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幼馴染みと大陸横断鉄道  作者: ルト
第11章
158/214

第156話 東大陸の端

 アークティク・ターン号は、長いトンネルの中を走っていた。

 外に見えるのは、暗いトンネルの壁と、窓に映るオレとライラの顔だけだった。


「長いトンネルね……」

「東大陸で最も長いトンネル、ノクターントンネルだ。総距離は60キロもあるらしいよ」

「60キロも!?」


 ライラが驚く。オレは本で読んで知っていたが、ライラは初めてそれを知ったらしい。


「その間、ずーっと景色はこのままなの?」

「トンネルの中だから、そうなるな」

「つまらないわね……」


 ライラが、トンネルの外を見て云う。

 少しだけ、声が恨めし気に聞こえた。


「でも、強盗や野盗に襲撃される心配はないよ。トンネルの中には、強盗は入ってこれないから」

「へぇ、どうして?」

「オレもよくは知らないけど……確かずっと何の明かりもない暗くて狭い閉鎖空間の中にいると、発狂しちゃうらしいよ。だから潜もうとしても、潜めないんだって。おまけに60キロの長さがあるから、人の足だと出口まで歩くと考えると……オレが強盗だとしても、嫌だ」

「それは確かに嫌ね」


 ライラは納得して、オレの隣に座る。


「ビートくん……」

「ん? あぁ、これ?」


 オレがライラの頭を撫でようとしたが、ライラは首を振った。


「そうじゃなくて……お腹空いちゃった」


 ライラがそう云い、オレは懐中時計を取り出す。

 文字盤を見ると、確かにお昼近くになっていた。ずっと暗いトンネルの中にいるためか、時間の感覚があまり無くなっていた。

 もうこんなに時間が立っていたのか。


「じゃあ、そろそろ食堂車に行こうか」

「わたし、グリルチキンが食べたい!」


 ライラが早くも、食べたい料理を云う。


「それはウエイターかウエイトレスに伝えてくれ」


 オレはライラにそう云って、ベッドから立ち上がった。




 食堂車に近づくと、いつもよりも騒がしいことに気が付いた。


「……?」


 食堂車の中から、声が聞こえてくる。その声は楽しそうで、何か問題が起きているわけではなさそうだった。

 もしかしたら、貸し切りのパーティーでもやっているのだろうか?

 しかし、それなら事前に申告が必要だし、少なくとも1週間前には食堂車入り口にある小さな掲示板に張り出されるはずだ。ここ最近は、そんなものは見ていない。それに食堂車貸し切りはかなりのおカネが掛かる。上級貴族でも相当な出費になるから、よほどのことが無い限り貸し切ることはしない。


「何かしら……?」

「入ってみよう。とりあえず、良くないことが起きているわけじゃなさそうだから」


 オレはそっと、食堂車のドアに手をかけた。

 ゆっくりとドアを開き、食堂車の中に入る。


 ドアを開けた瞬間、聞こえてくる声が少し大きくなったように感じられた。


「なっ……!?」


 食堂車に入ったオレは、目を見張った。


 食堂車の中は、黒いアカデミックマントを着た人たちで溢れかえっていた。

 アカデミックマントを着ているのは、学生だ。年齢は、ほとんどがオレやライラと同じくらいで、人族も獣人族もいる。食事をしている者もいれば、食事を終えているのにおしゃべりに夢中になっている者や、料理が来るまでの間に勉強している者までいる。


 いったいこんなにたくさんの学生は、どこから来たのだろう?

 そもそも、アークティク・ターン号にこんなに学生が乗っていたのか?


 オレが目を丸くしていると、ライラが入ってきた。


「わぁ! アカデミックマントがいっぱい!」


 ライラは普段あまり見ることがないアカデミックマントに、興味津々の様子だ。

 その気持ちは、オレにはよく分かった。


 オレたちは、一度もアカデミックマントを着たことがない。

 理由は単純だ。生まれたころからグレーザー孤児院で育ったうえで、上級学校に進学しなかったからだ。

 成績が極めて優秀で、将来を嘱望されたわけではない。お金持ちの養父母に引き取られたわけでもない。そもそも、グレーザー孤児院を同時期に巣立った子供たちの中で、進学するほうが稀だった。ほとんどの子供は、すぐに働いていたからだ。オレとライラも、グレーザー孤児院を巣立った後はオレが鉄道貨物組合でクエストを請け負い、ライラはグレーザー駅にあるレストランでウエイトレスをして働いた。安アパートでの生活の末、3年掛かってなんとか今、旅をする資金を作り上げた。


 だけど、もしも上級学校に進学できていたら、どうなっていたんだろう。

 勉強があまり得意じゃなかったライラはともかく、オレは秀才とまではいかないが、勉強は嫌いじゃなかった。本も好きだし、大きな図書館がある学校には憧れがあった。駅でクエストをしていた時、アカデミックマントを見るたびに、進学した自分を想像する。

 少なくとも、今のようにライラと一緒に旅をすることは無かったかもしれない。

 そう思うと進学しなくてよかったのかなと、オレは思ってしまう。


「それにしても、どうしてこんなに学生がいるんだろう?」


 オレが首をかしげると、ライラが目を丸くした。


「ビートくん、次の停車駅知らないの?」

「えっ?」

「次の停車駅は、カルチェラタンよ」


 ライラから云われて、オレは次の停車駅のことを思い出す。

 カルチェラタン。


 云わずと知れた、東大陸の北部にある学園都市だ。

 各地の領主の子息や、上流貴族の息子や娘たちが集まる場所でもあり、町の人口の7割か8割が学生で占められていると云われるほど学生が多い。研究機関も揃っていて、各種の研究が日夜行われていることでも知られているほどの、アカデミックな街。

 それがカルチェラタンだ。


 そうか、この学生たちはみんな、カルチェラタンを目指しているのか。

 オレは学生が多いことに、納得した。


「なるほど。みんな次で降りるんだ」


 それが分かったのはいいとして、まだ問題が残っている。


「それにしても……空いている席が無いぞ?」

「本当ね……」


 ほぼ全ての席が、学生によって使用されていた。

 わずかに学生以外が座っている席もあるが、オレたちの座る場所がないことに変わりは無い。



 オレたちは席に空きが出るまで、食堂車の入り口近くで待ち続けることになってしまった。




 アークティク・ターン号が、ノクターントンネルを抜けた。

 窓の外に明るい景色が戻り、太陽の光が暗闇に慣れていたオレたちの目を刺激する。


「ビートくん、見て!!」


 ライラが窓の外を見ながら、前方を指し示す。

 そこに見えたのは、海の近くにある大きな街だった。


 カルチェラタンだった。


 街全体が、バロック様式の建物で形作られている。実用性を重んじる東大陸の街の造りよりも、芸術性や優雅さを重視する西大陸の街に似ていた。

 城のような大きな建物があり、それが町の一角を占めている。あれが、各地の領主の子息や上流貴族の子供が多く進学することで有名な、超名門学校のオウル・オールド・スクールだ。

 オレたちとは、きっと一生縁のない学校だ。


「あれが、カルチェラタンか」


 オレはつぶやくように云った。

 カルチェラタンの先には、海が見える。そしてその生みの先には、北大陸があるはずだ。

 今日は少し天気がくもりで、北大陸は見えないが。


「ビートくん、さっき食堂車で聞いたんだけど、カルチェラタンではまた1週間ほど停車するんだって!」


 ライラの言葉に、オレは耳を疑った。


「えっ、本当!?」

「ビートくん、1週間も停車するのは嫌?」

「嫌じゃないけど……」


 オレは早く、北大陸に上陸したかった。

 北大陸に着いたら、あとはサンタグラードを目指すだけだ。


 1日も早く、オレはライラを両親に合わせたい。

 オレの中では、そんな気持ちが渦巻いていた。


「ねぇ! これもさっき聞いたんだけど、公開授業の受講ができるんだって!」

「公開授業?」

「カルチェラタンにある学校では、学生じゃない人にも学びの機会を提供するってことで、一部の授業を申請することで受講できる制度があるみたいよ。ねぇ、せっかくだから1週間の間は公開授業を受けてみない?」


 オレは驚いた。

 勉強が苦手だったライラが、授業を受けたいと自ら発言するなんて。


 グレーザー孤児院に居たころの勉強が苦手なライラからは、想像もできない発言だ。


「公開授業だから、一部の授業しか受けられないけど、それ以外は普通の学生と同じように学校に入れるし、図書館や食堂も使えるんだって。楽しそうだと思わない?」

「珍しいね。ライラが学校に興味を持つなんて」

「実は、ずっと学校生活に憧れていたの」


 ライラの言葉に、オレはさらに驚いた。


「グレーザー孤児院での生活が嫌だったわけじゃないけど、もし上の学校に進学できていたら、どうなっていたのかなーって。制服を着て授業を受けて、友達との時間を過ごすのって、楽しそうでちょっと憧れていたの」


 どうやらオレは、まだまだライラのことを知らなかったみたいだ。

 オレとほとんど同じことを、ライラが考えていたなんて。


「あ、でも! ビートくんとの生活が嫌だったわけじゃないよ! ビートくんと一緒に暮らせることは、わたしにとってすごく幸せなことだから!」

「ライラ、それは分かっているよ」


 オレはそう云って、ライラの頭に手を置く。

 そして優しく撫でた。


「オレも、ライラと一緒に過ごしている時が、一番幸せだ」

「えへへ……ビートくん、嬉しいよ」


 ライラが笑顔を向け、尻尾をブンブンと左右に振って喜びを示す。


「確かに、1週間も時間があるのなら時間は有効に使ったほうがいいな」

「でしょ?」

「カルチェラタンでは、オレたちも公開授業を受けていこう!」

「さんせーい!」


 オレの言葉に、ライラが2つ返事で答えた。




 カルチェラタンに向けて、アークティク・ターン号はスピードを上げていった。




 第11章~東大陸編後編~完




 第12章へつづく

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

感想、誤字脱字、ご指摘、評価等お待ちしております!

次回更新は10月12日21時更新予定です!


今回で第11章も終了です!

次回からは、第12章に突入いたします。


そして第12章は……なんと学園回です!

さらに北大陸への上陸が目前に迫ってきました。

物語も、少しずつ終盤へと差し掛かりつつあります。


今後とも、ビートとライラをどうぞ見守ってくださいね!

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