第179話 感動の再会!
第179話 感動の再会!
ライラと両親が落ち着きを取り戻すと、オレたちに名前を名乗った。
ライラの父親の名はシャイン。
ライラの母親の名はシルヴィ。
オレとライラは、すぐにその名前を覚えてしまった。
「ライラ、まずはこれだけは云わせてほしい」
ライラの父、シャインが云った。
「私たちはこれまでただ一時も、今までライラの事を忘れたことは無かった。孤児院に捨てた事と、迎えに行けなかったことについては……それに対する非難なら、私達はどんなことでも受け入れる覚悟はある。嫌われてもいい。恨まれても、憎まれても仕方がない。遠く離れた孤児院の前に、ひとり娘のライラを置いて立ち去ったという事実は、決して消えない。だが、ライラの事を一度たりとも忘れたことは決して無かった。それだけは本当だ。信じてほしい」
「お父さん……」
「本当よ! 私たちは毎日、今ライラちゃんがどこで暮らしているのか、何をしているのか、ずっと気になっていたの。孤児院の前に置いていくときも、本当に申し訳ないと思っていた。すぐにでも迎えに行きたかった。でも、できなかったの。ライラちゃんからすれば、言い訳にしか聞こえないかもしれないわね。本当に、ごめんなさい!」
「お母さん……」
シャインとシルヴィの話を聞いたライラが、笑顔で答えた。
「わたしはお父さんのこともお母さんのことも、一度も恨んだり憎んだりことなんて無いよ。わたしにとっては、唯一のお父さんとお母さんなんだから」
「ライラちゃん……」
ライラの母、シルヴィの目から涙が零れ落ちる。
「お父さんとお母さんにお話ししたいことが、いーっぱいあるんだけど、まずはわたしの大切な人を紹介させて!」
ライラはそう云うと、オレの左腕に抱き着いてきた。
「グレーザー孤児院で出会った幼馴染みで、今はわたしの夫の、ビートくんよ!」
「ど、どうも……ライラの夫をしています、ビートです」
オレは恥ずかしさと、ライラの両親の前という緊張した状況で、少し声が出にくくなったが、辛うじて名乗れた。
すると、先ほどまで穏やかな表情だったシャインとシルヴィが、戸惑いの色を鮮明にした。そして俺達の首元に目を向けると、明らかに目を見開いた。婚姻のネックレスに気づいたのだろうと、オレはすぐに理解した。
オレはよく分からなかったが、前に本で妻の両親は、夫に対して最初は快く思わないと読んだことを思い出す。やっぱり、ずっと離れ離れだったとはいえ、実の娘がどこの馬の骨とも知らない男の嫁に行ったというのは、やっぱり嫌なものなのだろうか?
「ライラの父の……シャインです」
「母……のシルヴィです。娘が……お世話になっております」
戸惑いながらも、一応の礼儀としてか、シャインとシルヴィがオレに頭を下げる。
オレはどう反応していいのか分からず、それに答えるように頭を下げた。
オレはこういう気まずい空気が、大の苦手だ。
オレがどうすればいいか必死で頭を回転させて対応策を探っていると、ライラが口を開いた。
「お父さん、お母さん! 色々と聞きたいことも話したいこともあるんだけど、いい?」
ずっと孤児院に置き去りにしていた実の娘からの要求を、拒否はできなかったらしい。シャインとシルヴィは頷いた。
「ああ、もちろんだ」
「私達からも、ライラちゃんにお話ししたいことも聞きたいことも、たくさんあるの」
「それなら、私がお茶を用意します」
グレイシアが云い、すぐに動き出す。
「長老のわしも、立ち会わせてほしい。こういう役は、わしにやらせておくれ」
アルゲンとグレイシアに計らいによって、ライラとライラの両親との間で、話し合いの場が急きょ作られた。
もちろんオレも、ライラの夫として、そこに同席することになった。
というよりも、たとえオレが席を外そうとしてもライラが許さなかっただろう。
グレイシアによって紅茶が用意され、立会人としてアルゲンと別の銀狼族の男女が2人ずつ、立会人になった。囲炉裏を囲んで、オレたちとライラの両親が対面する形に座る。
最初に口を開いたのは、ライラの母シルヴィだった。
「ライラちゃんが、こんなにも美しい娘に無事に成長してくれて、本当に嬉しいわ。無事に育ってくれて、本当にありがとう」
「ハズク先生のおかげよ。ハズク先生は獣人族白鳩族の女性で、グレーザー孤児院の先生をしていて、わたしとビートくんを育ててくれたの」
オレもライラの言葉を補強するように、頷く。オレたちがここまで無事に育ったのは、間違いなくハズク先生がいてくれたからこそだ。婚姻のネックレスを交換するときには、立会人も務めてくれた。オレもハズク先生には、感謝してもしきれないほど感謝している。
「そう……ハズク先生という人は、とってもいい人だったのね」
「うん! ビートくんと婚姻のネックレスを交換したときは、立会人にもなってくれて、泣きながら喜んでくれたの!!」
ライラのその言葉に、シルヴィが思い出したように、オレとライラの首元に視線を向ける。その視線が、まだ戸惑いに満ちていることを、オレは感じ取った。
どうやら、オレはまだ受け入れられていないらしい。
そうすぐに受け入れてくれるとは思っていなかったが、こうもあからさまに拒絶されているような視線を向けられると、少々へこむ。
「それにしても……どうしてわたしを孤児院の前に捨てたの?」
ライラの質問に、一瞬だけ緊張が走る。
オレも全神経を耳に集中させる勢いで、聞き耳を立てた。
なぜグレーザー孤児院の前にライラを捨てたのか。それはライラだけでなく、オレも知りたかった。
なんといっても、ライラは銀狼族だ。美男美女が多くて、好きになった相手には一生を捧げるほど尽くす性格の持ち主。それが銀狼族だ。両親ともに銀狼族なら、そのことはよく分かっているはず。奴隷として高くても売れることから、獣人族の奴隷の中でも特に人気が高い。
下手すりゃ、実の娘を奴隷として売り飛ばされるかもしれない。それなのに、なぜ孤児院の前にライラを捨てるなんてハイリスクなことをしたのか。きっと、よほどの事情があったに違いない。ライラを孤児院に捨てなくちゃいけないほどのこととは、何だったのか。
シャインとシルヴィは、しばらく黙り込んでいたが、シャインが口を開いた。
「……ライラには、本当に嫌われても恨まれても憎まれても、仕方がないことだと思っている。むしろそれは当然のことだ。だが、確実に云えることは、今から話すことは全て真実だ。それを知って、それをどう受け止めるかは、ライラに任せたい。衝撃的な内容かもしれないが、ライラにそれを聞く覚悟があるのかどうか、確認しておきたい」
「お父さん、今さら何を云っているの? わたしはもう、覚悟はできているよ?」
ライラはいつもの様子で、シャインに云う。
その言葉に、むしろオレのほうが緊張していて、覚悟ができているのかどうか怪しくなった。
シャインが頷き、ライラを孤児院の前に捨てるに至った理由と現在までのことを、話し出した。
かつてシャインとシルヴィは、銀狼族の村で暮らしていた。
シャインは、銀狼族の村とサンタグラードを往復する連絡員だった。銀狼族の村では気候条件からライ麦やジャガイモ、野菜などを栽培していた。そして他に入手できたのは、野生動物の肉や毛皮、北の海や川でしか採れない魚、木の実などだった。食料には困らない恵まれた環境だったが、手に入らないものも無いわけではなかった。シャインはそれを手にサンタグラードへ赴き、そこで銀狼族の村では入手できない塩、各種調味料、果物や缶詰といった食品、酒や紅茶などの各種嗜好品、鉄器や武器などを入手して、銀狼族の村へと持ち込んでいた。
連絡員としてだけでなく、冒険者としても活躍し、使い慣れた旧式のライフル銃と自ら製作した大型のナイフを武器にしていた。サンタグラードの冒険者協同組合でクエストを請け負い、おカネを稼ぐという出稼ぎのようなこともやっていた。
やがてシャインはシルヴィと知り合い、お互いに惹かれるようになり、結婚した。
本来なら、このまま銀狼族の村で生涯を終えるはずだったが、そうはならなかった。
シルヴィは同じ銀狼族の村で育ったが、本が好きな女性だった。
家にあった4つの大陸の歴史を書いた本から影響を受け、世界を旅することを夢見て育った。そしてシャインと交際していた時から、冒険者協同組合で他の冒険者から聞いた話をシャインから聞いていく中で、旅に出たいという考えが固まっていった。
シルヴィの気持ちを受け止めたシャインは、連絡員としての役目を後輩たちに任せ、シルヴィと共に4つの大陸を巡る旅に出た。
冒険者としても経験を積んでいて、冒険者レベルの高かったシャインは、どこの冒険者協同組合に行ってもクエストには困らなかったため、おカネに困ることは無かった。
そして4つの大陸を巡るため、彼らもまた唯一の大陸横断鉄道であるアークティク・ターン号で旅をした。
しかし旅をしている途中で、2人はアダムという奴隷商人に狙われてしまう。
アダムの追手から逃れる途中、幾度となく戦ったが、アダムは諦めることなく2人を狙ってきた。
それを助けたのは、今は無き人族の都市国家、西大陸トキオ国の王であるミーケッド国王とコーゴー女王だった。ミーケッド国王もかつては冒険者であり、同じ冒険者として危機に陥っていた2人を救うため、自らの軍を出してアダムと交戦。
都市国家とはいえ、王の軍隊と戦うのは分が悪いと判断したアダムは退却し、2人はトキオ国に保護された。
命を助けられたことに恩を感じた2人は、そのままミーケッド国王に夫婦で仕えることとなった。
やがてシルヴィが妊娠し、1人の女の子が生まれた。
シャインとシルヴィは、満月の夜に生まれたことから、その女の子にライラという名前をつけた。
ミーケッド国王もその誕生を喜び、2人は幸せの絶頂にいた。
同じ年にミーケッド国王とコーゴー女王の間にも王子が生まれ、子育てを通じてライラの両親とミーケッド国王家族はより深い友情で結ばれた。
しかし、幸せは長くは続かなかった。
突如として現れた謎の軍隊に、トキオ国は襲撃されてしまった。
黒い武器を持った謎の軍隊は圧倒的な武力を持ち、ミーケッド国王の軍隊は壊滅し、2人は危険にさらされる。
ミーケッド国王の助言で、すぐにライラを連れて南大陸のグレーザーまで逃げ延びた2人だったが、幼いライラを連れて逃げるのは困難な状況だった。
根絶やしにしようとした謎の軍隊が、3人を追って来ていた。
このままでは、一家心中するか、謎の軍隊に捕まってしまうしかない。
そこで止む無く、断腸の思いでライラを手放すことにした。
しかし、南大陸に知り合いなどいるはずもない。
そんなときに見つけたのが、グレーザー孤児院だった。
グレーザー孤児院を選んだのは、駅の近くにあったからだった。将来迎えに行けるようになったら、すぐに迎えに行こうと考えていたのだ。
2人は名前が刺繍された布でライラを包み、グレーザー孤児院の前にわずかばかりのおカネと共にライラを置くと、そのままグレーザー駅に向かい、列車に乗り込んで逃避行を続けた。
そしてかなり大回りをして、3年の月日を費やして列車を乗り継ぎ、銀狼族の村へと戻って来た。
本当ならすぐにでも、ライラを迎えに行きたかったが、銀狼族の村までの間に多額のおカネを使ってしまい、しかも逃走資金として借金もしていた。
肩代わりしてくれる人もおらず、シャインは連絡員としての仕事と、冒険者としてクエストを請け負っておカネを稼ぎ、シルヴィも内職や子育ての手伝いなどをしておカネを稼いでは、借金の返済に充てていた。
10年かけて、全ての借金を帳消しにした2人は、すぐにライラを迎えに行くための資金を作るためにおカネを作り始めた。
そして後少しで目標金額にまで到達しようとしていた時に、銀狼族の村に来た人族の少年と銀狼族の少女が、両親を探していると知った。
すぐに銀狼族の少女が、生き別れた娘のライラだと気づいたのだった。
「……これが、全ての真実だ。迎えに行けなかったことは、本当に申し訳なく思っている」
「ライラちゃん、迎えに行けなくて、本当にごめんなさい。孤児院でずっと寂しい思いをしているんじゃないかと、毎日あなたのことを考えていたの」
シャインとシルヴィが、ライラに向かって頭を下げた。
「お父さん、お母さん、顔を上げてよ!」
ライラが明るい声で云う。
「わたし、孤児院でどうしてお父さんとお母さんがわたしを捨てたのかって考えたことはあったけど、寂しいと思ったことは無かったよ!」
「そうなの?」
「だって、孤児院でビートくんと出会えたから!」
ライラは再び、オレの左腕に抱き着いた。
ライラの豊満な胸が、オレの左腕に食い込む。オレは顔を紅くし、体温が急上昇する。
「ビートくんは、わたしに優しくしてくれて、元気づけてくれて、強盗からも助けてくれて……ビートくんがいなかったら、わたしはきっとお父さんとお母さんに一生会えなかったかもしれないの! それに、すごくカッコイイんだよ!!」
「ライラ……ちょっと云いすぎじゃないかな……?」
「そんなことないよ!!」
ライラが、きっぱりと云った。
「ビートくんが手伝ってくれるって云った時、わたしは本当に嬉しかった。それに、わたしは絶対にお父さんとお母さんに会えるんだって、思ったの。そして今、わたしはお父さんとお母さんに会えた。全て事実なの!!」
「ライラ……そのビートくんは、いつ孤児院に引き取られて、いつ……一緒に暮らすようになったんだ?」
シャインがライラに聞いた。オレはその言葉に、引っかかる部分があった。
夫婦や結婚といった言葉を使わないのは、まだ結婚したことや夫婦になったことを認めたくはないのだろうなと、オレは思った。
すると、ライラが左腕から手を離し、オレに視線を向けてくる。
オレはそっと、目で合図をした。
ライラは頷くと、シャインとシルヴィに顔を向ける。
「ビートくんは、わたしが孤児院に引き取られた日と同じ日に引き取られたの。グレーザー駅に到着したアークティク・ターン号の貨車に、荷物として紛れ込んでいたんだって。それからビートくんはわたしに勉強を教えてくれたり、孤児院に押しかけてきた強盗を撃退してくれたりしたんだ。そのときに、わたしを助けてくれたの。孤児院を卒業する少し前に、ビートくんがわたしに婚約のネックレスを贈ってくれて、ビートくんと婚約したの。孤児院を卒業した後は、働きながら一緒に暮らして、お父さんとお母さんを探すための旅費を作ったの。15歳になった時に旅費が貯まって、同時にビートくんから婚姻のネックレスを贈られて、ハズク先生に立ち会ってもらって、ビートくんと結婚したのよ」
ライラはそこまで云うと、自分の首元にある婚姻のネックレスに、そっと触れる。
「結婚してから今まで、ずっと一緒に過ごしてきたの。わたしにはもう、ビートくんと一緒じゃない生活なんて、考えられない」
「そうか……」
シャインが、そっと視線を落とす。
納得してくれたのだろうか?
ふと、オレを見たシャインが何かに気づいたような視線を向けた。
まさか、またオレの婚姻のネックレスを見て、驚いたのか?
これで何度目だ?
「……その、ビートくんとやら」
「はっ……はいっ!!」
シャインから話しかけられたオレは、背筋がピンと伸びるのを感じた。
「その戦闘服は……どこで?」
「こ、これですか……?」
オレは、着ている戦闘服を指して問う。
まさか戦闘服について聞かれるとは思わなかったオレは、少し戸惑った。
そこは普通、職業とかライラをどう思っているのかとか、聞いてくるものじゃないのかな?
とはいえ、シャインが聞いてきたのは、オレが着ている戦闘服のことだ。
隠すようなことは、一切ない。
「これは、東大陸のカルチェラタンで防寒着として手に入れました。北大陸は寒いと聞いていたので」
「……そうか、ありがとう」
そう云い、シャインは口を閉じた。
一体、どうしてそんなことを聞いたのか、オレには分からなかった。
その後、その場にいた全員で昼食を食べることになった。
銀狼族の村には、レストランや食堂が無い。
唯一ある商店で、惣菜を扱っているのが関の山だ。
食事は各家庭で作るか、惣菜を買ってきて食べるかしかない。
その日は、グレイシアが野菜や鶏肉を煮込んでシチューを作ってくれた。
久しぶりに食べたシチューに、オレとライラは舌鼓を打ち、シャインとシルヴィも緊張していた表情が和らいで穏やかな雰囲気に包まれる。
食後に飲んだ紅茶も、久々のクラウド茶会の紅茶だった。
ふとオレが、アークティク・ターン号に乗っている時にナッツ氏とココ婦人と出会った話をすると、アルゲンやグレイシアが驚いた表情になった。
「えっ、あのミッシェル・クラウド家のナッツ氏とココ婦人と知り合いなの!?」
グレイシアが目を丸くして聞く。
「あぁ。列車の中で知り合って、度々お茶会に呼ばれていたんだ。ねぇ、ライラ」
「うん! ナッツさんとココさん、それに使用人の人も、みんなとってもいい人たちだったね!」
ライラが笑顔で云うと、シャインとシルヴィは手元の紅茶とライラを交互に見ていた。
「お茶会でまだ発売前の紅茶を飲ませてもらったこともあったわね」
「連絡先も教えてもらったよ」
「いいなー。紅茶をもう少し多めに買っておけばよかった」
グレイシアが少し残念そうに云った。
こうして穏やかな雰囲気の中、昼食が終わった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご指摘、評価等お待ちしております!
次回更新は11月9日21時更新予定です!
すいません、風邪を引いてしまいました。
すぐ治ると思っていましたが、まだ気だるいので再び更新をストップさせてしまうかもしれません。
11月9日更新分までは投稿してありますが、それ以降はまだ投稿できていません。
楽しみにしていただいている皆様には、誠に申し訳ありません。
体調が回復しましたら、早めに更新再開できるように努めます。





