第189話 消えたビート
オレはそっと本棚を動かし、その後ろから出てくる。
「……」
ソードオフを手に辺りを見回し、誰もいないことを確認すると、ソードオフを降ろした。
「大丈夫だ。誰もいないよ」
「わかったわ」
オレが本棚の後ろに開いた暗闇に向かって云うと、中からグレイシアとライラが出てきた。
「じゃあ、電気をつけるわね」
グレイシアがスイッチを押すと、電気がついた。
部屋が明るくなり、暗闇に慣れていたオレは一時的に目を覆った。
トロッコから降ろした荷物を置き、オレとライラは一息ついた。
「ビートくんとライラちゃんは、しばらくここで待ってて」
グレイシアが本棚を元の位置に戻し、白いマントのフードを被った。
「どこに行くの?」
「念のため、街の様子を見てくるわ。それにアダムの様子を探ってくる。もしかしたらまた動きがあったかもしれないからね」
「分かった。気を付けて」
「グレイシアちゃん、気を付けてね!」
オレたちの言葉に、グレイシアは親指を立てて答える。
「まかせて!」
グレイシアはそう云って、借家を出てサンタグラードの街へと飛び出していった。
「……ビートくん」
グレイシアがサンタグラードの街に出てからしばらくして、ライラが云った。
「グレイシアちゃん、大丈夫かしら?」
「きっと、大丈夫だ。一緒にサンタグラードでアダムのことを調べていた時も、グレイシアは必ず帰ってきた。今度も必ず、戻ってくるはずだ。グレイシアを、信じようよ」
「……うん」
「さて……ライラ、ホットココアでも飲む?」
「うん! 飲みたい!」
ライラの言葉で、オレはホットココアを作り始めた。
すぐにホットココアを2杯作り、オレはライラとホットココアを飲む。
「温かい……」
ホットココアを飲み干したライラが、そっと空になったカップを置く。
「うん、温かいな」
オレはそっと、ライラの尻尾を掴んだ。
「ひゃうっ!」
「ライラの尻尾、すごくフカフカで温かい!」
「やっ、やめてよぉ!!」
ライラが叫び、オレは笑う。
束の間だが、平和な時間がそこには確かに流れていた。
「おまたせしたわね!」
「グレイシアちゃん!」
グレイシアが戻ってきた。
ドアを閉めると、グレイシアはフードを取って顔を見せてくれる。
「グレイシア、どうだった?」
「どうやら、アダムたちは北へ出発したらしいわ」
肩についた雪を手で払い、グレイシアは云った。
「きっと、吹雪の雪山を抜けて銀狼族の村に向かう気でいるはずよ。バカな人たち。村長の予測では、これからあの雪山は猛吹雪になるの。いくら吹雪に耐えられるように改造されたソリでも、あの中を進むのは自殺行為ね。村長の予報は外れたことがないから、確実よ」
「……1つ気になることがあるんだけど、どうしてアダムたちは銀狼族の村があの方角にあるということが分かったんだろう?」
ずっと気になっていたことを、オレは口に出した。オレがそう発言すると、グレイシアとライラは表情を凍らせた。
誰にも、その理由は分からない。
「と、とにかく駅に向かうわよ! 今なら、アダムに見つからないうちに逃げられるから!」
グレイシアが、オレたちの不安を無理矢理払いのけるように云い、オレとライラはそれに頷いた。
「それもそうだ……ライラ、急いで駅に向かおう!」
「うん!」
オレたちは再び荷物を手にし、サンタグラード駅へと向かった。
その頃、アダムは導きの使徒を率いてソリに乗り、吹雪の中を進んでいた。
猛吹雪にも耐えられる特殊なホロ掛けの馬車に乗り、猛吹雪でも耐えられるトナカイにソリを牽かせ、ソリは猛吹雪の中を着実に前へ前へと進んでいく。
「こんな吹雪の中を進むなんて! ボス、大丈夫なんですか!?」
ソリに同乗している部下の1人が、アダムに問う。
「大丈夫だ、問題ない」
アダムはそう答え、黄ばんだ紙を広げる。
それは古い地図だった。
「帰りはこの吹雪の中を進むことはない。地下トンネルを使う」
「地下トンネル!? そんなものがあったんですか?」
「これを見ろ」
アダムは広げた地図を指し示す。
そこには、サンタグラードから、隣のノワールグラードまで伸びているレールを示す線が描かれていた。
「これは鉄道を示す記号だ。これを使えば、捕らえた銀狼族を効率的に運べる。それに吹雪の影響も受けない。銀狼族はこれを使って、今までサンタグラードから資源を運んできたんだ」
「どうして、そんな便利なものがあるのに奪って使おうとしないんですか?」
部下からの問いに、アダムはニヤリと笑う。
「どうしてかだって? 安心させるためさ」
「?」
「この秘密のトンネルが見つかっていないと思わせておいて、もしそれを使って逃げるようなことがあれば、そのときに一網打尽にする。たとえ逃げられたと思ってもそれまでだ。安心しきった表情から絶望へと変化していく様を、見てみたいとは思わないか?」
「なるほど……!」
アダムの答えに、部下は納得する。
「それに……」
部下の表情を確認したアダムは、続ける。
「トキオ国の生き残りも、銀狼族の中に紛れ込んでいる。そいつも逃がしはしない……!」
猛吹雪の中、アダムの心の中には燃え上がる炎が宿っていた。
オレとライラは、暖房が効いた駅の待合室にいた。
待合室の中では多くの人が列車の到着を待っている。
グレイシアが切符の手配に動いてくれ、オレたちは待合室で待っていればいいだけになった。
「ライラ、これ」
オレはライラに、紅茶を差し出した。
「出発前に、身体を温めておこうよ」
「ありがとう!」
ライラはティーカップを受け取った。
「ビートくん……お父さんやお母さん、大丈夫かな?」
「……大丈夫だ」
オレは不安げなライラにそう答える。
「過去にアダムから逃げきれたんだ。ライラのお父さんとお母さんも、きっとまた逃げ切れるよ。それに、ライラのお父さんは強そうだから、なんとかなると思うよ」
「……うん! ビートくん、ありがとう!」
ライラはそう云って、紅茶を飲んだ。
オレは安心して、自分の紅茶を飲む。
「……美味しい!」
「クラウド茶会から仕入れた紅茶らしいよ。何度飲んでも、美味しいな」
「うん……」
紅茶を飲み終えたライラは、カップをそっとベンチに置いた。
「……ビートくん、なんだか眠くなってきちゃった」
「えっ、これから列車に乗るのに!?」
「うん……ビートくん、グレイシアちゃんが戻ってきたら起こして……」
「わかったよ。暖房のせいで、身体が温まったんだろうな。ライラ、ゆっくり寝てて」
オレがそっと、ライラに肩を貸すと、ライラは肩に頭を載せてくる。
「ビートくん……大好き」
ライラは最後にそう告げ、寝息を立て始めた。
完全に眠ったなと、オレは心の中でつぶやいた。
「……グレイシア」
オレが呟くと、オレの背後にいた女性が立ち上がった。
フードが付いた白いマントを着た女性が、そっとフードを脱ぐ。
グレイシアだった。
「ライラちゃん、眠っちゃったの?」
「あぁ。これで、準備が整ったな」
「本当に……これで良かったの?」
グレイシアからの問いかけに、オレは頷いた。
「いいんだ。ライラが無事に安全な場所に逃げられるなら、オレは……!」
オレはライラをそっとベンチに寝かせると、グレイシアに云った。
「すぐに辻馬車を手配してくれ!」
辻馬車が停まったことに気づき、オレは外を見る。
指定した通りの行き先が、そこにはあった。
クラウド茶会のサンタグラード支店だ。
「ありがとうございました。これは少ないですが、取っておいてください」
オレは辻馬車の御者に、料金とは別でチップを支払った。
チップを受け取った御者は、途端に嬉しそうな表情になる。
「お客さん、気を使わせてしまいすみません。ありがとうございます」
「いえ、こちらこそありがとうございました」
グレイシアと共に、眠っているライラと荷物を下ろし、サンタグラード支店へと連れ込む。
荷物は御者も手伝ってくれて、素早く運び込むことができた。ライラはオレが背負ったまま、サンタグラード支店へと連れ込んだ。
「ビートさん! お久しぶりです!」
サンタグラード支店に入ると、メイヤとラーニャが出迎えてくれた。
「メイヤちゃんにラーニャさん、お世話になります」
「とんでもございませんわ! ライラさんのためですもの。それで、ライラさんは……?」
「今は、眠っているよ」
オレは背中で眠るライラを見て云う。
「紅茶に睡眠効果のあるハーブを混ぜておいたんだ。多分、あと1日か2日は起きないと思う」
「わかりましたわ! 旦那様と奥様からお話は伺っております。どうぞこちらへ……」
ラーニャが先頭に立ち、グレイシアとメイヤがオレとライラの荷物を持ってくれた。
サンタグラード支店の関係者以外立ち入り禁止区域へと案内され、2階への階段を上っていく。
そして1番奥にある部屋の前に、案内された。
「この先に、旦那様と奥様がお待ちしております」
「ありがとうございます」
ラーニャがドアを開け、オレたちは中へと入る。
部屋の中には、ナッツ氏とココ婦人がいた。
「ビート氏!」
「ライラちゃんも!」
すぐにナッツ氏とココ婦人が、駆け寄ってきた。
「ライラちゃんは……?」
「眠っているだけです。すいません、ベッドをお借りしたいのですが……」
「セバスチャン!」
「かしこまりました、旦那様」
セバスチャンがすぐにメイドたちに命じ、オレの背中からライラを受け取った。
ライラはメイドたちによって、来客用のベッドに寝かせられる。
「ライラさんの世話は、私たちにお任せください!」
「お願いします。メイヤちゃんにラーニャさん」
メイヤとラーニャなら、ライラのこともよく知っている。それに彼女たちはプロのメイドだ。すべてを任せておいて、問題はない。
「ナッツ氏にココ婦人、しばらくの間、ライラのことをよろしくお願いいたします!」
「まかせて。ライラちゃんのことは、クラウド茶会の名に懸けて、必ず守り抜くから」
「うむ、我が妻とメイドたちなら大丈夫だ! 大船に乗ったつもりで、いてくれたまえ!」
よかった。クラウド家と知り合いになれて、本当によかった。
オレはナッツ氏とココ婦人に、深くお辞儀をした。
わたしが目を覚ました時、最初に飛び込んできたのは、グレイシアちゃんの表情でした。
「んっ……?」
「ライラちゃん! 目を覚ましたのね!」
「ここは……?」
起き上がって辺りを見回しますと、そこは豪華な部屋でした。
グレイシアちゃんの他にいるのは、数人のメイドさんです。そしてその中には、懐かしいメイヤちゃんとラーニャさんがいました。
「ライラさん!」
「目を覚まされましたか!」
メイヤちゃんとラーニャさんが、すぐに駆け寄ってきます。
「ここは、どこ……?」
「サンタグラードにある、クラウド茶会のサンタグラード支店です。その2階にある接客用の部屋ですよ!」
「……ビートくんは?」
わたしは辺りを見回しましたが、ビートくんの姿はありませんでした。
「ビートくんは、どこ……?」
ビートくんがいない中、わたしは何度も部屋の中を見回しました。
いつまで待っても、ビートくんは現れませんでした。
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