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幼馴染みと大陸横断鉄道  作者: ルト
第15章
203/214

第201話 地獄に降り立った女神

 わたし――ライラは、急いでノワールグラードへと向かっていました。


 一緒に脱出しようと約束したビートくんがおらず、それどころかクラウド茶会のサンタグラード支店になぜいるのか。

 わたしは隣にいたグレイシアちゃんに、問いただしました。

 グレイシアちゃんは、観念したようにすべてを話してくれました。


 ビートくんは、一緒に脱出する気などありませんでした。

 わたしを助けるために、わたしを弱い眠り薬で眠らせ、その隙にノワールグラードへと戻っていたのです。

 銀狼族を、アダムの手から救うために!


 グレーザー孤児院に引き取られた時から幼馴染みで、今は固い絆を結んだ夫婦なのに、どうしてビートくんの隠している意図に気づかなかったのか。

 わたしは自分自身を恨みました。

 しかし、恨んでも何も始まりません。

 グレイシアちゃんやレイラちゃん、ココさんの制止を振り切って、わたしは地下のトロッコを使ってノワールグラードへと向かいました。




「ハァ……ハァ……」


 わたしは必死で走ります。

 微かに漂ってくる血や火薬の匂いから、ノワールグラードの方角は分かります。

 銀狼族は、鼻が利くのです。


 走り続けてきて、わたしの息は上がっています。

 元々、何か運動をしていたわけではありません。

 喉の奥に血の味が広がり、足が重くなってきます。


 それでも、わたしは立ち止まる気はありません。


 ノワールグラードでは、ビートくんや他の銀狼族が戦っているはずです。

 そこでは、今のわたしの疲れや辛さなどとは比べ物にならないほど、大変なことになっています。


 途中で、何人かの銀狼族の連絡員と出会いました。


「君は、シャインさんとシルヴィさんの娘さん!!」

「どうしてここに!? あのビートという少年が貨物列車で東大陸に逃亡させた手はずじゃ――!?」


 銀狼族の連絡員たちが驚きますが、わたしは構わず走り続けます。


「ま、待って! そっちは危険だ!!」

「女子供が行く場所じゃない!!」


 その声は、わたしの耳には届きません。

 たとえ危険だろうと、女子供が行く場所じゃなかろうと、わたしには関係ありません。

 わたしがいる場所は、世界中でたった1つしかありません。


 ビートくんの、腕の中です――!




 走り続けていくうちに、黒煙が上がっている場所が見えてきました。

 今はお昼時ではありません。

 それに近づくほど、血や火薬の匂いが強くなっていきます。


 間違いなく、あそこがノワールグラードです。


 やがて、ノワールグラードが見えてきました。

 銃声などは聞こえてきません。

 どうやら、戦いはもう終わっているみたいです。


「あ……ああ……!」


 わたしは、目の前に現れた光景に足を止めてしまい、言葉を失いました。



 ノワールグラードは、かつては無人の街でしたが、建物などは崩壊することなく綺麗な状態のままで残っていました。

 しかし、わたしの目の前にあるのは、瓦礫の山でした。

 建物としての形を保っている物は、数えるほどしかありません。


 あちこちから煙が上がり、人族や獣人族の遺体が転がっています。

 生き残っている人は、必死でケガ人を運んだり、遺体に布を掛けたりしています。


 その光景は、まさに地獄でした。


 想像を絶する光景に、わたしはしばらくの間、放心状態になってしまいました。

 しかし、わたしはここに来た理由を思い出します。


 最愛の夫、ビートくんを探すためです。


 わたしはむせ返るような血の臭いに鼻を覆いながら、わたしはビートくんを探します。

 遺体は、あえて見ませんでした。

 ビートくんが死んでいるなんて、考えたくもありません。


 いえ、死んでいないから、見る必要が無いとわたしは思っていました。

 わたしはあの日、ビートくんがわたしの両親に向かって云っていた言葉を思い出します。


『オレはライラと別れるつもりは一切ありません。決してライラを1人残して、どこかに行ったりしない。なぜならライラは、オレにとってかけがえのない最愛の女性であり、たった1人しかいない幼馴染みで妻だから』


 その言葉を信じて、わたしはビートくんを探して地獄の中を歩き回ります。



「すいません!」


 わたしは、ケガ人の手当てをしている銀狼族の連絡員に、声を掛けます。


「君は! シャインさんの娘さん!!」

「わたしと同じくらいの、人族の少年を見ませんでしたか!?」

「人族の少年なら、救護所に何人か……」


 すぐにわたしは、救護所に向かいます。

 救護所では、傷ついた人族や銀狼族が手当てを受けていました。

 ものすごい血の臭いで、わたしは吐きそうになります。


 しかし、わたしはその中に足を踏み入れました。

 ビートくんが、ここにいるかもしれませんし、いないかもしれません。

 それをはっきりさせるまでは、出るわけにはいきません。


「ビートくん、ビートくん!」


 わたしは、名前を呼びます。

 しかし、返事はありません。


 人族の少年も何人かいましたが、どれもビートくんではありませんでした。


 少しでも、ビートくんの情報が知りたい。

 わたしは意識がはっきりしている人に、聞き込みを行います。


「すいません、わたしと同じくらいの少年で、ビートという人を見ていませんか?」

「あ……新しいナースさんか?」


 片目が潰れた男の人が、わたしを見て訊きます。


「ナースではありません。人を探しているんです」

「なら、他を当たってくれ。俺が欲しいのは、手当てだ……」


 そう云って、男の人は無口になります。

 もうこの人からは、ビートくんのことを知れそうにありません。


 わたしは、他の人を当たることにします。



 救護所から出た私は、ため息をつきました。

 ここに、ビートくんはいませんでした。

 ビートくんのことを知っている人も、いません。

 無駄足になってしまいました。


「ライラ!!」


 そのときです。

 聞き覚えのある声が、わたしの耳に届きます。


「!? ビートく――」

「ライラ! どうしてここに!?」


 声の主は、ビートくんではありませんでした。

 シャインこと、わたしのお父さんです。


「お父さん!!」


 わたしはお父さんに駆け寄り、抱きつきます。

 筋肉質な腕が、わたしを包み込んでくれます。

 ビートくんほどではありませんが、わたしは安心できました。


「ライラ! どうして戻って来たんだ!? 貨物列車で、あの少年が東大陸へ逃したはずじゃ――!?」

「ビートくんを探しに、戻って来たの!!」


 わたしは、お父さんの顔を見て云います。


「ライラ! あの少年はライラに傷ついてほしくないから、貨物列車で東大陸へ逃したんだぞ!? それなのに、戻って来るなんて、お前はあの少年の気持ちをなんだと思っている!?」

「あの少年じゃなくて、ビートくん!! それにわたしがいるべき場所は、ビートくんの腕の中! どんなに傷ついても、わたしはビートくんと一緒に居たいの!」


 何があっても、決して譲れないわたしの気持ちを、お父さんにぶつけます。


「お父さん! ビートくんは!? ビートくんはどこにいるの!?」


 しかし、お父さんは答えてくれません。

 嫌な予感が、私の脳裏をよぎります。


「お父さん! 分からないなら、分からないって云って! ビートくんは、どこにいるの!?」

「……ライラ、落ち着いて訊きなさい」


 お父さんは観念したのか、口を開きました。

 そして幼子に語りかけるように、話し始めます。


「あの少――いや、ビートくんは……奴隷商人のアダムと正面衝突し、アダムを見事に倒してくれた。私達、銀狼族を守ってくれたんだ」


 お父さんの言葉に、わたしはビートくんへの感謝が溢れだします。

 わたしと銀狼族を、アダムの魔の手から守り抜いてくれた。

 ビートくんは、やっぱりわたしのヒーローです。


「じゃあ、すぐにビートくんのところに――!」

「ライラ、まだ話は終わっていない。むしろ、大事なのはここからだ」


 お父さんは、何故か悲しそうな目をします。

 その目が、良くないことを話そうとしていることを、伝えてきました。

 わたしは自分の中から、先ほどまでの嬉しい感情が抜けていくのを感じます。


「ビートくんは、アダムと正面衝突をしたときに……」


 お父さんの言葉が、少し詰まります。

 わたしは再び嫌な予感がしました。


「……アダムと刺し違えて、瀕死の重傷を負ったんだ。さらに爆発に巻き込まれて、虫の息だ。もうきっと、長くは無いはずだ」

「……!!」


 ビートくんが、瀕死の重傷。

 しかも、もう長くないかもしれない。


 わたしは、予想していた以上のことを告げられ、気を失いそうになります。

 でも、そうと知れば、じっとしてられるわけがありません。


 わたしはお父さんの手を振りほどきます。


「お父さん、ビートくんの所に案内して!!」

「しかし、ビートくんはひどい傷を負っている。ライラには、見るに堪えないものだ」

「そんなことどうでもいい! 早く案内して!!」


 信じたくありませんでしたが、ビートくんのことを見ないことにはなんとも云えません。


「……わかった、ライラが、そこまで望むのなら」


 お父さんは歩き出し、わたしはそれについていきます。

 ビートくんが、生きていると信じて。




 しばし歩いて、お父さんが足を止めました。


「あそこに横たわっているのが、ビートくんだ」

「!!」


 わたしは、再び言葉を失いました。

 ビートくんは、瀕死の重傷だというのにもかかわらず、まだ冷たい土の上に横たわっていました。

 傍らには、戦う時に使ったRPKが壊れた状態で落ちています。


「ビートくん!!」


 わたしは急いで、ビートくんに駆け寄ります。

 着ていた服は血に染まっていて、元の色が分からなくなりかけていました。


「ビートくん! ビートくん!!」


 何度もわたしは、ビートくんの名前を呼びます。

 でも、反応はありません。


「どうして!? どうして命の危機なのに、こんなところに!?」


 わたしは、お父さんを睨みつけます。


「ライラ、瀕死の重傷だから下手に動かせないんだ。人手も足りていない。なんとかしたくても、できないんだ」


 心苦しそうに、お父さんが云います。

 でも、わたしにとっては関係がありません。

 最愛の人が、今にも死にそうになっている。

 わたしは手当てをしようと、ビートくんを抱きかかえようとしました。


 そのとき、わたしの手に冷たい何かがつきます。

 手を見ると、血がべったりとついていました。

 わたしの服にも、血が大量につきました。


 こんなにも大量の血を流していたとは、思いませんでした。

 一刻も早く、輸血が必要なことは素人のわたしでも分かります。


 でも、わたしは輸血のやり方など知りません。

 輸血に必要な道具だって、持っていないのです。



 わたしにできることは、何もありません。



 ビートくんは、わたしと銀狼族を守るために戦い、今は命の危機に陥っています。

 それなのに、守ってもらったわたしは、ビートくんに何もできないのです。


「ビートくん! ビートくん!!」


 最愛の人が、死にかけているという悲しい事実。

 それなのに何もできない自分の無力さ。

 次々に思い出す、ビートくんとの思い出。


 わたしの中でいくつもの感情が混ざり合い、それが涙となって現れました。

 ポロポロと落ちていくわたしの涙は、ビートくんへと降り注いでいきます。


 わたしにできることは、瀕死のビートくんを抱きながら、涙を流すことだけでした。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

感想、誤字脱字、ご指摘、評価等お待ちしております!

次回更新は12月14日21時更新予定です!

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