第165話 北大陸への入り口
夕陽の中を、アークティク・ターン号は進んでいく。
そしてついに、オレたちはアークティク・ターン号に乗ったまま、最後の大陸間鉄道橋に突入した。
東大陸の北端と、北大陸の南端に架けられた大陸間鉄道橋は、北大陸へと通じている唯一の鉄道橋だ。
これを渡らないで北大陸へ鉄道で上陸する方法は、存在しない。
そして、この大陸間鉄道橋を渡り終えたら、その先は北大陸だ。
そう思うと、オレの胸は高鳴りを抑えきれなくなる。
「この先に見える巨大な陸地が、北大陸か」
オレは個室の窓から前方を見て、呟いた。
夕陽で紅く染まる世界の中、列車が走っていく方向には巨大な陸地が見えていた。
あの陸地こそ、北大陸だ。
オレとライラが目指してきた大陸。
アークティク・ターン号の終着駅、サンタグラードがある場所。
そして、銀狼族の故郷である銀狼族の村がある場所。
オレたちがアークティク・ターン号に乗り続け、やっとたどり着いた場所だ。
「ビートくん、わたしたち……いよいよ最後の大陸に来たのね……」
ライラが、オレの隣に来てそう云う。
「あぁ。長かったな」
「お父さん……お母さん……」
ライラの声が、少しだけ鼻声になっている。
そのことに気づいたオレは、そっとライラの肩を抱いた。
「ライラ、心配しなくても大丈夫だ」
オレはライラにそう優しく云う。
「オレが絶対に、ライラをライラの両親のところまで連れていくから。それに、オレだってライラの両親に会いたい」
「ビートくん……」
ライラはそっと、目に浮かんでいた涙を拭った。
そして、満面の笑みをオレに向けてくる。
「ありがとう! 大好き!!」
「だ、大好きだなんて……嬉しいなあ」
そのときのオレの顔は、夕陽のように真っ赤になっていたはずだ。
体温だって、暖房がオンになっていないのに、寒さを感じないほどだったから。
アークティク・ターン号は、大陸間鉄道橋の中間あたりに差し掛かっていた。
夕陽が沈みゆく中、オレは窓を開けてみた。
眼下には、北大陸の港と東大陸の港を行き来する船が海の上に浮かんでいる。
「船が見えるな」
「ひいっ、高い!!」
下を見たライラは、少しおびえたように叫んだ。
橋の上から水面までは、かなりの高さがある。眼下に見える船は、オレたちのいる場所からは木の葉ほどの大きさにしか見えないが、実際にはとても大きい船だ。
確かに、これほどの高さならおびえるのも無理はないかもしれないな。
「……ねぇ、ビートくん」
眼下を行き交う船を見たライラが、オレに訊いた。
「北大陸と東大陸の間には、こうして鉄道があるのに、どうしてわざわざ船を使ったりするのかしら?」
「確かにな。船は日数が掛かるし、港と港の間じゃないと運べない。それに荷物や人を水揚げといって、船から陸地に上げないといけない。陸路で運べるのなら、そっちのほうが早いし、水揚げする必要もないもんな」
しかし、オレはかつて鉄道貨物組合で働いていた。
だからこそ、知っていることもあった。
「でも、実は船が鉄道に太刀打ちできることもあるんだ」
「本当!?」
「船は、鉄道よりも大量の荷物を運べるんだ」
かつて、先輩のエルビスから聞いたことがあった。
まだオレが、鉄道貨物組合で働くようになって間もないころのことだ。
『ビート、この世で一番の輸送手段ってのは何か知っているか?』
『鉄道ですよね!?』
『違うな』
『えっ、違うんですか!?』
『答えは、一番の輸送手段なんてものは、無いんだ』
『どういう意味ですか?』
『それぞれに、最も適した輸送手段を使い分けるのが、賢いやり方だ』
エルビスはそう云って、それぞれの輸送手段の利点と欠点を、オレに教えてくれた。
「船はこの世に存在する輸送手段の中で、最も速度が遅いが、最も大量の荷物を運ぶことができる。だから運送費が安く済むんだ。食べ物とか、あちこちの大陸で安く買える商品があるだろ? それはほとんどが船で運ばれているからなんだ」
「そうなんだー。全然知らなかったよー!」
ライラは目を丸くしていた。
受け売りの知識だが、役に立ったな。色々と知っていると、どこで役に立つかわからないもんだ。
オレはエルビスに心の中で感謝した。
アークティク・ターン号が、北大陸へと近づいていく。先頭を走るセンチュリーボーイが汽笛を鳴らし、列車が大陸間鉄道橋の半分を過ぎたことを知らせてくる。
すると、急に空が曇りだし、気温が下がってきた。
「うっ、寒い!!」
オレは寒さを感じ、慌てて窓を閉めた。
「すっかり寒くなったなぁ」
「ビートくん、寒い時には温かい食べ物が一番よね。今夜は、シチューにしよっか!」
ライラからの提案に、オレは二つ返事で頷いた。
「賛成! シチューにしよう!」
まさかライラから、シチューにしようという言葉が聞けるとは思わなかった。
「それじゃ、そろそろ夕食の時間だし、食堂車に行こうよ!」
ライラの言葉で、オレたちは個室から出て食堂車に向かう。
食堂車に向かう途中の廊下も、ずいぶんと気温が下がっていた。
オレは外だけでなく、アークティク・ターン号の廊下でも防寒着が手放せなくなってしまった。
食堂車に入り、オレとライラはウエイターに2人分のシチューを注文する。
「しっかし、寒くなってきたなぁ……」
「そう? でも、シチューを食べたらきっと温まるよ!」
「シチューは、内側から温めてくれるからな。早く、食べたいよ」
しばらくして、オレたちの目の前にシチューが運ばれてきた。
湯気を立てるシチューは、見ただけで冷えた身体を温めてくれそうだ。
「ビートくん、冷めないうちに……」
「もちろん!」
オレはすぐに、スプーンを手にした。
ゆっくりと、しかし冷めないうちにオレたちはシチューを味わった。
食事を終えたオレたちは、個室に戻ってきた。
すでにシャワーは浴びた。後は、眠くなってきたら寝るだけだ。
しかし、オレは眠くなってくる前にベッドに入ってしまった。
「うう、寒いなぁ……!」
オレはベッドの上で厚めの毛布に包まりながら云う。
どうして、こんなにも寒いのか?
その理由は分かっている。
アークティク・ターン号の暖房が、まだ機能していないからだ。
北大陸に入ったら、自動で列車全体に入ることになっていると、ブルカニロ車掌から聞いていた。
しかし、今はまだ大陸間鉄道橋の上だ。
まだ暖房は機能しない。たとえどれだけ寒くても、だ。
「ビートくん、寒がりなのねぇ……」
ライラが、毛布に包まれているオレを見て呆れたように云う。
「温かい紅茶が飲みたいよ……」
「紅茶はないけど……そうだ!」
すると、ライラがベッドに入ってきた。
「えへへ、ビートくん!」
「あうっ!」
ライラが抱き着いてきて、オレは声を上げる。
柔らかいライラの身体が、オレに絡みついてくるようだった。
「らっ、ライラ! 悪いけど、今日は――」
また、搾り取られるのか。こんな寒い中で。
オレが困っていると、ライラが口を開いた。
「違うの! こうすると、温かいでしょ?」
ライラの言葉で、オレは初めてそのことに気づかされた。
確かに、肌と肌が触れ合うことで、オレはライラのぬくもりを感じることができる。
ライラから確かに伝わる、体温。
オレの頭の中にあった邪な考えは、スッと消えていった。
肌と肌で温め合う。
最も原始的だけど、確かに効果がある方法だ。
「……ありがとう、ライラ」
「わたしのぬくもりは、ビートくんだけのものよ」
ライラはオレを優しく抱きしめながら、そう云ってくれた。
オレはライラに抱きしめられながら、ゆっくりと眠りに落ちていった。
そしてオレたちが眠っている間に、アークティク・ターン号は北大陸に上陸した。
第12章~カルチェラタンと北大陸上陸編~完
第13章へ続く
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご指摘、評価等お待ちしております!
次回更新は10月26日21時更新予定です!
これにて第12章も終わりです!
次回からはいよいよ、第13章に突入します!
北大陸に上陸し、終点が目前に迫ってきます。
果たしてビートとライラは、北大陸でライラの両親に会うことはできるのでしょうか!?





