第14話 レストラン「ボンボヤージュ」
わたしが働いている場所は、グレーザー駅にあるレストラン『ボンボヤージュ』です。
店長さんから教えてもらったのですが、店名の『ボンボヤージュ』には「良い旅を」という意味があるそうです。グレーザーは、南大陸でも大きな駅があります。大陸横断鉄道のアークティク・ターン号の南の終点でもあります。
そのため、多くの人がここから旅に出て行きます。
そして、多くの人が再び旅から帰ってきます。
その旅が良いものであってほしい。
そうした思いから、店名が『ボンボヤージュ』になったそうです。
とても素敵な由来だなと、わたしは思いました。
「ライラちゃん、そろそろ準備お願いね」
「はい!」
店長さんが先に店に出て、準備をします。
わたしもそろそろ、準備を手伝わなくてはなりません。
なのでわたしは、更衣室で制服に着替えます。
ボンボヤージュの女性店員の制服は、フリルがあしらわれたメイド服のようなものです。
わたしが制服に袖を通しますと、男性のお客さんからかなり注目を浴びます。
最初はビートくん以外の男性にジロジロ見られるのは不快に思えましたが、気にしないようにしているうちに、慣れてしまいました。
心配なのは、わたしが銀狼族だとバレないかでしたが、現在まで「銀狼族がいるぞ!」と噂が立ったりしたことはありません。
そんな日が何日か続くにつれ、わたしはあまり心配しなくなっていきました。
「ライラちゃん、こちらの料理を3番テーブルにお願い!」
「5番テーブルに行って、注文とってきて!」
「1番テーブルのお客さんが会計!」
「注文した料理、まだですか?」
お昼頃になると、店内はとても忙しくなります。
あちこちから注文が飛び、料理が完成しては運ばなくてはなりません。
もちろん、会計だってあります。
動き回ってばかりで、とても大変です。
とにかく、お客さんからクレームが来ないように、わたしは注文された料理を運び、空いたテーブルを片付け、会計の対応をします。
お客さんが少しずつ引きはじめ、忙しくなくなるのは、だいたい2時頃です。
そんな時、窓の外にビートくんの姿が見えました。
ビートくんは作業服に身を包み、台車で1人の男性と一緒に荷物を運んでいます。
わたしは手を止め、ビートくんに釘づけになってしまいました。
ビートくんが駅の奥へと消えていくまで、見てしまいます。
仕事が無ければ、すぐにでも走って行って、抱き着きたいです。
「ライラちゃん、手が止まってる」
「あっ、すいません!」
店長さんから指摘され、現実に引き戻されたわたしは、すぐに動きはじめました。
休憩時間になりますと、わたしはその日のまかない料理を貰い、バックヤードでお昼を食べます。
まかない料理は、基本的に料理人見習いの人が練習を兼ねて作るものです。
とても美味しくてビートくんにも食べさせてあげたくなるものもあれば、イマイチなこともあります。
しかし、まかない料理を食べていれば、家から弁当を持ってくる必要はありません。
食費を節約するためにも、まかない料理を食べられるのは重要です。
「お疲れ様。どうライラちゃん、仕事には慣れたかい?」
先輩の獣人族、ミンクさんが声をかけてきました。
ミンクさんは勤続5年の古株で、女性店員のお姉さん的存在です。お昼のピーク時でも、笑顔で立ち回っています。
ミンクさんも、貰ったらしくまかない料理を持っています。
「お疲れ様です。少し慣れました。でも、やっぱりお昼は忙しくて大変です」
「そりゃそうさ。なんといっても、お昼は書き入れ時! 世の中が昼飯を食べる時が、あたしらが仕事をするときだからねぇ」
「どうすれば、お昼の忙しい時間でも上手く動けるようになるのでしょうか?」
「簡単なことさ。場数を踏めば、いつしか要領が良くなって動けるようになるものよ。あたしだって、そうなって今があるんだからさ!」
ミンクさんは、わたしの隣に座り、まかない料理を食べ始めます。
「しかし、ライラちゃんは男性客から云い寄られることも多いだろう?」
「うーん、そんな人、いましたっけ?」
「今日だけでも、デートに誘おうとしている奴、たくさんいたじゃないか。店長が出たことも、あっただろ?」
「そう云われてみれば、あったような気がします」
わたしは、あんまり覚えていませんでした。
いちいち云い寄ってくる人の顔なんて、覚えていられません。
でも、店長さんが出てきて対応してくれたことは、確かにありました。
「……あれっ、ライラちゃん、そのネックレスって」
「これですか? はいっ! 婚約のネックレスです!」
わたしの言葉に、ミンクさんは目を丸くしました。
「へぇっ! もう婚約者がいるなんて! 最近の若い子は早熟ねぇ」
ミンクさんも、まだ20歳手前で十分若いじゃないですか。
わたしはそう云いそうになりました。
「ビートくんから貰った、とっても大切なものなんです!」
「……あぁ、ライラちゃんがいつも話している、あの幼馴染みのことね」
「知っているんですか!?」
「知ってるも何も、ライラちゃんいつだって口を開けば『ビートくんはカッコイイ』って、云っていたじゃないか」
わたしは、覚えがありませんでした。
確かにビートくんはカッコイイです。
でも、誰かと話すたびに云っていたかどうかまでは、覚えていません。
「そうでしたか……?」
「あぁ、云い寄ってきた男のことさえ覚えていないとか、こりゃ完全に恋する乙女だね」
そんなわたしを見て、ミンクさんは微笑み、まかない料理を口に運びました。
わたしもまかない料理を食べ終えたら、再び仕事に戻ります。
わたしは、主にお昼の間だけ勤務しています。
レストラン『ボンボヤージュ』は、夜もやっていますが、夜はレストランというよりも、バーとしての要素が強く、そうした場面ではバーテンダーなどの男性店員や、夜の接客に慣れた女性店員の出番です。
そのためわたしは、3時頃にやってくる夜のメンバーに引き継いだら、仕事はおしまいになります。
その日の報酬を店長から受け取り、更衣室で着替えた後、お店を後にします。
ビートくんと暮らしているアパートに戻る途中で、買い物をしていくこともあります。
少しでも良くて安いものを手に入れるために、店を数件回ることもあります。
孤児院では、お手伝いのオバちゃんたちが日々の食事を作ってくれましたが、今は自分で作るしかありません。
大変なこともありますが、料理は楽しいです。
それに何より、ビートくんが「美味しい、美味しい」とわたしの作った料理を食べてくれることは、わたしにとって何よりも嬉しいことです。
「ビートくん、今夜も喜んでくれるかな?」
わたしは購入した食材を手に、アパートへと戻ります。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!