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幼馴染みと大陸横断鉄道  作者: ルト
第14章
186/214

第184話 アダム~ドラキュラと呼ばれた男~

 オレとライラが銀狼族の村に到着してから、1週間が経った頃だった。

 平和な銀狼族の村に、突如として衝撃が走ることになったのは。


 その日、オレとライラはいつものように朝を迎えた。




「ビートくん!」

「ライラ、待ってくれよ」


 オレとライラは、ログハウスから外に出た。

 オレたちは銀狼族の村に到着してから、グレイシアから頼まれて連絡員の仕事を手伝っていた。

 グレイシアら連絡員がサンタグラードから調達してきた品物を、必要な人に分け与えるための仕分け作業だ。


 オレは鉄道貨物組合で仕分けの経験があり、ライラもレストラン『ボンボヤージュ』で食材の仕分けをしていた経験があった。

 仕事の内容はすぐに理解できた。


「へぇ、これはすごいや!」


 せっせと働くオレたちを見て、銀狼族の男性が感心した様子で云う。


「こりゃあ即戦力だぜ」

「どうも……」


 オレは紅茶を運びながら、頭を下げる。

 紅茶を運び終えたら、次は缶詰の入った箱に手をかける。


 これは重たいから、ライラにはちょっと運ばせたくなかった。


「ビートくん、大丈夫?」


 ライラが心配そうに聞いてくる。


「これくらい、大丈夫……んっ!?」


 オレは声を上げてしまう。

 ヤバい。これは予想以上に重たいぞ。


 誰かに、応援を頼んだほうがよさそうだ。

 オレだけで運んだら、きっと腰がやられてしまうはずだ。


 そう思ったオレが男手を呼ぼうとしたその時、箱が持ち上がった。


「ビートくん!」


 ライラが、箱の反対側を持ってくれた。

 オレたちは対面し合いながら、缶詰の詰まった箱を持ち上げる。


「わたしにも、手伝わせて?」

「重いよ。大丈夫?」

「ビートくんが半分持ってくれるから、大丈夫よ!」


 ライラはそう云って、微笑む。

 その表情に、オレは弱い。


「じゃ……じゃあ、お願い」

「まかせて!」


 オレとライラは協力しながら、缶詰の詰まった箱を運び始めた。

 そしてオレたちが荷物を運び終えたその時だった。



 カラーン! カラーン! カラーン!!



 突如としてどこからか、鐘の音が聞こえてきた。


「何?」

「あれ? もうお昼か?」


 オレは懐中時計を取り出した。

 しかし、時計の針はまだ午前中の時間を指している。

 まだまだ、お昼の時間ではない。


 じゃあ、この鐘の音は一体何だろう?


「た、大変だ……!」


 俺たちの隣で作業をしていた、1人の銀狼族の男性がつぶやく。

 その表情は、驚きに満ちていた。


「おい、聞いたか!?」

「ああ、確かに聞いたぞ! マズいことになったな!」

「早く、集会所に集まろう! きっともう、準備が整っているはずだ!」

「作業中断! すぐに行くわよ!」


 銀狼族たちは次々に作業の手を止め、集会所の方角へと向かっていく。

 オレたちは何が起きたのか分からず、ただキョロキョロすることしかできない。


 誰か、今の鐘の音が何なのか、説明してくれ!


 そのとき、1人の銀狼族の男がオレたちに声をかけた。


「おう、急いで集会所に向かうんだ!」

「今の鐘の音は何ですか?」

「あれは緊急招集の合図だ! さ、早く集会所に向かうぞ!」

「は……はい」


 何が何だか分からないが、とにかく集会所に行ったほうがいいことだけは分かった。

 オレはライラと共に、集会所へと向かった。




 集会所に辿り着くと、すでに多くの銀狼族が集まっていた。

 先日、オレたちの歓迎会が開かれていた集会所が、再び銀狼族で溢れかえる。


「すごい人だ……」

「それはそうだ。何しろ、村中の銀狼族が集まってきているんだから」


 突如として後ろから聞こえた声に驚き、オレたちは振り返る。

 そこにいたのは、シャインだった。


「お父さん!」

「ライラ……」


 シャインは愛おしそうな目で、娘のライラを見つめる。その隣には、シルヴィもいた。


「お父さん、お母さん! さっきの鐘の音は何だったの?」

「これからわかるから」


 シャインがそう云うと、他の銀狼族も静かになった。

 オレが集会所の奥を見ると、アルゲンがゆっくりと部屋に入ってくる。

 なるほど、これで静かになったのか。


 アルゲンが登壇すると、ほぼ全員がアルゲンに注目していた。


「皆の衆、よく集まってくれた。ありがとう」


 アルゲンは集まった銀狼族に対し、労いの言葉をかける。


「これより重大な発表を行わなくてはならなくなった。先ほど、グレイシアと交代でサンタグラードに向かった連絡員のボリスが帰ってきた。ボリスによると、アダムという奴隷商人がサンタグラードで銀狼族を探しておる!」


 その発表内容を聞いたオレは、息を呑んだ。

 銀狼族を探している奴隷商人がいる。

 これでは、サンタグラードに行くことなどできない。


 他の銀狼族も不安そうな表情をしている。

 オレの隣にいるライラも、不安げな表情でオレやシャインの顔を交互に見ていた。


「村から出ることは無いと思うが、当分の間はサンタグラードに行くのは控えるように。これは厳命じゃ。以上、解散!」


 アルゲンがそう告げて、降壇して部屋を出ていく。

 それを見届けると、集会所に集まっていた銀狼族は次々に外へ出始める。

 全員が怯えた表情をしていたのを、オレは見逃さなかった。




「ビートくん……」


 集会所から出ると、ライラがオレに声をかけてきた。

 その不安げな表情からは、何を云いたいのか分かった。


「ライラ、大丈夫」


 オレはライラの手を、そっと握りしめた。


「ライラのことは、オレが必ず守るから」

「……ありがとう」


 ライラは安心したらしく、笑顔を見せてくれる。


 しかし、オレはどこか気がかりだった。

 アダム。その名前を、どこかで聞いたような気がする。

 それもそんなに昔じゃない。つい最近だ。


 さて、どこで聞いただろうか……。


「ビートくん、お父さんとお母さんにも話してくるね。サンタグラードには当分の間、行かないからって」


 ライラのその一言が、オレの耳に止まる。

 お父さんとお母さん?

 つまりは、ライラの両親だ。


 そのとき、オレの中で記憶がよみがえってきた。


「そうだ! ライラの両親だ!」

「えっ?」

「ライラ、すぐに両親に会いに行こう!」


 オレは戸惑うライラの手を掴み、歩き出した。

 ライラの両親なら、アダムについて知っているはずだ。


 なぜなら、かつてトキオ国に保護されるまで、追われていた身なんだから!




「お父さん、お母さん!」


 ライラが声をかけると、シャインとシルヴィはすぐに振り返る。


「ライラ、どうかしたのか?」

「えーと……今日の集会で村長さんが話していた、アダムっていう奴隷商人について何か知っていることってない?」


 ライラが訊くと、シャインとシルヴィは目を見張った。

 そりゃそうだよなぁ。実の娘から、かつて自分たちを追ってきた奴隷商人のことを聞かれるなんて、思ってもいなかったのだろう。


 まぁ聞くように仕向けたのは、オレなんだけどね。


 オレから直接聞くと、かなり警戒されるかもしれないと考え、ライラにお願いしてライラから聞いてもらうことになった。

 そのことを話すと、ライラは二つ返事でOKしてくれた。

 断られると思っていたオレは拍子抜けしたが、これでアダムの情報を聞き出せるかもしれない。


「……もし知ってたら、教えて」

「わかった。私たちの知っていることを、話そう」


 シャインは頷くと、オレたちにアダムのことを話してくれた。


 オレが睨んだ通り、奴隷商人のアダムはかつてシャインとシルヴィをつけ狙っていた。

 トキオ国に保護されるまで、どこまで逃げても追いかけてくる執念深い男だったらしい。

 サンタグラードにまで現れたのは驚きだったが、自分たちを追いかけてきたわけではないだろうと、シャインは云っていた。きっとそう思いたかったのだろうと、オレは推察した。


「アダムの特徴などについて、何か知っていることはありませんか?」


 オレが質問をすると、シャインが口を開いた。


「うむ……。外見は人族の壮年男性そっくりなんだ。だが……あれはきっと人族じゃない」


 シャインの言葉が、オレには引っかかった。

 人族じゃない?

 だとしたら、見た目が人族に近い獣人族なのか?


「もしかして、獣人族なんですか?」

「いや、それとも違う。私にもよく分からないのだ……もしかしたら、人族でも獣人族でもないのかもしれない」

「人族でも、獣人族でもない……?」


 オレは理解できなかった。

 人族でも獣人族でもない存在。そんなものが実在しているというのか?


「ただ……奴隷商人としては破格の売り上げを誇っているという。まるで人の生き血をすすって私腹を肥やしているように見えることから、アダムには依然から『ドラキュラ』というあだ名が与えられているそうだ」


 ドラキュラ。

 それについては、オレも本で読んだことがある。


 大昔の伝承に出てくる、人の血をすすって生きながらえる存在。吸血鬼だ。

 奴隷商人。ドラキュラ。

 アダムにはピッタリのあだ名だな。


 オレはそう思いながら、サンタグラードの方角を見つめた。




 その頃、サンタグラードではコート姿の男が雪の中を進んでいた。

 長いコートに身を包んだ、壮年の人族の男性が白い息を吐きながら問う。


「銀狼族は見つかったのか?」

「アダム様。申し訳ありません。まだ見つかっておりません。ただ、この辺りで最後に目撃されたとの証言があります」

「隈なく探すんだ。銀狼族を見かけたら、すぐに私に報告しろ!」


 アダムと呼ばれた男は、部下らしき男にそう命じる。

 彼こそが『ドラキュラ』のあだ名を持つ奴隷商人、アダムだった。


「ふぅむ……アークティク・ターン号に乗っていたことは確かだ。この私がこの目で確認しているからな。しかし、どこへ消えた……?」


 アダムが探しているのは、銀狼族だった。

 中でも、アークティク・ターン号に乗っていた銀狼族の少女。常に1人の人族の少年と共に行動していた銀狼族の少女を、アダムは探していた。

 奴隷として売れば、かなりの値段で取引できることは火を見るよりも明らかだ。

 だが、それ以上にあの銀狼族の少女には価値がある。

 なんとしてでも、手に入れる必要がある。


 アダムはそう考えていた。


「手段は問わない。疑わしきものは調べろ。徹底的に銀狼族がいないか調べ上げるんだ」

「はっ!」


 アダムの命令に、部下の男は頷いた。




 集会所には、アルゲンがいた。

 アルゲンの近くには、集められた連絡員たちがいる。


「長老、急に呼び出したのはどういうことですか?」

「他の人はともかく……私フェルムとラルフは、まだ巡回が残っています」


 連絡員の1人、フェルムが告げる。

 連絡員は銀狼族の村では、騎士団業務も担っていた。交代で巡回をして、問題が起きていないかどうか村内を見回っている。


「すまないフェルムとラルフ。しかし、全員を呼び出したのは特別に重要なことを伝えねばならなくなったからじゃ」

「特別に重要なこと……?」


 連絡員たちが首をかしげる中、ライラの父シャインだけは落ち着いていた。

 アルゲンが何を告げるのか、ある程度予測しているかのようだった。


「落ち着いて聞いてほしい。ただいまより、連絡員は全員業務中のみならず、非番の際も武装するように命じる」

「長老……!?」

「静かに!」


 にわかに集会所が騒がしくなるが、シャインの一言でその場が静まり返る。


「ありがとう、シャイン。……奴隷商人のアダムがサンタグラードにいる間、いつ銀狼族が襲われるか分からん。使わないに越したことは無いが、万が一ということもある。戦いの準備を、しておくのじゃ。そしてこれより北大陸の貴族へ連絡する。もしも銀狼族がアダムに狙われてわしらではどうしようもない時、なんとかして保護してもらうよう要請する」


 アルゲンの言葉に、シャインやグレイシアら連絡員は生唾を飲み下す。

 その場にいた全員が、緊張状態になっていた。


「伝えることは以上じゃ。全員、解散」


 アルゲンが告げると、連絡員たちは集会所を後にした。




 アルゲンは家に戻ると、本棚から1冊の本を抜き取った。

 すると本棚が音を立てて動き、本棚の後ろから引き戸が現れる。


 引き戸を開けると、そこには1畳ほどの小部屋があり、机の上に旧式の無線機が置かれていた。


「さて……つながってくれるだろうか」


 アルゲンは受信器を耳に当て、送信機を手にした。

 そして電鍵を小刻みに叩き、モールス信号を打ち始めた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

感想、誤字脱字、ご指摘、評価等お待ちしております!

次回更新は11月27日21時更新予定です!

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