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幼馴染みと大陸横断鉄道  作者: ルト
第11章
144/214

第142話 シチュー

 ゴムラを出たアークティク・ターン号は、次の停車駅があるヨルデムの街に向かって走り続ける。

 そんな中、オレたちは2等車の個室で、まるで晩秋のような涼しさを感じていた。




「うーん、なんかちょっと肌寒いな……」


 オレは両手で、左右の腕を擦りながら云う。

 先日の嵐で気温が下がったせいか、オレたちは若干の肌寒さを感じていた。

 耐えられないほどではないが、やっぱり寒いことは寒い。

 それが気になって、仕方が無かった。


「確かに少し気温が下がったみたいね」


 ライラは普段と変わらない様子で云う。オレが気温が下がったおかげで若干の寒さを感じているというのに、ライラはいつも通りだ。

 銀狼族は、やっぱり寒さには強いのだろうか?

 北大陸の奥地で暮らしていると云われるから、もしかしたら関係があるのかもしれない。


「ライラは、肌寒くないのか?」

「ううん、全然。ビートくんって、もしかして寒さに弱いの?」

「いや、そうじゃないよ。肌寒くなったから、何か温かいものが食べたくなってきたんだ」


 オレが先ほどから身体を擦りながら考えていたのは、それだった。

 急に気温が下がって肌寒くなると、無性に温かいものが食べたくなってくる。グレーザー孤児院に居た頃から、肌寒い日になると、シチューやスープといった温かい料理が待ち遠しくなったものだ。そしてそれは、グレーザー孤児院を出てライラと暮らすようになってからも、変わらなかった。冬の日になると、いつもライラにお願いして温かい料理を作ってもらっていた。


 そうだ、シチューなんてちょうどいい。

 シチューといえば、グレーザー孤児院で手伝いをしていたオバちゃんたちが作ってくれたシチューは美味しかった。叶うことなら、あのシチューをまた食べたい。


「そういえば、そろそろ夕食の時間ね」


 ライラが時計を見る。時計はちょうど、19時を指していた。


「ビートくん、夕食は何がいい?」

「オレ、シチューが食べたいな。肌寒いから、やっぱり温かいものが食べたいよ」


 そう云って、オレは待てよ、と思った。

 ライラは、肌寒さを感じていなかった。そんな中で温かいシチューを、ライラは食べたいと思うのだろうか?

 いや、そもそも別の料理を頼めばいいだけだ。


 そんなことを考えていると、ライラが口を開いた。


「いいじゃない! じゃあ、夕食はシチューで決まりね!」


 あっさりと、夕食はシチューに決まった。


「あ、いいの……?」


 オレは考えていたことが杞憂に終わり、ホッとする。

 すると、ライラがオレの手を取った。


「ビートくん、そうと決まったら早く食堂車に行って食べようよ!」

「……そうだな!」


 オレは立ち上がった。

 そして財布とソードオフを持ち、ライラと共に個室を出た。個室のドアに鍵を掛けると、オレたちは食堂車に向かった。

 久々のシチューだ。思う存分、堪能しよう。

 食堂車に辿り着くまで、オレはシチューを楽しむ気でいた。




「おぉぅ……これは」

「すごいね……」


 食堂車に辿り着いたオレたちは、入り口の前で立ち止まってしまった。

 夜の19時という書き入れ時だから、ある程度混雑していることはオレたちも承知していた。多少料理が出てくるのが遅くなったとしても、それは仕方のないことだということも理解していた。


 だが、まさかの満席になっているとは思わなかった。


 どうやらオレたちと同じように、温かい料理を求めて食堂車に行こうと考えた人が、あまりにも多かったようだ。

 食堂車の入り口近くには、席が空くのを待って並んでいる人が、まだ数人ほどいる。何度も時計を見たり、足を鳴らしたりしている様子から、かなり長い時間待たされているみたいだ。


 もう、今日は無理だろう。

 オレはそう結論を下した。


 ここで並んでいても、いつ食堂車に入れるか分からない。

 注文しようと思っていたシチューも、もう売り切れになっているかもしれない。

 残念だが、ここで並んで待つのはあまりにも辛い。


「ライラ、戻ろうか。戻って缶入りのスープと、携帯食料を食べようか?」

「えっ!? ビートくん、いいの?」

「このままじゃ、いつまで経っても食事にありつけないよ。それに、明日なら空いているかもしれない。また、明日にしよう。ライラは、それは嫌?」

「わたしは嫌じゃないけど……ビートくん、シチュー楽しみにしてたのに、本当にいいの?」


 ライラが再度聞いてくる。

 だが、オレの考えは変わらなかった。


「ああ。このままだと、1時間は待たされそうだ。それくらい待つなら、携帯食料にしたほうがいいさ」


 シチュー、食べたかったな。

 オレはそう思いながらも、それだけは口に出さなかった。


 オレたちが個室に戻ろうとしたとき、食堂車の入り口から食堂車のウエイターが出てきた。


「えー、お待ちのお客様の中に、ルームサービスをご希望の方が居りましたら申し付け下さい」

「え……?」


 ルームサービスだって?

 そんなものがあったか?


 オレとライラは顔を見合わせた。


「ルームサービスをご希望のお客様、いらっしゃいませんかー?」

「あ……ハイ!」


 オレは手を挙げた。

 つい先ほどまで、携帯食料を食べようと思っていたのにだ。


「はい。ルームサービスをご希望ですか?」


 ウエイターが、食堂車から出てきた。


「あの、ルームサービスってなんですか?」

「ルームサービスとは、ご注文いただいた料理を指定された個室までお届けするサービスとなります。ご利用できるのは、2等車以上のお客様に限らせていただいております。こちらがルームサービスでご注文いただけるメニューになります」


 ウエイターはルームサービスについて説明すると、一冊のメニューの冊子をオレに手渡した。受け取ったオレはすぐにメニューを開き、ライラと共に見た。


 メニューの中には、食堂車で注文できる料理がいくつか載っていた。さすがに全ての料理をルームサービスで提供できるわけではないらしく、食堂車のメニューから抜粋したものだけが乗せられている。

 そしてさらに、ルームサービスの場合はケータリングサービス料として別料金が加算されるらしい。


 確かに、コース料理とかはルームサービスするのは難しいよな。うん。

 食堂車から個室まで持ってくるのだから、ケータリングサービス料も必要なのかもしれない。


 そんなことを考えながらメニューを見ていくと、オレはスープのページで目が留まった。


「おぉ……!」


 オレは思わず声を漏らしてしまう。

 ルームサービス用のメニューの中に、シチューがあった!

 しかも嬉しいことに、パンまでついている!


「ビートくん、シチューがあるよ!」

「じゃ、じゃあ……!」


 オレがそう云いかけたのを見て、ウエイターはすぐにペンと伝票を取り出した。


「はい、ご注文をどうぞ」


 オレとライラは、ウエイターに料理の注文をした。

 料理の注文をしたオレたちは、その場でウエイターにおカネを支払う。そして指定した時間に料理を個室まで持ってくることが決まると、伝票の控えを受け取って2等車へと戻った。




 個室に戻って来ると、オレはそっとイスに腰掛ける。


「まさか、ルームサービスがあったとは思わなかったなぁ」

「わたしも知らなかった。でも、これでシチューが食べられるね!」


 ライラの言葉に、オレは頷く。

 自然と口元が上を向くのを感じた。


「温かいシチューが食べられるだけでも嬉しいのに、ルームサービスで部屋で食べられるんだから、多少おカネが掛かることくらいどうってことないや」

「気兼ねなく食事ができるのって、久しぶりじゃない?」

「ホテルの個室とかじゃないと、なかなかできないよな」


 オレたちが話しながら料理の到着を待ち続ける。

 少し時間が経った頃、ドアがノックされた。


「おっ、来た!」


 ドアを開けると、そこにはさっき注文を受けたウエイターがいた。

 ワゴンを押していて、ワゴンには半円型の金属製の覆いが被せられた皿が4皿乗っていた。


「おまたせいたしました。シチューをご注文のビート様とライラ様で、お間違いありませんでしょうか?」

「はい、間違いありません」

「それでは、料理を並べさせていただきます」


 ウエイターはそう云うと、覆いを被せたままの皿を運び込み、机の上に並べていく。皿とスプーン、飲み水を並べ終えると、最後に金属製の覆いを取った。

 金属製の覆いの下から、湯気を上げるシチューと、柔らかそうなパンが姿を現した。

 シチューには鶏肉と野菜が入っているらしく、大きめの野菜が見える。

 そしてパンはなんと、1人2つだ!


「お待たせいたしました。食器は明日の朝方に引き取りに伺います。それでは、どうぞお召し上がりください」

「ありがとうございました!」


 オレたちがウエイターにお礼を云うと、ウエイターは個室を出て空になったワゴンを押しながら食堂車へ戻って行った。

 ドアを閉めると、オレとライラは向かい合わせに座った。


「さて、食べようか」

「うん!」


 オレたちは、スプーンを手にすると、シチューを食べ始めた。




 オレとライラは、温かいシチューに舌鼓を打ちながら食べ進めていく。


「うん、美味い!」


 シチューはオレたちの身体の中に入ると、内側から温めてくれた。

 やっぱり肌寒い日には、こうした料理がピッタリだ。

 身体が冷えているせいか、まるで染み入ってくるようだ。


「優しい味ね。このシチュー」


 ライラも気に入ったようで、パンと交互に食べている。シチューが入ると、ライラも自然と笑顔になった。美味しいものは、誰が食べても美味しいことに変わりは無い。


「なんだか……懐かしい味だなぁ」


 オレはシチューを食べながら、そう呟く。

 先程からオレは、このシチューの味が、どこかで食べたシチューによく似ているような気がしてならなかった。遠い昔に、どこかで似た味付けのシチューを食べたことがある。それは間違いない。

 そして、オレがそのシチューを食べた覚えがある場所は、1つしかなかった。


「……グレーザー孤児院で食べたシチューと、よく似ているような気がする」

「……あっ、それよ! それ!」


 オレの言葉に、ライラが反応した。


「グレーザー孤児院のシチューに、味がよく似ている!」

「ライラも、そう思ったの?」

「だって、同じグレーザー孤児院出身だから!」


 ライラの言葉に、確かにそうだとオレは頷いた。



 こうしてオレたちは、残すことなくシチューを平らげてしまった。

 その日の夜は、シチューで温まったおかげか、久しぶりにぐっすりと朝まで眠ることができた。




 翌朝。

 オレたちが身支度を済ませた直後、ドアがノックされた。


「朝早くにすいませーん。食堂車から食器の回収に伺いましたー」


 昨夜のウエイターとは違う、若い女性の声がした。

 どうやら、回収にはウエイトレスが来たらしい。


「あっ、はーい。今持って行きまーす」


 オレは空になった食器をまとめ、ドアを開けた。

 ドアを開けると、そこには見た事のある顔の少女が立っていた。


「デリ……デリじゃないか!」

「あっ! 誰かと思ったら、ビートじゃない。お久しぶりね!」


 デリと呼ばれた少女が、オレを見て云う。

 デリは、オレたちと同じグレーザー孤児院で同じ時期に旅立った、人族の少女だ。食べることに人一倍興味があったような覚えがあるが、まさかこんな所で再会するとは。


「ビートくんどうしたの……って、デリちゃん!」

「ライラちゃんも! そっか、婚約してたんだっけ」


 デリが少しだけニヤニヤしながら云った。


「それにしても、どうしてアークティク・ターン号に?」

「デリちゃんも旅をしているの?」


 オレたちの問いに、デリは答えた。


「旅をしているわけじゃないよ。アークティク・ターン号で働き始めたのは、ここ1年ちょっとのことだし……」

「グレーザー孤児院を出てからは、どうしてたの?」

「実は、グレーザー孤児院を旅立った後も、しばらくはグレーザー孤児院にいたんだ」


 旅だったのに、グレーザー孤児院にいた?

 それはどういうことだろう?


 オレたちが首をかしげていると、デリが口を開いた。


「グレーザー孤児院の厨房に居たオバちゃんに弟子入りして、毎日料理の腕を磨いていたんだ。それを2年続けて、1年前からはアークティク・ターン号の食堂車の厨房で、ウエイトレス兼見習いコックをしているの。ちなみに……」


 デリはそう云いながら、オレの手から食器を受け取った。


「昨日のシチューは、あたしが作ったのよ!」

「……そうか!」


 オレは手をポンとたたいた。

 シチューの味が、どうして懐かしいグレーザー孤児院の味に似ていたのか。

 オレの頭の中で、全てのパズルのピースが当てはまった。


「だからグレーザー孤児院のシチューと味が似ていたのか! デリは、グレーザー孤児院の味を全て学んだから、懐かしい味がしたのか!」

「ま、そういうことよ!」


 エッヘン、と胸を張るデリに、ライラが抱きついた。


「デリちゃん、すごい! ありがとう!」

「わっ! ライラちゃん、ちょっと……!」

「シチュー、とっても美味しかったよ!」


 その言葉に、デリは顔を真っ赤にする。


「あ……ありがとう。そう云われるのが……あたしもすごく嬉しいよ」


 ライラから解放されると、デリは乱れたい服を直した。


「ご利用ありがとうございました! またのご利用、心よりお待ちしておりますっ!」


 そう云うと、空の食器を持って食堂車へと向かっていった。

 デリの背中を見送ってから、オレたちは個室へと戻った。




 また近いうちに、デリのシチューが食べたいな。

 オレとライラはそう思いながら、列車の揺れに身を任せた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

感想、誤字脱字、ご指摘、評価等お待ちしております!

次回更新は9月28日21時更新予定です!


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