第154話 エクロ渓谷の戦い
ピィーッ!
汽笛が鳴り響き、オレたちは閉じていた目を開けた。
「今の汽笛は……?」
「駅かしら?」
オレとライラは、展望車で束の間のうたた寝をしていた。
ベンチから立ち上がると、前方を見る。
「うわぁー、きれい!!」
「エクロ渓谷だ!」
オレとライラは、目の前に広がる景色に見とれてしまう。
アークティク・ターン号は、エクロ渓谷に差し掛かろうとしていた。
エクロ渓谷は、東大陸北部にある景勝地だ。
大自然が作り出した美しい渓谷であり、4つの大陸の名所をまとめた『4つの大陸名勝100選』というガイドブックのような本にも、大きくページを割いて記載されているほどの名所だ。
そしてエクロ渓谷が見えたということは、オレたちにとっては1つの意味を持っている。
それはオレたちにとっては、とても重要なことだった。
「……ライラ、エクロ渓谷まで来たということは、東大陸でもかなり北まで来たということだ」
「北まで来た? それってダジャレ?」
「違うよ」
オレが苦笑いをしながら指摘すると、ライラはいたずらっ子のようにはにかむ。
「ここまで来たということは、北大陸への入り口の街まですぐだ。いよいよ、オレたちは北大陸に上陸する時がやってくる」
「やっと、わたしのお父さんとお母さんがいるかもしれない土地に……!」
ライラは尻尾を勢い良くブンブンと振る。
北大陸に上陸すれば、終点のサンタグラードまであと少しだ。
ブルカニロ車掌からは、到着まで1年かかるかもしれないと云われていたが、今日までにかかった日数はだいたい半年ちょいだ。
思ったよりも早く、サンタグラードに到着できるかもしれない。
「ライラ、もうすぐだな」
「うん!」
オレの言葉に、ライラは頷いた。
早く、ライラの両親を見つけて、ライラを両親に合わせたい。
エクロ渓谷の先にある、見えない北大陸の方を見ながら、オレはそう思っていた。
そのとき、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「おぉう! ミス・ライラ!!」
その声に、オレたちは振り返る。
旅騎士のスティーブンだった。
周りには、取り巻きと見える女性たちがいる。
「ミス・ライラ、是非ともお茶しましょう!」
こいつ、またライラをナンパしに来たのか。
懲りないやつだ。
これは1回、ちゃんとくぎを刺しておかないとダメだ。
なあなあで済ませておくと、後になってから大きなトラブルになりかねない。
よし、ガツンといってやるか!!
オレがそう思って動こうとしたその時。
ライラが、オレよりも早く動いた。
「しないって、云ってるでしょうが!!」
ライラが吠える。まさに狼そのものな迫力に、スティーブンだけでなく、オレまで圧倒された。
やっぱり、ライラを怒らせるのはいけない。
しかし、圧倒されている場合ではない。
ライラが怒った今、これはチャンスだ。
「ライラはオレの妻だ! ナンパなんかするんじゃない!」
オレが云うが、すぐにスティーブンは反論してきた。
「たとえ妻であったとしても、女性でわることに変わりは無い! 恋愛は自由だ!」
「ふざけるな! どういう理屈だ!?」
「わたしは、ビートくん以外の男の人と一緒になる気は無いの!!」
ライラは尻尾の毛を逆立てている。
本気で怒っている。
「あなたなんかと一緒にはならない! 銀狼族の女は軽くないのよ!!」
すると、ライラのその一言を聞いたスティーブンは、目の色を変えた。
まるでその言葉を待っていたかのように、スティーブンは口元を釣り上げた。
「なんと!? ミス・ライラはあの銀狼族!?」
そう云ったスティーブンが、舌なめずりをするのを、オレは確かに見逃さなかった。
「あのお方の云う通りだ!」
スティーブンが、その場で天を仰ぎ、祈りをささげるようなポーズをとる。
誰だ? あのお方っていうのは?
そしてすぐに両腕を下すと、再びオレたちに視線を向けた。
「ミス・ライラ! あなたを何が何でも手に入れます!」
「ふざけるな!」
どうやら、これ以上云っても無駄なようだ。
そう確信したオレは、左手でライラを抱き寄せ、右手でソードオフを取り出してスティーブンに向けた。
「ライラを何が何でも手に入れようとするなら、オレはお前の命を奪う!」
すると、スティーブンの後ろにいた取り巻きの女性たちが騒ぎ始めた。
「ちょっと、スティーブン様に何してるのよ!」
「その銃を下せ! クソガキ!」
「旅人風情が、調子乗ってるんじゃないわよ!」
この女ども……!
こうなったら、こいつらを先に黙らせようか。
オレはそっと、銃口を取り巻きの女性たちに向けようとした。
「まぁまぁ、落ち着いて」
スティーブンが両手を上げて云う。慌てている様子はなく、呆れているようだ。
だが、オレは見逃さなかった。
スティーブンの額に、わずかだが冷や汗が浮かんでいる!
どうやらソードオフを向けられて、少しは恐れを抱いたようだ。
突然こんな物騒な銃を突きつけられたら、どんなに豪胆な奴でも冷や汗ものだ。
「わかりました。それでは、次の通過待ち駅で決闘をしましょう。あなたが勝てば、ミス・ライラはあなたのもの。あなたが負ければ、私がミス・ライラをいただきます。よろしいですか?」
「受けて立つ!」
オレはすぐに承諾した。
こうして、エクロ渓谷の途中にある通過待ち駅で、オレはスティーブンと決闘することになった。
こんな奴に、ライラを奪われてなるものか!
それはオレもライラも望んでいないことだ!
それに、オレには絶対に負けない自信があった。
アークティク・ターン号が、エクロ渓谷の途中にある通過待ち駅に到着した。
センチュリーボーイが少しずつスピードを落とし、ゆっくりと停車する。
通過待ちをするだけだから、停車時間はたったの15分だった。
それだけあれば、決闘でケリをつけるには十分すぎた。
オレとスティーブンは、通過待ち駅のホームに向かい合って立つ。
ライラはオレから少し離れた後方で、勝負の行く末を見守っていた。
「スティーブン様ー!」
「あんなガキ、やっちゃってくださーい!」
取り巻きの女性たちが、客車からエールを送ってくる。
「任せておきなさい!」
スティーブンがそれに答えて、剣を抜いた。
それを見た女性たちは、黄色い悲鳴を上げる。
バカめ。
この後、その悲鳴を一瞬で止めてやる。
「それで、ルールはどうするんだ?」
「相手を倒したものが勝ち! それだけだ!」
スティーブンがそれだけ云って、剣を構える。
「本当に、それでいいのか?」
オレは念のために訊いたが、スティーブンは頷いた。
「問答無用! 男に二言はない!!」
どこまで根拠のない自信たっぷりなんだ、こいつは。
しかし、これで遠慮なくこいつを叩ける。
スティーブンが、バカでよかった。
「それでは、いくぞっ!」
「どうぞ」
オレがそう云うと、スティーブンは剣を構えて突進してきた。
まるでイノシシのようだ。
「うおおおお!!!」
叫びながら突撃してくるスティーブンに、オレはソードオフを取り出して銃口を向けた。
そして迷うことなく、引き金を引く。
「ーーうぎゃっ!?」
2回連続で散弾を浴びたスティーブンは、1発目の散弾で直進力を失い、2発目の散弾で後方に吹っ飛ばされた。
吹っ飛ばされたスティーブンは、そのままホームに仰向けに倒れた。
決闘時間は、わずか十数秒。
結果は、オレの圧勝だった。
「スティーブン様ぁー!!」
取り巻きの女性たちが叫ぶ。
全く、こんなやつのどこがいいのか。
恋は盲目なんていう言葉があるけど、あながち間違っていないのかもしれないな。
そんなことを思いながら、オレは倒れたスティーブンに近づく。
「おい、オレの勝ちだけど、生きてるか?」
本当に死んでしまったらさすがにマズいと考え、年のため非致死性のゴム散弾にしておいた。
「うう……ぐぐ……」
スティーブンは、ちゃんと生きていた。
「結果はオレの勝ちだ。ライラは渡さない。いいな?」
「くそう……!」
「それと、1つ訊きたい」
オレは倒れて悔しそうにしているスティーブンを見下ろし、質問をぶつけた。
「お前、さっきあのお方とか云ってたよな? あのお方っていうのは、いったい誰のことなんだ?」
決闘を始める前から、オレはそれが気になっていた。
あのお方という奴は、少なくともライラと銀狼族のこと両方を知っている人になる。
オレとライラのことを知っている人は多い。
ハズク先生、ハッター、ナッツ氏とココ婦人、メイヤとラーニャ、ダイスとジムシィ、スパナ、レイラ……。
心当たりのある人は思い浮かんだが、どの人もオレたちと仲がいい人ばかりだ。
こんな奴にライラと銀狼族の情報を流すのは、オレとライラに悪意を持った者に他ならない。
だが、オレたちが知っている人の中には、悪意を持った者などいなかった。
「答えろ! あのお方とは誰なんだ!?」
「……教えない」
スティーブンはそう云って、ニヤリと笑った。
嫌な予感がする!
オレは慌てて、スティーブンから距離を取った。
その直後、スティーブンは勢いよく起き上がり、オレに向かって剣を振りかざしてきた。
幸いにも、距離をとっておいたおかげで、オレは被害を受けることはなかった。
「……また会おう」
スティーブンはそう云うと、まるでマンガで読んだスパイのように軽い身のこなしで列車の屋根に飛び乗り、そのままどこかへ消えていった。
「スティーブン様ぁー!!」
取り巻きの女性たちが、悲しそうに叫んだ。
本当に、頭が空っぽの女どもだ。
オレは呆れつつも、ライラとともに列車に戻った。
それから少しして、通過待ちが終わった。
アークティク・ターン号は再び、ゆっくりと動き出して本線へと戻って北に向けて走り出した。
「ビートくん、絶対に勝つって信じてたよ!」
ライラが、オレに抱き着いてくる。
「ありがとう、ライラ」
「じゃあ、わたしのために戦ってくれたご褒美ね!」
「えっ――」
オレが訊く前に、ライラがオレの唇を塞いでくる。
ライラからのご褒美とは、キスだった。
オレの鼓動は早くなり、身体中を血液とアドレナリンが駆け巡って体を熱くする。
いつの間にか、オレは当たり前のようにライラを抱きしめていた。
ライラは長いこと、オレの唇から自分の唇を離そうとしなかった。
しかし、オレたちはまだ知らなかった。
この後に、とんでもないことが待ち受けていることを――。
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