第185話 北大陸の貴族
北大陸のサンタグラードには、北大陸で最も名高い貴族であり、同時に最大の領地を持つ領主でもある獣人族雪狐族のドーデス・エスキ・スオミ卿が暮らしている。
生まれた時から北大陸で過ごしてきたドーデス卿は、幼い頃より北大陸の歴史を学び、銀狼族についてもよく知っていた。スオミ家当主と銀狼族の村の村長は長い歴史の中で関りがあり、ドーデス卿もアルゲンと親しい間柄である。かつてオウル・オールド・スクールでケイロン博士の講義を受けたことから、少数民族に関心を抱いていた。そして今は銀狼族を守るために、騎士団に奴隷商人の取引を監視させたり、奴隷商館に立ち入り検査をさせたりしている。
数少ない、銀狼族のことをよく知っている者だった。
その日、ドーデス卿が書斎で手紙を書いていると、卓上の無線機が電波の受信を知らせてきた。
「むむ!?」
ドーデス卿はすぐに受信器を手に取り、耳に当てる。
モールス信号の音が聞こえてくる。
すぐにペンを手にし、ドーデス卿は聞き耳を立てて音を紙に起こしていく。
紙に起こした文字を読み、ドーデス卿は表情を険しくさせた。
「まさか……アダムが……!」
ドーデス卿はすぐに発信元へと、返信のメッセージを送った。
「……よし。アルゲン、なんとかしてアダムを止めるように努めるからな」
ドーデス卿は、北の方角を見てつぶやくと、再び無線機に向き直った。
電鍵を小刻みに叩き、騎士団詰所を呼び出す。
「アダムめ。銀狼族を奴隷にしようたって、そうはさせないぞ……!」
すると、受信器から応答音が聞こえてくる。
誰かが受信器を取ったことが分かった。
ドーデス卿は再び、電鍵を打ち始めた。
「来たぞ!」
「全員、配置につけ!」
その頃、サンタグラードにあるとある古倉庫の中では、数人の男たちが無線機を置いて受信器を耳に当てていた。
受信器からはモールス信号が流れてきて、モールス信号は繋がれた機械から紙に印刷されて出てくる。長いロール紙に印刷された文字の羅列を読み、内容を確認していく。
「この無線とかいう通信手段、数秒でやり取りができるのはすごいけど、こうやって盗み聞きできるなんてさすがの貴族様も考えねぇだろうなぁ」
「全くだな」
2人の男が笑い合う。
「静かにしろ! 内容を聞き漏らす!」
受信器を耳に当てていた男が、怒鳴った。
受信器からは、まだモールス信号の音が聞こえていて、機械からは印刷された紙が出てくる。
しばらくして、受信器を耳に当てていた男が、受信器を置いて立ち上がった。
「通信が、終わった」
「わかった。ボスを呼んでくる!」
1人の男が駆け出し、別の男が印刷された紙の内容を確認していく。
すると、アダムが倉庫の中へ入ってきた。
「無線が、入ったみたいだな」
「ボス、内容はこちらです!」
1人の男が、アダムに機械から出た紙を手渡す。
その内容にアダムは目を通していく。
「……ふぅむ」
紙に目を通したアダムは、ゆっくりと顔を上げた。
「どうやら、思ったよりも早く気づかれたようだな?」
「はい。奴ら、思ったよりも警戒心が強いようです」
アダムはため息をついた。
「ボス、どうしますか?」
「まぁいい。問題はない。もうすぐ『使徒』がやってくる。相手に気づかれたのなら、しばらくは銀狼族探しは控えるとするか」
「いいのですか?」
「あまりやりすぎて、騎士団に目をつけられるとかなわん」
そう云って不敵に笑うと、倉庫の壁を見た。
そこには、かつて滅ぼした国から奪い取った国旗が張られていた。
国旗は、土と血で汚れていた。
「どうせ、あいつらもあの国と同じ運命を辿る。それは時間の問題だ……」
トキオ国の国旗が、隙間風にバサバサとなびいた。
その頃、オレはライラと共に荷物運びの仕事を手伝っていた。
昨日、鐘の音で中断してしまった作業の続きをやり、残すところは金属製品だけになった。
「ビートくん、仕事早いね!」
「そうか?」
ライラはオレが荷物を片付ける様子を見て、そう云った。
オレとしては、かつて鉄道貨物組合でやっていたことをそのままやっているだけなのだが。
「すごく手際が良いよ!」
「そんなことないよ。でも、ありがとう」
「えへへ……」
オレの言葉が嬉しかったらしく、ライラが尻尾を振りながら喜ぶ。
「さて、次で最後だ。早いところ片付けちゃうか」
「うん!」
荷物を運び終えたオレたちは、最後の木箱に手をかける。
最後の木箱はずっしりと重く、運ぶと金属音が中から聞こえてきた。中に入っているのは、間違いなく金属だとオレはすぐに分かった。
「ビートくん、これの中身って何だろう?」
「うーん……鉄器か何かかな?」
オレたちが馬車に載せた木箱を見つめていると、1人の銀狼族の男性がやってきた。
「それの中身は、スノーシルバーさ」
銀狼族の男性はそう云って笑う。
「北大陸でしか産出されない、希少な銀なんだよ」
「スノーシルバーって、そんなに希少なんですか?」
「もちろんさ」
ライラの問いに、銀狼族の男性は頷く。
「銀狼族の村の近くに、鉱山があるんだ。そこはスノーシルバーが最もよく出るとされていて、今は北大陸で最も名高い貴族であるドーデス・エスキ・スオミ卿の持ち物になっているんだ。そこから鉱山奴隷によって産出されたスノーシルバーは、高値で取引されているんだ。銀狼族の村では、時折鉱山に近い場所から産出されることもあるから、村の鍛冶場で加工することもできるんだよ」
銀狼族の男性はそう説明すると、馬車に乗り込んだ。
そして馬車を走らせてオレたちの前から立ち去っていく。
「スノーシルバーか……」
オレはつぶやき、そしてあることを思い出した。
そうだ、オレたちもスノーシルバーを持っていたじゃないか!
「そういえば!」
「どうしたの?」
「ライラ、婚姻のネックレスはしているよな!?」
オレの問いに、ライラは不思議そうに頷いた。
「しているわよ? それがどうかしたの?」
当たり前のことをなぜ訊くのかと、ライラが目で訴えている。
「スノーシルバーといえば、オレたちのこの婚姻のネックレスも、スノーシルバーでできているんだ!」
「そうだったの!?」
ライラが意外そうに叫んだ。
「初めて知ったよ!」
「それと、確かこの赤い石がガーネットだったかな。うろ覚えだけど、不変の愛って意味があるんだって」
「もうっ、ビートくんったら!」
オレがそう云うと、ライラがオレに抱き着いてきた。
「うわっ!?」
「わたしのビート君への気持ちは、絶対に変わらないからね!」
「ライラ……ありがとう」
抱き着いてきたライラの頭を、オレは優しく撫でる。
尻尾を振りながら、ライラは笑顔を見せてくれた。
そんなビートとライラの様子を、遠くから見つめている1人の銀狼族がいた。
シャインだった。
「……ライラ」
シャインは旧式のライフルを背負い、その場をゆっくりと離れていった。
その目は、決意に満ち溢れていた。
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