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幼馴染みと大陸横断鉄道  作者: ルト
第12章
163/214

第161話 危険な地域

「……どういう……意味でしょうか……?」


 なんとかオレは、ケイロン博士に質問をすることができた。


「そのままの意味だよ。銀狼族の村に行くのは、オススメできない」

「ど……どうして行くのがダメなんですか!?」


 オレは、混乱していた。

 銀狼族の村に行くのがダメ。

 そんなことを云われても、今さら遅すぎる。


 オレとライラは、ライラの両親が銀狼族の村にいるかもしれないという一心で、3年間働いておカネを貯め、アークティク・ターン号でグレーザーからここまで旅をしてきた。そして銀狼族の村に行って、ライラの両親がいるか否かを確かめるのは、オレたちにとって重要な目標だ。

 それを今になって、銀狼族の村に行くのがダメだなんて、あんまりすぎる!


「落ち着いてくれ。何も『行くのがダメ』だとは云っていないよ。あくまでも『オススメできない』と云っているんだ」

「オススメできない……?」


 オレとライラは、その言葉の意味がよく理解できず、首を傾げた。

 そんなオレたちに、ケイロン博士は呆れた様子も見せず、口を開いた。


「銀狼族の村にたどり着くまでの道のりは、とてつもなく険しいんだ。豪雪地帯を進まないといけないから、時として吹雪の中を進むこともある。たとえ雪山に慣れた者と共に向かったとしても、遭難してしまうことだってあるんだ。過去には、雪中行軍をしていたとある国の軍の部隊が遭難して、吹雪の中を散々さまよった末に、部隊が全滅した状態で捜索隊に発見されたという事件もあった。そんな恐ろしい場所を越えないと、銀狼族の村にはたどり着けないんだ。そんな場所に、若い2人を向かわせるのは忍びないんだよ……」

「……」


 オレとライラの頭の中には、猛吹雪が吹き荒れる北の大地の光景が浮かび上がってきた。

 そしてその中を進む自分たちと、過去に遭難したというとある国の軍の部隊を重ね合わせた。


 翌日の朝、捜索にやってきた人々に、凍り付いた状態で発見される。

 想像しただけで、全身が凍りつくような気分がした。正直、そんな死に方をしたくはない。

 銀狼族の村に行くことが、これほど大変なことだとは思わなかった。

 とてもじゃないが、今の状態では銀狼族の村にたどり着く前に凍死してしまうだろう。


 すると、ケイロン博士がイスから立ち上がった。


「さて……私はこれから別の授業があるんだ。今日の特別授業は、これでおしまいだ」

「「は、はい……」」


 オレとライラは現実に引き戻され、そう返事をする。


「もしもまた聞きたいことが見つかったら、また明日来なさい。銀狼族以外のことでも、北大陸の民族のことなら、大歓迎だからね」

「はい……ありがとうございました」


 オレがそうお礼を云って頭を下げると、ライラも一緒になって頭を下げた。


 こうして、オレとライラはケイロン博士の研究室を後にした。




「……であるから、この方程式を使うと――」


 オレは、せっかくの公開授業に出席しているにも関わらず、内容が頭に入ってこなかった。

 隣ではダイスとジムシィがせっせとノートに書き写しているが、オレはさっきから全くと云っていいほどペンが動いていない。


 何度授業に集中しようとしても、頭の中に浮かんでくるのは銀狼族の村に行くことばかりだった。

 しかし、その間には豪雪地帯がある。軍の部隊が全滅に追いやられるほどの過酷な環境だ。

 強盗や野盗に遭遇する危険性は、皆無といっていいだろう。しかし、それ以上に危険な存在が自然環境だ。


 自然環境だけは、どうあがいても立ち向かうのは難しい。

 強盗や野盗ならRPKやソードオフもあるし、これまでに何度も戦い、撃退してきた実績がある。

 だからライラと共に立ち向かう覚悟はできている。


 それに対して、自然環境だけはどうしようもない。

 ただひたすらに耐えるしかないのだ。

 しかも、吹雪なんて経験したことがない。

 対処の仕方さえ、よく知らないのだ。


 そんな中を、ライラを守りながら進んでいけるのか?

 答えは、いくら考えても出てこなかった。


 オレは窓の外に目を向け、北大陸の方角を見た。

 鼠色の雲が覆っていて、よく見えない。


「……どうすればいいんだ?」


 オレはそっと、北大陸の方角を見ながらつぶやいた。




 昼休みになると、オレとライラはダイスとジムシィと共に、学生食堂で昼食を食べた。

 ダイスとジムシィがオススメしてくれた定食を、4人で食べる。


 定食は美味しかったが、オレはまだ銀狼族の村に行くことが頭の片隅にあった。

 いい加減、忘れてもいいんじゃないか。

 自分自身にそう云い聞かせたが、オレの脳はその言葉を聞いてはくれなかった。


 そして定食の味が分からないまま、ダイスとジムシィが食べ終えて席を立った。


「じゃあ、俺たちはこれから別の授業があるから……」

「また、明日にでも一緒に授業を受けようぜ!」


 ダイスとジムシィは空になった食器を持ち、食堂の返却口に食器を返すと、食堂を出て行った。

 残されたオレたちも食事を終えると、食器を返却して食堂を出た。


 今日は、午後の公開授業が始まるまで、いくらかの時間がある。

 さて、これからどうしようか……。


 オレが頭を悩ませていると、ライラが口を開いた。


「ねぇビートくん」

「どうしたの?」

「……北大陸って、危険な場所なのかな?」


 ライラが、オレに訊いた。

 その表情は、真剣そのものだった。


「そんなに危険な場所に、本当にお父さんとお母さんが暮らしているのかな?」

「うーん……どうだろう?」


 オレには分からなかった。

 北大陸なんて、一度も足を踏み入れたことがない。北大陸がどんな場所なのかは、本に書かれていることや、人の話からしか聞いたことがない。


「ビートくん、調べてみようよ!」


 ライラがそう云った。

 意外なことだった。ライラ自ら、わからないことを調べようとするなんて。


「図書館に行けば、きっと何か北大陸について書かれた本があるはずよ! オウル・オールド・スクールの図書館なら、北大陸について調べるには十分な本が見つかるはず!」

「……よし、調べてみよう!」


 ライラの言葉に、オレは頷いた。


 こうしてオレたちは、オウル・オールド・スクールの図書館に行き、北大陸について調べることになった。




 図書館に入り、受付を抜けて図書館の中へと足を踏み入れる。

 その先に待っていたのは、本ばかりの空間だった。


 大量の本が、本棚にきっちりと収められた空間。

 ケイロン博士の研究室よりも圧倒的に多い本が、そこには眠っていた。


「うわぁ……」


 図書館に入るのが初めてのライラは、収蔵されている本の量に圧倒されていた。

 オレは入るのが2度目だから、そこまで驚いてはいない。しかし、いつ来てもアークティク・ターン号の図書館車をはるかに上回るこの蔵書の量には驚かされる。世界中の本が、全てここにあるのではないかと思ってしまう。

 まさに、知の宝庫といえるだろうか。


「こんなにいっぱいあるなんて……知らなかったわ」

「ライラ、大丈夫?」

「……うん、大丈夫よ!」


 ライラはオレの問いに、そう答えた。


「納得するまで北大陸について調べるために、来たんだから!」

「それじゃ、早速北大陸について書かれた本を探すとするか!」

「うん!」


 オレとライラは手分けして、膨大な量の蔵書を漁っていった。

 そして北大陸について書かれた本、とりわけサンタグラードやその周辺地域について書かれた本を探し出しては、次々に机の上に置いて読み漁っていった。

 探し出した本を読んでいる時のライラは、いつにもなく集中していた。

 オレも、ライラに負けじと次々に本から情報を拾い上げては、ノートに書き写していった。




 公開授業が始まる少し前までに、オレたちが図書館で北大陸とサンタグラード周辺の地域について調べてわかったことは、次の通りだった。


 ・サンタグラードは年中雪に覆われているが、気温は安定していてふぶくことは少ない。

 ・しかし、サンタグラードの近くには険しい雪山がある。

 ・雪山の中には、年中吹雪が吹き荒れる地域があり、そこから先へは鉄道を伸ばすことができない。永久凍土のためにトンネルを作ることも難しい。そのために、サンタグラードより北はほぼ未開の地域とされている。

 ・雪山を陸路で越えようとする者はいるが、

 ・雪山で遭難し、無事に生還した者の中には「不思議な街を見た」という証言をする者もいるが、街がどこにあるのか、本当に実在するのかは分かっていない。

 ・銀狼族の村はサンタグラードよりも北にあり、そこへ向かうためのルートは陸路しかないが、辻馬車からはいくら大金を積まれても拒否される。

 ・奴隷として狙われやすい銀狼族は、村からほとんど出てこないだけでなく、吹雪が吹き荒れる自然環境によっても守られている。

 ・サンタグラードにいるとされる銀狼族の連絡員が、どのようにして奥地にある銀狼族の村とサンタグラードを行き来しているのかは、現在も不明。


「……まさか、ここまで大変だったとは」


 オレはまとめた情報に目を通して、ため息をついた。

 北大陸の奥地まで行くのだから、それなりの覚悟はしていたが、探せど探せど出てくる情報は、徹底的に奥地に向かうのを拒否してくるかのような、とんでもない情報ばかりだった。

 さすがのオレも、ここまでやる気をそぎ落としてくるような情報を次から次へと見せつけられたら、折れそうになってしまう。


 本当に、ライラの両親を見つけることができるのだろうか?

 なんだか、不安になってきた……。


「ビートくん?」


 ライラが、オレにビン入りのジュースを差し出した。

 見ると、ライラも全く同じジュースを持っていた。


「買ってきたんだけど、飲む?」

「ありがとう」


 オレはジュースを受け取り、ビンに口をつけて飲む。

 冷たいジュースが身体の中に入り、オレの身体は冷やされていった。


「ビートくん、なんだか落ち込んでいるみたいだったけど、お腹でも痛いの?」

「いや、そうじゃなくて……」


 オレが答えあぐねていると、ライラはオレの前で開かれていたノートに目を落とした。

 そこから目を上げたライラは、優しい視線を、オレに向けてくる。

 どうやら、オレの気持ちを察したみたいだ。


「ビートくん、大丈夫よ」


 ライラは穏やかな声で、オレにそう云ってくる。


「お父さんとお母さんに会うためなら、きっと乗り越えられるよ!」

「ライラ、今度ばかりはそう簡単じゃないと思うよ。本当に、乗り越えられると思うのか?」

「もちろんよ!」


 ライラは、まるで最初から分かっているかのように答える。


「どうしてそう思えるの?」

「ビートくん、わたしのお父さんとお母さんだって、これを乗り越えたかもしれないのよ? それなら、わたしたちにだってできるはずだと思わない? だから、きっと大丈夫よ」


 そう云うと、ライラはオレの手を握った。


「ビートくん、わたしは必ずお父さんとお母さんを見つけたい。そうずっと思ってきたんだから」

「ライラ……」


 その言葉で、オレはずっと昔にライラと交わした約束を思い出した。



『約束する。必ず、オレがライラのお父さんとお母さんを探すために、どんなことでも協力するから』



 そうだ。

 オレはライラとの約束を、あの日の夜に交わしたんだ。

 グレーザー孤児院で、初めてライラの夢を聞いた、満月の晩。

 あのときに、オレはライラにそう約束した。


 何を弱気になっているんだ、オレは。

 ライラの両親を見つけるために、どんなことでも協力すると誓ったのは、このオレ自身じゃないか。


 ライラとの約束は、何があっても破ることはできない。

 ライラはオレにとって、かけがえのない最愛の女性なんだから!


「……ごめん。オレ、弱気になっていたよ」


 オレはそう云うと、ライラの手を握り返す。


「サンタグラードに到着したら、何があっても雪山を越えて、その先に行こう。そして必ず、ライラの両親を見つけよう!」

「ビートくん……ありがとう」


 ライラが、満面の笑みでオレに云う。


 あ、ヤバイ。かわいい。

 抱きしめたい。

 そしてキスをしたい。


 オレがそんな思いに駆られ始めたその時だった。


「はい! 着席!」


 先生が、教室に入ってきた。

 授業が始まる!


 オレとライラは手を離すと、ノートを開いた。




 しばらくは、授業に集中しなくては!

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

感想、誤字脱字、ご指摘、評価等お待ちしております!

次回更新は10月22日21時更新予定です!

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