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幼馴染みと大陸横断鉄道  作者: ルト
第13章
177/214

第175話 トロッコ

「こっちよ!」


 グレイシアがそう云って、立ち止まった。


「え……?」


 立ち止まった場所を見て、オレは首をかしげる。

 目の前に現れたのは、つい今朝までオレたちがいた借家だった。


 オレたちはグレイシアの案内で、サンタグラードの外へと向かっていると思っていたが、実際には元の場所まで戻ってきただけだった。


「ビートくん、ここって……」

「元の場所……だよな」


 オレとライラは、同時にグレイシアを見つめた。グレイシアは鍵を使い、扉を開けた。

 どうして今まで、寒い中を歩いてきたというのか。

 その理由が、オレたちは知りたかった。


「グレイシア、これは一体どういう――」

「とにかく、話は中に入ってから!」


 グレイシアにそう云われ、オレとライラは渋々従う。

 オレたちが中に入ると、グレイシアは後ろ手にドアを閉めて、鍵をかけた。




「ごめんね。実は、さっきまでの移動は、全てフェイクだったの」

「つまり、嘘だったってこと!?」


 グレイシアの言葉に、オレは叫んだ。


「グレイシア、オレたちは銀狼族の村に案内してくれると思って、グレイシアに任せたんだぞ? それなのに、意味のない移動をした上に借家まで戻ってくるとは、どういうことなんだ!?」

「意味はちゃんとあるのよ」


 オレはライラと共に首をかしげた。

 意味があるだって?

 どう考えても、意味のない移動だったぞ!?


「さっき、私がサンタグラードに珍しい獣人族を探している奴隷商人が来ていることを話したでしょ?」

「確かに話してたけど……あっ!」

「そういうことよ」


 オレはそこで、グレイシアが考えていることが理解できた。

 そうか、あの移動にはそういう意味があったのか。


「ビートくん、どうかしたの?」


 ライラはまだ気づいていないらしく、首をかしげていた。


「つまり……オレたちは奴隷商人に見張られていたんだ。そしてそれをかく乱するために、わざとサンタグラードの街を歩き続けて、ここに戻ってきたというわけか」

「えっ、そんな意味があったの!?」

「理解が早くて助かるわ。そういうことよ」


 グレイシアはオレの言葉に頷くと、カーテンを閉めていった。遮光カーテンのため、全てのカーテンを閉めると部屋の中は暗くなった。

 机の上に置いてあったランタンを手にし、グレイシアはランタンを点ける。


「私はカフェの辺りから、もう尾行されていたことには気づいていたのよ」

「えっ、わたしは全然分からなかった!」


 ライラが云う。

 オレも、尾行されていることには全く気がつかなかった。


「当たり前よ。だってライラちゃん、ビートくんにべったりとくっつきながら歩いていたじゃないの」


 グレイシアがそう指摘し、ライラが顔を紅くする。

 確かに、その通りだった。オレが手をつないだ直後、ライラはオレの腕に抱き着いてきた。

 ずっとオレにしか、意識は向いていなかっただろう。


「さて、もう追っ手はいなくなったわ。そしてこれから、本当の銀狼族の村への道へ案内するわね」


 グレイシアはそう云うと、昨晩グレイシアが眠っていたベッドの横にある本棚を押した。

 本棚はゆっくりと動いていき、本棚の背後から黒い鉄製の扉が現れた。まさかそんなところに扉があったとは思わず、オレとライラは声を上げそうになったが、抑えた。

 扉を開けると、地下へと続く階段が現れる。階段は古いものらしく、レンガをいくつも積み重ねて作られていた。


「こっちよ。足元に気を付けてね」


 グレイシアがそう云って、オレたちを扉の中へと案内する。

 オレとライラが入ると、グレイシアは扉をそっと閉めた。




 その頃、地上では数人の男が路地裏で落ち合っていた。


「おい、銀狼族がいたというのは本当か!?」

「間違いない。目撃者もいるんだ」

「しかも銀狼族は若い女2人らしい!」

「途中までは見張っていたんだが……くそう、どこに行方をくらましやがった!?」


 雪が降る中、男たちは口々に云う。

 すると、コートを着た男がやってきた。


「お前たちは、何をやっているんだ?」

「あっ、ボス!!」


 コートを着た男に気づいた男が声を上げ、全員がコートを着た男に頭を下げる。


「申し訳ございません! 銀狼族を尾行しておりましたが、途中で見失いました!」

「見失ったか……まぁいい」


 コートを着た男は、そう云う。


「他にも珍しい獣人族を連れてきた者がいる。まずはそちらを見ていくとしよう」

「かしこまりました!」

「それと、『使徒』を呼ぶんだ」


 その一言に、男たちは顔色を変えた。


「つ、ついに呼ぶのですか!?」

「うむ。これからの局面を打破するには、『使徒』が必要だ。すぐに電報を送れ」

「ハッ!」


 コートを着た男は男にそう命じると、その場を立ち去った。




 グレイシアに先導されて階段を下りていったオレたちは、広い空間に出た。

 暗くて全ては見えなかったが、どうやらそこは駅のような場所らしく、向かい合う形でホームが作られていた。

 そしてオレたちが立っているホームには、地上で見たことがあるトロッコのようなものが停まっている。トロッコの先に連結されているものは、機関車のようなものかもしれないと、オレは思った。ヘッドライトがついていて、木製のトロッコに対して金属で作られているからだ。


「ここは、どこ?」


 ライラが不安げに辺りをキョロキョロと見まわす。あまり居心地のいい場所でないと思っているのかもしれない。

 それはごもっともだと、オレも思う。

 それに北大陸だからなのか、地下にいても外と同じくらい寒い。


「秘密のトンネルよ。銀狼族にしか教えられていない、特別な場所。ここから伸びているレールが、銀狼族の村の近くにあるトンネルまで続いているの」

「あれは、トロッコか?」

「そうよ。前についているのが、電気で動く機関車なの」


 グレイシアの言葉に、オレは驚く。


「電気で動く機関車だって!?」

「珍しいけど、エレベーターだって電気で動いているんでしょ? それと同じようなものと考えれば、珍しくないんじゃない?」


 グレイシアはそう云うと、トロッコに荷物を積み込んだ。そして機関車に乗り込み、どこからかキーを取り出した。

 キーを計器類が取り付けられた場所に挿し込んで回すと、機関車のヘッドライトが点いて、唸り声のようなエンジン音を上げる。


「さ、これに乗って銀狼族の村の近くまで行くわよ。ビートくんにライラちゃん、トロッコに乗って!」


 促されたオレたちは、トロッコへと乗り込んだ。当然、座席などはない。オレとライラはすでに積み込まれていた木箱をイス代わりにして座った。


「地上を進んでいくわけじゃないんだな」

「そんなことしたら、遭難しに行くようなものよ」


 グレイシアが、少しだけ呆れた様子で云う。


「これを使うほうが、ずっと安全なんだから」

「……なんだか不思議」


 ライラが、辺りを見回しながら云った。


「地下に駅があるなんて。もしかしてこれって、銀狼族が作ったの?」

「まさかあ!」


 グレイシアが笑った。


「元々、この北大陸の地下にあったのよ。私たちはそれを利用しているだけ。私だって、この鉄道が何のためにあったかなんて、知らないわ。人知れずに移動できて便利だから、使っているのよ」

「それじゃあ、そろそろ出発してもらえないかな?」

「わかったわ。それじゃ、出発するわよ!」


 オレの言葉にグレイシアは頷き、レバーを操作した。

 機関車がモーター音を出して動き出した。少しずつスピードが上がっていき、大きな口を開けるトンネルの中へと入っていく。


 トンネルの中に入ると、レールが平行に2本敷かれていて、隣のレールにはアークティク・ターン号の客車のような列車が停まっていた。かなり長い間動いていないらしく、車輪は錆びついていて窓はホコリで覆われていた。その列車の横を、オレたちはトロッコで過ぎていく。

 やがて列車が後方の闇へと消えていき、次の駅が現れる。駅には当然、誰もいない。ただただ無人の空間が広がっているだけだった。

 駅を通り過ぎると、再びトロッコはトンネルの中へと入っていき、闇をヘッドライトの光で切り裂きながら進んでいく。

 地下だからか、景色は変わり映えしないし、暗いトンネルはどこまでも続いているように感じられた。


 そんな中を進んでいくうちに、オレは眠くなってきた。

 大きなあくびをすると、ライラもオレにつられたのか大きなあくびをする。

 オレはそっと、ライラを抱き寄せた。


「……眠いな」

「うん。ビートくん……温かいね」

「ライラも温かいよ……」


 オレとライラは身を寄せ合い、お互いの体温を交換し合った。


 やがて、オレはライラと共にそのまま眠りについた。




「もうすぐ、到着するわよ!!」


 グレイシアのその一言で、オレたちは目を覚ました。

 どれくらい眠っていたのか、オレには分からなかった。


「あっ……もしかして眠ってた?」

「えぇ。ライラちゃんと肩を寄せ合いながら、幸せそうな寝顔だったわよ」


 グレイシアがそう云い、オレたちは顔を紅くする。

 その時、オレは眠る前とは明らかにトンネル内の空気が変わっていることに気が付いた。


「……あれ? 寒く無いぞ?」


 ほとんど、寒さを感じなかった。トンネル特有のひんやり感はあったが、サンタグラードにいた時の強い寒さは感じない。


 これは一体、どういうことだ?

 北大陸にいるのだから、寒いはずなのに。


「もうすぐ、地上に出るわよ」

「地上に!?」


 グレイシアは当たり前のように云うが、オレは驚きを隠せなかった。

 サンタグラードから、この地下トンネルまでかなり長い階段を下ってきた。この地下トンネルが、かなり深い場所に作られたものであることは考えなくてもわかる。


「ほら、前を見て!」


 グレイシアの言葉に従い、オレたちはトロッコから前方を見た。

 機関車の先の先。かなり遠くではあったが、小さな光が見える。まるで金星のようなその小さな光は、少しずつ大きくなっていく。

 出口だ。オレはそう思った。これでやっと、長くて暗いトンネルの中から出られる。


 しかし、その先にはどんな世界が広がっているのだろうか……?


「ビートくん、いよいよ出口ね!」


 ライラがオレの手を握り、そう云った。

 その目は、まっすぐ前だけを見つめている。


 そうだ。

 今は、不安を抱いている場合じゃないんだ。

 ライラと一緒に、銀狼族の村に行かなくちゃいけない。


 オレもライラと同じように、前だけを見ていこう。

 余計なことは考えなくていい。

 目の前に見えている、出口だけを目指すんだ。

 その先に広がる世界を見るのは、その後でいい。


 さぁ、出口は目前に迫ってきた。

 新しい世界へ、飛び出すぞ!!




 そのとき、グレイシアがレバーに手をかけた。


「ブレーキをかけるわよ。しっかり掴まって!!」


 え?

 ブレーキだって?


 オレがそう思った直後、グレイシアの右手がブレーキレバーを動かした。

 トロッコ全体に強い制動力が加わり、車輪が金属音と火花を発しながらスピードを落としていく。


「うわあっ!」


 オレとライラはブレーキの力に前のめりになり、トロッコの端に掴まった。

 なんて強い力なんだ。まるでアークティク・ターン号の急ブレーキだ。

 この小さな機関車、センチュリーボーイと同じくらいの力を持っているのか!?


 トロッコはやがて人が歩くのと同じくらいの速度になり、ゆっくりと停まった。


「うわっ!」

「あうっ!」


 オレとライラは、最後の衝撃でトロッコの中に転がる。後ろに荷物が無かったら、確実にトロッコの後部に頭をぶつけていただろう。

 トロッコは、トンネルから出る直前で停車してしまった。


「大丈夫?」

「いてて……なんとかな」


 オレは起き上がり、声を上げる。


「でも、どうしてトンネルから出る前に停車したんだ!?」

「ここで停めておかないと、雨や雪が降ったりしたときにトロッコが濡れて大変なことになっちゃうのよ」

「……分かった。でも、今度から急ブレーキは止めてくれ」


 オレの訴えに、グレイシアは申し訳なさそうに頷いた。




 荷物を持ち、オレたちはトンネルから出る。


「……どこだここ!?」


 トンネルを出たオレが最初に云った言葉が、それだった。


 北大陸にいるのだから、雪景色が広がっていると思っていた。

 北大陸にいるのだから、吹雪いていると思っていた。

 北大陸にいるのだから、寒さは耐え難いものだと思っていた。


 しかし、オレのそんな考えはすべて否定された。


 広がっているのは、春のような緑の大地。

 吹いているのは、北大陸とは思えないようなそよ風。

 そして気温は、暑くもなく寒くもない温度。


 ライラもオレと同じように、目を丸くしている。

 これまでの北大陸の景色と、あまりにもかけ離れすぎている。

 まるで、南大陸に戻ってきたみたいだ。


「どこって、北大陸よ?」


 当たり前のことのように、グレイシアが云う。


「いや、さっきまで寒い寒いサンタグラードにいたはずだ! それなのに、ここはまるで南大陸のようだ! これは一体、どういうことなんだ!?」

「北大陸の奥地には、1年を通して気温が安定している場所があるの。夏のような温かい時期と、冬のような寒い時期がほぼ半年で入れ替わる不思議な場所よ。そこに入ったの」


 グレイシアの説明を聞いて、オレはオウル・オールド・スクールで受けた公開授業の内容を思い出す。

 確か、気象学の授業を受けている時に、授業の中でそんなことを先生が云っていた。

 北大陸の奥地にある、気温が安定している不思議な場所。

 まさに楽園と呼ぶにふさわしい場所。


 そこに、オレたちは入ってしまったのだ。

 銀狼族の村に辿り着く前に、北大陸の不思議な場所を先に見つけてしまった。


 辺りを見回すと、行商人が使うような2頭の馬が牽いているホロ掛けの馬車が停まっていた。

 グレイシアはその馬車に、荷物を積み込んでいく。


「ここからは、その馬車で行くのか?」

「そうよ。ビートくんとライラちゃんも、馬車に荷物を載せて、乗り込んで!」


 グレイシアの指示に従い、オレたちは荷物を載せてから、馬車に乗り込んだ。

 馬車は貨物用といった趣で、イスは固定されていない小さな木の椅子しかなかった。

 お尻が痛くなりそうだが、そんなに長距離は移動しないだろう。


「さて、それじゃあ出発ね」


 グレイシアが、御者台に座って手綱を握り締めた。

 軽く降ると、馬が動き出し、それに続いて馬車も動き出す。


「ここまで来たら、銀狼族の村まであと少しだから!」


 グレイシアの言葉に、オレとライラは笑顔になる。

 いよいよ、銀狼族の村に到着できるんだ!




 オレとライラは馬車に揺られながら、北大陸とは思えない陽気の中を進んでいった。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

感想、誤字脱字、ご指摘、評価等お待ちしております!

次回更新は11月5日21時更新予定です!

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