第171話 ブルカニロ車掌からのプレゼント
ポォーッ!
ポォーッ!
ポォーッ!!
数回にわたって、センチュリーボーイの汽笛が聞こえてくる。
その汽笛を、オレとライラは食堂車で朝食を食べている時に耳にした。
「ビートくん!」
「何か、起きたみたいだ!」
オレとライラは、食べかけのパンを置いて窓に駆け寄った。
列車強盗の襲撃か?
それとも、何か事故か事件でも起きたのだろうか?
オレたちは最悪の事態を予測していた。
駅に到着する前に、汽笛を数回も鳴らすことは無い。鳴らしたとしても、長めに1回鳴らすだけだ。
それなのに、何度も汽笛を鳴らすということは、緊急事態以外に考えられない!
何が起きたのかは分からないが、強盗なら徹底的にやっつけてやる!
しかし、オレの考えていたことは、列車の先に見える景色によって否定された。
センチュリーボーイのずっと先に、雪をかぶった大きな街が見えてきた。
その街を見たオレたちは、目を丸くした直後、顔を見合わせて笑い合った。
前方に見えた雪をかぶった大きな街は、サンタグラードだ。
オレたちはついに、終着駅であるサンタグラードへやってきたんだ!
何度も夢に見た、アークティク・ターン号の北の終着駅である、サンタグラードに!
これでやっと、ライラの両親を探すための大きな1歩を踏み出すことができる!!
この感情をどう表現すればいいのか分からず、オレたちは声を出せなかった。
ただ顔を見合わせることで、喜びを分かち合った。
ライラは、それに加えて尻尾を千切れそうなほどブンブンと振っている。
「サンタグラードだ!!」
誰かが叫び、次々に食堂車で朝食を食べていた人たちが窓に駆け寄った。
前方に見えるサンタグラードを見た人々は、次から次へとオレたちと同じように笑顔になっていく。
「ついに、サンタグラードに辿り着いたんだ!!」
「やっと列車から降りられるぞ!!」
「ああ、長かった旅も、これで終わりだなぁ……」
「終点か……。長いように感じた旅も、今から思うと短かったのかもなぁ……」
あちこちから、旅の終わりを歓迎する声と、哀愁に満ちた声が聞こえてきた。
確実に、アークティク・ターン号が終点に近づいていることを、オレたちは感じ取った。
朝食を食べ終えると、オレたちは個室に戻ってきた。
「ビートくん!」
「ライラ!」
オレたちはお互いを呼び合い、抱き合った。
ライラはブンブンと尻尾を振り、喜びを表現する。
「ついに……ついに辿り着いたな!」
「ビートくん! 街に待っていた日が、ついにやって来たのね!!」
「オレたち、とうとうサンタグラードまでやってきたんだ!」
オレの言葉に、ライラは満面の笑みになる。
「お父さんとお母さんに、また1歩近づいたわね!」
「銀狼族の村まで、あと少しだな!」
全身で喜びを分かち合ったオレたちは、そっと離れた。
「……ビートくん、サンタグラードに到着したら、どうするの?」
「もうこの個室には戻れないな。切符は、サンタグラードまでだから。とりあえず……安宿に宿泊しながら、銀狼族の連絡員を探そう」
オレの提案に、ライラはすぐに頷いた。
それからオレたちは、荷物をまとめに掛かった。
残っている携帯食料などを確認し、不要なものはゴミとしてまとめて捨て、カバンに衣服や私物を入れた。
貨物車に預けていた荷物も引き取り、最後にRPKとソードオフの確認と、弾丸を確認する。RPKは、なるべく目立たないようにと布で包んだ。これで無用なトラブルを避けられるはずだ。
「ライラ、荷物はまとめた?」
「うん! わたしのほうは大丈夫よ!」
ライラはそう云って、自分のカバンを手にした。
「ビートくんは?」
「オレも、もうまとめ終えたよ」
オレはそう云い、カバンを手にした。
その直後、アークティク・ターン号がガクンと揺れた。
スピードがゆっくりと落ちていき、大きな駅のホームへと入っていく。
「ビートくん!」
ライラが、窓の外を見て叫ぶ。
オレは荷物を置き、ライラの隣から外を見て、目を見張った。
「こりゃ、すごいなぁ……!」
窓の外に広がるサンタグラード駅は、これまで見てきたどの駅よりも豪華な造りをしていた。
雪が振り込まないように、ホームの上に天井が作られていて、ホームや待合室などは豪華な装飾で彩られていた。とてもこれが駅とは思えない。まるで宮殿のようだ。
そして装飾の中で、アークティク・ターン号はそっと停車した。ホームには、到着を歓迎する駅員やサンタグラードの住人らしき人々が出迎え、アークティク・ターン号に向かって手を振ったり、横断幕を掲げたりしている。
ものすごい歓迎ムードだ。
アークティク・ターン号のドアが開いたらしく、次々にホームへと人が溢れていく。オレたちの後ろの通路からも、人が歩く足音が聞こえてきた。
「さて、と」
オレは一度床に置いた荷物を、再び手に取る。
「ライラ、オレたちも降りようか」
「うん!」
こうしてオレたちは、長いこと過ごしてきたアークティク・ターン号に別れを告げることになった。
アークティク・ターン号から、オレたちはサンタグラード駅に降り立った。
冷たい空気が、オレたちの身体を包み込む。ここが北大陸であるということを、改めて実感した。
ついに、サンタグラードまで辿り着いたんだなぁ。
オレたちが感傷に浸っていると、聞き覚えのある声がした。
「やぁ、ビート氏にライラ婦人!!」
その声に振り替えると、そこにはミッシェル・クラウド家のナッツ氏とココ婦人がいた。
いや、それだけじゃない。執事のセバスチャンや、メイドのライラにラーニャもいる。ほかの使用人や子供たちもいた。ミッシェル・クラウド家が使用していた特等車に乗っていた人全員が、そこにはいた。
全員、温かそうな防寒着に身を包んでいる。特にナッツ氏のコートは、貴族というよりも、まるで軍の司令官のように重厚だった。
「ナッツ氏にココ婦人!!」
「ナッツさんたちも、サンタグラードが最終目的地だったんですか!?」
オレが驚き、ライラが尋ねる。
その言葉に、ナッツ氏とココ婦人は頷いた。
「ははははっ!! その通り! 実は私たちも、サンタグラードに行く途中だったのだよ!」
「私たちはこれから、しばらくの間はサンタグラードのホテルに滞在するの。そしてニコラウス祭のメインイベントの、トレードナイト祭に参加するのよ」
ココ婦人が答える。
トレードナイト祭といえば、ニコラウス祭で最大のイベントだ。老若男女問わず広場に集まり、そこで贈り物を贈り合う。プレゼントを用意する人もいれば、自分の気持ちを打ち明ける人もいる。多くの人の笑顔が生まれ、参加した人すべてが幸せになるといわれているトレードナイト祭は、オレたちも一度は参加したいお祭りだ。
いいなぁ。ちょっと、羨ましい。
「もちろん、クラウド茶会のサンタグラード支店の視察も忘れていないぞ!!」
ナッツ氏はそう付け加えた。
仕事のこともちゃんと忘れないのは、オーナー経営者であるがためだろうか。
「ビート氏とライラ婦人は、これからライラ婦人のご両親を探しに……?」
「はい。ですがその前に、銀狼族の連絡員を探します」
オレはそう云った。
「オウル・オールド・スクールのケイロン博士から聞いたことですが、サンタグラードには銀狼族の連絡員がいるそうなんです。まずは、その連絡員を探します。そして、連絡員に協力してもらって、銀狼族の村へ行く方法を見つけます」
「そうか。ライラ婦人のご両親が、無事に見つかることを祈っているぞ」
ナッツ氏はそう云って、大きな手をオレの肩に置いた。
固いが、温かくて大きな手が、オレの肩を優しく叩いた。
「何か困ったことがあれば、いつでもクラウド茶会のサンタグラード支店に来てほしい。力を貸すし、美味しい紅茶も約束しよう。クラウド茶会とミッシェル・クラウド家の名に懸けて、な」
「あっ……ありがとうございます!!」
オレはナッツ氏に頭を下げた。
サンタグラードに、早くも強い味方が現れてくれた。
そしてライラは、ココ婦人とメイヤ、ラーニャから励ましを受けていた。
「ライラちゃん、私もサンタグラードからライラちゃんのお父さんとお母さんが見つかるよう、祈っているわ。だから、決して諦めないでね!」
「ライラさんのおかげで、私はミッシェル・クラウド家という素晴らしい職場に出会えました! 母のラーニャも、かつてのハウスキーパーとしての腕を完全に取り戻しました! ライラさんには、感謝してもしきれません! 何かあったときは、必ず力になります!」
「ありがとうございます。本当に、ありがとうございます!」
3人から励ましを受け、ライラは顔を赤くしつつもうれし涙を堪えて笑顔で答える。
「ありがとうございます。必ず、わたしのお父さんとお母さんを見つけましたら、手紙を書きます!」
ライラは、そう約束していた。
「さて……それでは、私たちはそろそろ出発しようか!」
ナッツ氏が云うと、ミッシェル・クラウド家の全員がそれの言葉に従う。
「ナッツ氏にココ婦人、お世話になりました!」
オレが頭を下げる。
「ビート氏、また必ず会おう! そのときまで、ひと時の別れだ!」
「ライラちゃん、また必ず会えるわ!」
ナッツ氏とココ婦人がそう云い、使用人を連れて去っていく。
改札を抜けると、人ごみに紛れて次第に分からなくなってしまった。
オレたちは、ミッシェル・クラウド家の人々が見えにくくなるまで、その場で手を振り続けた。
「……行っちゃったわね」
「うん。オレたちも、そろそろ行こうか」
オレたちは、ミッシェル・クラウド家との別れを告げるために、足元に置いていた荷物を手にする。
さて、オレたちも駅を出て、宿屋を探そう。
今日はゆっくりと休んで、明日から銀狼族の連絡員を探そう。
そう思って、動き出そうとした。
そのときだった。
「お客様!!」
再び聞こえてきた声に、オレたちは振り返る。
1人の鉄道員が、オレたちに向かって走ってくる。
その鉄道員に、オレたちは見覚えがあった。
「「ブルカニロ車掌!!」」
オレとライラが同時に叫ぶ。
ワイン色の毛を持った、獣人族猫族の車掌。ブルカニロ車掌に間違いなかった。
「お客様、こちらをお受け取り下さい!」
ブルカニロ車掌は、1つの紙袋をオレたちに差し出した。
云われた通りに、オレは紙袋を受け取る。
「これは……?」
「開けてみてください」
そう勧められて、オレは紙袋を開けて中身を取り出す。
中から出てきたのは、シルクでできた白いマフラーだった。2つ入っていて、ちょうどオレとライラに1つずつあった。
「マフラー……?」
「暖かそう!」
ライラが1つを手に取り、頬に当てた。
シルクの肌触りのよさに、ライラは表情を綻ばせる。
「どうして、オレたちにこれを? 高いものじゃ……?」
「これは、私からのお礼です」
ブルカニロ車掌は云った。
「あなた方お2人……いえ、ビートさんとライラさんは、列車強盗の撃退など、アークティク・ターン号の運行に多大な貢献をしていただきました。その甲斐あって、アークティク・ターン号は、最終目的地のサンタグラードに、なんと半年で到着することができました!」
半年での到着。
オレはその言葉に驚いた。
グレーザーからアークティク・ターン号に乗った直後、ブルカニロ車掌に訊いた言葉を、オレは今でも覚えている。
終点のサンタグラードまでは、早くて1年。長いとそれ以上掛かることもある。
確かに、そう聞いていた。
それが、半年。
正直、あまり実感が湧かなかった。
「このマフラーは、私からのお礼の印です」
「それは……ありがとうございます」
「寒さの厳しいサンタグラードで、必ず役に立ちます!」
ブルカニロ車掌はそう云うと、オレたちに向かって敬礼した。
「ありがとうございました! またのご乗車を、心よりお待ちしております!」
「こちらこそ、ありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
オレたちがそう云うと、ブルカニロ車掌は笑顔で頷き、センチュリーボーイの方へとホームを駆けていった。
ブルカニロ車掌が、乗っているアークティク・ターン号に乗れて、本当に良かった。
オレはそう思い、走り去るブルカニロ車掌にそっとお辞儀をした。
「さて、そろそろ行こうか」
「ビートくん、これからどうするの?」
ライラの言葉に、オレは口を開く。
「まずは、宿を探そうか。しばらくそこに滞在して、銀狼族の連絡員を探そう」
「でも、いつまでもそうするわけにはいかないでしょ?」
ライラはそう云って、財布を取り出す。
「まだおカネはあるけど、このままじゃいつかは……」
「大丈夫。それも心配いらない」
オレは、アークティク・ターン号の向こう側に停車している、貨物車を見た。
貨物車の前で、今も労働者が荷物の積み下ろしをしている。
「オレは空いた時間で、鉄道貨物組合のクエストをいくつか受けるよ。そうすれば、おカネもなんとかなる。それでも足りないときは、クエストを受ける回数を増やせばいいさ」
「ビートくん、無茶だけはしないでね」
ライラが、オレの腕にそっと手を当てる。
「ビートくんが倒れちゃったら……わたし……!」
「約束するよ。無茶はしないから」
オレがそう云うと、ライラは笑顔になった。
「よし、それじゃ、行こうか!」
「うん!」
オレとライラは、カバンを手にすると、ホームを歩き出した。
改札を抜けたオレたちは、サンタグラードの街へと歩みだしていった。
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次回更新は11月1日21時更新予定です!





