第191話 絶体絶命
「真実を知った?」
シャインが繰り返す。
「真実っていうのは、なんのことだ? 答えろ!」
「話す必要はない」
アダムは平然とそう云い放った。
「知ったところで、何の得もない。無駄なことだ」
そう切り捨てるアダム。
そして、アダムは懐から拳銃を取り出した。
「これから、お前たちを無力化する」
拳銃を手にしたアダムは、そう宣言した。
「無力化だと!?」
シャインは旧式のライフル銃を構えなおす。
「殺すということか……!」
「安心しろ。命までは奪わない」
アダムは即座に、シャインの言葉を否定する。
「せっかく奴隷にするというのに、殺してしまっては意味がないからな」
「奴隷になんか、なってたまるか!」
シャインはそっと、ライフル銃の引き金に指をかけた。
「銀狼族は、好きでもない者に対して従順には絶対にならないんだ! 奴隷にしようたって、そうはいかないぞ!」
「そ……そうだ!」
銀狼族の男が、声を上げた。
「奴隷にさせられて、なるものか!」
「俺たちは奴隷じゃない!」
「銀狼族の村にまでは行かせないぞ!」
「返り討ちにしてくれる!」
あちこちから威勢のいい声が上がる。
その声を耳にしたアダムは、いやらしい笑みを浮かべた。
「まぁせいぜい、楽しませておくれよ……」
アダムがそう云うと、辺りに急に霧が発生し始めた。
「霧だと!?」
突然の霧に、驚くシャイン。今までに、1度たりともこのようなことは経験が無かった。
「あっ、あいつが霧の中に消える!」
誰かが叫んだ。シャインが見ると、アダムが今にも霧の向こう側へと消えてしまいそうになる。
「逃すかっ!」
銀狼族の男の1人が、銃を構える。すぐにでも撃とうとして、引き金に指をかけていた。
「よせっ!」
それをシャインが制止した。
「仲間に当たったらどうする!?」
「し、しかし……」
「霧は晴れる! それまで堪えろ!!」
シャインの命令に、男はそっと銃を下した。
霧が晴れてくると、シャインは再び警戒を強める。どこから来られたとしても、迎え撃てなければならない。
向こうが見えるほどにまで霧が晴れた時、シャインは目を見張った。
「なっ……!?」
そこには、先ほどまでいたはずのアダムと導きの使徒たちはいなかった。先ほど殺害されたドーデス卿の死体だけが、血を流しながら転がっている。
「消えた!?」
「あいつら、この短時間の間にどこへ行ったんだ!?」
煙のようにどこかへ消えたアダムと導きの使徒たちに恐れを抱き、辺りを見回す銀狼族の男たち。
しかしその中で、シャインだけは落ち着いた様子を見せていた。
「騒ぐな!」
シャインが一括し、騒めいていた男たちは押し黙る。
「敵はノワールグラードのあちこちに散らばったんだ! 全員、急いで身を隠せ!」
返事を待たずして、シャインは動き出す。
それに続いて、銀狼族の男たちも次から次へと駆けだし、あちこちに散らばっていく。
「こうなったら、ゲリラ戦だ! 全員、サインを思い出せ! そのサインを合図に戦うんだ!」
シャインは懸命に命令を出すが、すでに導きの使徒たちはノワールグラードの至る所に潜伏していた。
銃声が轟いた。
「ぎゃあっ!」
1人の銀狼族の男が撃たれ、剣を落としてうずくまる。
「くそうっ!」
シャインはライフル銃を構え、発砲する。
冷静に臭いを嗅ぎ、位置を定めたのが功を奏したのか、断末魔の悲鳴が聞こえてきた。
「シャインさん……!」
「すぐに身を隠すんだ! 武器はそのままでも構わん!」
シャインの言葉に従い、撃たれた男は近くの廃屋へと逃げ込んでいく。
シャインは遮蔽物に身を隠しながらライフル銃を撃ち続ける。
5発撃つと、弾薬帯からクリップでまとめられた弾丸を取り出し、ライフル銃に込めていく。
「銃を持っている者は、積極的に使え!」
銃声が轟く中、シャインは男たちに命じる。
銃を手にしている連絡員や男たちは命令に従い、あちこちから導きの使徒たちに向けて発砲する。
しかし、導きの使徒やアダムが持つ黒い銃は連射ができた。
シャインや銀狼族の男たちが持つライフル銃には、連射能力など無い。時折、遮蔽物から出して撃つだけで精一杯だった。
「くそう……!」
シャインはさらに新しい弾丸を、ライフル銃に押し込んでいく。
「こんなに苦戦する相手に出会ったのは、初めてだ……!」
ライフル銃を構え直し、弾丸を放つ。
シャインはふと周りを見る。いつしか仲間の半数近くが撃たれて傷を負い、戦える者たちは武器を握り締めたまま、怯えている者が増えていた。圧倒的な火力の差を見せつけられて、戦意喪失したようだった。
情けないと思いつつも、そう罵倒することはできなかった。
シャインも、足が震えていたからだ。
「シャインさん!」
1人の銀狼族の男が、半泣きで駆けてきた。
「撤退しましょう! 敵の数が多すぎます!」
「ダメだ! まだ敵の戦力が減っていない!」
シャインは震える手で、新しい弾丸をライフル銃に込める。
「ここで撤退したら、村はおしまいだ!」
「そんな! その前に俺たちが天国に行ってしまいますよ!!」
「バカ野郎!!」
シャインが怒鳴る。
「村を火の海にしたいのか!? 私たちだけでなく、村に残っている女子供はみんな奴隷にされるぞ!? それでもいいっていうのか!?」
その直後、シャインの腕を弾丸が掠めていった。
激痛が走り、服が血で染まっていく。
「ぐっ……!」
シャインは腕を抑え、その場にしゃがみ込んだ。
焼けるように熱い。痛い。
そんな思いが、シャインを支配した。
撃たれた腕を抑えながら、シャインは辺りを見回した。
傷を負った仲間。
恐怖におびえている仲間。
まだ戦っている仲間。
大半が、傷を負って倒れていた。
その様相は、まさに地獄だ。
ずっと昔、とある戦争に傭兵として参加したことがあったが、これはそのとき以上だ。
これ以上の地獄が、この世にあるとは思えない。
このままなら、アダムが銀狼族の村に辿り着くのはすぐだ。
やはり、銀狼族は奴隷にされる運命なのか――。
悔しさと悲しさと無念さが入り混じった思いで、シャインは叫んだ。
「誰か、助けてくれ!!」
誰でもいい。どんな形でもいい。
銀狼族を、助けてくれ――!!
シャインはもはや、そう願うことしかできなかった。
「見つけたぞ!」
そのとき、シャインの目の前に1人の男が現れた。その手には黒い銃が。
導きの使徒に、間違いなかった。
「お前が銀狼族たちのリーダーだな?」
「……そうだ」
「一緒に来てもらう。降参するんだ! 抵抗すれば殺す!」
もはや、これまでか。
シャインはそう思い、観念しようと手にしていた旧式のライフル銃を手放そうとした。
突如として、どこからか聞いたことのない銃声が轟いた。
「ギャッ!」
それと同時に、目の前にいた導きの使徒が倒れる。
見ると、首に風穴が空いていた。そこから大量の血が流れ出す。
誰がどう見ても、導きの使徒は死んでいた。
「なっ――!?」
シャインは驚いて立ち上がる。
とにかく、助かったことは事実だ。
直後、再び銃声が轟いた。
そして近くにいた導きの使徒が次々に倒されていった。
「ぐっ!」
「あっ!」
「ぎえっ!」
撃たれた導きの使徒が絶命し、その場に倒れる。
すると、ノワールグラードの入り口の方から、何人もの人影が歩いてきた。
「――!!」
歩いてきた人影を見たシャインは、言葉を失った。
そこにいたのは、間違いなくビートだった。
ライラと一緒にサンタグラードに逃げたはずのビートが、何人もの人を引き連れている。手にはまたしても見たことがない銃のようなものを持っていて、引き連れている仲間らしき人も似たような武器を持っていた。
仲間は多種多様で、人族も獣人族も居た。年齢が若い者も、年を召した者も居る。
これは、いったい――!?
「みんな、行くぞ! 銀狼族を守るんだ!」
「おう!」
ビートが叫ぶと、引き連れた仲間たちが応え、ノワールグラードの中へ散らばっていく。
そして手にした武器で、導きの使徒たちに攻撃を加え始めた。
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次回更新は12月4日21時更新予定です!





