第15話 才能の目覚め
オレはその日も、鉄道貨物組合でクエストを受けてクエストをこなしていた。
かなりの数のクエストがあり、オレはライラに渡す婚姻のネックレスを作る資金を得るため、少々多めのクエストを請け負っていた。
クエストを多く請け負い、多くこなすほど、オレに入ってくる収益は増える。
ライラは今も婚約のネックレスを肌身離さず身につけている。
しかし、ずっとそのままというわけにもいかない。
ちゃんとした婚姻のネックレスを渡さないことには、結婚したとは認められない。
だからあくまでも、今はまだ婚約中だ。
「ライラ、待ってろよ。すぐに婚姻のネックレスを贈るからな……」
オレは婚姻のネックレスを作ることばかり考え、クエストを消化していく。
そのとき、悲鳴が上がった。
「キャーッ! 泥棒ーっ!」
駅の構内に響いた女性の声に、ほとんどの人が振り返る。
オレもその声に驚いて、振り向いてしまった。
1人の男が、何かを抱えてこちらに向かってくる。
あの男が泥棒だというのなら、抱えているものは、女性から奪ったものに違いないだろう。
すぐに、3人の労働者たちがその男に向かって行った。
「止まれっ!」
「ここまでだっ!」
「大人しくお縄につけっ!」
しかし、屈強な労働者たちの間をすり抜けるように、男は逃げる。
向かって行った労働者は、3人とも正面衝突して倒れた。
「どけっ!」
「待てコラ!」
誰もが泥棒を捕まえようとするが、泥棒は全くといっていいほど捕まらない。
これはかなり手ごわい相手だと、オレは思った。
他の労働者が泥棒を捕まえようとして、失敗した。
なら、オレが捕まえなければ!
オレはポケットに手を入れ、1枚の大銅貨を取り出した。
そして大銅貨を握りしめると、泥棒を睨む。
「これでも、くらえっ!」
オレはボールを投げるように、銅貨を投げる。
オレの手を離れた銅貨は、吸い寄せられるように、泥棒へと向かって飛んでいく。
「んがっ!?」
そして信じられないことに、オレの投げた銅貨が、泥棒の額に命中した。
突然のことに驚いた泥棒は、避けるはずだった木箱に足を当ててしまい、そのまま前のめりにホームへと倒れ込んだ。
抱えていたものが転がり、オレの足元へと飛んでくる。
女物のバッグだった。
オレはそれを拾い上げた。
「でかした! ビート!」
エルビスの声が、ホームに響く。
エルビスは泥棒が立ち上がる前に、仲間の労働者と協力して泥棒を縄で縛り上げた。
荷物を崩さないように積み上げ、縛る技術においてはグレーザーで右に出る者がいないエルビスの縄縛りは、簡単には解けない。
「こいつは俺達にまかせとけ! お前はその荷物を盗られた人に返してくるんだ!」
「はい!」
オレはすぐに泥棒被害にあった女性を見つけ出し、駆け寄った。
そして、女性に奪われたバッグを差し出す。
「こちら、お返しします」
「ありがとうございました!」
女性はオレに頭を下げてから、バッグを受け取った。
そしてすぐに、中身を確認する。
「中身も無事です。本当にありがとうございました!」
その後、オレは駆けつけた騎士団から女性と共に事情聴取を受け、エルビスたちと共に泥棒の身柄を引き渡した。
この後、泥棒は取り調べを受け、裁判所がある街まで運ばれることになるのだろう。
事情聴取が終わると、オレはクエストを消化するために、ホームへと戻った。
「今日は大変でしたね」
鉄道貨物組合の受付で、受付嬢が云った。
泥棒の話が、こちらまで伝わっているようだ。
「でも、ビートさんの活躍で、無事に泥棒が逮捕されたそうで」
「いや、オレはただ大銅貨を投げたら当たっただけで、実際に捕まえたのはエルビスさんたちですよ」
「ビートさんが大銅貨を投げなかったら、それもできなかったかもしれません。自分に自信を持ってください。はい、これがクエスト達成報酬です」
オレは受付嬢からクエスト達成報酬を受け取り、鉄道貨物組合を後にした。
そんなこんなで、オレがやっとアパートに帰れたのは、いつもより遅くなってしまった。
「ただいま」
「お帰りなさい!」
アパートに戻って来ると、ライラが待ってましたとばかりに抱き着いてくる。
「ビートくん、わたし見てたよ!」
「あぁ、昼間の泥棒騒ぎのこと?」
ライラは首を何度も縦に振った。
「もちろん! ビートくん、泥棒捕まえるなんて、カッコ良かったよ~!」
「捕まえたのはオレじゃなくて、エルビスさんだけどな」
「違うよ! ビートくんだよ! ビートくんがあのとき大銅貨を投げなかったら、きっとそのまま逃げられていたはず! だから本当はビートくんが最大の功労者よ!」
受付嬢さんが云っていたことと全く同じことを、ライラは云った。
そこまで活躍したとは、どうしても思えない。
オレがやったことは、ただ単に大銅貨を投げただけだ。そしたら偶然にも、当たってしまった。
大銅貨なんて、小さな子どもでも小遣いで貰うことがあるくらいだ。珍しくもなんともない。
夕食の後になっても、ライラは俺のことをスゴいスゴいと云っていた。
このままだと、夢に出そうだ。
「単なる偶然だよ。大銅貨なんて、誰でも持っているし……」
「でも偶然にしては凄すぎない? 1回投げただけで当てるなんて、神業かも?」
すると、ライラは離れた机の上にコップを置いた。
そして袋から大銅貨を取り出し、オレに渡してくる。
「ビートくん、あのコップに大銅貨を投げてみて」
「えー、なんで?」
「いいから、いいから!」
「……じゃあ、1回だけだぞ」
オレは承諾すると、大銅貨を宙へと放り投げる。
大銅貨は、まるで引き寄せられるように、コップの中に落ちて音を立てた。
一部始終を見ていたライラは、唖然とする。
「び、ビートくん! 今の見た!?」
「見てたけど……すごいな、偶然って重なるんだな」
「お願い! もう1枚投げてみて!」
ライラは、袋からさらに大銅貨を取り出す。
1回だけって、云ったはずだけどなぁ。
そう云いながらも、オレは大銅貨を受け取り、再び投げる。
全く同じように、コップの中に大銅貨が落ちた。
「すっごーい!」
ライラがコップの位置を変えても、結果は同じだった。
「ビートくん、百発百中!」
「こんなの、何の役にも立たないよ」
「そんなことないよ! きっと役に立つ時が来るはずだから!」
ライラのその根拠のない自信はどこから来るのか。
相変わらずオレに対して絶大な信頼を持っている婚約者に、オレは苦笑した。
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