第173話 銀狼族の少女グレイシア
翌日も、朝から曇っていて今にも雪が降りだしそうな空模様だった。
オレとライラは、朝食を食べ終えると、そのまますぐにサンタグラードの街へと足を踏み出した。
時折吹いてくる風は冷たく、朝食で温まったはずの身体がすぐに冷えてしまいそうだ。
「今日も冷えているなぁ……」
「ビートくん、大丈夫?」
オレの言葉に、ライラが心配そうに問う。ライラの表情は、フードの下に隠れていて、どのような表情をしているのか分かりにくくなっている。
「この戦闘服にインナーを取り付けたから、へっちゃらだよ! ただ、顔に当たる風だけはどうしようもないなぁ……」
戦闘服は、防寒着としての機能は折り紙付きだ。全くと云っていいほど寒さを感じない。それに中が蒸れるわけでもないため、非常に快適だ。それにしても、この戦闘服を作り出した「とある国」とは、いったいどこの国なんだろう? 高い技術力を持っていた国に違いない。
「まぁ、こればかりは仕方がないし、我慢するよ!」
「……ねぇビートくん、やっぱりこのフードって被らなくちゃダメ?」
すると、ライラがフードを取った。
美しい白銀の髪と、狼の獣耳があらわになる。
「ライラ! 寒いのになんで!?」
「ビートくんばっかり寒い思いをするのは、嫌。だったらわたしも、同じように少し寒くても我慢する!」
「でも、もし奴隷商人に見つかったら……」
「白狼族と誤魔化せば、大丈夫!」
ライラの目は、自信に溢れていた。
「……ライラ」
「さ、早く連絡員を見つけよう!」
「あぁ、そうだな……」
オレはライラに手を引かれながら、サンタグラードの街を歩き始めた。
「はい、お待たせ!」
オレたちは路上販売をしている馬車から、ホットココアを買った。
紙製のコップに入ったココアは、持つのに苦労するほど熱かった。オレはコップのフチを持ってなんとか安全に持ち運び、ライラもオレを真似してコップのフチを持つ。
「……ふぅ、温まった」
「ん……美味しい」
オレとライラがココアを飲み、一息つく。
「ビートくん、もうどれくらい歩いたかな?」
「んーと……」
ココアが入ったコップをそっと馬車のカウンターに置き、オレはカバンから手帳を取り出す。近くの街灯に掛かれていた地区名を見て、現在いる地区を確認すると、そこにペンで打ち消し線を引いた。
「こことここはもう聞き込みは終わった。後は、これだけがまだ聞き込みをしていない地区になる」
「……けっこう多いわね」
「うん。2人だけで回るとなると、1週間は掛かると見たほうがいいね」
オレはココアを手にし、再び口にする。
だいぶ冷めたらしく、ちょうどいい温度にまで下がっていた。
「……ふぅ」
オレは手帳を閉じ、カバンの中にしまう。
そのとき、オレの手に何かが当たった。
「……?」
細長い、棒状のものだった。
ペンだろうか?
しかしすぐに、ペンではないと分かった。
ペンは手帳と一緒に、カバンの中にしまったばかりだ。先ほどまで握っていたのだから、触ったときにほのかに温かいはず。だが、オレの手に触れたものは、全く温度を感じなかった。
すぐにそれを掴み、オレは引き出した。
「あっ……!」
カバンの中から出てきたのは、ヨハンからもらった笛だった。
昨日の夜、吹いたら一瞬だけ音が出て、なぜかライラがシャワールームから飛び出してきた。
オレはその笛を、じっと見つめた。
この笛の音に、驚いただけなのか?
いや、それは違う。
ライラは確かオレを見て「呼んだ?」と云っていたはずだ。
もしかしたらこの笛には、獣人族には別の音として聞こえるのかもしれない。
人族には意味のない音だったとしても、獣人族には違うように聞こえることもある。
オレはグレーザー孤児院に居たころ、音楽の授業でハズク先生からそう教わったことを思い出した。
「……ビートくん、その笛って――」
「ライラ、ちょっと吹いてみるよ」
オレは笛を口にくわえると、息を吹き込んだ。
空気が抜ける音しか、聞こえてこない。昨日と同じだ。やっぱり、この笛は扱いが難しいんだ。
いったい、どうやったら――。
そのとき、また音が出た。
「おっ、出た!」
オレはすぐに、近くにいた獣人族の人を見る。
しかし、獣人族の人はこちらを一瞥しただけで、オレに近づいてくることは無かった。
朝っぱらから笛なんか吹いてるんじゃねーよ、ガキが。
近所迷惑だ。
ロクに吹けもしないなら、最初から吹くんじゃねぇ。
通りを行き交う人々の白い目が、そう云っているような気がした。
「うーん……」
獣人族の人の反応を見て、オレは首をかしげる。
どうやら、獣人族にだけ聞こえるような音を出しているわけではないみたいだ。それどころか、笛の音が騒音と認識されたみたいで、ガンを飛ばされてしまった。これ以上、ここでこの笛を吹くのは、止めておいたほうがよさそうだ。今度は騎士団を呼ばれて、迷惑行為として騎士団詰所に連行されてしまうかもしれない。
そうなったら、ライラの両親を探すだけでなく、鉄道貨物組合でクエストを請け負うこともできなくなってしまう。そんなことをしたら、誰が宿泊費を稼がないといけないのか。
オレはそっと、カバンに笛をしまおうとした。
しかしその時、オレは背後から肩を叩かれた。
「だ、誰!?」
オレが振り向くと、そこにはライラが着ているものとよく似た、フードつきのマントを着た獣人族がいた。表情はフードを被っていて見えない。尻尾や獣耳、髪の毛の色も、マントに隠れて見えなかった。
誰だコイツ!?
もしかして、奴隷商人か!?
オレはそっと、隠し持っているソードオフへと手を伸ばす。
「あなた、今私を呼んだでしょ?」
透き通るような声で、獣人族は云った。声の様子から、性別は女性であることが分かった。
「あの……あなたはどなたですか?」
オレの隣にいたライラが、イスから立ち上がって獣人族の女性に訊いた。
すぐに獣人族の女性は、ライラに目を向ける。
「あなたは……!」
ライラを見た獣人族の女性は、驚いたように云うと、再びオレに向き直った。
「この人は?」
「お……オレの妻だ」
「そうよ! わたしはビートくんの奥さんよ!」
ライラがそう云って、オレの左腕に抱き着いてくる。
すると、獣人族の女性は微かに頷いた。
「そう……。ちょっと、ついてきてもらってもいいかしら?」
「えっ……どこへ?」
「いいから、ついてきてよ」
獣人族の女性は、少し強い口調で云う。
ここは、大人しくしたがったほうがいいかもしれない。少なくとも、この女性は奴隷商人などではなさそうだ。
「わ……わかった。ちょっと待っててくれ」
オレはそう云うと、テーブルに置いていた紙製のコップを拾い上げる。そして残っていたココアを飲み干すと、ゴミ箱に紙製のコップを捨てた。
ココアは、すっかり冷めていた。
獣人族の女性に案内されてやってきたのは、サンタグラード駅の近くにあるとある借家だった。
驚いたことにそこは、オレたちが宿泊している安宿から歩いてすぐのところにあった。
「こっちよ」
ドアを開け、獣人族の女性が中に入るよう促す。
オレたちは緊張しながら、借家の中へと足を踏み入れていく。
相手が武器を持っているのか否かは分からないが、少なくともこっちにはソードオフがある。
それにもし戦闘になったら、必然的にインドア戦になる。
インドア戦なら、ソードオフを持っているこっちのほうが有利だ。
オレは緊急事態が発生したときの対応を考えながら、ライラと共に借家に入った。
獣人族の女性は後ろ手にドアを閉めると、鍵をかけた。
そのままオレたちの前に出ると、そこで初めてフードを脱いだ。
「あっ……!」
「ビートくん……!」
獣人族の女性を見たオレたちは、目を見張った。
フードの下から現れたのは、オレたちと歳の差がほとんどない美少女だった。
そして、ライラと全く同じ白銀の髪に獣耳を持っている。
マントを脱ぐと、マントの下から同じ色の尻尾まで現れた。
ライラと全く同じ、身体的特徴を持つ獣人族の少女。
これはもう、疑いようがない。
「私はグレイシア。獣人族銀狼族の連絡員よ」
グレイシアと名乗った銀狼族の美少女は、自己紹介をしてウインクした。
ライラよりも胸は控えめだったが、銀狼族の特徴である美女としての素質は、ちゃんと持ち合わせていた。
「ぎ、銀狼族なの!?」
ライラは、生まれて初めて出会った同族に信じられないといった様子で駆け寄る。
「えぇ。私は銀狼族の村で生まれ育った、正真正銘の銀狼族よ。あなたも銀狼族ね?」
「はい! わたしはライラです。南大陸のグレーザー出身です!」
すると、その言葉にグレイシアが目を丸くした。
「えっ? 南大陸の出身? どういうこと?」
グレイシアは理解できないといった様子で、ライラを見つめている。
「えーと……話すと長くなりますけど……ねぇ、ビートくん」
「そうだな。……あぁ、自分は人族のビートです。ライラと同じグレーザーの出身です。よろしく」
「よろしく。それと、敬語じゃなくてもいいわ。私たち、同じくらいの年齢みたいだから」
グレイシアは、オレたちにそう云うと、イスに座るよう促す。
それに従い、オレたちがイスに座ると、グレイシアは対面するように座った。
「それじゃあ、色々と教えてもらえる? あなたたちのことを……」
それからしばらく、オレたちはこれまでのことをグレイシアに話し続けた。
なるべく手短に話すつもりだったが、終わるころに時計を見ると30分も経過していた。
途中、グレイシアが少しウトウトしていたようだが、あえてそれには触れないでおこうと思った。
「……なるほどね。ビートくんとライラちゃんはグレーザー孤児院というところで出会って、ライラちゃんの両親を探すという夢を叶えるために一緒に暮らしながら働いて、そして結婚してからあの大陸横断鉄道のアークティク・ターン号に乗って全ての大陸を旅しながら、終点のサンタグラードまでやってきたということなのね」
「うん。そういうことだ」
グレイシアがオレたちの話の内容をまとめ、オレは頷く。
実際にはもっと多くのことがあったが、それらを全て話してしまうと、きっと夕方になってしまうだろう。
「それで……銀狼族の村への行き方を知るために、銀狼族の連絡員を探していたというわけだ」
「そして私に出会えて、今ここにいるのね」
「そうだけど……オレたちをここに連れ込んだのは、グレイシアだよな? 結果的に銀狼族の連絡員と出会えたから良かったけど、どうしてオレたちを連れてきたんだ?」
オレは、それが気になっていた。
別に銀狼族の連絡員であることを明かすのであれば、他の場所でも良かったはずだ。人目につかないところなら、サンタグラードほど大きな街ならたくさんあるはずだ。それなのにどうしてわざわざ、ここに案内する必要があったのだろう?
「あぁ、それはね……」
グレイシアは立ち上がると、ライラの隣に移動した。
「ビートくんの笛に呼ばれて駆けつけた時、ライラちゃんが奴隷になっているんじゃないかと思ったの」
「ら、ライラが奴隷に!?」
予想外の言葉がグレイシアの口から飛び出し、オレは混乱する。
「私たち銀狼族は、奴隷として人気が高くて狙われることがあるのは、知っているわよね?」
「ああ、もちろんだ」
オレは頷く。ライラにプロポーズした時から知っていることだ。
「だから最初、ライラちゃんがビートくんの奴隷になっているかもしれなかったから、ここに連れてくることにしたのよ。もし万が一、ビートくんがライラちゃんを奴隷にしていたら、力づくにでも引き離すつもりだったわ。でも、それは間違いだって分かったの」
グレイシアは、オレとライラが首から提げている婚姻のネックレスを見つめた。
「ビートくんとライラちゃんは、奴隷と所有者じゃない……夫婦なんだって、気づいたから」
「もちろんよ! わたしとビートくんは、ずっとずーっと、どこまでも一緒にいるんだから!」
ライラは尻尾を振りながら、グレイシアの言葉に答える。
ふと、オレは気になったことを口に出した。
「なぁ……もしオレとライラが、奴隷と所有者だったときは力づくにでも引き離すつもりだったと云ってたけど、それって――」
「もちろん、こういうことよ」
グレイシアはそう云うと、着ていた服の下から1丁の大型リボルバーを取り出した。銀色で巨大な回転式弾倉を持つ中折れ式のリボルバーは、銃身の下にもう1本銃身がついているらしく、2つの銃口が口を開けていた。
銃全体の大きさだけで見れば、オレのソードオフに匹敵するほどの大きさのリボルバーを、グレイシアは軽々と扱った。
「これは9発の45口径の弾丸と、1発の散弾を発射できる唯一の拳銃よ。わたしはこの拳銃を武器にして、これまでにも奴隷にされそうになった銀狼族を何人も救っているの」
「な、なるほど……」
こんな恐ろしいものを持っていたとは。人は見かけによらないと、ハズク先生はよく云ってたな。あれ、本当のことだったんだ。
グレイシアがリボルバーを戻すと、オレはそっと胸をなでおろした。
「ところでビートくん、あなた昨日も私を笛で呼んだわね?」
「は……? 笛……?」
笛で呼んだだって?
一体、何のことだろう?
「笛よ、笛。吹いたでしょ?」
オレは首をかしげる。
笛といったら、あの笛のことしか心当たりがないが……。
「もしかして……これのこと?」
オレは、先ほども吹いた笛を取り出してグレイシアに見せる。
すると、グレイシアはオレの手から笛をひったくった。
そしてまじまじと笛を見つめる。
「グレイシアちゃん……?」
「間違いないわ……!」
グレイシアはそう云うと、再びオレに目を向ける。
「ビートくん、これをどこで手に入れたの!?」
「いや、貰ったんだよ」
「誰から!?」
「アルト・フォルテッシモ楽団の団長、ヨハンさんからさ。実は……」
オレはその笛を手に入れるまでの経緯を、グレイシアに話した。
ライラもオレの言葉を裏付ける発言で、発言に説得力を持たせてくれた。
「そうだったの」
「その笛は、いったい何なんだ?」
「特別に、教えてあげるわ」
グレイシアはそう云うと、オレたちと向きうように座り、テーブルの上に笛を置いた。
「この笛は、銀狼族を呼ぶための笛よ。この笛から発せられた音を聴いた銀狼族は、仲間が呼んでいると思って、その笛を吹いた者のいる場所へと向かってしまう恐ろしいものなの。時には、銀狼族の存亡に関わるかもしれないの!」
「それじゃあ、昨日わたしが呼ばれたように感じたのって、この笛のせいだったの……?」
「ライラちゃん、昨晩、ビートくんはこの笛を吹いたの?」
「多分。……わたしはシャワーを浴びていた時だったから、分からなかったけど、たぶん吹いたと思おう」
ライラの言葉に、オレは昨晩のことを思い出して、顔を紅くする。
「きっと、そうね。私も昨日の夜、呼ばれているような音を耳にしたわ。あれもこの笛の音だったのね。わたしはすぐに、違うと思ったから行かなかったけど」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! じゃあ、どうしてこんなものをディアブロが持っていたんだ!?」
そんなものであるならば、ディアブロが持っているのはおかしい。
銀狼族のいるとされる北大陸の奥地と、ディアブロがいた西大陸のアルトの間にはかなりの距離がある。笛の音が、そんな離れた場所から聞こえてくることなどあり得ないことは、オレでも知っている。
「実は、その笛はずっと銀狼族の村にいる長老の手元で保管されていたの。悪用されないようにね。でも、ある時バカな男がおカネに困って、旅の質商人に売り渡しちゃったのよ! それ以来、ずっと行方不明になっていたの!」
「そうか……それで流れに流れて、オレの手元にやってきたというわけか」
オレが納得していると、グレイシアが笛を手にした。
そしてその笛を、服の内ポケットに入れた。
「これは私が預かっておくわ。村に戻ったら、長老に見つかったことを報告して渡さないと!」
「確かに、悪用されたら大変だ」
ヨハンさんからのせっかくのプレゼントを手放すのは気が引けたが、銀狼族の存亡に関わるようなものなら話は別だ。
そういうことなら、ヨハンさんもきっと納得してくれるだろう。
「……って、そうだ! グレイシア!」
「何?」
「オレたちを、銀狼族の村に連れていってほしいんだ!」
村に戻ったら、というグレイシアの言葉で、オレは思い出した。なんのためにグレイシアを探していたのかを。
オレたちは、銀狼族の連絡員を探していた。そしてなんと、グレイシアという銀狼族の連絡員に出会うことができた。
これは、銀狼族の村に行けるまたとないチャンスだ。
このチャンスを逃すわけにはいかない。
オレがお願いをすると、ライラも頭を下げた。
「グレイシアちゃん、お願い! わたしの両親を探すためにも、銀狼族の村まで案内して!!」
ライラとオレが、立ち上がってグレイシアに頭を下げる。
グレイシアはしばらくの間、何も云わなかったため、沈黙した時間が流れた。
「……いいわよ」
やっと放たれたその言葉に、オレとライラは顔を上げる。
「本当!?」
「もちろんよ。銀狼族の村までの案内なら、まかせてちょうだい!」
「ありがとう!!」
ライラがグレイシアに抱き着く。驚いたグレイシアは顔を紅くしながらも、ライラを受け止めた。
「もうっ……落ち着いてよ、ライラちゃん」
ライラがグレイシアから離れると、グレイシアは乱れた衣服を直した。
「ちょうど明日、出発する予定だったの。ビートくんとライラちゃんも一緒に、銀狼族の村に行くわよ!」
「うん! グレイシアちゃん、よろしくね!」
「頼んだよ、グレイシア!」
オレとライラは、グレイシアに頭を下げた。
その日の午後に、オレとライラは安宿を出て、荷物を持ってグレイシアの借家へと向かった。
グレイシアからの提案で、今夜は借家に泊ったほうが明日すぐに出発できるというアドバイスを受けたためだった。グレイシアのいうことはごもっともだ。オレたちは遠慮なく、グレイシアの借家にお邪魔することになった。
「それで、つまり……連絡員の役目は、大きく分けて3つあるのよ」
荷物を運び終えたオレたちは、グレイシアから銀狼族の連絡員の役割を教えてもらっていた。
「サンタグラードで見聞きした情報を銀狼族の村に持ち帰ること、銀狼族の村に必要な物資を買いつけてくること、そして村外にいる銀狼族の保護。これが主な仕事であり、連絡員の役目なの。だから銀狼族にとって、連絡員は尊敬される仕事であると同時に、子供たちにとっても憧れの的なの。でも、誰でもなれるわけじゃないわ。知力、体力、戦闘力が一定以上ないと選ばれることは無いの。それに例え選ばれたとしても、連絡員としての役目に耐えられないと判断されたら、外されてしまうこともあるのよ。だから、連絡員は実はとってもシビアで――」
「なるほど……」
オレとライラは、イスに座らされてグレイシアの話を一方的に聴かされていた。
グレイシアには悪いが、この講義形式の説明はやりやすいのが利点だが、1つだけ欠点がある。
それは、どうしても眠くなってしまうことだ。
オレはかろうじて眠気に耐えていたが、ライラはもう夢の中に行ってしまったようだ。
しかし、オレまで寝てしまうと、せっかくいろいろと話してくれているグレイシアに悪い。
オレだけでも、眠らないようにしないと……!
眠気と戦いながら、オレはグレイシアの話を聴き続けた。
夕食を終え、夜が深まってきたころだった。
「さて、明日は早いからもう寝たほうがいいわ」
グレイシアが、そうオレたちに云ってくる。
「私も、そろそろ寝るから」
「グレイシア、明日は雪山を越えていくのか?」
「うーん……」
オレが訊くと、グレイシアは少し考える様子を見せてから、口を開いた。
「今はまだ詳しくは云えないの。口で説明するよりも、見たほうが、きっと早いと思うから。それと、ビートくんとライラちゃんは、あっちのベッドを使ってよ」
グレイシアが指さした先には、少し大きめのベッドが置かれていた。
「あれしかないから、どちらか1人がイスか床で寝るか、一緒に寝るかになっちゃうけど……」
「大丈夫! アークティク・ターン号に乗っている時は、ずっとビートくんと一緒のベッドで寝ていたから!」
ライラはグレイシアにそう云う。確かにその通りなのだが、オレはなんだか恥ずかしくなった。
「わかったわ。でも、1つだけ約束してもらってもいい?」
「えっ、何を……?」
ライラが首をかしげると、グレイシアが少しだけ顔を赤らめた。
「い、一緒のベッドで寝るのはいいけど……エッチなことはしないでよ!」
おい、グレイシア。そんなことは分かり切っているよ!
いくら夫婦だとしても、他の誰かがいる中でそんなことはできないってば!
オレはそう思いながらも、承諾する。
「わかった。そういうことはしないから」
「や、約束だからねっ! あと、灯りは枕元に読書灯があるから、夜の間はそれを使ってね!」
グレイシアはそう云うと、灯りを消してベッドに潜り込んだ。
「さて、ライラ。オレたちもベッドに行こうか」
「うん……」
オレは暗闇の中ベッドに近づき、読書灯のスイッチを探した。幸いにも、スイッチはすぐに見つかった。読書灯が、淡い光を放ち、枕元を照らす。
ベッドに入ると、ライラもすぐにオレの隣にやってきた。
「ビートくん。わたし、ちょっと残念……」
オレの耳元で、ライラが声を潜めて云った。
「ん? 何が残念なんだ?」
「今夜、ビートくんと思いっきり楽しめると思ったのに……できないなんて」
ライラの発言に、オレは呆れつつも今日は我慢するように云った。
すると、ライラはさらに残念そうな顔をしてしまう。
「……じゃあ、グレイシアに気づかれないように抱き着くのはいいよ」
「本当……!?」
その残念そうな顔を見ていたたまれなくなったオレは結局、妥協してしまった。
オレが許可すると、ライラはすぐにオレに抱き着いてくる。
「ビートくん、わたしも抱きしめて」
「うん……わかった」
ライラの求めに応え、オレはライラを抱きしめる。
ベッドの中のライラは、温かかった。
窓から微かに月明かりが降り注ぐ中、オレたちは一緒のベッドで眠った。
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