第1話 グレーザー孤児院
オレの名はビート。
元捨て子だ。
オレはなんと、鉄道の貨物の中から見つかった。
見つけたのは、鉄道貨物組合に所属する労働者で、オレはそのまま、近くの孤児院へと引き取られた。
そして10年経った今、オレはグレーザー孤児院で生活している。
正直、記憶はこの孤児院で生活していたときからしかない。
鉄道の貨物の中から見つかったというのも、孤児院の人に聞いて初めて知った。
オレがいるグレーザー孤児院は、グレーザー駅の近くにある。
グレーザーとは、南の大陸の南部にある街だ。
鉄道の終点でもあるこの街には、大きな駅がある。
「ビートくん!」
突然名前を呼ばれ、オレは本を読むのを止めて、振り返る。
そこにいたのは、銀髪で動物の耳と尻尾を持った少女だった。
「ライラか……」
ライラ。
オレと同じ日に、グレーザー孤児院に引き取られた少女だ。
彼女は獣人という、人に動物の耳と尻尾をつけた人種で、この世界の半分は獣人で構成されていると聞いたことがある。
グレーザーでは、獣人など珍しくもなんともない。
なにしろ、この孤児院にも獣人族の子どもが他にもいる。
ライラの特徴は、美しい銀髪だ。
そして髪と同じ色の、動物の耳と尻尾。
耳は本人曰く、狼のものだという。
オレは狼というものを見たことが無いので、本当かどうかは分からない。
「今日も元気そうだな」
「のんきなこと云ってる場合じゃないよ! 早くしないと、授業に遅れちゃうよ!」
時計を見て、オレは読んでいた本を閉じて立ち上がった。
あと5分で授業が始まる!
「ヤッベ!」
「だから云ったのにー!」
「なんでもっと早く云ってくれないんだよ!?」
「何度も云ったよ! それなのに、ずっと本に夢中になっているんだから!」
ライラが呆れた様子で云う。
オレは大慌てで、ノートとペン、インク壺を手にする。
そしてオレは、ライラと共に廊下を走って教室へと向かった。
授業には、ギリギリ遅刻せずに間に合った。
オレとライラのすぐ後に、孤児院を経営していて、先生でもある獣人族白鳩族のハズク先生が入ってきた。
「さぁさぁみなさん、席について静かにしてください」
穏やかな声で、ハズク先生は子どもたちに呼びかける。
「今日の授業は、4つの大陸の歴史についてです。ノートを開いて下さい」
ハズク先生はそう云うと、4つの大陸の歴史を話し出した。
この世界は、4つの大陸で構成されていることは、みなさんも知っていますね?
北大陸。
東大陸。
西大陸。
南大陸。
これら4つの大陸はそれぞれ、鉄道で結ばれていまして、人族と獣人族が暮らしています。
人族と獣人族は時に協力し合い、そして時には憎しみ合ったりして、今日までの道のりを歩いてきました。
悲しいことですが、過去には人族と獣人族との間に戦争も起きて、多くの血が流れたこともありました。
しかし、今は全ての大陸の隅々まで鉄道が敷かれ、4つの大陸は鉄道で結ばれていて平和な世界になりました。
4つの大陸はどれも広大なため、とても馬車では長距離を移動するのはとても大変なことでした。
そのため、長距離の移動には、鉄道が主要な交通手段として利用されてきました。
しかし、鉄道にも問題点がありました。
それはどんなに遠くても、2つの大陸を移動するのが限界でした。
4つの大陸全てを走る鉄道は、長いこと作れなかったのです。
「しかし、人々は決して諦めませんでした」
ハズク先生はそう云って、黒板に文字を書いた。
「人々は長い年月をかけて、鉄道の研究を繰り返し、ついには4つの大陸を走破できるだけの性能を持った機関車と、超長距離の移動に耐えうる列車を開発することに成功したのです」
文字を書き終えた先生は、オレたちに向き直った。
「それが、『大陸横断鉄道』です」
ハズク先生の後ろの黒板には『大陸横断鉄道』という文字が並んでいた。
大陸横断鉄道。
「この大陸横断鉄道を完成させるまでには、人族と獣人族の多大なる苦労と犠牲がありました。そのため大陸横断鉄道は『人族と獣人族の友好親善の証』ともいわれています」
オレにとって、あまり興味のない内容だった。
歴史の授業が嫌いなわけではない。
それを知った所で、それがなんの役に立つのか、オレには分からなかった。
横を見ると、ライラは熱心にノートに書き込んでいる。
ライラが勉強が苦手なことは知っていた。
どんなにノートに書き込んでも、翌日には全て頭から抜けてしまう。
特に算数で顕著だ。
きっと今日も、居残りになるだろう。
「――はい、今日の午前中の授業はここまでです。午後にはテストが待っています。みなさんがどれだけ成長したかのチェックです。頑張ってくださいね」
ハズク先生はそう云って、教室を後にした。
ふとライラを見ると、すでにペンを口に咥えて、頭を抱えている。
チェックメイト。
オレは頭の中で、そう呟いた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
5月18日。
おかしい部分を一部修正しました。