第194話 アダムの正体
突如として現れたオレたちに、アダムの部下はかなり驚いているようだった。
それはそうだろうなと、オレは思っていた。
アダムの部下たちも、オレたちのAK47と同じような連射できる銃器を手にしている。
銀狼族相手なら、それだけで十分すぎるほどの武器になったはずだ。
しかし、オレたちが持っているAK47はそうはいかない。
AK47は次々に、アダムの部下たちを餌食にしていく。
強力な破壊力と殺傷能力は、アダムの部下たちが持っている黒い銃に決して劣らない。
オレのRPKも、同じように次々に弾丸を撃ち出し、アダムの部下を葬っていく。
ほぼ一方的な攻撃だったが、長くは続かなかった。
突然、閃光弾が打ち上げられた。
「うわっ!」
太陽が突然現れたように辺りが明るくなり、その明るさにオレたちは目を覆った。
これは総攻撃を仕掛けてくる合図だ!
そう感じたオレは、目を覆いながらもRPKを手放さず、耳に神経を集中させる。どこから攻撃してくるか分からない。黒い銃の銃声が聞こえたら、すぐに引き金を引こうと、オレの指は引き金に掛かりっぱなしになった。
やがて閃光弾のパワーが弱まり、それと比例するように明るさが少しずつ弱まっていく。
そのときになって、オレは様子がおかしいことに気が付いた。
アダムの部下たちが、攻撃を仕掛けてこない。
それどころか、いつの間にかオレたちの目の前に、コート姿の男が立っていた。
間違いなく、その男はアダムだった。
しかし不思議なことに、こちらが丸見えとなっているのに、攻撃をしてくる気配はない。
不気味なほどの静寂が、ノワールグラードを包んでいるかのようだった。
突如として敵の攻撃が止んだことに、仲間たちも戸惑っている。
撃っていいのかどうなのか、それさえ判断に迷っていた。
「一時的に、戦闘を中断しようではないか!」
アダムが、オレたちに向かってそう叫んだ。
「貴様たちの代表者と、話がしたい!!」
アダムは続けて叫ぶ。
話がしたい?
どういう風の吹き回しだろう?
オレが首をかしげていると、あちこちから声が上がった。
どうやら、オレが感じた違和感は、仲間たちも感じていたようだ。
「なんだ、これは……?」
「気をつけろ、敵の策略かもしれん!」
「少し、様子を見守りましょう」
銀狼族や仲間たちは、そう口々に云う。だが、中にはAK47の引き金に指をかけたままで、いつ発砲してもおかしくない様子の者もいる。
ここは何か指示がないと、ちょっとしたことで簡単に暴発して大惨事に成りかねないな。
オレは咳払いをすると、仲間たちに向かって叫んだ。
「全員、銃の引き金から指を離して待機! オレが話し合いに向かう!!」
「ビート氏!」
ナッツ氏が叫ぶが、オレは親指を立てた。
そして、オレはRPKを持ったままアダムの前に躍り出た。
「お前が、銀狼族たちの援軍のリーダーだな?」
「そうだ」
アダムの前に立ったオレは、頷く。
「名前は?」
「ビートだ。それがどうした?」
「なるほど、ビートか。……そうか、あのライラという銀狼族の娘の結婚相手だったな」
「!?」
こいつ、ライラのことを知っている!?
オレは驚いたが、なるべく冷静さを保とうとした。
「……お前がアダムだな?」
「いかにも。私はアダム。奴隷商人をしている。それが?」
「お前なんかに、銀狼族は絶対に渡さないからな!」
オレはそう宣言する。
銀狼族は、必ずオレたちが守り抜くんだ!
「何の罪もない銀狼族を奴隷にしようなんて、たとえ神が許してもオレが許さん! たとえ味方が最後の1人になったとしても、抵抗してやる!」
「そうか……できるものなら、やってみるがいい」
アダムは哀れむように、そう云った。
「……全く持って、無知は罪なことだ。私は数千年以上もの時を生きてきたが、罪のない者など誰一人としていなかったぞ」
「どういう意味だ!?」
数千年以上もの時を生きてきた!?
罪のないものなどいない!?
こいつは何を話しているんだ!? そこは普通、全力で戦いを仕掛けてくるもんだろ!?
ところがどっこい、訳の分からないことを話し始めた。もしかしたら、変な内容の話をしてオレたちを混乱させる作戦なのかもしれない。
「話す義理はないが……まぁいい。冥途の土産に教えてやる」
アダムはそっと、語りだした。
「今から3千年くらい前のことだ……」
私は数千年以上にわたって生きてきて、実にいろいろなものを見てきた。
今でこそこの世界には、人族と獣人族がいる。しかし、元々この世界には人族しかいなかった。
人族は地上に溢れ、あちこちで文明を作り上げていった。
そして同時に争いも繰り返してきたが、まぁ今から思えば可愛いものだった。平和な時代を作り上げたこともあったし、見ていて飽きない人族は本当に面白い存在だった。
しかしある時、私の中で印象に残る出来事が起こった。
人族のある国の代表者が、世界の全てを支配した。世界を1つにまとめ上げて、自らを人族のトップにして独裁者となったのだ。独裁者は「人族の恒久的な繁栄のために」として、全ての人族をまとめようとした。賛成する人もいたが、それに反対して独裁者を相手に戦いを挑んだ者も多かった。しかし、元々その独裁者がいた国は、200近くあった人族の国の中でも最強の軍隊を持っている国だった。独裁者に戦いを挑んだほとんどの国が、独裁者の軍隊によって成すすべなく倒されていった。強大すぎる軍事力は、向かうところ敵なしで、全ての人族が恐れおののいた。
独裁者による支配が続くと思われたが、そうではなかった。
いくつかの国から出た勇気のある人族が平和を取り戻そうと結集し、独裁者に戦いを挑んだ。人族はわずかな武器で独裁者の軍隊を壊滅に追いやり、逃げ出そうとしていた独裁者を捕らえた。独裁者は、全ての人族たちの希望によって処刑された。そして独裁者による世界の支配は、戦いを挑んだ勇気のある人族たちによって終わりを迎えた。解放された人族たちは独裁者が消えたことに喜び、地上に平和が戻ってきた。
人々は独裁者から世界を解放してくれた、勇気のある人族たちを称え、新しい世界の舵取りを彼らに任せた。人々は口々にこう云っていた。
「あの人たちなら、世界をより良いものにしてくれる」
「独裁者のようにはならないだろう」
「是が非でも、私たちのことを任せたい」
実に面白い光景だったよ。あれから気が遠くなるような時間が流れたが、人族は本当にどれほどの時が流れたとしても変わらない、失敗から学ぶことができない愚かな存在なんだと、今でも信じている。
何が起きたのかだと?
今度は、独裁者を倒した人族が、横暴を働くようになったのさ。
きっと、強大な権力を与えられて、それまで抑えていた己の欲望が爆発したのだろう。
奴らは「神が望んでいる」ことを免罪符にして、反対派を弾圧した。まぁそれだけなら、独裁者だってやっていたし、歴史上多少内容は違えど世界各地で往々にして見られたことだ。
だが、独裁者を倒した人族は、独裁者でさえやらなかったことをやってのけた。
弾圧した反対派を使って幾重にも残酷な人体実験を行った。それはもうひどいものだった。これまでにも人体実験は何度も見たことがあったが、あれを超えるものはなかった。まさか人と動物を交配させて、動物の特徴がある人間を生み出すとは私も想像しなかった。つくづく人族とは恐ろしい存在だ。その結果、動物の特徴がある人間は数を増やしていき、さらに同じ動物の特徴を持つ人間同士は、全く同じ特徴を持った人間を生み出していくことができることが分かった。
これが今、人族と共に地上を支配している獣人族の祖先となった者たちだ。
驚いたろう? 獣人族がどうして生まれたのか、よく分かったはずだ。
そんな弾圧に、やっと多くの人々が反旗を翻した。再び大戦争が起こったのさ。
戦争はかつての独裁者を倒した時以上の規模になった。ほぼ全ての土地が戦場となり、血で血を洗う戦いが幾度となく繰り返され、大量の血が流れた。戦争のさなかに起きた地殻変動で地中に沈んだ街もあった。人族も獣人族も、このまま滅びてしまうだろうと私は思ったほどだ。
私が睨んだ通り、人族のほとんどが死に絶えた。独裁者を倒した人族も、それに反旗を翻した人族も、みんな死んでしまった。残ったのはわずかな人族と、辛うじて生き残った獣人族だけだった。
これで、人族と獣人族の歴史は終わった。私は本当にそう思ったよ。
しかし、そうはならなかった。
生き残った人族と獣人族は、かつて血で染まった土地を耕し、遺された文明の利器を使って日々をしのぎ、数を増やして地上を再び埋め尽くしていった。
それから千年の時が流れた。戦争前まで残されていた文明の利器はほとんどが失われていき、技術も失われて現在の水準になっていった。私からすれば、今の世界など人族の黄金時代からさらに千年は下った時代の古い技術ばかりだ。
ギアボックスの地下にある、エンジン鉱山を見たことがあるだろう?
あれこそが、かつて人族が栄華を誇っていた時代の街だ。まさかあそこまで状態がよく残っているとは驚きだ。あれは全て、過去の人族が創り上げたものばかりなのだ。
最初こそ便利なものだったが、やがて人族はそれらに振り回されるようになってしまったんだ……。
「……私は大昔から人族の歴史を見てきて、さらに人族と獣人族の歴史も見てきた。そして分かったんだ」
何が分かったというんだ。
オレはアダムの言葉にそう思いながらも、黙って耳を傾ける。
「全ての人族と獣人族は、これまでに幾度となく対立を繰り返しては、無用な血を流してきた。過去の人族から、何も学ばなかったんだよ!!」
「違う! 過去はそうだったかもしれないが、今は違う!」
オレはアダムの言葉に反論する。
「今は人族と獣人族が対立するような時代じゃない!」
「いいや、信用できない」
首を横に振りながら、アダムは答える。
アダムは聞く耳を持っていなかった。
「勝手に神を祀り上げては、どこの誰かが云いだした勝手な教えを勝手に信じ込み、それには従ってきた。私はようやく理解した。全ての人族と獣人族は、絶対的な存在が無いと、好き勝手に振る舞い、少数派を弾圧し、殺し合い、自ら滅びへの道を突き進んでいってしまう。つまりは、誰かに支配されないと生きていけないという、誠にどうしようもない存在だ。だからこの私が、重い腰を上げることにしたんだ」
「……?」
オレは意味が分からなかった。人族と獣人族がどうしようもない存在だから、自分が重い腰を上げる?
アダムは変な薬物でも使用しているのだろうか? 時々、言動がおかしくなる。
いや、元から全ておかしいと思えば納得がいくか。
「何を隠そう、この私こそが古来より、人々から神と呼ばれてきた存在なのだ!」
アダムは両手を大きく広げ、空を仰ぐ。
「人々は自分たちにとって都合のいい神を作り上げ、身勝手な振舞いばかりをしてきた。ならば神が自ら人々を支配するのがいい! 私の願いと目標は、この世界に恒久的な平和と安寧をもたらすのが私の願いであり目標なんだ。そこで、銀狼族の出番だ!」
「何を考えているんだ!? 銀狼族がどう関係してくるんだよ!?」
「銀狼族は、一度でも好きにさせてしまえば従順になる。奴隷としてはこれ以上ないピッタリの存在だ。銀狼族に次々に子供を産ませ、他の人族や獣人族と交わらせていけば、いずれは銀狼族の最後まで尽くすような者ばかりになる。そうなれば、私が人々を支配して再び争いの起きない世界を作ることができるのだ!!」
「そんなことが、できるわけないだろ!!」
オレが叫ぶと、空を仰いでいたアダムは、再びオレに視線を戻した。
「それができるのだよ! なんといっても、私は神だ! 私は不死身なのだからな!」
「ふざけるな! テメェのそんな身勝手なことのために、銀狼族を利用されてたまるか! それに、オレたちは誰の支配も受けない! そんなことは、誰も望んじゃいないんだ!!」
オレは、誰かの奴隷になる気などさらさら無い。きっと、ほぼ全ての人がそうだろう。奴隷になどなりたがる人はそうそういない。
ましてや、銀狼族を奴隷にするなんてふざけている。銀狼族が、どうしてこんなやつを好きになること前提なんだ!? こいつは、銀狼族を自分の思い通りに動かせる兵隊か何かと勘違いしているのではないだろうか!?
「これ以上、銀狼族を奴隷にしようとするなら、お前を殺す!」
「ほう、殺すとは?」
「お前だけじゃなく、お前の仲間も全員、まとめて地獄送りにしてやる! 誰一人として生きては帰さない! 全員を殺して地獄に連れていくまで、オレは戦い続ける覚悟だ!」
オレはRPKを、アダムに向けた。
ドラムマガジンの中には、75発もの弾丸が装填済みになっている。そして、今はフルオートで射撃できる。一度引き金を引けば、再び引き金を離すまで弾丸が発射される。いくら不死身のアダムだとしても、殺傷力の高い75発の弾丸をぶち込まれたら、耐えられるはずがない。
「これが最終警告だ! 二度と銀狼族に手出しをしない。奴隷にしないと、この場で誓え!」
「誓わないと云えば、どうなる?」
「さっきも云っただろう? 皆殺しにして、全員地獄送りだ!!」
オレがそう告げると、沈黙が訪れた。
しばらくして、アダムが沈黙を破った。
「……そうか」
アダムは納得したように、息を吐いた。
「ならば君は、今後も争いが続く愚かな世界で暮らすことを望む、ということか? 争いが無くなれば、奴隷商人だって必要なくなる。そうなれば銀狼族を狙う者だって、いなくなるのだぞ? 全ての人々が、この私自らにしか従わなくなるのだから。そのほうが、いいとは思わないのか?」
「……思わない!」
オレは首を振った。
争いがない世界というのは、確かに理想だ。オレもそんな世界で暮らせるのなら、どんなにいいだろうと思ったこともある。
だが、アダムのいう争いがない世界だけは、ダメだ!
誰が何と云おうと、絶対にダメだ!!
なぜなら……。
「そんなの、ただ全ての人族と獣人族がお前の奴隷になるだけのことじゃないか! オレたちは、奴隷じゃない!!」
アダムの支配下で安心して生きていく。
そんなことは、オレは死んでも嫌だ!
どうして、誰かに支配されて生きていかなくちゃいけないのか!?
それも望まない相手に支配されるなんて!!
「オレたちの未来は、オレたちが決める! 決めるのは、お前じゃない!!」
「……そ、そうだ!」
オレの言葉に、スパナがエールを送ってくれる。
「オレたちは奴隷じゃない!」
「そうだそうだ!」
オールやムクさん、ダイスにジムシィも、声を上げてくれる。
「未来を決めるのは、俺たちだ!」
「僕の領地は、僕とその領民たちで作っていかないとね!」
「誰かに押し付けられた安心は、安心じゃない!」
「勉強も自由にさせてくれないなら、やる気なんか出るか!」
仲間たちが、オレの考えに同調してくれる。
嬉しかった。
オレにはいつでも、仲間がついてくれている。
すると、それまで黙っていたアダムがニヤリと笑った。
「そうか。ならば、邪魔者には退場していただかないとな」
アダムが、部下たちに向かって手を上げた。
「殲滅!!」
こうして、ノワールグラードを戦場とした戦争が始まった。
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