第190話 導きの使徒
グレイシアからの連絡を受けた銀狼族の村では、武器が集められていた。
そのほとんどが、集会所の倉庫で眠っていた剣や槍、単発銃などだった。
「全ての武器を集めるんだ! 男たちは全員、武器を手にしろ! ただし、銃はなるべく連絡員に優先して回せ!」
ライラの父、シャインが指示を出し、集められた武器の中から銀狼族の男たちは次々に武器を手にして武装していく。
ただならぬ空気に、その場にいた女子供は戸惑いの表情をしていた。
「武器は、全員に行き渡ったか!?」
「はいっ! ここに集められた男全員が、何かしらの武器を手にしました!」
「よし!」
シャインは頷き、自らが背負っている旧式のライフル銃を手にした。
「シャインよ、本当にやるのか?」
「はい、長老」
アルゲンからの問いに、シャインは頷いた。
「ライラが安心して帰ってこれる場所を守るためなら、私は命だってささげる覚悟はできていますよ」
「お主、死ぬでないぞ……」
「えぇ。戦死したらシルヴィとライラが悲しみますからね。必ず生きて帰ってきますよ」
シャインは旧式のライフル銃に弾丸を装填する。大型で先端が尖ったライフル弾5発がライフル銃の中に入っていき、最後の5発目が入ると、シャインはボルトを閉じた。これでいつでも、射撃可能となる。
シャインは武装した男たちの前に立ち、武装した銀狼族を見回した。
ほとんどが剣や槍、銃で武装しているが、銃を持っている者の数はあまり多くない。銃は戦闘訓練を受けた連絡員に優先的に回され、連絡員以外では持っているのは射撃に自信があるものだけだ。
アダムの武器がどのようなものなのかよく分からないが、これが今できる精一杯だ。
「全員、武器は持ったな!? これより、ノワールグラードに向かい、そこでアダムを迎え撃つぞ!」
「オーッ!」
武器を手にした銀狼族の男たちが叫ぶ。
「生まれ故郷である村を守れるのは、我々しかいない! アダムなんぞに村を荒らされてたまるものか!」
「シャインさん!」
男たちの中から、声が上がった。
「我々だけでアダムと戦って、果たして勝てるのでしょうか!?」
「心配することはない! 我々だけでなく、ドーデス・エスキ・スオミ卿も支援を表明してくれた!」
シャインは、高らかに告げる。
連絡員たちのリーダー的存在となっているシャインは、先駆けてアルゲンからドーデス卿の支援があることを知らされていた。
シャインからの発表に、男たちは湧き上がった。
ドーデス卿が味方についてくれるのなら、何も怖いものはない。
もう勝利が確定したも同然だ、と笑顔になる者までいる。
「それでは、半数は万が一に備えて村で待機! ノワールグラードで共に戦いたい者は、私に続け!!」
シャインは連絡員と志願した男たちを連れて、サンタグラードへの進撃を開始した。
ノワールグラードに到着したシャインと銀狼族の男たち。
「廃墟の街に来たのは、久しぶりだな……」
「いつ来ても、不気味な場所だ」
「正直、あんまり長居はしたくない場所だ」
男たちが武器を手に、辺りを警戒しながら進んでいく。
「あまり騒ぐな! もうすでに敵地に入っているものと思え!」
シャインが警告し、男たちが口を慎む。
敵地に入っている。そう思うと、油断していることは、攻撃をしかけられても咄嗟に反撃できない。それはすなわち死を意味する。
死んだら、誰が村を守るのか。
そのためには死ぬわけにはいかない。
「……だいぶ中心に来たぞ」
しばらく歩き続けて、誰かが云った。
それを聞いたシャインが立ち止まり、それに倣って男たちも足を止める。
「シャインさん、敵の姿が見えません!」
「罠らしきものも警戒してはいましたが、それらしいものは見当たりません!」
「うーむ……隠れているのか……?」
シャインは首をかしげながら、辺りを見回した。
辺り一面、廃墟になっていて人の気配はどこにもない。
自慢の鼻も、何の匂いも感じ取れなかった。
「それとも……逃げ出したのか?」
シャインは、それが正解ではないのかと思い始めていた。
臭いもしない。
姿も見えない。
気配さえ、全く感じ取れない。
今この場にいるのは、自分たちだけではないだろうか?
もう銀狼族の村に戻ってもいいのではないだろうか?
……よし!
銀狼族の村に戻って長老に報告しよう!
シャインがそう思ったその時、突然銃声が辺りに轟いた。
「うわあああ!?」
突如として飛んできた弾丸と、耳をつんざくような銃声に驚き、銀狼族の男たちは右往左往する。
そしてあちこちの廃墟から現れる、黒い武器を持った人族と獣人族の男女。
黒い武器は銃器らしく、微かに火薬の臭いがその武器から漂っていた。
再び、銃声が轟いた。
「うわっ!」
「ぐあっ!」
「ぎゃあっ!」
断末魔の悲鳴が、あちこちから上がった。
「な――!?」
それを見たシャインは、驚愕していた。
銃が、連続して火を吹いただと!?
それはシャインの常識を覆す光景だった。
銃が引き金を引かれたまま、弾丸を補充することもなく連続して弾丸を発射できるなんて、あり得ない!
しかし、あの黒い銃は確かに次々に火を吹いた。
つまり、弾丸を連続して発射している!
そして、撃たれた仲間が負った大きな銃創。
これまでに各地で戦に巻き込まれ、銃創を幾度となく見てきたが、これほどのものは初めてだ。
黒い銃はとんでもない威力の弾丸を撃てる。しかも比較できる対象が見当たらない。
未知の存在と、出会ってしまった!!
「負傷者にすぐ手当を施せ! 急ぐんだ!」
シャインが指示を出し、連絡員がそれに従う。
シャインは、足が震えるのを感じる。
すると、銃声が止んで1人の男が現れた。
「久しぶりだな、シャイン」
「お……お前は、アダム!」
シャインはコート姿の男を見て叫んだ。
そこにいたのは、間違いなくかつて自分と妻のシルヴィをつけ狙っていた奴隷商人のアダムだった。
「探したよ。まさか北大陸の奥地に、北大陸とは思えない安定した気候の土地があって、しかもそこに銀狼族が村を作って暮らしているとはなぁ。さすがの私もそこまでは分からなかったから苦労した」
「ど……どうしてここに銀狼族がいると分かった!?」
シャインは旧式のライフル銃を向けながら、アダムに問う。
黒い銃に比べたら火力は低いが、相手をけん制することはできるだろう。
シャインはそう思っていた。
「それはとても簡単なことだ。おい」
アダムが黒い笑みを浮かべながら答える。
すると2人の男が1人の貴族を連行してきた。
それを見たシャインと銀狼族の男たちは、目を見開いた。
「ドーデス卿!?」
連行されてきた貴族は、間違いなくドーデス・エスキ・スオミ卿だった。
加勢してくれるはずだったドーデス卿が、どういうわけかアダムに捕まっている!?
これはどういうことなんだ!?
「す……すまない……」
「自白剤を打ったら、全て話してくれた。あんたらの長老が、無線で連絡してくれたおかげで、会話は簡単に傍受できた。おかげで、色々と手間が省けた」
「そんな……!」
シャインと銀狼族の男たちは愕然とする。
頼みの綱だったドーデス卿が捕まってしまったら、もう援軍は望めない。
「では……この貴族を殺れ」
「はっ!」
アダムの命令に従い、男2人はドーデス卿を磔にした。
そして黒い銃が、ドーデス卿に向けられる。
その直後、一斉に黒い銃が火を吹いた。
黒い銃がドーデス卿の身体を次々に吹き飛ばしていく。
ドーデス卿のお腹に穴が開き、内臓が飛び出す。頭からは脳が飛び出し、身体は穴あきチーズのように穴だらけになっていった。
ものの数秒で、ドーデス卿は肉塊となってしまった。
な、なんて威力なんだ。
改めて黒い銃の威力を目の当たりにしたシャインは恐怖する。
背後でそれを見た銀狼族の男が何人か吐いたらしく、呻き声と液体の落下音でそれが分かった。
「な、なんてことを……!」
シャインの声は震えていた。
「私には導きの使徒という、頼りになる者たちがいるんだ」
アダムはニヤリと呟く。
「この銃で武装した、私の部下たち。それこそが導きの使徒だ。そしてこの銃は、かつてトキオ国という国を滅ぼす時にも使った。本当に感服する威力だ。ずっとギアボックスのエンジン鉱山に隠しておいたが、この日のために久しぶりに取り出した」
トキオ国を滅ぼしただと!?
シャインは、震える声で問いかけた。
「まさか……トキオ国を滅ぼしたのは!」
「その通り。この私と導きの使徒だ」
アダムの答えに、シャインは奥歯をかみしめた。
目の前に、命の恩人であるミーケッド国王とコーゴー女王の命を奪った張本人がいるなんて!
今すぐに飛び掛かり、嬲り殺しにしてやりたい。
ミーケッド国王とコーゴー女王のみならず、今先ほどドーデス卿まで殺した!
生かしておくなんて、冗談じゃない!
だが、それはできなかった。
導きの使徒とかいう連中が手にしている、あの黒い銃。
あれに狙われたら、決して生きては帰れない。
それが、シャインを押さえつけていた。
「……どうしてだ?」
シャインが、再び口を開いて問う。
「どうして、トキオ国を滅ぼしたんだ!?」
「なぜそんなことを訊く?」
「トキオ国が何か悪いことをしたとでもいうのか!? そしてそれは、トキオ国の人々を滅ぼさないといけないほどのことだったのか!?」
シャインの問いに対し、アダムはふぅとため息をついた。
「教えてやろう。……真実を、トキオ国の民は知ってしまったからだ」
「真実を……?」
「そうだ。そこの、肉塊になったドーデス卿と同じくな」
転がったドーデス卿の死体を見て、アダムは表情を歪める。
笑っているような表情に、シャインは顔をしかめた。
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次回更新は12月3日21時更新予定です!





