレは、ライラにウェディングドレスを着せてあげられなかったのが、ずっと心の奥に引っかかっていた。
女性なら誰もが、一度はウェディングドレスに憧れると本で読んだことがある。ライラも、ウェディングドレスに憧れを抱いたことはきっとあるはずだ。
もしもウェディングドレスを、ライラに着せてあげられるなら……!
「でもお父さん、結婚しているのに結婚式を挙げるなんて、おかしいんじゃないかしら?」
ライラからの問いに、シャインは笑った。
「いや、そんなことはないぞ! 私もミーケッド国王とコーゴー女王に助けられるまで旅をしていて、いくつか結婚するシーンに立ち会ってきたが、婚姻のネックレスを交わしてから1年後に結婚式を挙げた人もいた。結婚式は必ずしなくちゃいけないわけじゃないから、後になってからする人もいるんだ。だから変なことじゃないぞ」
「そうなんだ!」
「そして、銀狼族の結婚式は昔からのしきたりがあるんだ」
シャインはそう云うと、そっとシルヴィに視線を送る。
シルヴィはほほ笑んで、シャインの横に座った。大きな胸が、ゆっくりと揺れた。
「銀狼族は、満月の夜に結婚式を挙げるのよ」
「満月の夜に?」
「そう。満ち足りた銀色の月に、永遠の愛を誓うの。銀狼族に古くから伝わる伝説では、満月の夜に結ばれた男女は、生涯添い遂げ、幸福な一生を送ることができるといわれているの」
「ビートくん……なんだかグレーザー孤児院での夜を思い出すね」
ライラからの言葉で、オレは思い出した。
初めて、ライラの夢を聞いた夜。その夜は、確か満月だった。満月の下で、ライラがオレに自分の夢を教えてくれた。思えば、その時にオレとライラは結ばれたのかもしれない。オレが婚約のネックレスをライラに渡すよりも先に、そこで結ばれたとしたのなら……。
「ライラちゃん、それはどういうこと?」
「お母さん、あのね……」
シルヴィから問われたライラが、グレーザー孤児院での夜の出来事を話す。
すると、シルヴィは嬉しそうな声を上げた。
「まぁ! そんなことがあったの!」
「そうか、早熟だなライラ!」
シャインも嬉しそうに笑う。
「こりゃますます、結婚式を挙げる必要がありそうだな! いろいろと準備をしないとな!」
「……そ、そうだ!」
シャインの言葉で、オレは大事なことを思い出した。
結婚式を挙げるには、気持ちだけではいけない。
現実的な問題が、そこには立ちはだかっている。
「あの……結婚式って、かなりおカネが掛かりますよね?」
オレは費用のことが心配だった。
どれくらいなのかは知らないが、結婚式にはおカネが掛かることくらいは、オレも知っていた。
結婚式を挙げるとなれば、おカネだってとんでもない金額になるはずだ。
「なに、心配することは無い!!」
シャインが、力強い声でそう告げる。
「結婚式はそうそうないイベントだから、銀狼族の村では村の全員でおカネを出し合って行うことになっているんだ! 費用の心配はしなくていい! それに、先日私たちと共に戦ってくれたビートくんの友人たちにも、共に2人の結婚式を祝ってもらえたらと思う。どうかね!?」
「僕は……」
オレはチラッと、隣に座るライラを見る。
費用の心配をしなくていいのなら、それはとてもありがたい。頭の中で、オレはウェディングドレスを着たライラを想像してみる。
正直、この目で見たい。
よし、ここは思い切ってオレの正直な気持ちを話してみよう!
そう決意して、オレは口を開いた。
「……ライラと婚姻のネックレスを交換するときに、ウェディングドレスを着せてあげられなかったことが、ずっと心残りだったんです。僕は、ライラにウェディングドレスを着せてあげたいです!」
「ビートくん!?」
オレの言葉に驚くライラ。
そしてそんなオレたちを見て、目を細めるシャインとシルヴィ。
「ライラ……本当に、いい人と出会えて良かったなぁ」
そう云うと、シャインが立ち上がった。
「よしわかった! 私はこれから、長老に話を通してくる!」
「あっ、お父さん!!」
「ライラちゃん、私もグレイシアちゃんやほかの連絡員に伝えてくるわね!」
「お母さん!!」
シャインとシルヴィは、共にログハウスを出ていった。ログハウスには、オレとライラの2人だけが残される。
さっきまで賑やかだったログハウスは、水を打ったように静かになってしまった。
「……ビートくん」
ライラが、そっとオレに聞いた。
「その……わたしに……う、ウェディングドレスを着せたいって……本当……?」
「……本当だ」
オレはライラを見つめて、そう告げる。
冗談でもなければ、嘘なんかでもない。
「オレはずっと……ライラにウェディングドレスを着せてあげたかったんだ! ライラのお父さんから、結婚式を挙げないかと云われたとき、もしかしたらそれが叶うんじゃないかって、思ったんだ。ライラがウェディングドレスを着れるかもしれない。それなら結婚していても、結婚式を挙げる意味はあるはず! オレは……」
もしかしたら、ライラの気分を害するかもしれない。
でも、オレはどうしてもライラに伝えたかった。
「ライラのウェディングドレス姿を、この目で見たいんだ!!」
そう云って、オレはライラを見る。
ライラは口元に手を当てながら、目を丸くしていた。
「ビートくん……」
目に涙を浮かべるライラ。
そっと、右手で零れ落ちそうになっていた涙を拭う。それがうれし涙であると、オレはすぐに分かった。
「わたしも……ずっと……ずっとウェディングドレスに憧れていたの」
「本当!?」
「うん。でも、もう結婚しちゃったから結婚式を挙げることなんてないと思って、諦めていた。だけど……それが叶うなんて……まるで夢みたい!」
「ライラ……」
声を震わせながら喜びを示すライラの肩を、オレはそっと抱きしめた。
ライラの体温が、オレの肌へと伝わってくる。
「夢じゃないよ。これは、現実だ」
「ビートくん……」
ライラが、オレの肩に頭を乗せ、尻尾までオレにくっつけてくる。
「わたし……嬉しい」
良かった。
これでまた1つ、ライラの夢を叶えることができる。
オレたちは長老のアルゲンに話を伝えに行ったシャインと、グレイシアに報告に行ったシルヴィが戻ってくるまで、ライラと温もりを分かち合った。
そしてすぐに結婚式の日程が決まってしまい、結婚式に向けての準備を進めることがシャインとシルヴィ主導で決まっていった。
「で、結婚式を挙げることになったんだ」
オレはログハウスにいる仲間たちに、結婚式の報告をした。
「なんだって!?」
「ビートとライラが、結婚式を!?」
「それは実にめでたいことだ!」
「これは、協力しなくてはならんのぅ!」
「うん! こういうときだからこそ、やらなくちゃいけないことがたくさんある!」
仲間たちは次々に、結婚式への協力を申し出てくれた。
オレはお礼を云いながら、結婚式の日程を伝える。
すると、ケイロン博士がやってきた。
「銀狼族の結婚式とは、これは素晴らしい!!」
ケイロン博士は、どういうわけかかなり喜んでいた。
「銀狼族の結婚式を見るのは、初めてなんだ! これはまたとない取材機会だ! ビートくん、私も手伝うから、取材もさせてほしい!」
「あ……はい……」
オレはケイロン博士の迫力に押され、つい承諾してしまった。
こうして、オレとライラの結婚式の準備が始まった。
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