第145話 ペジテの街
翌日、ヨルデムの街を出発したオレたちは、その日のうちに次の街であるペジテの街に到着した。
ペジテの街では、オレたちはやらなければならないことがあった。
「ここが、ペジテの街なのね……」
アークティク・ターン号から降り立ち、駅の外に出たライラが辺りを見回す。
ペジテの街は比較的大きく、ギアボックスほとではないが、規模はそれなりにあった。
「ここで、ゲロンの奴隷のリザードマンが、わたしのお父さんとお母さんらしき銀狼族を見たのね」
「証言によると、そうらしいな」
オレたちはギアボックスで、ゲロンとのカードバトルの末、勝利した。
そしてリザードマンの奴隷から、ペジテの街で2人組の銀狼族の男女を見たという証言を得た。
「お父さんとお母さん、本当にいるのかな……?」
「いるかどうかは分からない。でも、探してみる価値はあると思う。もしかしたら、知り合いの人がいるかもしれない」
オレの言葉に、ライラの表情は明るくなる。
「とにかく、街を歩いてみれば何かわかるかもしれない。行こう!」
「うん!」
オレとライラは手をつないで、歩き出した。
街を歩き始めて、オレたちはペジテの街が異様な空気に包まれていることを感じ取った。
人通りがあるのに、雑踏や人の声がほとんど聞こえてこない。
そして、人々の表情は暗く、時折後ろを振り返る人もいた。明らかに、何かに怯えている。
「ビートくん……」
「おかしいな……」
まるで、ヨルデムの街と同じ……いやそれ以上だ。
騎士団もあちこちにいる。
「もしかしたら、ここでも何か事件が起きているのかもしれない」
「ビートくん、あそこにいる騎士に訊いてみようよ」
ライラの指し示した先には、1人の騎士がいた。
確かにライラの云う通りだ。騎士なら、きっと何か知っているはずだ。事件が起きているのなら、なおさら騎士から情報を得ておきたい。噂話なんかは当てにならないことが多いが、騎士の情報はかなり信頼できることが多い。
「よし、訊いてみよう」
オレたちは騎士に駆け寄った。
「すいません、あの……」
「どうしました?」
「失礼ですが、ペジテの街の人の表情が暗くないですか? 何かあったんですか?」
すると、先ほどまで澄ました表情だった騎士の顔に、戸惑いの色が鮮明に浮かんだ。
騎士は泳ぐ目を必死で元の位置に戻そうとしながら、腰の剣を撫でる。
「えぇと……そ、そう見えますか……?」
「なんだか、何かに怯えているようで――」
「そっ、そんなことないですよ! ハハッ、きっと、気のせいですよ!」
騎士は辺りを見回しながら、わざとらしく云う。
騎士までもが、何かに怯えているようだ。
「じゃ、じゃあ、私はこれにて失礼いたしますっ!」
「あっ、ちょっと!!」
騎士が颯爽と立ち去ろうとする。
オレが呼び止めたが、騎士は一度も振り返ることなくオレたちの前から去っていった。
あんな情けない騎士を見たのは、生まれて初めてだった。
あのドーンブリカの若い騎士、オールでさえ、あんな振る舞いを見せたことはなかった。立ち去った騎士は、明らかにオールよりもずっと年上だ。そんな騎士が人目をうかがうような素振りを見せるなんて、やっぱりおかしい。
「どうしたのかしら?」
「騎士まであの調子とは……正直、ものすごく嫌な予感がするぞ」
オレはそっと、ソードオフに触れた。
「ヨルデムの街よりもヤバい気がする。あの切り裂き魔のジャック・リッパーよりもヤバい奴が、今このペジテの街には潜んでいるのかもしれない」
「えっ、じゃあ――」
ライラがそう云いかけた時だった。
「おう、お2人さん!」
聞き覚えのある声に、オレたちは振り返る。
そこにいたのは、巨大なリュックを背負ったハッターだった。
「ハッターさん!」
知り合いに出会えたオレたちは、ハッターに駆け寄った。
大柄な身体をしているハッターの近くにいると、不思議と安心できた。
「ハッターさん、どうしてここに!?」
「仕入れだよ、仕入れ。駅に到着したらいつもやる、仕入れさ」
ハッターはそう云うと、辺りを見回してから、オレたちの目を見た。
いつも商売をしているときに見せる表情とは、全く違うハッターの表情に、オレたちは目が離せなくなった。
「お2人さん、早く列車に戻ったほうがいいぞ」
ハッターがほかの人に聞こえないよう、少しだけ声を潜めてオレたちに云った。
「やっぱり、何かあったんですか?」
「俺もさっき仕入れをしているときに聞いたばかりの話で、確証はない。しかしそれによると、今このペジテの街は、領主や国王ではなくて、強盗連合というならず者たちによって支配されているらしい」
「強盗連合?」
オレとライラは、聞きなれない単語に首をかしげる。
「各地を放浪し続けた強盗や盗賊、そして犯罪者たちが作り上げた犯罪組織だ。やつらはペジテの街の外れにあるスラムに本拠地を構え、略奪や強盗といった犯罪を重ねている。しかも残忍な手口を使い、人々を恐怖で服従させているらしい」
「ひどい……!」
ライラの表情に、怒りの色が浮かんだ。
「騎士団は何をしているんですか? そんな奴らを、放っておくはずがない!」
「実はな、最初は騎士団も立ち向かったんだ。だけど、やつらはただのならず者の集まりじゃなかったんだ」
ハッターはオレたちに顔を近づけ、より声を潜めて話してくれた。
「騎士団を、返り討ちにしたんだよ」
「そんな……!」
「本当なんですか!?」
ライラの表情が怒りから驚きに変わり、オレはハッターの言葉が間違っているんじゃないのかと思った。
「あぁ、嘘じゃない。奴らの武器は、ほとんどが剣や弓矢で、一部銃を持っている奴らもいる。だが、あいつらは取り囲んで集団で襲い掛かってきたんだ。それに騎士団は成すすべもなく敗走した。それに騎士団の上層部の一部が、強盗連合と手を組んで、利益を折半しているという黒い噂まである。だから新任の若い騎士が強盗連合を倒そうとしても、上層部によって潰されることもあるそうだ」
ハッターの話が本当だとしたら、ペジテの街はかなりヤバい状態だ。
強盗連合は、まるでマフィアそのものだ。
とてもじゃないが、こんな状態のペジテの街中を、ライラを連れて歩くわけにはいかなかった。
スラムは街の一部らしいが、騎士団の上層部が腐っていて強盗連合とグルになっている。それなら、ペジテの街はその全てがスラムであると見なしてもおかしくない。
騎士団が当てにならないのなら、もう信じられるのは自分たちだけだ。
だが、幸いにもオレたちには逃げ場所がある。
「そうだ、駅だ!」
駅の中なら、さすがに強盗連合でさえ手出しはできないだろう。
駅は鉄道騎士団の管轄だ。鉄道騎士団は鉄道管理組合の管轄にある。
「その通り。だからお2人さん、早く列車に戻るんだ。鉄道騎士団が警備してくれる」
「はい! そうします!」
オレがそう云うと、ハッターは微笑んだ。
「それじゃ、また商人車で会おうぜ」
ハッターはそう云って、駅に向かって行った。
ハッターの姿が見えなくなると、オレはライラの手を握った。
「ビートくん!?」
「ライラ、オレたちも列車に帰ろう!」
「うん……そうしよう!」
さすがにこの状況で、うろつくのは危険だとライラも判断したようだ。
「列車まで戻れなくても、とにかく駅までは戻ろう。駅の中なら、きっと強盗連合も手出しはできないはずだ」
「うん! ビートくん、急ごう――」
ライラがそう云いかけた時、ライラの獣耳がピクピクと動いた。
何かの音を、感知したようだ。
「ビートくん、何かがこっちに向かってくる!」
「な、なにが!?」
「わからない! でも、とても大勢の人だと思う。馬車の音が、遠くから聞こえてくるの!」
すると、オレの耳にも馬車の音が聞こえてくるようになった。
それとほぼ同時に発生する、人々の悲鳴。
「キャーッ!」
「に、逃げろーっ!」
「強盗連合だ!」
オレたちは顔を見合わせた。
もう、今から駅まで逃げている時間はない。
「ビートくん……」
「ライラ、隠れているんだ」
オレはそっと、背中に手を伸ばした。
「ここで、迎え撃ってやる……!」
ソードオフを取り出したオレは、銃身を折り、装填されているショットシェルを確認した。
水平に並んだ2本の銃身には、強力な対人用散弾のショットシェルがそれぞれの銃身に装填されていた。
オレはそっと、銃身を元の位置に戻した。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご指摘、評価等お待ちしております!
次回更新は10月1日21時更新予定です!





