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幼馴染みと大陸横断鉄道  作者: ルト
第11章
143/214

第141話 ギミヤ領イシュー地方ゴムラ

 アークティク・ターン号は次の停車駅があるゴムラの街に到着する前に、またしても嵐に見舞われた。

 嵐の中を走り抜けるアークティク・ターン号は、いつもより速度を落として運行を続ける。乗客たちは個室や座席、展望車、食堂車の窓から嵐の外を眺めては、恨めしそうな視線を向ける。

 しかし嵐は乗客たちの視線なんてどこ吹く風。

 相変わらず猛烈な風と雨を列車に浴びせていた。



 オレたちは2等車の個室でベッドに腰掛けて外を眺めながら、嵐が過ぎ去るか早いうちにゴムラの街に到着することを願っていた。


「ひどい嵐だなぁ……」


 列車の外が嵐のせいで、まるで夜のように辺りは暗かった。

 オレたちがいる2等車の個室も、嵐が来るまでは電気を消していたが、今は夜と同じように点けている。


「久しぶりね。嵐の日なんて」


 ライラがオレの隣で云う。雷が鳴っていないためか、ライラは怯えた様子を全く見せない。


「このままじゃ、ゴムラの街にいつ到着するか分からないわね」

「大丈夫。西大陸で遭遇した時と違って、今はゆっくりだけど列車は動いている。だから時間はかかるけど、必ずゴムラの街に到着できるよ」

「ビートくん、それまではどうする?」

「そうだなぁ……」


 オレは腕を組んで考え始める。

 隣に居るライラを見ると、尻尾が目に飛び込んできた。


 オレのやりたいことは、決まった。


「ライラ、尻尾を触らせて」

「もうっ……本当に好きなんだから……!」


 ライラは顔を紅く染めながらも、決してそれを拒否したりはしない。

 オレが喜ぶことなら、ライラはどんなことでもするのだ。


「……はい、触っていいよ」


 ライラの尻尾が、オレの前に差し出される。

 オレは差し出された尻尾に、遠慮することなく手を伸ばした。


「ひゃんっ!!」


 オレが尻尾に触れると、ライラが短く叫ぶ。

 その反応が可愛い上に、尻尾はモフモフしていて触っているだけで癒される。

 時には顔を突っ込んで匂いを嗅いだりしながら、オレはライラの尻尾を楽しんだ。




 アークティク・ターン号は、嵐の中を進み続け、ついにギミヤ領イシュー地方ゴムラに到着した。

 駅に到着すると、オレたちは外の様子を確認した。


 相変わらず強烈な雨が振り続け、風も吹き荒れている。そのせいでゴムラの街は夜のように暗く、駅のホームにも駅員以外の人影は見えなかった。


 嵐はまだ、当分の間治まりそうにない。


「ビートくん、どうする?」

「どうするも何も、これほどひどい嵐じゃあなぁ……。ゴムラの街を観光することも、銀狼族を探すこともできやしないな」


 オレたちが新しい街に来て行うことは、主に2つ。

 観光と、銀狼族が居ないか探すことだ。

 観光は完全に楽しみだが、銀狼族探しはライラの両親に関する情報を少しでも集めるために必要だ。


 だが、嵐の中に出ていくほどオレたちは無謀ではない。

 このまま出て行けば、間違いなく風邪をひく。風邪は先日、ひいたばかりだ。それに運が悪ければ、飛んできたものに当たってケガをすることだって十分あり得る。

 そんなリスクは、背負いこみたくない。


「嵐が治まるまで大人しく、この個室で過ごすしかなさそうね」

「……そうだ!」


 オレは触っていたライラの尻尾から手を離し、ベッドから立ち上がった。


「図書館車に行って、本を読もう!」

「あっ、それ賛成! わたしも行きたい!」


 ライラも立ち上がり、オレたちは図書館車に行くことが決まった。




「……ビートくん」

「……少し遅かったな」


 オレたちは図書館車にやって来たが、入った瞬間に立ち尽くした。


 図書館車の中は、すでに乗客でいっぱいになっていた。

 イスは全て占拠されていて、立ち読みをしている人も多い。中には床に座り込んで、本を読み漁っている人までいた。普段は楽に本を探して歩き回れる通路も、すぐに座れるイスも、今はどこにもない。


 くそう。嵐の奴は、オレの数少ない楽しみの1つである読書までさせてくれないのか……!


「……個室に戻ろうか」

「……ビートくん、まだ食堂車や商人車があるよ!」


 ライラの言葉に、オレはブルーな気持ちが霧のように消えていくのを感じる。

 そうだ、まだ希望は潰えたわけじゃない。

 食堂車での食事も、商人車での買い物も、オレたちにとっては楽しみの1つだ!


「そうか……! そうだったな!」

「すぐに行こうよ!」

「よし、行こう!」


 オレたちは図書館車を出て、食堂車と商人車に向かった。




「……ダメだ」


 結局、オレたちは2等車の個室に戻って来た。

 食堂車と商人車にも行ったが、どちらも人だらけだった。食堂車は1時間待ちになっていたし、商人車に至っては図書館車以上の混雑で、殺気立っていた。とても買い物を楽しめる状態ではない。

 展望車は空いていたが、嵐と駅の景色を見ても面白くもなんともない。


 オレたちがゆっくりできる場所は、2等車の個室以外になかった。


 考えが甘かったことを痛感しながら、オレはベッドに腰掛けた。

 1度は散り散りになったブルーな気持ちが、再びオレの中で集まり、塊となって大きくなる。


「うーん、詰めが甘かったみたいだ」

「ビートくん、そんなに落ち込まないで」


 ライラがオレの隣に座り、オレに身体を寄せてくる。


「どこにも行けないのは確かに辛いけど、ずっと続くわけじゃないでしょ? 嵐が過ぎ去れば、また日常に戻るはずだから」

「……そうだな。ライラの云う通りだ」


 オレはそっと、ライラの身体に手を回す。


「たとえ本が読めなくても、ライラが居れば、オレはそれで十分だ」

「ビートくん……」


 ライラが顔を紅くし、応えるようにオレの腰に手を回してくる。

 オレはそっと、ライラを自分へと引き寄せる。


「ライラ……キスしても、いい?」

「うん……」


 オレの言葉にライラがそう答えると、ライラはそっとオレに唇を近づけてくる。

 オレもゆっくりと、ライラに唇を近づけていった。


 もう少しで、ライラの唇が――!


 そのとき、窓の外で突然雷が轟いた。


「キャアアッ!!!」


 ライラが雷に驚き、オレに抱きついてくる。


「あっ……」


 しかし、オレは少し残念な気持ちになった。

 ライラ抱きつかれることは、もちろん嫌いじゃない。むしろ好きな方だ。


 だが、オレはあくまでもライラとキスをしたかった。


 せっかくあと少しでキスできたはずだったのに、雷で全て台無しになってしまった。


「……ついてないなぁ」


 オレはライラのぬくもりを受け止めつつ、窓の外で暴れる嵐を恨めしく見つめた。




 嵐の中で、1人の男が崖の上から少し離れた場所にあるゴムラ駅を見つめていた。

 ゴムラ駅には、アークティク・ターン号が停車していた。


 男は長いコートに身を包んでいて、傘などは持っていない。

 雨に打たれながら、ただゴムラ駅に停車中のアークティク・ターン号を見つめていた。


「どうやら、予定通りのようだな。だが……」


 男はそこまで云うと、両手を広げた。

 どこからともなく馬車が現れ、男のすぐ横で停車する。


 馬車がやってくると、男は馬車に向き直った。


「ペジテの街を、無事に出られると思うな」


 吐き捨てるように云い、もう1度アークティク・ターン号を見つめると、男は馬車に乗り込んだ。

 男が乗り込むのを確認すると、馬車はその場で大きく方向転換した。そして来た道を引き返すかのように、一筋の道を走り出す。


「あの2人は上手く逃げたが……今度はそうはいかないからな」




 やがて、嵐がピークを過ぎたのか、風と雨の勢いが弱まってきた。

 そしてそれを好機と見たらしく、アークティク・ターン号は動き出した。


 オレたちはようやく、嵐の時間をやり過ごすことができた。




 しかし、嵐が過ぎた後は、雨のせいかだいぶ気温が下がっていた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

感想、誤字脱字、ご指摘、評価等お待ちしております!

次回更新は9月27日21時更新予定です!

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