第147話 列車強盗再び
「ごっ、強盗連合だぁっ!」
誰かの叫び声に、オレはソードオフをそっと構えた。
ここで迎え撃ってやる!
「ビートくん!」
「どうしたんだよ!?」
「こっちよ、こっち!」
ライラがオレの腕を引っ張る。
オレはライラによって、路地裏に引きずり込まれた。
置かれていた樽の背後に、オレたちは身を隠す。
「真正面から迎え撃つんじゃなくて、横からのほうがいいよ」
「なるほど。確かにそうだな!」
オレは納得した。普段ならすぐに思いつくことなのに、今はそれすら思いつかなかった。
どうやら、自分が思っている以上に、オレは興奮しているらしい。
樽の後ろで隠れていると、馬車の走る音や人の足音がどんどん近づいてきた。
そして音の主が、姿を現した。
「あれは……!?」
「強盗連合か!?」
灰色の戦闘服に身を包んだ男たちが、次々に目の前を駆け抜けていく。こちらには目もくれない。
オレは過去の戦争を描いた映画で見た、敵に突撃していく兵士の姿を思い出す。
映画ととても良く似た光景が、そこにはあった。
唯一違うところといえば、映画は作り物で、目の前の光景は現実であることだ。
そして放っておけば、街の人たちに被害が及ぶ。
「よし、行くぞ!」
オレは樽に隠れたまま、ソードオフだけを出して、引き金を引いた。
ドガァン!!
灰色の戦闘服が数人倒れ、音に驚いた馬が興奮して暴れだす。
「わっ!」
「敵襲! 敵襲!!」
灰色の戦闘服が散らばり、剣や弓矢、銃などの武器を構える。
オレはすぐに樽の後ろへと身を隠し、ポケットから新しいショットシェルを取り出して、ソードオフへと装填した。そして再びソードオフを出し、灰色の戦闘服を撃つ。さらに数人が、飛び散った散弾の餌食になった。
「よし、もう一度……!」
オレがソードオフにリロードすると、ライラが腕を引っ張った。
「ビートくん、今のうちに駅まで逃げよう!」
「えっ、ライラ!?」
「最初に決めたじゃない。ペジテ駅に逃げるって!」
ライラから云われて、オレは思い出した。
強盗連合がやってくる前に、列車に戻る。もし列車まで戻れなかったときは、駅まで逃げる。
強盗連合が予想よりも早く現れ、迎え撃つことになってしまったが、最初に決めたことはそうだった。
戦うのではない。今は逃げることのほうが大事だ。
「今なら混乱しているみたいだし、早く駅まで逃げよう!」
「わかった。行こう!」
オレは右手でソードオフを持ち、左手でライラの手を握ると、路地裏を駆け出した。
遠回りになったとしてもいい。
無事にペジテ駅まで逃げれば、きっと大丈夫だ。
オレたちはそう思いながら、路地裏を使ってペジテ駅へと向かった。
しかし、そのときはまだ知る由もなかった。
この後に待ち構えている、驚愕の展開など……。
オレとライラは、なんとかペジテ駅に駆け込んだ。
幸いなことに、まだ駅には強盗連合は来ていなかった。入り口は鉄道騎士団が警備していたが、オレたちがアークティク・ターン号の乗車券を見せると、すぐに駅に入ることができた。
アークティク・ターン号の乗車券の強力さを、オレたちは改めて認識させられた。
「とりあえず、ここまで逃げれば大丈夫だろう……」
「ハァハァ……疲れたぁ」
ほぼ走りっぱなしだったオレたちは、肩を大きく上下させた。
二酸化炭素がやや多くなった空気を吐きながら辺りを見回すと、強盗連合から逃げてきたと思われる人が大勢いた。列車の中で見たことがある人もいれば、ペジテの住人らしき人もいる。
「人がいっぱい……」
「きっと、強盗連合から逃げてきたんだ」
中にはケガを負っている人もいた。アークティク・ターン号の救護車に乗り組んでいた医者が、手当てに当たっていた。
「でも、ここならもう大丈夫ね!」
「そ……そうだな」
オレはなんだか、嫌な予感がした。
そのときだった。
「ご、強盗連合がこっちに来るぞ!」
誰かが叫んだ直後、駅の窓ガラスが割られて、ドアが破られた。
「うわぁっ!」
「強盗連合だ!」
次々に、灰色の戦闘服が割られた窓や破られた入り口から、駅の中へとなだれ込んできた。
そして近くにいる人に剣や弓矢、銃を突きつけて略奪を始める。
すぐに近くにいた鉄道騎士団が止めに入るが、1人の騎士に対して、2~3人で強盗連合の構成員はけん制をかけてくる。騎士が押され気味になっているのは、オレでも分かった。
「まさか、駅の中にまで……!」
「……そうか、わかったぞ!」
オレはライラの手を取り、物陰にライラとともに隠れた。
「奴らの狙いは、アークティク・ターン号だ!」
「ビートくん、それって本当!?」
「あくまでも、オレの推測だ。奴らはきっと、アークティク・ターン号の貨物車や、乗客が持っている金目の物を狙っているんだと思う。ライラ、見て」
オレはそう云って、物陰から指をさした。
指さす先では、灰色の戦闘服に身を包んだ男が金持ちらしき婦人から宝石がついた装飾品を奪っていた。
「ひどい……!」
「ライラ、なんとかオレたちでできる限り、強盗連合の奴らを倒すぞ。準備はいい?」
「もちろん、もうできてるよ!」
ライラはいつの間にか、リボルバーを握りしめていた。
「よし……行くぞ!」
オレたちは、物陰から飛び出した。
オレとライラは、ソードオフとリボルバーで次々に灰色の戦闘服を撃っていく。
「ぎゃっ!」
「ぐあっ!」
たとえ強盗連合の構成員が、どんな武器を持っていたとしても、オレたちには関係なかった。
それが剣を持っていても、弓矢を持っていても、銃を持っていても。
威力の高いソードオフに、正確な射撃のリボルバー。
そして何より、オレとライラの息の合った動きが、強盗連合を寄せ付けない。
「くっ! 手ごわいぞ!」
「鉄道騎士団は後回しだ! あのガキ2人を始末しろ!」
灰色の戦闘服が束になって襲い掛かってきても、怖くはなかった。
オレとライラは、過去に列車強盗を撃退している。
そのときも、同じような状態だった。
「ライラ!」
「ビートくん!」
オレたちはお互いを呼びあい、銃への再装填を済ませる。
「行くぞ!」
「うん!」
オレたちは背中合わせになり、襲い掛かってくる強盗たちに次々に弾丸をぶち込んでいく。
再装填で生じる隙を与えないように銃を撃つ。これは、非常に難しい高等テクだ。
それができるのは、オレたちが赤ん坊の頃からずっと一緒に過ごしてきた幼馴染みであり、今は深く愛し合う夫婦だからだ。
オレたちにとって最大の武器。
それは一糸乱れぬ動きができる、強い信頼関係だ。
「ライラ、大丈夫か?」
「うん! ビートくんは?」
「ありがとう、大丈夫だ」
オレたちは視線を交わし、駆け出した。
すでに近くにいる強盗たちは、全員弾丸の餌食になっていた。
「よし! 残っている強盗を始末するぞ!」
オレがそう云った、そのときだった。
「そうはさせねぇぞ!」
「だ、誰だ!?」
突如として、オレたちの前に馬にまたがった1人の男が現れた。
灰色の戦闘服に身を包んでいる。こいつも、強盗連合の一員に間違いない。
しかし、それだけではないと、オレは思った。
男は赤いベレー帽を被り、長い髭をたくわえている。
そして全身から漂う、奇妙なオーラ。
こいつは、明らかに他の連中とは違う!
オレのその直感は、当たっていた。
「元気な小僧だな。俺はゲムア大佐だ。お前は?」
「オレはビートだ」
「ビートか。お前だな、俺の部下をここまで痛めつけてくれたのは!」
オレは頷いた。
俺の部下というのが誰のことなのかは分からないが、その辺りに転がっている、灰色の戦闘服を着た男たちのことで間違いないだろう。
「強盗を撃って、何が悪い!?」
「俺の部下だぞ! この落とし前、どうつけてくれる!?」
「落とし前?」
オレはライラと顔を見合わせる。
しかし、それに対する答えなど、オレたちには1つしかない。
「「知るかっ!!」」
オレとライラは、同時にゲムアに銃口を向ける。
そして、引き金を引いた。
これで全て終わりだ!
しかし、弾は出なかった。
「しまった! 弾切れだ!」
「ビートくん、わたしも!」
ライラまで、弾切れになってしまうなんて。
どうしてこういうときに限って、弾切れになるんだ!?
ヤバい。かなりヤバいぞ。オレの額を、汗が流れていく。
以前、列車強盗に囲まれたときは、まだライラのリボルバーが弾切れになっていなかったから、最後の最後でなんとか窮地を切り抜けられた。
しかし、今回は違う。オレとライラ、両方がいっぺんに弾切れになってしまった。
弾が1発も無くなってしまった銃は、ただの鉄の塊でしかない。銃を手に戦ってきたオレは、そのことを熟知しているはずだった。
「どうやら、ゲームオーバーのようだな」
ゲムアが、腰のホルスターから拳銃を取り出す。
大型で黒光りするリボルバーが、オレたちを捉えた。
「俺の部下を殺した報いだ。だが、俺に立ち向かったその度胸は素晴らしい。そのことに敬意を表して、なるべく苦しまないように、あの世へ送ってやるさ」
そう云うと、ゲムアは右手の親指でリボルバーの撃鉄を下した。
回転式弾倉が回り、射撃可能な状態になる。
「ライラ!」
「ビートくん!」
オレたちは抱き合う。
オレたちの旅は、ここまでだ!!
そう覚悟して、オレとライラは抱き合ったまま目をつぶった。
そのときだった。
「大佐殿、お待ちください!」
1人の男が走ってきた。強盗連合の構成員らしく、オレたちが撃った相手と同じ灰色の戦闘服を着ている。
「どうしたんだ?」
「あの獣人族を見てください!」
男はそう云って、オレたちを指さす。
オレはすぐにその男が、ライラを指していることが分かった。
「どうしたっていうんだ? ただの獣人族の女じゃないか」
「あの獣人族の女は、銀狼族です!」
「な、なんだと!?」
銀狼族と聞いた途端、ゲムアの目の色が変わった。
そしてリボルバーを天井に向け、3発放った。
「総員、戦闘やめえっ!」
ゲムアの号令に、灰色の戦闘服を着た男たちが一斉に攻撃を中止した。
それに驚いた駅員や鉄道騎士団も、同時に攻撃を止めてしまう。
こいつ、いったい何を――?
「ビート、俺たちと取引をしないか?」
「と、取引だと!?」
ゲムアがリボルバーをホルスターに戻して、オレに訊いてきた。
取引って、何を取引する気なんだ?
オレは嫌な予感が強まっていくのを感じながら、ゲムアに訊き返した。
「な……何を取引するんだ?」
「まぁ、それは後でいい」
ゲムアはオレの問いに答えなかった。
「俺たちが今日、この駅を襲撃したのは、アークティク・ターン号の貨物車と乗客から金目の物を奪うためだったんだが、少々事情が変わった」
「強盗に事情もクソもあるかっ!」
「まぁ落ち着いてくれよ。取引に応じてくれるのなら、アークティク・ターン号とその乗客からは手を引こう」
「……!」
一瞬だけ、オレは気を許した。
取引に応じるのなら、アークティク・ターン号と乗客から手を引いてくれる。
この条件なら、応じるのも悪くはないかもしれない。
しかし、オレの淡い期待は見事に裏切られた。
「その代わり、その銀狼族の女をよこせ!」
「なっ!?」
ライラを指して、ゲムアが叫んだ。
「さもないと、皆殺しにするぞ!」
「くっ……!」
オレはライラを、強く抱きしめた。
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