第203話 ライラの涙
オレが目を開けると、どこかで見たような光景が、そこには広がっていた。
辺りに散らばっているのは、人や獣人の死体。
それらを照らすのは、真っ赤な夕陽。
自分の身体を見ると、オレは血まみれになっていた。
そうだ。
オレは、全てを思い出す。
オレは銀狼族を奴隷にしようとしてきたアダムと、アダムの配下にある私設軍隊と戦い、銀狼族を守り抜いた。
そしてアダムの私設軍隊を全滅させ、奴隷商人のアダムも倒した。
しかし、アダムと戦った時、オレは刺し違えてしまった。
アダムが絶命したが、オレも重傷を負ってしまった。
死ななかったのが、不幸中の幸いか。
「ビートくん……ビートくん……!」
自分のことを呼ぶ、訊き馴染みのある声。
ゆっくりと目を開け、上へ目を向けると、ライラがいた。
オレの顔を見下ろして大粒の涙を流しながら、何度もライラはオレの名前を呼ぶ。
オレはライラに抱きかかえられていた。
ライラはオレの血で自分の衣服が汚れるのも構わず、オレを抱きしめながらオレの名前を呼び続ける。
周りには、オレと共に戦ってくれた仲間たちや、銀狼族がいる。
全員が、目に涙を浮かべていた。
ライラ、もう泣くな。
オレはライラを慰めようと、手を伸ばしかけて、止めた。
オレの手は、血まみれになっていた。
こんな汚れた手で、ライラに触りたくない。ライラが穢されてしまいそうな気がした。
まず、最低でも手に着いた血を拭き取ろう。
オレはゆっくりと、手を引っ込める。
しかし、どういうわけかそれを見ていたライラが余計に泣きだし、オレを強く抱きしめる。
「ビートくん! ビートくん!!」
どうやら、オレが力尽きたと誤解されたらしい。
ライラはオレをさらに強く抱きしめる。
ちょっと、痛いんだが。
「死んじゃイヤ! 死んじゃイヤ!! ビートくん、お願い死なないで!! わたしを1人にしないで!!」
誰が、ライラのような可愛い嫁を残して死んだりするか。
オレは死んでいないから。
オレはズボンで手に着いた血を拭う。
しかし、それは誰も見ていなかったらしい。
「ライラ、ビートくんはもう……息をしていない」
ライラの父、シャインが諦めたように云いかける。
だから、オレは死んでないから!!
まだ生きているから!!
呼吸だってしているじゃん!!
脈も計らずに決めつけないでくれよ!!
「ヤダ! 死なないで!! わたしを1人に……未亡人にしないで! お願い! わたしを置いていかないで!!」
「ライラ、だからビートくんはもう――」
「神様!! ビートくんを連れて行かないで!!」
「ビートくんは、もうあの世に行ってしまったから……」
だからまだ死んでないから!
「だったらわたしも、ここで死んでビートくんの所に行く!」
「バカなことを云うな! それでビートくんが喜ぶと思うのか!?」
シャインが驚愕した声で云う。
そりゃそうだろうなぁ。せっかく生き別れた娘と長い月日を経て再会できたというのに、娘が死にたいなんて云い出したら喜ぶはずが無いよな。
しかしライラははっきりと、自分の父シャインに向かい、こう云った。
「ビートくんのいない世界に、未練なんかない! わたしもビートくんの後を追って、あの世でずっと一緒になる! わたしの居場所は、ビートくんの腕の中だから!」
ライラ、そこまでオレのことを想ってくれてたなんて――!!
ライラ、ごめんな。
あいにくオレはまだ、あの世に行く予定はないんだ。
なぜなら、ライラがいるから。
「――誰が、ライラを1人にするかよ……」
オレはそっと、呟くように云う。
全身に走る痛みで、それ以上大きい声が出せなかった。
「えっ……?」
「まさか、生きて……!?」
オレの声に驚いたらしく、ライラの涙が止まり、シャインが信じられないといった顔になる。
そりゃそうだろうな。
どこからどう見ても、今のオレは死んでいるようにしか見えないよな。
「あり得ない! あれだけの血を流して、爆発にまで巻き込まれたというのに……!!」
「お義父さん、オレは云ったはずです。『オレはライラと別れるつもりは一切ありません。決してライラを1人残して、どこかに行ったりしません』と……」
「ビートくん!!」
ライラがオレの名を叫び、オレは続ける。
「それにこうも云ったはずです。『なぜならライラは、オレにとってかけがえのない最愛の女性であり、たった1人しかいない幼馴染みで妻だからです』と」
「ビートくん……」
「ライラ……」
オレはゆっくりと手を上げ、ライラの頬を撫でる。
「オレの後を追って死ぬなんて、止めてくれよ。ずっと云ってきたじゃないか。『ライラに涙は似合わない』ってさ」
「ビートくん……!!」
「でも、死んだら後を追って死ぬなんて、そこまで一途に愛されてたとは思わなかったな。ライラがそこまでしてオレに尽くすと宣言してくれたみたいで、嬉しいよ。オレ、ライラに婚姻のネックレスを贈って、本当に良かった」
「だってわたし、好きになった人には一生を捧げるほど尽くす銀狼族だから。ううん、それだけじゃない!」
ライラがそこまで云って、鼻をすすった。
「わたしは……ビートくんのことが世界で1番大好きで、ビートくんを世界で1番愛しているから」
ライラはそう云うと、再びオレを強く抱きしめてきた。
オレの身体に、再び激痛が走る。
「ビートくん、大好き!! 愛してる!! 絶対にわたしを1人にしないでね!! いつまでも一緒にいようね!! 愛してる!! 愛してる!!!」
「痛い痛い!! ライラ、分かったから放してくれ!! 痛い!! ぐああっ!」
一瞬だけ、あの世が見えたような気がする。
この時ばかりは、マジで死んでしまうのではないかと、オレは思った。
オレを含め、生き残った人は、全員がタンカや馬車で銀狼族の村にある病院へと搬送された。
オレは血を流しすぎたことと、爆発に巻き込まれたことから、医者から「生きているのが不思議なくらいだ」と云われた。
血が足りなくて、オレは輸血を受けなくてはならなかった。
そしてなんと、輸血された血液は、ライラから輸血された。
「わたしたちのために血を流してくれたんだから、わたしの血を、いくらでもビートくんのために使ってほしい!」
医者はライラからそう強く云われ、最終的に根負けしたらしい。
輸血されているときも、ちゃんとオレに輸血されているか確認しながらの輸血になったんだとか。
正直、たまにライラがオレのことを好きすぎて、恐ろしく感じられることがある。
今後、オレの身に何かあったりしたら、ライラがどういった行動をとるのか、全く予想がつかない。
ライラがオレのことで取り返しのつかないことをしでかす前に、ちゃんと釘を打っておいた方がいいな。
オレはベッドの上で1人、そう決意した。
ライラは毎日病院に来てくれた。
ライラが見舞いに来てくれるのは嬉しかったが、傷だらけになったオレを見て毎回絶望した表情の後に、涙を流すのは勘弁してほしかった。
1人部屋ならまだしも、他の人もいる中、ボロボロ泣かれるとものすごく気まずい空気になってしまう。
「ビートくん……ビートくん……」
「ライラ、オレは死んでないから」
オレはベッドの上から云う。
もし本当に死んでいたら、オレに生き返って欲しくて棺に抱き着いて泣き叫ぶどころか、棺の中にまで入ってきたかもしれない。
「分かっているけど……傷が……」
「治ったら、退院してもいいって云われているから、もう少しの辛抱だよ」
オレはそう云って、そっと手を上げる。
それの意味が分かったライラは、自分の頭をそっと下ろしてオレの手の位置まで持ってくる。
オレがライラの頭を撫でると、ライラは大人しくなった。
「ライラは、オレのために血を分けてくれたんだ。今のオレには、半分ライラの血が流れているから、きっとすぐに良くなるよ」
「うん……」
「退院したら、何度でも撫でてあげるし、いくらでもふがふがしていいから、待っててくれ」
「……うん、約束よ」
撫でられて少し落ち着いたのか、涙は止まり、笑顔を見せてくれる。
「また後で、様子を見に来るからね!」
ライラはそう云って、名残惜しそうに病室を出て行った。
ライラの姿が見えなくなると、オレはそっとため息をついた。
大好きな人が、一途なのは嬉しい。だけど、度が過ぎた一途というのも、考え物だとオレは学んだ。
傷が治ったオレは、退院した。
もうしばらく、病院のベッドでは寝たくない。
オレを病院の前で出迎えてくれたのは、ライラとご両親のシャインとシルヴィだった。
「ビートくん!」
ライラがオレに抱きついてくる。
「やっと、退院できたよ」
「ビートくん、ビートくん!」
ライラは両親の目の前であるにもかかわらず、オレの胸に顔を埋めていた。
そしてふがふがを始める。
「あぁ、久しぶりのビートくんの匂い……」
「ライラ、恥ずかしいから止めてくれ」
シャインとシルヴィが、少し困惑した表情で見ているじゃないか。
ライラの両親の目の前でこんなことをされると、恥ずかしさで消えたくなる。
オレは早くも病院に戻りたくなってきた。
すると、シャインとシルヴィが近づいてきた。
「ビートくん、この度は我々銀狼族と、私達の……娘のために戦っていただき、本当にありがとうございました!」
「あなたがいなかったら、きっと私達は無事では済まなかったはずです。あなたは、命の恩人です」
シャインとシルヴィは、そう云って頭を下げる……どころか土下座した!?
「これからは、ビートくんの頼みであるなら何でもお聞きします。必要なものがあればもちろん、どんなことでも仰ってください! 残りの生涯を、ビートくんのために使います!」
「どんなことでも、いいのですよ?」
「あ……あの、落ち着いて下さい」
オレはシャインとシルヴィに云う。銀狼族とは、こんなにも気に入った人に対する意識が激しく変わるものなのか?
正直、重いぜ……。
「とりあえずまずは、銀狼族の村に戻りましょう。オレの荷物も、そこに置いたままですし……」
こうしてオレは、再び銀狼族の村へと戻ることになった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
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次回更新は12月16日21時更新予定です!
今回も書いていて楽しい回でした!
ライラはヤンデレ一歩手前といったところでしょうか。
ビートの命が大丈夫なのか、少し不安になることがあります。
でもきっと、相思相愛なので大丈夫でしょう!
……多分。





