第150話 突撃
あと数時間で、アークティク・ターン号の出発予定時刻がやってくる。
そんな中、オレは強盗連合の本拠地の前にいた。
ペジテの街の方からは、断末魔の叫び声と、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
あちらは、ナッツ氏とセバスチャン率いる市民軍に任せて問題なさそうだ。
「ライラ……必ず助けるからな!」
オレはRPKの弾倉を交換すると、ドアを蹴破った。
それより少し前。
夜明けがやってくるのを、オレは個室の窓から見ていた。
鉄道騎士団は動いていたが、駅の警備しかしていないようだ。
オレはホームを歩く騎士を一瞥し、準備を進めた。
「ビート氏、準備はいかがか?」
ナッツ氏がドアをノックして、聞いてきた。
オレはドアを開けて、個室の外に出た。
「はい、できました!」
「ビート氏、その恰好は……!!」
ナッツ氏がオレを見て、目を丸くする。
それもそのはずだ。
オレは上下緑色の戦闘服に身を包んでいた。元々は戦闘服ではなく、鉄道貨物組合でクエストを請け負う時に使用していた作業服だ。しかし、ソードオフのショットシェルとRPKの弾倉をベルトのように並べてつなぎ合わせ、肩から斜めに掛けたら戦闘服にしか見えなくなってしまった。
ポケットにも、予備のショットシェルを入れてある。さらには旅に出る前に購入したまま、ずっとしまい込んでいたナイフも取り出してきた。ギアボックスでスパナからもらったダイナマイトも、2本持ちだした。
そして武器は、RPKとソードオフ。
「準備は万端です! 行きましょう!」
オレはRPKの安全装置を、そっと解除した。
駅の外に出ると、ペジテの街は静まり返っていた。
全く、こんな治安の悪い街でよく安眠できるものだ。オレはペジテの住民が、少しうらやましく感じられた。
「……あれ?」
オレは駅とその辺りを見回して、首を傾げた。
「どうした、ビート氏」
「昨日、強盗連合の奴らが落としていった武器は……?」
「騎士団が回収したのではないだろうか?」
ナッツ氏の答えに、オレは納得すると同時に落胆した。
鉄道騎士団が回収したのならまだいい。しかし、もしもペジテの騎士団が回収していたとしたら、きっと元の持ち主である強盗連合に戻っていることだろう。
しかし、落胆している場合ではない。ライラを助けるためには、強盗連合の本拠地に殴り込むしかない。
さぁ、行くぞ!
オレが足を踏み出した時だった。
「……ん?」
遠くから馬車の音が聞こえてきた。こんな朝早くに馬車とは、なんだろう?
新聞の配達だろうか?
いや、待て。新聞の配達だとしたら、馬車で行うなんておかしい。
新聞配達は、子供がやるアルバイトであることが多い。オレもグレーザー孤児院に居た頃、何度かやったことがある。当然、馬車など使った覚えはない。自転車ならあるが、それもかなり限定的だ。いつも自分の足を使って新聞配達をしていた。
ということは、新聞配達などではない。
こんな朝早くに辻馬車が走ることもないし、牛乳配達にしても早すぎる。
やがて、馬車が見えてきた。
馬車を見たオレは、目つきを鋭くした。
「来た! 強盗連合だ!!」
オレは叫び、RPKを構えた。
いくつもの馬車が走ってくる。馬車に乗っているのは、武装した灰色の戦闘服を着た男たち。
間違いなく、昨日ライラをさらっていった、強盗連合に間違いなかった。
「ビート氏、何か作戦は!?」
「ありません!」
「わかった。セバスチャン!」
「かしこまりました、旦那様」
ナッツ氏が叫ぶと、どこからともなく執事のセバスチャンが現れた。セバスチャンは懐に手を入れ、拳銃を取り出した。中折れ式6連発の銀色のリボルバーが、スーツの内側から現れて白手袋をつけた手の中に納まる。
「旦那様、いつでも撃てます」
「よし! 私の合図があるまで待つんだ!」
「かしこまりました」
そんなセバスチャンを見て、オレも慌ててRPKを確認した。
安全装置はすでに解除されている。
強盗連合は、どれくらいの人数が来たのか、まるで分らない。
オレはセミオートになっていたセレクターレバーを、フルオートの位置に動かした。
足を開いて力を込め、腰の位置でRPKを構える。
「来るなら来い……まとめて、あの世へ送ってやる……!」
オレは引き金に指をかけ、すぐにでもそのまま引き金を引こうとした。
――パァン!
その時、銃声が轟いた。
「ぎゃっ!」
走ってくる馬車のほうから、断末魔の悲鳴が聞こえてくる。強盗連合の構成員が撃たれたようだ。
銃声はそれからも連続して聞こえ、次々に悲鳴が聞こえてくる。
撃っているのは、誰だ!?
オレではない。まだオレはRPKの引き金に指をかけただけで、引いてはいないから弾が出るはずがないのだ。
驚いたオレは、隣にいたセバスチャンを見た。
「セバスチャン、撃ったのか!?」
「いえ、違います。私ではありません」
ナッツ氏が問うが、セバスチャンは否定する。
じゃあ、誰が……?
「野郎ども、怯むなー!」
「よし、いいぞ! やっちまえ!!」
馬車から降りた強盗連合の構成員が叫び、その直後にまた別の声が聞こえてくる。
その直後、通りに面した建物から次々にペジテの住人が飛び出してきた。全員が、武器を手にしている。
剣、弓矢、槍、そして銃。
それらの武器はすべて、強盗連合が昨日の戦いで落としていったものだった。
「あんたか! 昨日、ペジテ駅を襲った強盗連合を返り討ちにしてくれた人は!」
1人の男が、銃を手に駆け寄ってきて、オレに話しかけてきた。
「俺たちも戦う! ずっと強盗連合は恐ろしい奴らで手が出せなかったが、昨日あんたの奮闘を見て『俺たちもこのまま黙っているわけにはいかない』って思ったんだ。俺たちがここは引き受ける! あんたらは昨日さらわれた、女の子を助けに行ってくれ!」
「わかった。ビート氏、ここは私たちに任せてくれないか!?」
ナッツ氏の言葉に驚き、オレはナッツ氏を見た。
すでに腕まくりをしていて、戦う気は満々だ。
「ビート氏は一刻も早く、ライラ婦人を救出するんだ。早くしないと、間に合わなくなるかもしれない!」
「わかりました! ペジテの街と駅は、お願いします!」
「うむ! 引き受けた!! 無事にすべてが終わったら、お茶会をしようではないか!」
「楽しみにしていますね!」
オレはそう答えると、路地裏に駆け込んだ。
向かう場所は、ライラが捕らえられている、スラムにある強盗連合の本拠地だ。
その頃、ライラは地価の牢獄にいた。
遠くから聞こえてくる、階段を降りてくる足音に気づき、獣耳がピクピクと動いた。
現れたのは、看守を命じられている強盗連合の構成員だった。
昨日、ライラを牢獄に入れた者と同じだった。
「おい、獣人族の女! 出ろ!!」
牢獄が開け放たれ、ライラは命じられたとおりに牢獄から出た。
逃げ出す間もなく、ロープで両手が縛られてしまい、自由は奪われる。
隣の牢獄を見ると、囚われている人々が憐れんだまなざしを向けてきた。
そんな目で見るくらいなら、助けてほしいなと無理なことをライラは考える。
「こっちだ、来い!」
「どこに行くの?」
「口答えするな! いいから来い!」
男は答えることなく、ライラにつながれたロープを引っ張る。
ライラは口をつぐんで、男に続いて歩きだした。
まるで、犬の散歩みたいと思いながら、ライラは地上へと続いている階段を登って行った。
地上に出ると、ライラは強盗連合の本拠地にある大きな部屋へと連れていかれた。
「なに、ここ!?」
ライラは目を見張って云う。
部屋の真ん中には、大きめのベッドが置かれていた。ベッドのシーツには、得体のしれないシミがついている。きっとこれから、あのベッドに寝かせられて回されるんだ。ライラはそう思った。その証拠に、ベッドの周りには何人もの脂ぎった男たちが立っている。ライラに向けられている視線は、欲望にまみれたいやらしいものだった。
そこまでは、まだ理解できた。
しかし、どう考えても場違いとしか思えないものに、ライラは首を傾げた。
「……どうして、祭壇があるの?」
ベッドのすぐ後ろに、なぜか祭壇が置かれていた。
祭壇にはローソクが立てられ、灯りがともされている。
「教えてやる。昨日も話したと思うが、これからすることはただ単にお前を回すだけじゃない」
ロープを握る男が、話し始めた。
「まず、ゲムア大佐殿がお前を楽しむ。そしてここにいる全員から、お前を回して洗礼してもらうのさ。それを神に見届けてもらうことで、俺たちの仲間となる。だから祭壇が必要なのさ」
「洗礼……回す……まさか!」
ライラは、洗礼がどういうことなのか理解した。そしてその光景を想像し、吐き気を催す。
こんな汚らしい男たちから汚らしい液体を注がれるなんて、死んでも嫌!!
しかし、想像はしても絶望はしなかった。
そんなことになるなんて、絶対にあり得ないと、ライラはわかっていた。
「誰も、何も分かってないのね」
「ああ?」
ライラのその一言に、ロープを握っている男が振り向いた。
「わたしにこんなことをしようとするなんて、ビートくんを本気で怒らせちゃったのね」
「ビート……? ああ、昨日お前の隣にいたあのガキか。あいつは誰なんだ?」
「わたしの夫よ!」
「なんだ、そんなことか」
男は呆れたように、両手の手のひらを天に向けた。
「洗礼を終えた後のお前を見たら、あのガキでさえ絶望して自殺するさ。これまでに洗礼を終えた妻の姿を見て、絶望しなかった男は誰一人としていなかった。お前の旦那も、いくら美しいお前であっても俺たちの手によって液体まみれにされたら、もうお前のことなんて愛せないさ。いや、お前を愛せるのは俺たちだけだな」
男はそう云うと、何がおかしいのか笑い始める。
それにつられて、ベッドの周りにいた男たちも笑い始めた。
「さぁ、こっちへ来るんだ! もうすぐゲムア大佐殿がお出ましになるんだ!」
男はロープを引っ張り、ライラに歩くよう促す。
ライラはそれに抵抗することなく、従った。
ベッドに座らされたかと思うと、すぐに寝かせられた。こんな得体のしれないシミのついたシーツが敷かれたベッドになど、寝かされたくなかったが、ここで逆らったら二度とビートくんに会えなくなる。ライラは大人しく従った。
そして両手はそのまま、ベッドに繋がれてしまう。
足もベッド両側にいた男2人に抑えられてしまい、ライラは完全に身動きが取れなくなってしまった。
「……ほう、大したもんだな」
ライラを見た男が、つぶやいた。
「普通ここまでされたら、どんな女も泣きわめいたり、絶望して助けを求めるものだ。しかし、お前は泣きわめきもしなければ、天に助けを求めようともしない。肝が据わっているな」
「ビートくんが、必ず助けてくれる。それに、あなたたちは誰一人として生きて帰れないからね」
「ハハハ、まだ助けに来てくれるとか云ってるぞ! この銀狼族の女は!」
強盗たちが笑うが、ライラは全く笑っていなかった。
目は、真剣そのものだった。
「きっとこの祭壇、あなたたちがあの世に行くための祭壇になるわよ?」
「全く、口だけは達者だな。この小娘は」
強盗たちが再び笑い始めた。
「……やっと、着いたぜ」
オレはスラムを抜け、強盗連合の本拠地までたどり着いた。
周りの建物とは一線を画すように立派な建物が、頑丈な塀に囲まれて鎮座している。ここが強盗連合の本拠地であることは、疑いようがなかった。昨日、鉄道騎士団詰所で確認した地図とも、場所が一致する。
ここに辿り着くまでの間、何度かスラムの住人に阻まれたりしたが、ソードオフを突きつけると道を開いてくれた。今は緊急事態だ。オレの邪魔をする者には、命をもって償ってもらう。そう思いながら、オレはスラムを突き進んでいった。
そしてようやく辿り着いたのが、強盗連合の本拠地だ。
「……ライラ、すぐに助けるからな!」
オレのライラに手を出したこと、必ず後悔させてやる。
ライラはオレの幼馴染みで、同時に妻だ!
ライラに手を出した奴には、生まれてきたことを後悔させてやる!
オレはもう一度、RPKがフルオートになっていることを確認すると、強盗連合の本拠地に足を踏み入れた。
どこからともなくサイレンが鳴り、武器を手にした強盗たちが出てくる。
「侵入者だ!」
「大佐殿からの命令だ! 侵入者は捕らえるか、不可能なら殺害しろ!!」
強盗が叫びながら、武器を構えて駆け寄ってくる。
オレはRPKをそっと、向かってくる強盗たちに向けた。
「地獄に連れて行ってやる……!」
引き金を引くと、口径7.62ミリの弾丸が次々にRPKから放たれて強盗たちに向かっていった。
その直後、街のほうから聞こえていた強盗たちの断末魔が、スラムからも聞こえるようになった。
そのとき、扉の近くにいた強盗が叫んだ。
「ゲムア大佐殿のお出ましだ! 全員、整列!!」
強盗が叫ぶと、笑い声が止まった。
すぐに強盗たちがベッドを取り囲むようにして立ち、手にしていた武器を足元に置いた。
それから間もなく、ゲムアが部屋に入ってきた。
「大佐殿に、敬礼!」
号令に合わせて、強盗たちが一斉に敬礼する。
ゲムアも、それに対して敬礼で返した。
「ご苦労だった。これが、駅で捕まえたという銀狼族の女か」
「イエッサー!」
強盗が答えると、ゲムアはベッドに寝かされたライラに近づいた。
「銀色の髪。そしてそれと同じ色の狼の耳と尻尾……噂には聞いていたが、これが銀狼族か。実際に見るのは初めてだ。なるほど、大金を出してでも奴隷として欲しがる奴が多いのも納得だ」
ゲムアが、ライラの尻尾へと手を伸ばす。
すると、ライラは尻尾をゲムアの手とは反対方向へと動かした。
「ダメッ! 触っていいのは、ビートくんだけなんだから!」
「なるほど、好きになった相手には尽くすのか」
ゲムアはニヤリと笑い、ライラの顔をつかんだ。
「これは調教のしがいがあるな。日数はかかるかもしれないが、従順な奴隷になるかもしれん……」
「ごあいにく様。わたしはビートくん以外の奴隷になる気なんて、ありませんから!」
「なぁに、心配することはない。ゆっくりじっくり、どこに出しても恥ずかしくない奴隷にして、高く売ってやるさ」
ゲムアはそう云うと、ライラの身体を舐めるように見ていく。
顔、獣耳、胸、くびれ、尻、尻尾……。
視線は次々に移動し、再び顔に戻った。
「さて、調教する前に、まずは洗礼だ。これからお楽しみと行こうか??」
そのとき、サイレンが鳴り響いた。
「なっ、何事だ!?」
ゲムアが驚き、周りにいた強盗たちも驚いて足元に置いていた武器を手にした。
すると、1人の男が駆け込んできた。
「何事だ!?」
「大佐殿、侵入者です! 何者かが外部から侵入いたしました!!」
「ビートくん!!」
ライラが獣耳をピクピクと動かし、叫ぶ。
ライラの耳は確かに、ビートの足音を耳にした。
「おい、静かにしろ!」
強盗の1人が、ライラに銃口を向ける。
「よせ、誤射でもしたらどうする?」
「はっ! 失礼しましたっ!!」
ゲムアがそれをたしなめ、強盗はすぐに銃を下した。
「状況は?」
「はっ! 申し上げにくいのですが、我が軍は苦戦しております!」
その報告に、ゲムアの顔が少し曇った。
これまで、戦闘で苦戦したことなどほとんどなかったことに、ゲムアは首をかしげていた。
「どういうことだ?」
「侵入者は、強力な銃を持っております。退却してきた者によりますと、何発もの弾丸を連続して発射できるという、この世のものとは思えないほどの火力を持っているそうです! まるで、1人だけなのに100人の軍隊を相手にしているようだとのことです!」
「なんだと!? そんな銃が実在するものか!?」
「はっ! 私も確かにこの目で――」
男がそこまで話した時、ドアが開け放たれた。
「やっと……見つけたぞ……!」
「ビートくん!!」
現れた男を見て、ライラが叫ぶ。
RPKを手にしたビートが、そこには立っていた。
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