第174話 銀狼族の村へ出発
オレが起きると、グレイシアはすでに起きて服を着替えていた。
「おはよう、グレイシア」
「あっ、おはよう。起きたなら、服を着替えてちょうだい。朝食を食べに行くわよ」
グレイシアがそう云うと、オレはベッドから抜け出す。
それとほぼ同時に、ライラも起きた。
服を着替えると、グレイシアに案内されて借家の近くにあるカフェで、オレたちはグレイシアと共に朝食を食べることになった。
「ご注文は?」
「エッグトーストのモーニングと紅茶。あと新聞のポーラーメールをお願い」
「かしこまりました」
オレたちが注文をした後に、グレイシアはそう店員に注文を告げた。
新聞? この喫茶店はそんなものまで注文できるのか?
最初、何かの間違いではないかとオレは思ったが、店員が特に驚く様子もなく注文を受けるのを見て、これが間違いではないと知った。
「新聞も注文できるのか」
「わたし、カフェで新聞を注文する人なんて、初めて見た」
オレとライラが驚いていると、グレイシアは微笑んだ。
「確かに、驚くかもしれないわね。でも、大陸横断鉄道が通る比較的大きな街のカフェでは、意外とあちこちでやっているものよ。有名なのは、日が意思大陸ギアボックスの日刊労働者新聞、デイリーインダストリーニュース、産業新報とかね」
そんなものがギアボックスにあったなんて。
ギアボックスにしばらく滞在していたが、どれも見たことも聞いたこともなかった。
「朝食を食べたら、また借家に戻るわ。そして荷物を持って、出発するわよ」
「グレイシアは、あの借家に住んでいるのか?」
「まさか!」
グレイシアは首を横に振った。
「あの借家は、サンタグラードに滞在している間にしか使わない狩りの住まいよ。私はサンタグラードにいない間は、銀狼族の村で家族と一緒に暮らしているの」
家族と一緒に暮らす。
オレとライラにとって、経験のないことだった。
「家族と……」
「暮らす……」
オレとライラは呟き、家族と一緒に暮らしている自分を想像しようとした。
しかし、どうやっても想像できなかった。いつもハズク先生のような大人と一緒にいる自分か、ライラと一緒にいる自分しかオレには想像できなかった。もしかしたら、ライラも同じようなことを考えているのかもしれない。
そうしているうちに、店員が注文の品を運んできた。
「お待たせしました」
店員は最初に、オレたちの前にモーニングセットを置いていく。何を頼もうか迷ったオレたちは、グレイシアがオススメしたモーニングセットというものを注文していた。
トーストとゆで卵がオレたちの前に置かれ、そこにスープも加わり、注文した紅茶がやってくる。
どうやらこれが、モーニングセットというものらしい。
対するグレイシアの前には、目玉焼きが乗ったトーストとゆで卵、スープに紅茶が置かれた。
すべてを置いた店員が、グレイシアに新聞を手渡す。
「こちらが、ポーラーメールでございます」
「ありがとう」
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
伝票を置いて、店員は去っていった。
「さ、冷めないうちに食べましょ」
グレイシアの一言で、オレたちは朝食を食べ始めた。
朝食を食べ終えたオレとライラが食後の紅茶を飲んでいる時、グレイシアは新聞のポーラーメールを読んでいた。グレイシアは新聞を読むのが好きらしく、クールな表情に少しだけ笑みが浮かんでいる。
隅から隅まで目を通していくグレイシアは、まるでキャリアウーマンのようだ。
「ん……?」
グレイシアが何かの記事を注意深く読んでいく。
そして新聞から目を上げると、すぐにマントのフードを被って、伝票を手にした。
「2人とも、そろそろ行くわよ」
「わ……わかった!」
「うん、行こう!」
グレイシアに続いて、オレたちは立ち上がる。
ちょうど、紅茶を飲み終えたタイミングでよかった。
「2人とも、借家に戻ったらすぐに荷物を持って出発するから、そのつもりでいてね!」
「お、おう!」
グレイシアの言葉に、オレはそう答える。
借家に戻ってくると、オレたちは荷物を外に運び出した。グレイシアは部屋の明かりを全て消すと、自分の荷物を手にしてドアを閉め、鍵をかけた。
そして辺りを見回し、再びマントのフードを被る。
「出発するわ。ライラちゃん、マントのフードを被って!」
「うーん、このフードは暖かいけど、周りが見えにくくなるから……」
ライラがそう云っていると、グレイシアはその手で強制的にフードを被せた。
「いいから! さ、早く行くわよ!」
「う、うん……」
「わかったわ……」
グレイシアから漂う、異様な雰囲気にオレたちはただただ従うことしかできない。
喫茶店を出た辺りから、グレイシアの様子が変わった。
いったい、オレたちが何をしたというのだろう?
食後に紅茶を飲んでいただけだが、グレイシアの気に障るようなことでも云っただろうか?
オレたちは首をかしげながら、雪が降るサンタグラードの街を、グレイシアの後に続いて進んでいった。
レールを越えてしばらく歩いていくと、労働者が多く住んでいるエリアに入った。メインストリートに比べると閑散としているが、どこもニコラウス祭の準備がされていて、家からも通りのスピーカーからもニコラウスソングが流れている。
さすがはサンタグラードだ。労働者の暮らすエリアでも、ニコラウス祭のことは忘れない。
「こっちよ!」
グレイシアは、何度も道を変えながらサンタグラードの奥へと進んでいく。
「なぁ、グレイシア」
オレは前を進むグレイシアに声をかける。
「どうして、そんなに急ぐんだ? まだ朝は始まったばかりだ。もう少しゆっくりでもいいんじゃないか?」
「ダメよ!」
グレイシアはキッパリと云った。
「できるだけ、急がないといけないの!」
「そんなに急ぐなんて、聞いていなかったぞ?」
「急に、急がないといけなくなっちゃったのよ!」
「いったい、どうしてだよ!?」
せめて、急ぐことになった理由を教えてほしかった。
オレがそんな思いで叫ぶと、グレイシアは振り返り、オレに新聞を渡してくる。
「この新聞に書いてある記事を、読んで!」
オレは新聞を受け取り、歩きながらライラと共に新聞を読んだ。
「……な、なんてことだ」
「そんな……ビートくん……!」
記事の内容に、オレたちは驚いて目を見張った。
新聞の記事によると、サンタグラードに珍しい獣人族を探しているという奴隷商人が来ているらしい。
珍しい獣人族なら、高額で買い取るということを新聞に載せている。奴隷商人の名前こそ明かされていなかったが、宿泊しているホテルの名前は書かれていた。
そしてなんと、そのホテルはグレイシアが使っている借家のすぐ近くにあった。
「奴隷商人からすれば、私とライラちゃんのような若い女性の銀狼族なんて、喉から手が出るほど欲しい存在よ。もしも変な人が私たちを捕まえて、奴隷商人の所に連れていったりしたら、銀狼族の村に行くどころじゃなくなるわ。だから一刻も早く、サンタグラードを離れないと!」
そういうことだったのか。だから急いでいたのか。
オレとライラは納得し、グレイシアに新聞を返した。
「わかったよグレイシア。ついていくから、案内は頼んだ!」
「任せなさいよ!」
グレイシアはそう云うと、路地に入った。
オレとライラは、ニコラウスソングを聴きながら、サンタグラードの街を進んでいく。
サンタグラードのどこか西大陸を思わせるような造りの街並みと、どこに行っても流れているニコラウスソングが、オレたちを別の世界へといざなっているように感じさせた。
しかし、そんなロマンチックな雰囲気を味わっているような余裕はない。
サンタグラードには今、珍しい獣人族を探している奴隷商人が来ている。
グレイシアやライラは銀狼族だから、奴隷商人からしてみれば恰好の獲物だ。
つまるところ、今のオレたちは獲物にかなり近い立ち位置にいると云ってもいいだろう。
今のオレたちがするべきことはただ1つ。
一刻も早くサンタグラードを抜け出すことだ!
銀狼族の村への道のりは、まだまだ遠い。
しかし、確実にオレたちは進んでいる。
オレはそっと、ライラの手を掴んだ。
「ビートくん……?」
「こうすれば、離れ離れにはならないだろ?」
オレの言葉に、ライラはフードの下で笑顔を作り、頷いた。
降り続く雪は、オレたちの足跡をサンタグラードの地上から見えにくくしてくれた。
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