第170話 ホットヌードル
夜が明けても、吹雪はしばらくの間、続いていた。
しかし、アークティク・ターン号は吹雪にも負けず進み続け、それに折れたのかやがて吹雪も治まっていった。
「すごい吹雪だったわね」
「あぁ。外が全く見えなくて、どこを走っているのか分からないのは、少し怖かったな」
オレとライラは、ホットココアを飲みながら、外の景色を見ていた。
すでに吹雪は止んでいるが、空は相変わらず鼠色の雲に覆われている。
またいつ、雪が降り始めてそれが吹雪になっても、おかしくないような天気だ。
見ていると、なんだか心の中まで雪が降ってきそうな気がした。
オレは寒くもないのに、身震いしてホットココアを飲む。
時間が経ってしまったためか、少しだけ冷めていた。
昼食は、何か温かいものが食べたいな。
オレがそう思っていると、ライラが口を開いた。
「ビートくん、今日のお昼は何にしようか?」
「うーん……」
オレは少しだけ悩むが、心の中ではすでに決まっていた。
「何か、温かいものがいいな」
食べたい料理は数あれど、やっぱり今は温かいものが食べたい。
「温かいもの!?」
「どうかした?」
ライラが大きな声を出したので、オレは驚いて訊いた。
「それって……わたしのことじゃない!?」
ライラが、自らの身体を隠すように腕で胸のあたりを覆う。
「ビートくん、まだ昼間じゃない!!」
「ライラ、違うって!!」
オレは顔を紅くして叫ぶ。
どうして、そういう考えになってしまうのか。
確かにライラも食べたいが……。
――って、オレは何を考えているんだ!?
オレが1人、自らの欲望と戦っていると、ライラがいたずらっ子のように笑う。
「ビートくん、冗談よ」
ころころと笑うライラの横で、オレはそっとため息をつく。
「温かいものね。うん、いいと思うわ!」
ライラが頷く。
こうして、オレたちの昼食は決まった。
お昼が近づいてくると、オレたちは食堂車へと向かった。
食堂車は、昼時であるにも関わらず、いつもより空いていた。
なぜ空いているのかは分からない。
しかし、これはこれでラッキーだ。席が空くのを待つ必要もないし、人目を気にすることも少ない。
オレたちは空いている席に座った。
「さてと、温かいものって何があるかしら?」
ライラがメニューを手に取って開く。
オレも、メニューを手にした。
「やっぱり、スープとかシチューが――」
オレはそこまで云いかけて、ふとあるメニューで目を止めた。
「――ん?」
メニューにくぎ付けになったオレは、顔を近づけてそのメニューを見つめる。
『寒い日はこれ! 新メニュー ホットヌードル』
メニューには、そう書かれていた。
どうやら、最近新しくできたメニューのようだ。
寒い日にはこれ?
そう書いてあるということは、体が温まる料理なのだろうか?
写真を見る限り、細長い食品らしきものが、スープの中に浮かんでいる料理のようだ。
スープとも違うし、これまでに食べてきた麺料理とも異なる。
これは初めて見た料理だ。オレたちはこれまでにも、あちこちで様々な料理を食べてきた。食べなれた料理もあれば、その場所の名物であるものもあったし、食べるのに勇気が必要になる見た目の料理もあった。そして今度は、ホットヌードルという新しい料理が、オレの目の前に現れた。
現物はまだ見ていないが、果たしてこれはどういうものだろう?
ふとライラを見ると、ライラもメニューを見つめていた。
視線の先を見ると、オレと同じようにホットヌードルが気になっているらしく、隣のページに載っているシチューには目もくれない。
よし、オレはこのホットヌードルというものにしてみるか。
「ライラ、決まった?」
オレが声をかけると、ライラはメニューから顔を上げた。
「あっ……う、うん! 決まったよ! ビートくんは?」
「オレも決まったよ。じゃあ、ウエイターを呼ぼうか」
すいませーん、とオレが手を上げて云うと、すぐにウエイターがやってきた。
そして伝票とペンを取り出す。
「ご注文を、お伺いいたします」
ウエイターに、オレとライラはほぼ同時に注文する料理を告げた。
「「ホットヌードルで!!」」
オレたちの声が重なり、オレとライラは顔を見合わせる。
「ホットヌードルをお2つですね? 他にご注文は?」
「えーと……無いです」
オレがそう云い、ライラも首を横に振った。
頷くと、ウエイターはメニューを畳んで、元の位置に戻した。
「かしこまりました。それでは、少々お待ちください」
ウエイターは一礼すると、伝票を片手にオレたちの前から姿を消した。
「……ビートくんも、ホットヌードルが気になってたの?」
「うん……」
「実は……わたしもなの」
ライラが云うと、オレは笑った。
「オレたち、やっぱり一緒になることが多いな」
「うん! わたしは、ビートくんが大好きだから、一緒になれて嬉しいよ!」
「ライラ、声が大きいってば……」
オレは顔を紅くし、ライラはころころと笑った。
「お待たせ致しました」
注文してからしばらくして、オレたちの所にホットヌードルが運ばれてきた。
ウエイターが、オレたちの前にホットヌードルとカトラリーを置いていく。
「こちらが、ホットヌードルでございます」
「これが……」
「ホットヌードル……」
オレとライラは、目の前に置かれたホットヌードルを覗き込んだ。
本当に、淡い色のスープの中に細長い麺が入っていた。麺は黄色で、具材としてカキやイカといった魚介類が入っている。
湯気と共に立ち昇ってくる匂いは、オレたちの食欲を刺激した。
「ご注文は以上でよろしかったでしょうか?」
「「はい」」
オレたちは、再び同時に返事をした。
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
ウエイターは伝票を置いて、立ち去っていった。
「ビートくん、食べよう!」
「よし、食べるか!」
フォークを手にし、オレとライラはホットヌードルを口に運んだ。
口に入れた瞬間、温かさとスープの旨味が、オレたちの口の中に広がった。
「「あったかい!!」」
オレとライラは同時に、同じ感想を口に出す。
「ビートくん、これすごく身体がポカポカするよ!」
「本当だ! カキも味が濃厚で、かなり美味しい!」
オレとライラは、夢中になって麺を口に運んでいった。麺と具材が無くなると、スープも飲んでいった。
そして、食べ終えるころには、スープさえ食器の中には残らなかった。
「ビートくん、これシチューと同じくらい身体が温まるかもしれないね」
食べ終えたライラが、空になった食器を眺めてそう云う。
確かに、そうかもしれないな。
オレは頷いた。
「いい料理がメニューに加わったな。寒い日は、これからシチューかこれにしようか?」
「いいわね! でも、これから寒い日が多くなると、毎日これかシチューになりそう。だから、やっぱりグリルチキンで!」
「あはは……」
ライラの出した答えに、オレは笑う。
お腹がいっぱいになり、平和なひと時が、訪れた。
会計を済ませて、オレたちは食堂車から出た。
ホットヌードルは価格もリーズナブルで、オレたちは大満足だ。
すっかり気分が良くなっていたオレたちだったが、それが続いたのは、ちょうど商人車を過ぎた辺りまでだった。
「んっ?」
反対側から歩いてきた1人の男に、オレは気づいた。
その男は、ロングコートを身に着けていて、帽子を目深に被っていた。帽子のせいで、顔はよく見えない。
その男に見覚えは無かったが、オレはどこか異様な雰囲気を醸し出しているその男に警戒した。
ライラの手を強めに握り、なるべく目を合わせないようにしてすれ違う。いつでも抜けるように、もう片方の手はソードオフのグリップを強く握っていた。
ライラは、オレに身体を密着させるようにして、オレの背後を歩いた。
その時、ライラの全身の毛が逆立っているのを、オレは確かに感じ取った。ライラも、かなり恐怖を感じているみたいだ。
何事もなくすれ違うことができたが、オレはまだ緊張していた。
すれ違いざまに、襲われることもあるからだ。
しかし、予想していたようなことは起こらず、ロングコートの男はそのまま商人車の方へと姿を消していった。
「ライラ……」
「ビートくん……!」
オレとライラは視線を交わして頷くと、駆け出した。
狭い車内を食後のお腹を抱えて駆け抜けるのは、少々酷なことだったが、生存本能がレッドアラートを鳴らしていた。それに抗うことは、オレたちにはできなかった。
そしてオレたちは、2等車の個室に戻り、ドアを閉めて鍵を掛けた。
「ビートくん、さっきのコートの男の人、すっごく嫌な感じがした!」
「オレもだ。顔はよく見えなかったけど、あれはきっと普通の人じゃないぞ!」
オレは鉄道貨物組合で見たことがある、明らかに堅気じゃない人のことを思い出していた。
ああいう人は、たとえ服装が普通であっても、醸し出しているオーラが異常だ。
どんな手を使ってでも、自分たちの目的を達成しようとするから、労働者からも嫌われていた連中だ。
しかし、反抗しようとする者はいなかった。報復するときは、家族や近親者まで狙ってくるのだ。誰もが報復を恐れて、手を出せないでいた。
あのロングコートの男も、そういった類の者に間違いはないだろう。
手を出さなくちゃいけないような事態にならなかったのは、本当にラッキーだった。
「ビートくん……怖いよ」
ライラが、股の間に尻尾を挟み、両手で抱きしめる。
「大丈夫だ。オレがいつでもついているから!」
オレはライラの肩を、そっと抱きしめた。
それで安心したらしく、ライラはオレの肩にそっと頭を乗せてきた。
なんとしても、ライラを守るぞ!
オレは再び、そう誓った。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご指摘、評価等お待ちしております!
次回更新は10月31日21時更新予定です!





