第155話 ダイナマイト
エクロ渓谷を、アークティク・ターン号は抜けて進んでいく。
その後、外に広がっているのは、森だけになった。
そんな中、オレはライラの運動に付き合っていた。
ライラは雑誌で見た運動不足を解消するための運動をしていて、オレはライラが連続して行うその運動を何回行ったのか、そのカウントを任されていた。
肌着姿で、ライラは同じような運動を何度も繰り返す。
「……48……49……50!」
「疲れたぁ……!」
オレが50回目を数えると、ライラは運動を中断する。肩を上下させながら、大きく息をしていた。
この運動は、50回で区切りがつくように行うことになっている。
「ビートくん、どうして同じ運動をしているのに全然疲れていないの……?」
ライラがその運動をする前に、オレも同じように50回運動をしていた。
しかし、オレはほとんど疲れを感じなかった。
オレには心当たりがあった。
「オレがよく筋トレしている理由、わかった?」
「筋トレが原因だったの……?」
ライラはそう云って、オレの隣に腰掛ける。
ふと、ライラの汗の匂いがオレの鼻孔をくすぐった。
オレはごく自然に、ライラの髪を手にすると匂いを嗅いだ。
とても、いい匂いがする。
「もうっ、ビートくんったら……!」
ライラが少し困った表情で、匂いを嗅ぐオレを見て云った。
あぁ……我慢できない……!
「……って、今はダメ!」
「あうっ!」
オレはライラから軽く手を叩かれる。
ライラの太腿に、自然と腕が伸びていた。
「ゴメンね。今はまだ、そういう気分になれないから……」
「わかったよ、ライラ」
ライラに強要することはできない。
オレは大人しく、手を引っ込めた。
お昼が近づいた頃。
オレとライラは早めのお昼を食べに、食堂車に入った。
そのとき、敵意のある視線がオレたちに向けられてきた。
「ビートくん……」
「ライラ、気にしたら負けだ」
それがどこから来ているのか、オレたちはすぐに分かった。
スティーブンの取り巻きをしていた、あの女性たちだ!
「無視するんだ。視界に入っていないかのように」
「うん……!」
スティーブンが居なくなってから、取り巻きの女性たちはスティーブンがいなくなる原因となったオレたちを敵視していた。
しかしオレたちは、それに対して無視をするという対策でしのいでいた。
「ご注文は?」
「季節の野菜が入ったパスタ2人前で」
ウエイターに料理を注文するときにも、向けられてくる敵意しかない視線を、オレたちは無視した。
直接危害を加えてこないのなら、こちらから攻撃するようなことはしない。
火種をこちらから大きくするようなリスキーなことは、オレたちはしたくなかった。
「ビートくん、お昼を食べた後は何をする?」
「本を読もうかな。図書館車で借りてきて、読みかけの本がまだあるから。ライラはどうする?」
「わたしはもう少しだけ、運動しておきたい。太っちゃったら嫌だから」
オレたちはそんな他愛のない会話をし、運ばれてきた料理を食べる。そして食べ終えたら会計を済ませて、食堂車を後にした。
個室に戻ったオレたちは、食後ということもあってしばらく休憩することにした。
キキキーッ!!
「うわあっ!?」
「きゃあっ!?」
突然、ブレーキ音が鳴り響いてアークティク・ターン号が大きく減速した。
オレたちは突然の原則に対応できず、ベッドから落ちて個室の中を転がる。
列車が完全に停車すると、オレたちは立ち上がった。
「いたたたた……」
ライラが額を撫でながら云う。
「ライラ、大丈夫?」
「うん、大したことないよ。ビートくんは?」
「オレもなんとか大丈夫だ」
逆さまになっていたオレたちは、起き上がる。
一瞬、ライラのスカートの中にある紐パンが見えた。
もちろん、オレはそれを見逃さなかった。
「さっきのブレーキ音……急ブレーキをかけたみたいだったな」
「どうして、急ブレーキを使ったりしたのかしら?」
「そりゃあ……良くないことが起きたんだろうな」
オレはそう云って、ソードオフを取り出した。
装填されているショットシェルを確認すると、銃身を元の位置に戻す。
万が一の事態に備え、オレはRPKも手にした。
「ライラ、オレは何が起きたのか確認してくる。少し待ってて!」
「もう、ビートくん、いつも云ってるじゃない!」
ライラはそう云うと、スカートをたくし上げた。
スカートの下から、ライラはリボルバーを取り出す。
「わたしも一緒に行く! ビートくんのいる場所が、わたしのいるべき場所だから!」
「わかったよライラ、行こう!」
オレは頷くと、ライラと共に個室を飛び出した。
センチュリーボーイまでたどり着いたオレたちは、目の前の光景に唖然とした。
「えっ……!?」
「なんだこれ……?」
センチュリーボーイの先に、巨大な岩が置かれていて、レールを塞いでいた。
岩は2つの巨大な岩を重ねてあるらしく、中ほどに亀裂のようなものが見えた。
岩の前では、機関士や車掌、鉄道騎士団の騎士たちが困り果てていた。
そりゃいきなりこんな巨岩がレールに置かれていたりしたら、困るのも分かる。
その車掌たちの中に、ブルカニロ車掌の姿が見えた。
「あっ、ブルカニロさん!!」
「お客さん!!」
オレたちの呼びかけに、ブルカニロ車掌はすぐに応えてくれた。
「この岩は、一体……!?」
「機関士が発見したんです。このままでは衝突してしまうことから、先ほど急ブレーキを使用しました。お客様には、大変ご迷惑をおかけいたしまして誠に申し訳ございません」
ブルカニロ車掌はそっとお辞儀をした。
「どかせられそうですか?」
「現在、対策を検討しておりますが、この岩は非常に硬い上に重く、テコでも動きません。爆薬でもないと破壊できそうにないのです。しかし、この列車には爆薬などは――」
ブルカニロ車掌が困っていたその時だった。
「フハハハハ!!」
どこからか、耳障りな笑い声が聞こえてくる。
「おいっ、あそこっ!!」
1人の車掌が指さす先を、オレたちは見た。
岩の上に、なんと消えたはずのスティーブンがいた。
「スティーブン!?」
「キャー!」
すると、どこから聞きつけたのか取り巻きをしていた女性たちが、列車の方から駆けてきた。
「スティーブン様ー!」
「落ち着いてください! それに近づかないで!!」
車掌や鉄道騎士団の騎士たちが、駆けつけてきた取り巻きの女性たちの前に立ちはだかり、半ば暴走気味の女性たちをけん制する。
過激派にならないといいが。
オレとライラは、女性たちを一瞥した後、岩の上に立つスティーブンに向き直った。
「スティーブン! これはどういう真似だ!?」
「ハハハハ! この岩をなんとかしたければ、ミス・ライラを引き渡せ!」
スティーブンの要求に、オレは唇を噛みしめる。
こいつ、まだ諦めていなかったのか!
昨日、決闘をして一瞬で負け、敗走したかと思っていた。
しかし、こんな形で再び対峙することになるとは!
なんて諦めの悪い旅騎士だ。
「ふざけるな! そんなことできるわけないだろ!」
オレは怒鳴る。
「そもそも、お前は昨日オレと決闘して、負けたじゃないか! 決闘で負けた者は、自ら退くのが一般的な決まりだ!」
「決まりなど無用!!」
スティーブンが、高らかに宣言する。
「ミス・ライラは銀狼族だ! 銀狼族を手に入れるためなら、決まりなどない! 無理を通せば、道理など簡単に引っ込む!」
「こいつ……!」
どうやら、会話が通じないようだ。
オレはそっと後ろを向く。後ろでは車掌や鉄道騎士団の騎士たちが、まだ取り巻きになっていた女性たちを抑え込んでいた。
とてもじゃないが、こちらに回せる余力は残っていないらしい。
オレとライラは視線を交わし、頷き合う。
これはもう、武力に訴えるしかない!
「ライラ、こうなったら!」
「ビートくん、いつでもいいよ!」
ライラが、リボルバーに弾丸が装填済みになっていることを確認し、頷く。
オレたちで、なんとかしてスティーブンをやっつけるしかない!
「ーー!!」
そのとき、オレの脳裏を電流のようにあることが駆け抜けていった。
動こうとしていたオレは立ち止まり、スティーブンが立っている岩を見つめる。
上下に重なった岩。
その中間あたりを走るかすかな隙間。
そして、岩の硬さ……。
「……そうだ!」
「ビートくん、どうしたの?」
首を傾げたライラに、オレは顔を向ける。
「ライラ、もっといい方法がある! 一時撤退だ!」
「えっ!? でも……!」
「すぐに戻る! 一緒に行こう!」
オレはライラの手を半ば強引に取ると、列車に沿って後方へと走り出した。
「ハハハ! いつでも戻って来い! どうせ無駄だ!!」
スティーブンの嫌味な声が聞こえてきたが、オレたちは無視して貨物車に向かった。
オレは貨物車を警備していた騎士に乗車券と荷札を見せ、貨物車に乗り込んだ。
そして貨物車に積まれた膨大な荷物の中から、探していたオレの荷物を見つけ出した。
「あった!」
オレは同じ荷札が取り付けられた木箱を見つけ、木箱を開けた。
「ビートくん、それって……!」
「そう、スパナからの贈り物!」
中に入っていたのは、ダイナマイトだった。
ギアボックスのエンジン鉱山で働いている、メカニック見習いの黒狼族の少年、スパナからもらったものだ。
スパナ自らが製造した、自家製のダイナマイト。
これを使えば、スティーブンもレールの上の岩も、共に吹っ飛ばせるかもしれない!
ふとオレは、スパナとのやり取りを思い出していた。
『これ、役に立つかな……?』
『もちろんだぜ! なんといっても、オレの手製だからな!』
まさか、ここで使うことになるとはな。
「スパナ、本当に役に立つ時が来るとは思わなかったよ」
そう云って、オレは木箱から3本のダイナマイトを取り出した。
ダイナマイトは、1本1本がずっしりとしていた。
「よし、戻ろう!」
再び、先頭まで戻ってきたオレたちを、スティーブンが岩の上から見下ろしていた。
「ちょっと! 気安く近づかないでよ!」
「私たちのスティーブン様に近づくなぁ!」
取り巻きの女性たちが、半ば過激派になりかけている。
早く何とかしないと、車掌や鉄道騎士団の騎士たちに危害が及ぶかもしれない。
「ライラ、急ごう!」
「うん!」
オレはライラに、持ってきたダイナマイトを2本手渡した。
「なっ……それは!?」
ダイナマイトを見たスティーブンの顔に、焦りの色が浮かぶ。
オレは口元を釣り上げ、スティーブンを一瞥した。
「お前とこの岩、両方とも吹っ飛ばしてやるぜ!」
そう叫ぶと、オレはライラと共に岩に駆け寄った。
岩の割れ目の中で、大きく隙間ができているところを見つけると、オレたちはそこにダイナマイトを尻から押し込んでいく。
「やっ、やめろ! やめるんだ!!」
スティーブンが慌てた様子でオレたちに云ってくる。
今更になって気が付いても、もう遅い。
吹っ飛ばしてやらないことには、オレたちの怒りは収まらない。
しかし、予想外のことが起きた。
「こらっ! やめなさい!!」
車掌の誰かが叫び、オレはそちらを向いた。
「何してるのよ!!」
「スティーブン様から離れなさいよ!!」
暴徒化した取り巻きの女性たちが、ついに車掌と鉄道騎士団のバリケードを突破した。
「げっ!」
こちらに向かってくる女性たちを見て、オレは叫ぶ。
ヤバい! このままじゃライラが!
オレはダイナマイトから手を離すと、RPKを手にした。
作戦は一時中断だ!
やりたくないが、今はあの取り巻きの女性たちをどうにかしないと!
オレが動き出そうとしたその時、オレの前にライラが躍り出た。
「止まりなさい!!」
ライラが叫び、取り巻きの女性たちが足を止める。
ライラは右手にリボルバーを、左手にダイナマイトを持っていた。
「これ以上……わたしたちに近づいてみなさいよ……! みんな……木端微塵にしてやる……!!」
ライラから放たれている殺気に、女性たちは押されていた。
オレの位置からは表情は見えなかったが、相当恐ろしい表情になっているのではないかと、オレは思っていた。
「いい加減にしてください!!」
そのとき、男性の声が聞こえた。
センチュリーボーイの方から、ブルカニロ車掌が歩いてきた。その表情には怒りの色が浮かんでいる。
まずい。ライラが捕まってしまうのか!?
しかし、ブルカニロ車掌はライラと並んで立つと、女性たちのほうを向いた。
「これ以上、傍若無人に振舞うのであれば、容赦はいたしません!」
ブルカニロ車掌はそう叫ぶと、制服の下からリボルバーを取り出した。
シルバーモデルの、中折れ式6連発リボルバーが現れた。
「すぐに列車にお戻りください! さもなくば発砲します!」
ブルカニロ車掌が、女性たちに銃口を向けて叫ぶ。女性たちはすぐに再び車掌と鉄道騎士団に囲まれ、身動きが取れなくなった。
よかった。ブルカニロ車掌は、オレたちの味方だ!
「お客様、今のうちです。急いで準備を……!」
「はいっ! ありがとうございます!」
ライラは叫ぶと、再び岩に戻ってきてダイナマイトを押し込み始めた。
オレも安心して、ダイナマイトを押し込み始める。
ダイナマイトが岩の中に押し込まれると、オレとライラはマッチを手にした。
「やめろっ! やめろおっ!!」
スティーブンが叫ぶが、オレたちは止めない。
「ライラ、準備はいい?」
「いつでもいいよ!」
ライラからの返答に、オレは頷いた。
「よし……点火!!」
オレとライラはマッチを擦ると、ダイナマイトの導火線に火をつけた。
導火線に火がつき、バチバチと燃える音を立て始めると、オレたちは火のついたマッチを捨て、叫ぶ。
「爆発するぞ! 離れろーっ!」
オレとライラは、すぐにセンチュリーボーイの方に向かって走り始める。
それと同時に、機関士と車掌たち、鉄道騎士団も岩から離れていく。
「キャーッ!」
「助けてーっ!」
女性たちも、爆発すると知ってはスティーブンどころではないらしい。
もう誰も、スティーブンに近づこうとする者はいなかった。
「ひぇっ! やめろっ! やめろぉっ!!」
スティーブンはパニックに陥っているらしく、ただ叫ぶことしかしない。
岩から降りて逃げればいいだろと思ったが、オレはあえてそう云わなかった。
「ライラ、もうすぐだ! 耳を塞いで!」
「うん!!」
オレとライラは、センチュリーボーイの機関室で小さくなり、両手で自分の耳を塞いだ。
「た、助け――」
スティーブンがそう叫んだ直後、ダイナマイトが爆発した。
「わっ!」
「きゃっ!」
爆風が空気を駆け抜け、衝撃が地面を揺らし、列車の窓ガラスをビリビリと鳴らす。
それから少しして、辺りは静かになった。
「……よし、確かめに行こう!」
「うん!」
オレとライラは、センチュリーボーイの機関室から出ると、岩が置かれていた場所に向かった。
「わあっ!」
「すごい!」
オレたちは、そこにあった景色に唖然とした。
レールを塞いでいた巨大な岩は、木端微塵に吹っ飛んでいた。
幸いにも、岩が硬かったおかげか、レールは爆発に巻き込まれておらず無事だった。
スティーブンも、どこかに飛んで行ってしまったらしく、姿は見えない。
「すごい威力……!」
「スパナに感謝しなくちゃ。後で、手紙書いておこう」
オレはそう云って、足元に落ちていた岩の破片を拾い上げ、近くの森の中に放り投げた。
それからしばらくしてレールの片づけが終わり、安全が確認されるとアークティク・ターン号は再び動き出した。
「本当に、ありがとうございました!」
ブルカニロ車掌が、オレとライラに頭を下げる。
「お客様の持っていたダイナマイトのおかげで、障害物を取り除くことができ、無事に運行を再開できました」
「いえいえ、ただ、邪魔なものを取り除いただけですよ。……なぁ、ライラ?」
「そうね! ビートくんの云う通り!」
オレとライラは視線を交わし、笑い合う。
なんだかとっても、いい気分だ!
その後、オレたちは上機嫌で個室に戻った。
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