第143話 ガルさん
「ビートくん、かなりしつこいよ!」
「くっそう!」
ライラが叫び、オレは悪態をついた。
今、オレたちはかなり緊迫した状況に陥っていた。
列車強盗がどこからともなく現れ、アークティク・ターン号に襲い掛かっていた。
乗組員や鉄道騎士団が、弓矢や銃を手に列車強盗を撃退しようと奮戦するが、列車強盗も一筋縄ではいかない。
オレとライラも加勢していた。オレはRPKとソードオフを使い、ライラはリボルバーを使って列車強盗を迎撃する。もうすっかり、ライラはオレと同じくらい銃の扱いが上手くなっていた。
これでオレに何かがあった時にも、ライラは自力で切り抜けられるだろう。
強盗やならず者たちの主な武器は、剣や弓矢だ。銃を持っていることは、あまり多くない。銃を持っているだけで、かなり優位に立てるのだ。
「ビートくん、危ない!」
ライラが叫び、オレの近くまで迫っていた強盗に向けてリボルバーを放つ。リボルバーから放たれた45口径の弾丸6発を浴びた強盗は、崩れ落ちてそのまま列車の後方へと消えていく。
ライラのリボルバーは、本来は護身用だが今は主力火器となっていた。
「ありがとうライラ、助かったよ」
「えへへ……あとでいっぱい、なでなでしてね!」
ライラはそう云って、リボルバーの回転式弾倉を取り外し、未使用の弾丸だけが入っている新しい回転式弾倉をリボルバーに取り付ける。素早く回転式弾倉を交換できるのが、ライラのリボルバーの特徴だ。
「あぁ、こいつらを撃退したら、いくらでも撫でるさ。オレだって、ライラとのスキンシップを楽しみたい。でも、今は目の前のことを片付けないとな……!」
オレはRPKを構え、列車強盗に向けて引き金を引いた。
弾丸が連続して放たれ、次々に列車強盗が餌食になっていく。
自分で使っていながら思うが、RPKは恐ろしい銃だ。
やがて列車強盗は不利だと判断したのか、数多くの犠牲者を出して撤退していった。
列車強盗の姿が見えなくなると、オレはホッとして、RPKの安全装置をオンにした。
戦闘終了後、オレたちは商人車に居るハッターを尋ねた。
列車強盗との戦いで消費してしまった、弾丸を補充するためだ。
ありがたいことに、乗組員から協力してくれたお礼として、いくらかの賞金を頂くことができた。これを使って、使った弾丸を補充しておこうと、オレたちは考えた。
「よう、お2人さん。話は聞いたぜ。大活躍したみてぇだな!」
「わたしよりも、ビートくんがすごかったんですよ!」
「いや、ライラだってすごかったじゃないか」
オレとライラがそう云っていると、ハッターは何度か頷いた。
「それで、消費した弾丸を買いに来たわけか。それじゃ、ちょいとサービスして代金は少し負けておくぜ」
「えっ、いいんですか!?」
代金を負けてくれる。ハッターにとっては、身を切る形になるはずだ。
オレが訊くと、ハッターは頷く。
「もちろん。これで安心してまた商売が続けられるからな。ちょいと代金を負けるくらいなら、安いもんだ!」
ハッターはそう云うと、オレたちが求めた弾丸を手渡してくれる。
代金は、確かに割引してくれて、オレたちの手元には思っていたよりも多くのおカネが残った。
「ありがとうございます!」
オレたちはこうして、新しい弾丸を手に入れた。
しかしその直後、予想外の出来事が起きた。
「おまえらっ!!」
突然、1人の老人がやってきて、オレたちに声をかけてくる。
老人は獣人族らしく獣の耳と尻尾を持っていたが、何の獣人なのかまでは分からなかった。
「あなたは?」
「わしはガルじゃ! お前ら、なんで強盗を武器で無理矢理撃退したりしたんじゃ!」
ガルと名乗った老人が、そう云う。
オレたちはガルの云っていることの意味が分からず、首をかしげた。
「どういう意味ですか?」
オレが訊くと、ガルは大きくため息をついた。
「強盗とて人じゃろうが! 話せばわかるということをお前たちは知らんのか!?」
ガルの言葉に、オレは軽い頭痛を覚えた。
話し合って強盗を退散させられるというのか?
そんな事例、今まで見たことも聞いたことも無いぞ?
横を見ると、ライラも同じように目を丸くしていた。
グレーザー孤児院に居た頃と、この列車での旅の途中と、ライラはこれまでに2回ほど強盗の人質になっている。そんなことを云われても、信じろという方が無理だろう。
「あの……強盗には話が通じるのですか?」
「当たり前じゃ!」
ガルは自信たっぷりに云う。
そこまで自信を持って主張するということは、ちゃんとした理屈や根拠があるのだろう。もしも本当に、強盗に話が通じるのだとしたら、是非ともその方法を知りたい。
オレたちだって、面白がって強盗を銃で撃っているわけではない。
できることなら、銃を撃たずに穏便に済ませたいのだ。
よし、ちょっとこのガルに聴いてみよう。
「では、ガルさんは強盗を対話で倒したことがあるんですね?」
「いや、無い!」
「……はぁあ!?」
ガルが放った言葉に、オレはライラと共にその場にズッコケそうになる。
あれだけ強盗に対しても話せばわかると云っていたのだから、それを裏付ける根拠や経験があるのかと思っていた。しかし、それを自ら否定したのだから、話にならない。
おまけに、どうしてそんなことを胸を張って云えるのか!?
オレたちはガルの云うことが、理解できなかった。
「ちょ、ちょっと待ってください! どういうことなんですか!?」
「どんな犯罪者であろうと、武器を使って武力行使で制圧するのは良くない!」
「じゃあ、話し合いで解決できるという実例を見せてください!」
「そんなものはない! とにかく武力で解決するのは良くない!」
ダメだ、まるで聞く耳を持っていない。
オレはもう、ガルの話など耳に入ってこなかった。
今、オレが考えていることはただ1つ。どうやってこの場を切り抜けようか、ということだけだった。
オレたちが呆れていることにも気づかず、ガルは話し続ける。
「まずは強盗だろうとどんな犯罪者だろうと、止めるように説得するところから――」
「おい、じいさん。悪いが、商売の邪魔だ。どいてくれ」
話し続けるガルに、ハッターが横から割って入ってきた。
自分の演説を邪魔されたと感じたのか、ガルはハッターをにらみつけた。
「ここは講演会場じゃねぇ。そういうことは、他所でやってくれや」
「うるさいぞ! 黙って聞かぬか! このゼニの亡者――!?」
ガルがそう云った直後、ハッターに向き直って目を見張った。
ハッターがガルに対して、銃口を突き付けていた。ハッターは、先日貨物駅で強盗を撃退したときに使用していた、あの黄金銃を握りしめていた。黄金銃の撃鉄は降りている。それは銃がいつでも射撃可能であることを示していた。
銃をつきつけられ、ガルは明らかに怯えた表情へと変化していく。
「で、では、ワシはこれで……」
ガルは冷や汗を流しながら云うと、3等車の方に向かって逃げていった。
商人車から姿が消えると、ハッターはそっと撃鉄を元の位置に戻し、黄金銃を懐へとしまった。
「やれやれ、厄介な爺さんだな。強盗を対話でなんとかできるとか、実証してから申してほしいものだな」
はい、全くもって同感です。
オレはハッターの言葉に、そう思いながら頷く。
「あの人、どうして武器を使うことを嫌がっているのですか?」
「あのガルという爺さんは、説教師なんだ」
ライラの問いに、ハッターはそう答えた。
説教師ならオレたちも知っている。各地を放浪し、教えを説くことを生業としている人たちだ。教えの内容は、主に宗教的な教義や思想のことで、オレたちはあまり詳しくない。人気がある説教師も多いが、その内容や人を見下したような話し方から毛嫌いしている人も多いと聞いたことがある。
「日々説教をしては、自分の教えを広めようとしている。やれ商人は武器を売って利益を得るのを止めろだとか、さっきのように対話で解決しろとか、うるさいんだ」
「どうしてそんなことを説教しているんですか?」
「どうも話から推察するに、武器を無くすことが目標らしい。正直、あいつは3等車の鼻つまみ者だ」
確かにそうだろう。
武器も売るハッターからすれば、営業妨害もいいところだ。
オレたちはハッターと別れると、2等車の個室へと戻った。
3等車と2等車が、逆方向にあるのがこれほど嬉しかったことはなかった。
夜が近づいてきたオレたちは、夕食を食べに行こうとして個室を出た。
向かうのは、いつもの食堂車だ。
そしてオレたちは食堂車に入り、4人掛けのテーブルについてウエイターに料理を注文する。
ここまでは、いつもの風景だった。
「お前らっ!」
聞き覚えのある声に、オレたちは同時に声がしたほうを見る。
そこには昼間、商人車で出会った、あのガルがいた。
なんでこんなところで、再会してしまうのか。
オレたちは自分の不運さを呪った。
ガルはオレたちが座っているテーブルの前に立った。
その少し後ろでは、料理を運んできたウエイターが気まずそうに立ち止まっている。
「いいか! 2度と武器を使わないと約束しろ! でないとワシはここから動かん!」
ガルはそう云って、その場に仁王立ちした。
どいてくれ。早くしないと料理が冷めてしまう。
「いいか! そもそも武器というものはだな……!」
そのままオレたちの前で、説教を始めるガル。
オレはため息をつき、ライラを見た。ライラの表情は、ガルが説教をするたびに血に飢えたオオカミのものへと近づいていく。ガルが取り返しのつかない結果を招く前に、なんとかして説教を止めさせたほうがよさそうだ。
ライラを怒らせると、止められるのはオレしかいない。
しかし今、もし仮にライラがガルに対して怒ったとしても、オレは止める気などさらさら無いが。
その時、別の席から1人の男が立ち上がった。
男は酒を飲んでいたらしく、手には木樽ジョッキを持っている。
そのまま男は、ガルの元へとやってきた。
「おい! うるせぇんだジジイ! 黙ってろ!!」
酒で大きくなった男の声が、食堂車に響き渡る。
その大声に、さすがのガルも無反応ではいられなかったらしく、振り返った。
「なんじゃと!? 貴様、ワシの高尚な説法をうるさいとは、なんたる無礼な!」
ガルは顔を真っ赤にして男に抗議する。
こりゃ、揉め事は避けられないな。
そう思ったオレは、ライラと目配せをした。ライラが頷いて窓際に下がると、オレは背中へと手をゆっくり伸ばしていく。ありがたいことに、男の意識は完全にガルに集中していた。
「ワシの高尚な説法を聞かぬからじゃ! 耳をよく傾けておれ!」
「うるせぇ! 黙れっつってんだろうが!!」
男は木樽ジョッキに入っていた酒を飲み干すと、腰に下げていた剣を引き抜いた。諸刃の剣が姿を現し、それを見た人々が食堂車の隅へと避難していく。
男はそのまま、剣先をガルへと向ける。
「ひぃい!!」
剣先を向けられたガルは、腰を抜かしたらしくその場に尻をついた。
「お、お助け……!」
「死ねや! クソジジイ!!」
男は剣を振りかざそうとした。
「危ない!!」
オレはそう叫ぶと、ソードオフを取り出して男に向けた。
「……!?」
ソードオフを見た男は、目を見開いて動きを止める。
男はさらに、冷や汗を流しながら顔を青ざめさせていく。どうやら一気に、酔いがさめたらしい。ソードオフにそこまでの効果があるなんて、正直思ってもみなかったが。
問題ごとを起こすな。剣をしまえ。そして席に戻れ。
オレはソードオフの銃口を向けたまま、男に目で訴える。
「……わ、わかったよ」
男はオレの考えを察したらしく、振り上げていた剣をゆっくり下ろし、腰に戻した。
そしてそのまま、何事もなかったかのように席に戻っていった。
それを見届けたオレは、そっとソードオフを背中に戻す。
「お前……どうして武器を……?」
立ち上がったガルが、オレに尋ねた。
「ガルさん、あんたがどうして武器を無くそうと思っているのか、オレは知らない。だけど、これだけはいえる。武器は使う者によって、悪にも善にもなるんだ。あんたに危害を加えようとしたあの酔っぱらいの武器が悪なら、それを止めたオレの武器は善だ。違うか?」
オレの言葉に、ガルは何も云わなかった。
「オレの武器は、他者を傷つけることに間違いはない。所詮、武器が持つ力は人を殺めるための力。そのことに対して何も反論はない。だけど、それはオレたちにとっては、身を守るためのものだ。強盗を撃退したのだって、オレたちに危害を加えようとしてきたからだ! だからオレたちは武器を手放さない!」
「そ……そうか……」
「わかったなら、2度と関わろうとするな」
オレがそう云うと、ガルは何も云わずにオレたちの前から立ち去っていった。
その後、ウエイターがオレたちの料理を運んできてくれたが、すっかり冷めてしまっていた。
ウエイターは最初「トラブルを未然に防いでいただいたお礼として、作り直すようコックにお願いしてきます!」と云ってきたが、オレはそれを断った。騒動の原因の半分は、オレたちにあると思ったからだ。
オレたちは冷めた料理を食べて、個室に戻っていった。
「ライラ、ごめんね。冷めた料理を食べさせちゃって」
オレはライラに謝る。
せっかくの夕食が、台無しになってしまったのだ。
オレは怒られる覚悟でいた。
しかし、ライラの口から飛び出してきたのは、予想外の言葉だった。
「ビートくん、すごいよ!」
「えっ?」
ライラの言葉に、オレは首を傾げた。
「あの説教師を説き伏せちゃうなんて! ビートくんって本当にすごいよ!」
「いや、オレは云いたいことを云い切っただけだよ」
どうやらライラは、オレがガルを云い負かしたと思っているようだ。
オレとしては云い負かしたのではなくて、オレの考えを全てぶつけたと思っているのだが。
しかし、嫁から褒められていい気にならない男はいない。
オレはライラに、照れながらもお礼を云った。
「ありがとう、ライラ」
すると、ライラがオレに近づいてきた。
「ねぇビートくん、わたしの武器って、なんだと思う?」
「ライラの武器……?」
突然の問いかけに、オレは首をひねる。
ライラの武器って、なんだろう?
ライラの武器……ライラの武器……。
オレは少し考え、答えを導き出した。
「ライラの武器といえば……リボルバーか!」
オレは答えを口に出す。
ライラは、リボルバーを武器として持っている。いつもはスカートの下に隠しているから見えないが、今日の列車強盗を撃退したときにも、リボルバーを武器として使っていた。
リボルバーを手にしたライラには、安心してオレの背中を任せられる。
「正解は……わたしの身体!」
あれ? リボルバーじゃなかったの? 間違えたのかオレ?
そう思っていると、ライラはオレに抱き着いてきた。
「そしてそれは、ビートくんに対して効果絶大!」
「あうう……」
その言葉に、嘘はなかった。
ライラの柔らかい胸が食い込み、いい匂いがオレを包み込んでくる。
オレの理性は浸食され、少しずつ失われていった。
そしてその後、避妊薬を飲んだライラにオレはまたしても搾り取られてしまった。
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