第16話 目標金額
その日、オレがクエストを終えて戻って来ると、ライラがペンを手に、紙とにらめっこをしていた。
その光景は、かつてオレがグレーザー孤児院でライラの勉強を見ていた時のことを思い起こさせた。
「ライラ、どうしたんだ?」
「ビートくん、良かったわ、ちょっと手伝って欲しいの!」
ライラはそう云うと、紙を見せてきた。
そこにはなんと、いくつかの計算式が書かれている。
計算が苦手だったライラが、自ら進んで計算をするようになるとは思ってもみなかった。オレはライラの成長に目を見張る。
「この計算は?」
「お父さんとお母さんを探すために必要な、おカネの計算よ」
その言葉に、オレは忘れかけていたライラの夢を思い出す。
ライラの夢は、自分を捨てた両親に会うことだ。
グレーザー孤児院にいたときに知った、ライラの夢。
そしてオレはそのときに、手伝うと約束していた。
ライラの表情は、真剣そのものだ。
それはつまり、絶対に夢で終わらせず、現実のものにしたいという強い意志の表れでもある。
婚約者の夢を叶えるために、オレも協力しないと。
「オレも手伝うよ」
「本当!?」
「孤児院で約束したじゃないか。ライラの夢を叶えるため、オレも協力するって――」
「……ありがとう、ビートくん」
ライラはそっと、目元をぬぐった。
「……うーん、こりゃ相当な資金が必要になりそうだな」
計算式でゴチャゴチャになり、真っ黒になった紙から顔を上げて、オレは呟く。
4つの大陸のうち、どこにライラの両親がいるのかわからない以上、全ての大陸を回って調べる以外に方法は無い。
そうなると必然的に、使う鉄道は大陸横断鉄道しかなくなる。
そして唯一の大陸横断鉄道は、アークティク・ターン号のみだ。
まず足となる、アークティク・ターン号の料金から見ていこう。
幸いなことに、アークティク・ターン号の南の終点は、ここグレーザーの駅だ。他の街で乗るわけではないため、その分の交通費は浮く。
しかし、アークティク・ターン号の料金は他の鉄道に比べてはるかに高い。
アークティク・ターン号には、特等車、1等車、2等車、3等車の4種類がある。
特等車は1両貸しきりで、上級貴族しか使えないくらいに高い。
1等車は1人1部屋で、ベッドだけでなくトイレやシャワーもついているが、高い。
2等車は2人1部屋で、ベッドとプライベート空間だけになっている。
そして最も安いのが、3等車の4人掛けボックス席だ。
だが、1番安い近距離用の席であっても、金貨5枚は必要になってしまう。
4つの大陸全てを移動することを考えると、1番安い席で旅をするのは大変だ。
最低でも、2等車以上を使わなくては休めない。
2等車でも、1つの大陸を横断するのに大金貨1枚は必要になる。
4つの大陸全てを回るとなると、大金貨4枚は必要だ。
毎日クエストをこなして、4か月くらいおカネを使わずに貯めないといけない額だ。
次に、食費だ。
人族も獣人族も、食べないことには生きてはいけない。
アークティク・ターン号には食堂車や売店もあり、原則それを使うことになるが、利用するには当然おカネがかかる。
1日に必要になるのが2人で大銀貨6枚だとしても、4つの大陸を横断すれば相当な金額になってしまう。
消耗品や、衣服の代金もそうだし、車内サービスなどを利用すれば――。
「……ダメだ、頭痛くなってきた」
オレはこめかみに指を当てる。
もしものときに使う金額を見積もっておいても、大金貨50枚は欲しい。
オレとライラの年収がどれほどなのかは分からないが、毎日クエストをこなして数年分に匹敵する金額ではある。
簡単には用意できない。
「ライラ、こりゃ大金貨50枚は最低でも欲しい額になりそうだ」
「大金貨50枚!?」
ライラも予想外だったのか、声が大きくなる。
「そんなに、必要だったなんて……」
「もちろん、これより少なくすることもできるけど、そうするとアークティク・ターン号を使わないか1番安い席しか使えないから、相当過酷な旅をすることになりそうだ」
オレが云うと、ライラは黙り込んでしまった。
無理もない。こんなにおカネが掛かるなんて、オレでさえ予想していなかった。
協力するとはいえ、始める前から問題は山積みだ。
しかもいきなり、簡単には解決できない問題が。
「……わかったわ」
ライラはそう云うと、オレに顔を向け、微笑む。
「ビートくん、ありがとう。おかげで目標金額がはっきりしたわ」
「え?」
「わたし、頑張って大金貨50枚を貯めるわ」
「……えぇっ!?」
オレは耳を疑った。
ライラの収入がどれほどのものなのか、詳しい所までは知らない。
だが、そこまで多くは無いはずだ。あくまでも、レストランのウエイトレスである。
身体を売ったりしているなら、話は別かもしれないが、そんなことはオレもライラ自身も許さないだろう。
「ライラ、大金貨50枚を貯めるのに、何年かかると思う?」
「すぐには貯められないことくらい、わたしでも分かる。でも、わたしはそれでも頑張っておカネを貯める。お父さんとお母さんに会うためなら、どんなにかかっても大金貨50枚を貯めるわ!」
「ライラ……」
ライラは、本気なんだ。
貯まるまでにどれだけ掛かるか分からない金額だというのに、それでも諦めずに貯めていく決心をした。
対して、オレは金額を見ただけで「解決するのが難しい問題」だと決めつけてしまった。
婚約者の夢を叶えるために、協力すると云ったのに――!
こんなことじゃ、婚約者失格だ。
オレも覚悟を決め、口を開いた。
「オレも、これからクエストをたくさんこなして、おカネを貯めよう! 2人で協力すれば、大金貨50枚貯まるのも、かなり早まるはずだ!」
「ビートくん、気持ちは嬉しいけど、わたしの夢……それも叶うかどうか分からない夢のために、ビートくんが稼いだおカネまでつぎ込ませるなんて――」
「そんなことない! オレは云ったはず。ライラのお父さんとお母さんを探すのに協力するって。それに、ライラはオレの婚約者だ。婚約者の願いを叶えるために力を貸すことは当たり前だ」
オレはそう云うと、今日のクエストで受け取った報酬から、大銀貨1枚を取り出す。
「無理することなく、毎日貯め続けて行こう」
「ビートくん……ありがとう」
ライラは涙目になり、同じように自分の報酬から、大銀貨1枚を取り出した。
「明日から、今まで以上にクエストを頑張ろう!」
「うん!」
オレとライラは、両手を取り合った。
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