第176話 ノワールグラード
「ビートくん!」
「ん? どうかしたの?」
ライラが馬車の外を見て、声を上げる。
オレはちょうどその時、グレイシアから借りた本を読んでいた。
「ちょっと、見て!」
「んー……んおっ!?」
ライラから云われて外を見たオレは、目を疑った。
オレの目に飛び込んでくるのは、廃墟と化した建物と、荒れて石の間から草が生えている石畳の道路。時折、土がむき出しの場所もあった。
廃墟は1つだけではなかった。
次から次へと廃墟が現れてくる。植物に覆われそうになっているものもあり、朽ちて原型をかろうじて保っているようなものまである。
馬車はいつの間にか、荒れ果てて廃墟と化した街の中を走っていた。
しかも、荒れ方からしてただの廃墟とは考えにくかった。
自然にできたとは考えにくい形の穴。
廃墟と化した建物の中に残る、生活の跡。
赤黒いシミ。
壊れた馬車や、赤錆びて朽ちた剣や銃といった武器……。
ここまでヒントが転がっていれば、誰だってわかる。
「グレイシア、ここはどこなんだ!?」
「ノワールグラードよ」
グレイシアが、答えを云った。
「もしかして……昔ここで、何か事件でも――!?」
「そうよ。ノワールグラードは、過去に起きた戦争で戦場となった街なの。戦争で街は瓦礫になっちゃって、戦争が終わってからも誰も戻ってこなかったのよ。だから、廃墟になってしまったの。私はそう聞いているわ」
やっぱりか。
この廃墟の街、ノワールグラードは過去に、戦場となっていた。
自然に朽ちたわけではなく、戦争によってこうなってしまったのだ。
そして、今は人は1人もいない。
馬車の音しか聞こえないことが、それを証明していた。
だが、それだけで判断するのは危険だ。
「……強盗が出たら、厄介だな」
こうした廃墟には、強盗や野盗がつきものだ。
人がいなくなった場所にこそ、こうした奴らは潜んでいることが多い。
なんといっても、大声で叫んでも助けを呼べないからだ。
好き勝手できることから、強盗にとってはこの上ない好条件といえるだろう。
すると、グレイシアが振り返った。
「安心して。ノワールグラードに強盗はいないから」
「本当に?」
「本当よ。少なくともここ1年は、私も他の連絡員も、誰も強盗や野盗は見ていないの。それに、安心して」
グレイシアはそう云うと、服の下から9連発のリボルバーを取り出した。
「私も、銃は持っているんだから」
「わたしも、銃はあるわよ!」
ライラが、スカートの下からリボルバーを取り出す。
「ライラちゃん、いいもの持ってるじゃない!」
「グレイシアちゃんのだって、強そうよ!」
オレも、RPKという恐ろしい銃を持っているんだけどなぁ。
そう思ったが、あえて云わないでおいた。
「ねぇ、こんな伝説知ってる?」
ノワールグラードを進んでいる途中で、グレイシアが唐突に云った。
「伝説って、何の?」
「ノワールグラードに伝わる伝説よ。昔、ノワールグラードに暮らしていたというおばあさんが、サンタグラードに住んでいて、その人から聞いたことがあるの」
「どんな伝説なんだ?」
「グレイシアちゃん、聞かせて!」
オレとライラは、グレイシアの話に興味津々だった。
馬車の上は退屈で、もうすっかり話のネタになるようなことも尽きていたからだ。
「わかったわ。私が聞いたノワールグラードに伝わる伝説は、こういうものよ」
グレイシアは手綱を握ったまま、語り始めた。
ノワールグラードがまだ廃墟になる前のことよ。
かつてのノワールグラードは大きな街で、鉄道が敷かれることも計画されていたほどだったの。
そんなノワールグラードには、1人の預言者が暮らしていたわ。預言者の預言はよく当たるということで評判で、街の人からも慕われていたというわ。
そしてそんなある日、預言者は次のような預言をしたの。
「遠い未来、この地が戦火に巻き込まれた後、その地に降り立った天使が愛する者の命を救い、永遠に結ばれる」
その予言者はその預言を残した後、ノワールグラードを突如として離れてしまったの。
でもその後、何年も戦火に巻き込まれることがなかったことから、いつしか忘れ去られてしまった、といわれているわ。
「……というものよ。ロマンチックな伝説だと思わない?」
「うん、すごくロマンチックね!!」
グレイシアの問いに、ライラが頷く。
しかし、どうしてそんな預言をしたのか、そしてどうして突如として消えたのか。
謎ばかりが残る伝説だ。
「そしてこの伝説、銀狼族の間ではけっこう有名な伝説なのよ」
「そうなの!?」
ライラが叫ぶ。
銀狼族とはいえ、銀狼族の村で暮らしたことがないライラは、そのことを知らなくてもおかしくはない。
「どうして銀狼族の間では有名なんだ?」
「だって、ノワールグラードから銀狼族の村までは、そんなに離れていないから」
グレイシアは当たり前のように、そう云った。
しばらくして、オレたちはノワールグラードを抜けた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご指摘、評価等お待ちしております!
次回更新は11月6日21時更新予定です!





