第182話 ビートの出生の秘密
シャインとシルヴィが、オレに近づいてきた。
ライラの両親だけあってか、相当な美男美女だ。
正直、こんな両親を持つライラが少しうらやましくなる。
「君が、ビートくんだね?」
「はっ、はい! えと……シャインさんにシルヴィさんですね?」
シャインの声に応え、オレが尋ねるとシャインとシルヴィは頷いた。
「私たちの……娘のライラが、お世話になっております」
シルヴィが、ゆっくりと頭を下げた。
オレもそれに応えるように、反射的にお辞儀をした。
「いえ、こちらこそ……」
オレがそう云って頭を上げると、シャインが口を開いた。
「ビートくん、聞きたいことがいくつかあるんだけど……質問をしてもいいかな?」
「は、はい。どのようなことでしょうか?」
「ありがとう……君は、ライラと同じグレーザー孤児院で育ったそうだね?」
「はい、グレーザー孤児院で育ちました」
シャインの問いかけに、オレは頷いた。
ライラと一緒に、グレーザー孤児院でオレは育ってきた。オレにとって、グレーザー孤児院で育ったことは大きな幸運だった。孤児ではあったが、奴隷として売り飛ばされるようなことも、丁稚奉公に出て苦役を経験することもなかった。ハズク先生から数多くのことを学べて、今の自分を支えてくれている。
そして何より、ライラと出会えた。これはオレにとって、人生を左右する本当に大きなことだった。
こんなに可愛くて性格も良い幼馴染みと結婚できた。
グレーザー孤児院で育ってこれて、本当に良かったと思っている。
「いつから、ライラと一緒なのか教えてもらいたいんだが……」
「えーと……物心ついた時から一緒でした」
オレは、そう答える。
「できれば……もう少し詳しく教えてほしいんだ」
「ハズク先生によると……僕はアークティク・ターン号の貨物車から見つかって、ライラと同じ日にグレーザー孤児院に引き取られたそうです」
「そうか、ありがとう」
シャインが、お礼の言葉を告げる。
これで、終わりかな?
オレはそう思ったが、そうではなかった。
シャインが、再び口を開いたのだ。
「ビートくん、聞きにくいことで申し訳ないが……君のご両親は?」
「……僕は、両親との再会は諦めています」
オレは少しだけ下を向きながら、シャインの問いに答えた。
聞かれると思っていた内容。しかし、実際に訊かれるとちょっと痛い。
「僕は人族です。それに、ライラと違って僕にはなんの手掛かりも無いんです。頭も人並みですし、取り立てて才能もありません。なので、両親が僕のことを引き取りに来ることは無いと思っています。事実、今日に至るまで、一度も僕は両親についての情報を聴いたことがありません。だから、もう諦めているんです」
「そうか……それは、気の毒なことを聞いてしまった。申し訳ない」
「いえ、お気になさらないでください」
シャインの謝罪の言葉に、オレはそっと首を横に振った。
すると今度は、シルヴィがオレに聞く番になった。
「ビートくん、教えてほしいの。ライラちゃんから色々と聞いたけど、あなたはライラちゃんの夢を叶えるために、一緒になっておカネを貯めたり、今日まで一緒に旅をしてきたって。それは本当なの!?」
「はい。本当です」
「幼馴染みのあなたが、どうしてそこまでするの? それも……結婚する前にそう決めたとライラちゃんから聞いたわ!」
シルヴィは、まるで理解できないという表情をしていた。
他人からはそう見えるのだろう。
オレとライラが、どうして一緒になって旅をするようになったのか。
その理由を知っている人は、オレとライラ以外にはいない。
それを知るためには、あの日の夜までさかのぼらないといけないからだ。
シャインさんとシルヴィさんには、話してもいいはずだ。
「約束したから、です」
オレはそう答えると、ひと呼吸置いてから再び話し始めた。
「僕はグレーザー孤児院に居たころ、満月の夜にライラから夢を聞いたんです。誰にも話したことがなかった、ライラがずっと胸に抱き続けてきた夢。それが、両親と再会することでした。そのことを知って、僕はライラにだけは悲しい思いをしてほしくない、両親と再会してほしいと思ったんです」
「ライラちゃんだけに……?」
「はい。ライラのためなら、どんなことでも協力する。その日の夜に、僕はそうライラと約束しました。それからずっと、ライラのために動いてきたんです。後は……」
そこまで云いかけて、オレは少し言葉に詰まった。
体温が上昇していく。着ている服をすべて脱ぎ捨てたくなるほどに身体が熱くなり、今すぐこの場から逃げ出したくなる。
だが、逃げるわけにはいかない。
どうしても、これだけは伝えないといけないんだ!
「ライラのことが、好きだからです。僕にとって……ライラは、かけがえのない最愛の女性なんです」
「そ、そう……」
「そうか……ライラのことを、そこまで想って……」
シャインとシルヴィが呟き、オレは頷いた。
オレにとってその時間は、時間がわざとゆっくり進んでいるのではないかと思うほど、長く感じられた。
頼むから、早く過ぎ去ってくれ!
そう心の中で望むことしか、オレにはできなかった。
「ビートくん」
不意にシャインがオレを呼び、オレは驚く。
「はっ、はい!」
「……実は、私たちは君のご両親のことを知っているんだ」
オレの両親のことを、知っている?
シャインの放った言葉は、今のオレにとっては相当なパワーワードだった。
「……えっ!?」
目を見開くまでに、オレの思考は一時停止をしていた。
若干のタイムロスがあってから、オレは驚く。
「ほっ、本当ですか!?」
「あぁ、本当だ」
シャインはゆっくりと、頷いた。
その目は真剣で、嘘をついているとも思えない。
「知りたいか?」
オレの答えは、1つしか浮かんでこなかった。
「し……知りたいです!!」
両親のことを、知っている人に出会えた。
いくら両親との再会を諦めていたオレでも、だからといって両親のことを知っている人から何も聞かないというわけではない。むしろ聞けることは、聞けるうちに全て聞いておきたい。
こんなチャンスは、2度と無いかもしれないのだから。
「ど、どうか教えてください!!」
オレがそうお願いすると、シャインとシルヴィが視線を交わす。
そしてゆっくりと、お互いの意思を確認し合うように頷いた。
「分かった。ビートくん、君にすべてを話そう」
集会所の中からは、楽しそうな話し声と、軽快な音楽が聞こえてくる。
それとは対照的に、オレとライラの両親がいるデッキは静まり返っていた。
「ビートくん、君のご両親は……」
シャインが話し始め、オレは耳にすべての神経を集中させる。
絶対に、一言も聞き漏らしてなるものか!
オレはそんな強い決意で、頷いた。
「はい……!」
「……私たちをアダムから救ってくれた、今は亡きトキオ国のミーケッド国王とコーゴー女王なんだ」
「!!?」
シャインの言葉に、オレは耳を疑った。
オレの両親が、トキオ国のミーケッド国王とコーゴー女王だって!?
ライラの両親の話の中で出てきた、あのミーケッド国王とコーゴー女王のことか!?
「あ、あのあの……あのミーケッド国王とコーゴー女王が……!?」
「本当なんだ」
戸惑うオレに対し、シャインとシルヴィは強く頷く。
「私たちはライラからビートくんを紹介されたとき、驚いたんだ。君のその顔つきは、まさにミーケッド国王の生き写しだ。そして、先ほどのライラに対する気持ちを聞いて確信した。ビートくんの優しい性格は、まさにコーゴー女王そのものだ。君は確かに、ミーケッド国王とコーゴー女王の王子だ」
「私たちがライラちゃんを授かったとほぼ同時期に、生まれたのよ!」
シャインとシルヴィからそう云われ、オレは自分の顔に触れる。
この顔は、父親から受け継いだもの。
そして性格は、母親から受け継いだものなのか……。
いや、待てよ!?
そうだとしたら――!!
「じゃ、じゃあ……僕の両親は……!」
オレの言葉に、シャインとシルヴィの表情が曇った。
悲しい気持ちが、表情ににじみ出ている。シルヴィに至っては、目元に指を当てていた。
「……残念だと云わざるを得ない」
「私たちを守るために……あなたのお優しいお父様とお母様は……犠牲に……!!」
「……!!」
オレは、身体から力が抜けていきそうになった。
やっぱり、オレの両親は死んでしまったんだ。
もうどこに行っても会えないし、オレは永遠に両親の顔をこの目で見ることはできないんだ。
覚悟はしていたことだったが、実際にそうだと知ると、悲しい気持ちが身体の奥底から溢れてくる。
「実は、ミーケッド国王とコーゴー女王から逃げるように云われてトキオ国を脱出するときに、私たちはライラと同じ赤子だったビートくんのことも頼まれたんだ」
「!!」
シャインの言葉に、オレは聞き耳を立てた。
「お2人から『どうかビートのことをよろしくお願いいたします』と云われて、私と妻はビートくんとライラ、2人の赤子を抱いて逃げたんだ。ミーケッド国王とコーゴー女王は、私たちにとって命の恩人だ。その2人からの頼みは、断れない。しばらくは必死になって逃げたんだが、とうとうそれにも限界が来てしまった。そして苦渋の決断として、ビートくんを木箱に入れて、停まっていたアークティク・ターン号の貨物車にこっそりと載せたんだ。貨物車に載せたのなら、そう簡単にはバレない。ミーケッド国王とコーゴー女王には申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、少しでもビートくんと私たちが生き延びるためには、こうするほか無かったんだ」
なんてことだ。
オレは、アークティク・ターン号の貨物車から見つかったことの真相を知ってしまった。
なぜ貨物車から発見されたのか、ずっと謎だった。
まさか、シャインとシルヴィが関わっていたとは……!!
「その後、ライラを連れてグレーザーまで逃げてきたんだが、そこまでも追っ手が迫ってきていた。そして私たちは、止む無くライラをグレーザー孤児院の前にわずかなおカネと共に置いていき、施設の人に迎え入れられてから、列車で逃げたんだ。まさかビートくんまでも、同じグレーザー孤児院に引き取られるとは思ってもみなかったが……」
オレは、何と云えばいいのか分からなかった。
「そして、ビートくんが着ているその戦闘服」
「えっ……これが、どうか……?」
戦闘服の裾を引っ張り、オレはシャインに尋ねた。
この戦闘服と、何か関りがあるというのだろうか?
「それは、ミーケッド国王が率いていた、トキオ国防軍の戦闘服だ。そして、その左胸のポケットに縫い付けられた旗。それはトキオ国の国旗だ」
シャインの言葉に、オレは再び目を見張る。
この戦闘服はトキオ国のもので、この旗はトキオ国の国旗だって!?
そうか、もしかしてそういうことだったのか!?
どうしてこの旗を見ると、どこか懐かしいような不思議な気持ちになったのか。
もしかして、オレが思い出せないだけで、オレは赤ん坊のころにこの旗を見ていたのか!
オレの右手は自然と、左胸の国旗を包み込んでいた。
しかし、オレには分からないことが1つだけあった。
「……どうして、僕の両親とトキオ国は、謎の軍隊に襲撃されて滅びたのでしょうか?」
オレの問いに、シャインは首を横に振った。
「分からないんだ。トキオ国はそんなに大きな国ではなかったが、ミーケッド国王とコーゴー女王の統治の元、民はみな安心して暮らしていた。それに人族と獣人族の間で対立が起こるようなことも無かった。他の国や領主との関係も良好で、とても平和な国だった。突如として圧倒的な武力を持つ謎の軍隊に襲われた。それだけじゃない。謎の軍隊は、どこの国にも所属していなかったんだ」
「じゃ、じゃあ……!!」
「今も、あの軍隊を指揮していたのが誰なのか。全く分からないんだ」
あまりにも、理不尽すぎる。
オレの生まれた場所と両親が、オレの知らない間に無かったものにされてしまったなんて……!
怒りさえ湧き起らず、オレは悲しみを抑えることしかできなかった。
「それと、ビートくんにお願いがあるの」
シャインの話が終わると、シルヴィが口を開く。
オレへのお願いとは、何だろう?
嫌な予感がしつつも、ライラの両親のお願いをいきなり却下することなどはできなかった。
まずは、どんなものか聞いてみてから判断しようと、オレは思った。
「何ですか?」
「ライラちゃんと……別れてほしいの」
シルヴィの口から出た言葉に、オレは耳を疑った。
ライラと別れるだって!?
それはつまり、ライラに離婚を告げなくちゃいけないということか!?
オレはすぐにライラに別れを告げ、婚姻のネックレスを外してライラの元を去っていく自分を想像する。
そして同時に泣き叫び、悲しむライラの姿も想像した。耐え難い気持ちが、オレの中に溢れてくる。
胃がムカムカしてきて、オレは若干の吐き気を催した。
必死で口の中に唾を出し、それを飲み込むことによって吐き気を抑える。
ライラと別れる。
オレにとって、とてもじゃないが受け入れがたいお願いだった。
「ライラちゃんとあなたが、結婚していることはもちろん分かっているわ。それに、あれだけライラちゃんはあなたにべったりだった。きっと説得するのは簡単じゃない。銀狼族だから、そう簡単に別れようとはしない。それくらいは分かるの。でも、それ以上に私たちはライラちゃんを失いたくないの!」
シルヴィは時折涙声になりながら、訴える。
せっかく再会できた娘と、離れ離れになりたくない。
そんな気持ちが、シルヴィを動かしているのだろうと、オレは考えた。
「それに、もしあなたがミーケッド国王とコーゴー女王の子供だと知れ渡って、それをまたどこかであの軍隊が嗅ぎ付けたら、またあの悲劇が起こるんじゃないかと、気が気でないの!」
その言葉で、オレは銀狼族の村が圧倒的な武力を持つ謎の軍隊に襲撃され、廃墟と化していく様子を思い浮かべる。
正直、いい気持ちはしない。
人々が殺され、血が流れ、悲鳴が上がる阿鼻叫喚の地獄絵図。
そんなものを好んでみるようなタイプではないのだ。
「私たちが見た、トキオ国の最後は地獄そのものだった。ライラちゃんには、そんな思いをしてほしくないの」
「だから……ライラとは別れてほしい。この通りなんだ!」
シャインとシルヴィが、オレに向かって頭を下げる。
この時、オレはどう思われているのか、はっきりと分かった。
つまり、回りくどいが銀狼族の村から出て行ってほしいということだな。
オレがいなくなれば、確かに謎の軍隊によって銀狼族の村が襲われる心配もなくなるだろう。そしてシャインとシルヴィは、再会できた娘のライラと共に幸せな日々を送ることができるはずだ。
オレは邪魔者でしかないということか。
だが、そう云われて素直に従うようなことはしない。
それにきっと、ライラが許さないだろう。
答えは、決まり切っていた。
「……すいません、ライラと別れる気はありません。それに、きっとライラはオレと別れるなんて、絶対に首を縦に振らないと思います。自分から婚姻のネックレスを外すことも無いと思います」
「そんな……!」
「……わかった。どうやら今はまだ、その時じゃないようだな」
シルヴィが表情を引きつらせるが、シャインは対照的に落ち着いていた。
「ビートくん、大変失礼なことを云ってしまった。その無礼を、どうか許してほしい。しばらくは銀狼族の村で、ライラと一緒の日々を過ごしていってもらいたい。今日のこのことに対する答えは、また今度聞かせてほしい」
「わかりました」
オレが頷くと、シャインはシルヴィを連れてその場を立ち去っていく。
その後姿を見ながら、オレはそっとため息をついた。
ライラと別れるなんて、絶対に嫌だ。
オレだけじゃなく、ライラも嫌に決まっているはずだ。
シャインとシルヴィには悪いが、オレとライラはずっと一緒に暮らしてきた。
ひと時も、離れ離れになることは無いくらいに一緒だったのだ。
今更別れるなんて、できるわけがない。
それにライラは、オレに対して絶大な好意を持っている。
一度好きになった相手には、一生を捧げるほど尽くすとされる銀狼族なのだから、分かれるなんて不可能なはずだ。
「さて……と」
オレは、集会所の中を見た。
宴会は終盤に差し掛かっている様子で、酔いつぶれている人もいる。
ライラは、大丈夫だろうか?
オレも、そろそろ宴会に戻ろう。
ゆっくりとした足取りで、オレは集会所の中に戻っていった。
食べきれないほどあった料理と酒は、そのほとんどが無くなっていた。
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