第164話 カルチェラタン出発
カルチェラタンに到着してから、6日目がやってきた。
今日は、オレとライラにとって重要な1日になる。
この日が終わると、オレたちはオウル・オールド・スクールから離れないといけなくなってしまう。
アークティク・ターン号が、明日には出発してしまうためだ。
そして明日は、休日で公開授業はない。
楽しい時間は、いつもあっという間に過ぎ去ってしまう。
束の間の学生生活も、いつしか最後の授業となり、オレは若干の寂しさを感じながら、ライラと共に最後の公開授業を終えた。
そしてオレとライラは、学生課にアカデミックマントを返却した。
学生証は、半年後に失効することになっている。このまま持っていても、問題はない。
「さて、後は……」
「ダイスとジムシィに、別れを伝えないとな。なんといっても、カルチェラタンにいた間、世話になったんだから」
ダイスとジムシィに別れを告げるのは、これで2回目になる。
本当は、もう少しだけ一緒にいたかったが、ダイスとジムシィには別の目標があり、オレたちにはオレたちの目標がある。
それをおろそかにすることはできない。
そんなことは、きっとダイスとジムシィも望んでいないだろう。
寂しくなるが、ダイスとジムシィには別れを告げることになる。
「……寂しいくなっちゃうね」
「でも、きっとあの2人ならこう云ってくれるはずだ。『北大陸で、両親が見つかることを祈っているよ』『銀狼族の村に着いたら、手紙をくれ!』なんて、云うはずだ」
「……フフッ、確かにそう云いそうね」
ライラも同意し、オレは笑う。
「きっとまだ、校内にいるはずだ。探しに行こう!」
「それなら、任せて!」
ライラはそう云うと、鼻をひくひくとさせて匂いを嗅ぎ始めた。
「……ライラ、分かったの?」
「うん。まだ近くにいるよ。文学部塔の方から、匂いがしてきた」
「分かったぞ! きっと、ケイロン博士の研究室だ!」
オレはライラと共に、ケイロン博士の研究室に向かった。
ケイロン博士の研究室の前まで来ると、そこにはダイスとジムシィ、そしてケイロン博士がいた。
「ダイスにジムシィ!!」
「ビートにライラ!!」
ジムシィが返事をする。
「どうしてここにいることが分かったんだ?」
「ライラのおかげだよ」
オレがそう云うと、ライラは腰に手を当てて胸を張った。
「オレたちは、お別れを云いに来たんだ」
「お別れ? ……あぁ!」
ダイスが、何かを思い出したように声を上げる。
「そうか。明日でアークティク・ターン号が出発するのか。それで、北大陸に向かうんだったな」
「そうなんだ。だから、お別れを云いに来たんだ」
「短い再会だったなぁ……」
ダイスが、寂しそうに云う。
「でも、ビートとライラは北大陸でライラの両親を見つけるのが目的だからな。いつかこの時が来るとは、思っていたよ」
「ビートにライラ、また何かあったら、手紙で知らせてくれよ!」
ダイスとジムシィが、そう云ってくれる。
「ダイスとジムシィは、これからどうするんだ?」
「俺たちはまだまだ、オウル・オールド・スクールで勉強を続けるよ。ケイロン博士からも、学びたいことがいっぱいあるんだ」
ダイスが云い、それにジムシィも加わる。
「いつか俺たちも、フィールドワークに出るんだ! もしかしたら、どこかで出会えるかもしれないな!」
すると、ケイロン博士も会話に加わってきた。
「君たちは、これから北大陸に行くのかい?」
「はいっ! サンタグラードまで行って、そこで銀狼族の連絡員を探します。そして、銀狼族の村に案内してもらおうと思っています」
「……銀狼族の連絡員を探すのは大変だし、銀狼族の村までの道中は野盗が出るよりも危険だ。もしかしたら、命を落とすかもしれない。それでも、行くというのか?」
「「はいっ!!」」
ケイロン博士からの問いかけに、オレとライラは同時に答えた。
「危険なことは承知しています。だけど、両親を見つけるというライラの夢を叶えるために、どんなことでも協力するって、僕は幼いころに約束したんです。だから、今さら危険だからという理由で、約束を反故にすることなんてできません」
「わたしのお父さんとお母さんも、きっと銀狼族の村にいるはずなんです。お父さんとお母さんも、銀狼族の村にたどり着けたのなら、きっとわたしたちにだってできるはず。だから、お父さんとお母さんを見つけるためにも、銀狼族の村に行くことにしました!」
オレたちがそう云うと、ケイロン博士は目を丸くした。
そして、笑顔になる。
「そうか。よくぞ云ったな」
ケイロン博士は、オレたちの肩に手を置いた。
少しゴツゴツとした大きな手が、オレとライラの肩に優しく触れる。
「若者は、それくらいの無謀さとガッツがあったほうがいい! 人から聞いた話よりも、自分の目で見て確かめることを優先する。それが学び続けることにとって、最も大切なことだよ」
「あ……ありがとうございます」
オレとライラは、視線を交わした。
オレたち、褒められたんだよな……?
「私もまた、しばらくしたら北大陸に行く。フィールドワークに出るんだ。もしかしたら、また会えるかもしれない。そのときに、困ったことがあれば力になろう」
ケイロン博士はそう云うと、オレたちの肩に置いていた手をそっと離した。
「銀狼族の村に、無事たどり着けることを祈っているよ」
「必ず、両親を見つけてくれよ!!」
ダイスとジムシィが云い、オレたちは嬉しくなった。
オレたちのことを、彼らは変わらず応援してくれる。ミーヤミーヤで、友達になれて本当によかった。
「ありがとう、ダイスにジムシィ!」
「本当に、ありがとう! ケイロン博士を紹介してくれたのは、本当に嬉しかったわ! 2人のおかげよ!」
ライラは笑顔でダイスとジムシィに云う。
すると、ライラの笑顔を真正面から向けられたダイスとジムシィは、顔を紅くした。
文化人類学一筋なダイスとジムシィも、ライラの満面の笑みには動揺せずにはいられなかったようだ。
「いっ、いつか俺たちも必ず、北大陸にフィールドワークで行くから!」
「だから、絶対にまた会おうな!!」
オレたちは、その言葉にうなずき、握手を交わした。
そしてその日の昼食には、カルチェラタンの名物とされている「学生定食」という食事を食べた。
ダイスとジムシィも誘ったが、図書館に行く用事があるらしく、明日の見送りには必ず来ると云って図書館に入っていった。
「ビートくん、すごいボリュームね!」
ライラが、目の前に置かれた学生定食を見て云う。パンにパプリカなどで赤く色がつけられたシチュー、大きすぎず小さすぎずといったちょうどいいサイズのグリルチキン、サラダ、ジュースで構成されている。勉強や運動に明け暮れる学生たちの胃袋を支え、かつ学生たちが好んで来たメニューを組み込んだこの料理は、現実にも学生たちから絶大な支持を受けていて、いつしかカルチェラタンの名物料理となっていたらしい。
見るからに、美味しそうだ。
そしてライラの云う通り、ボリュームもすごい。
「お腹も空いたし、食べようか!」
「うん!」
食べ始めると、ライラはすぐにグリルチキンへとかぶりついた。
「んー!」
ライラはグリルチキンをほおばり、幸せそうな表情になる。
「少し小さいけど、味はとっても美味しい!」
「ライラ、本当にグリルチキンが好きだなぁ」
オレは少し呆れつつ、シチューを口に運んだ。
赤いシチューは、トウガラシが若干入っていたらしく、外で冷えた身体を内側から温めてくれた。
多くの学生でにぎわう食堂の中、オレたちはカルチェラタンで食べる最後の昼食を終えた。
そして7日目。
ついに、カルチェラタンとのお別れの時が来た。
出発直前に、ダイスとジムシィが駆けつけてくれた。
「ビートにライラ、元気でな!」
「フィールドワークに出たら、またどこかで会おうぜ!」
オレとライラは窓から身を乗り出し、ダイスとジムシィと握手を交わす。
「いろいろと、ありがとう!」
「寒いから、身体に気を付けてね!」
汽笛が、カルチェラタンの駅に轟いた。
ゆっくりと、アークティク・ターン号が動き出す。アークティク・ターン号は徐々にスピードを上げていき、風を切って走り出す。
「さようならー!」
「元気でなーっ!」
ホームで、ダイスとジムシィが列車に向かって手を振ってくれる。
オレとライラは、それに応えるように手を振り返すと、窓を閉めた。
これ以上は危ないし、冷たい風が頬に当たって体温が下がるためだった。
アークティク・ターン号はやがて、カルチェラタンの駅を出て行った。
「ビートくん、後ろ!」
ライラが後方を見て、声を上げる。
視線の先には、オウル・オールド・スクールの巨大な古城が見えた。
「……束の間の学生生活だったけど、楽しかったな」
「わたしも! 勉強はあまり得意じゃなかったけど、ビートくんと一緒に勉強できるのは楽しかった! それにダイス君やジムシィ君も居たし、ケイロン博士っていうすごい人とも出会えた。もう少しだけ、学んでみたかったわね」
「同感だよ!」
ライラの言葉に、オレは何度も頷いた。
また、学生生活をしたいな。
そんなオレの叶わぬ夢を乗せ、アークティク・ターン号は北大陸へと向けて東大陸と北大陸をつなぐ大陸間鉄道橋へと向かっていった。
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